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ランプ売りの青年  作者: ふん
命の灯火編(下)

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第十九話

 『グリム水晶』とは浮遊大陸で採れる鉱物の一つであり、まるで水を掘り出したかのようにも思えるほど透明な水晶だ。

 普通の水晶と同じところは、単一の結晶を持ち、光の分散が少ないので鮮明に見えることだ。

 ガラスよりも熱を素早く逃がす性質を持っているのも同じだが、普通の水晶よりも曇り難く、硬度も高く傷つきにくいことから、古くはメガネや望遠鏡のレンズとして使われていた。

 しかし、もう何百年も昔に採り尽くしてしまった鉱物なので、今は出回ることはほとんどないものだ。

 ミニーはグリム水晶を人差し指の腹でなぞり、冷たさを確認すると、「お祖母様が眼鏡にして使っていたわ」と懐かしそうに言った。

「グリム水晶か……。なら、僕にはわからないね。普通の水晶と違って、宝石のように使われることはないはずだからね。他の宝石ならわかるよ。ルビーにエメラルド、サファイアにトパーズ。トルマリン、ガーネット、その他いろいろ……。この額縁を売るだけで、死ぬまで豪遊できるね」

 ローレンはグリザベルが指摘していた五つの宝石以外にも目を向け、金額を考えようとしたが、どこに目を向けてもある宝石を見て考えるのをやめた。

「オレも話には聞いたことがあったけど、手に入らない物をこと細やかに覚えちゃいねぇな」

 リットが一度大鏡に目を向けてから立ち上がって背を向けると、ローレンが素早くリットの腕を掴んだ。

「どこに行くんだい?」

「グリザベルのところだ。一応水晶の正体がわかったから伝えに行く。城の部屋でカビ臭い本とにらめっこしてるからな」



 リットがグリザベルの部屋に行き説明をすると、グリザベルは興味深げに片眉を上げた。

「ほう、グリム水晶とな」

「はい、グリザベルの肌のように透き通った水晶です」

 ローレンはグリザベルの対面の椅子に座ると、口説くように甘く目を合わせながら言った。

「こいつの肌と一緒なら、吐いた後の顔見てぇに青白いっつーの。つーか、なんでついてきてんだよ」

 すっかり読み終えた本置き場になっている椅子を揺らし、本を落とすとリットも座った。

「むしろ胸の大きな女性に会いに行くのに、なぜ僕がついていかないと思ったかを聞きたいね。僕の両手がいつも空いてる意味を知ってるだろう?」

「揉むためだろ。あぁ、だから女との揉め事が多いのか」

「ご心配なく。揉み消すのも得意だからね」

 グリザベルは二人の戯言など耳に入れず、真剣な表情でテーブルに置かれた本の端を睨むようにしていた。

 そして誰に聞かせるわけでもなく、独り言のように呟いた。

「ディアドレの時代ならば、確かにグリム水晶は流通しておるな。高価なことには変わりないが、財があれば入手は容易なはずだ」

「それで、グリム水晶だったらなんか変わるのか?」

 リットの質問には答えずに、グリザベルは別の質問で返した。

「魔力はなぜ宝石に滞留するか知っておるか?」

「宝石の形だろ」とリットが答えると、ローレンが「光の反射を作るカットが。魔力を閉じ込めやすいらしいね」と付け足した。

「魔力と光の流れは似ているのだ。同じではないがな。リット、お主が龍の鱗を見つけた時のことをもう一度話せ」

 グリザベルはいつものように足を組み直して、話のキモに入る準備をする。

「船に焦げ跡を見つけたんだ。龍の鱗の収れんでできた焦げ跡をな。だから、ムーン・ロード号に龍の鱗があるのがわかった」

「そう、まさにその『収れん』だ」

 グリザベルが収れんと強調した時、リットの頭の中にはノーラに収れんの説明をした時に言った、自分の言葉が浮かんでいた。

『凹面鏡とか水晶を使って、太陽の光を一点に集めて強い光にすれば火を起こせる』

「水晶か……。魔力も収れんするということか?」

「ただの水晶ならありえぬな。だが、グリム水晶ならば可能かも知れぬ。大鏡の宝石でできた五芒星。どう線で繋ぐのか考えていたが、グリム水晶であるならそういうことかも知れぬな」

 グリザベルの言うそういうこととは、一点に集中させて光の道を作るように魔力で道を作り、宝石に反射させ、宝石同士を繋いでいくということだが、まだ初期の予想の段階なので口には出さなかった。

 だが、リットには言いたいことがなにかわかっていた。

「魔力と光の流れが同じってことは、当て方が問題ってことか」

「光ではなく魔力。故に、正しくは流し方の問題だ。同じではなく似ているだ。光と同じように考えては、魔力は分散してしまう」

 グリザベルは誇らしげな笑みを浮かべて、テーブルに積まれた羊皮紙を引き寄せた。

 リットはこぼれた落ちた一枚を拾って眺めたが、素人目にもわかるほど、明らかに描きかけの魔法陣だった。

「こんなのを見てどうする気だ? 全部書きかけじゃねぇか」

 リットは羊皮紙の山から適当に抜き取って見てみたが、それも描きかけの魔法陣だった。

「そうだ。研究所にあったものだ。すべてディアドレかガルベラの描きかけの魔法陣だ。大鏡と同じ楕円の形をしているものだけを集めた。額縁が魔法陣ということに気付いてから分けておいたのだ。そして、今この描きかけの魔法陣こそ役に立つ」

「描きかけがか?」

「魔法陣を描く時は何一つ無駄なものはない。記号、文字、線に円。そして書き順までな。描きかけというのは、書き順を解読するのに一番役に立つものだ。わかったら、後は我に任せよ」

 いつもリットがするように、グリザベルが出て行けと手を払った。

「いきなり追い出すことはねぇだろ」

「一から魔力の流れ方や、魔法陣の書き方を講義するのは時間がもったいない。おとなしく酒でも飲んで待ってるがよい」

 そう言ってグリザベルはリット達を部屋の外に追い出した。

 いつもと違い、グリザベルの方からあしらわれたリットは、しばらく閉められたドアを見つめて腑に落ちない顔をしていたが、酒が飲めるならいいかとドアから視線を外した。

「そう言えば、珍しく口説き文句が少なかったな」

 リットは歩きながらローレンに話しかけた。

「女性の話は静かに聞くものだからね。……それに、大鏡のことについては、僕は何も知らない。キミが先に教えておいてくれたら、グリザベルと話も弾んだんだろうけどね。仲間はずれにされた気分だよ。久しぶりに再会したっていうのに」

 ローレンは恨めしそうに語尾を強めて話す。

「気分じゃねぇよ。今までいなかったんだ。どう考えても仲間はずれだろ。それより、ちょっと付き合え」

 そう言うとリットは一歩前に出て、ローレンを先導するように歩いた。



 リットがローレンを誘った場所はいつもの酒場だ。

「どこにもあるんだね。昼間から開いてる酒場っていうのは」

 酒場に入るなりローレンは呆れ顔になったが、表情とは反対に足は止まることなくカウンターに向かっていた。

 椅子に座るなり「ワイン」と店主に声をかけると、リットも「ウイスキー」と言いながら椅子に座った。

「「よう」の一言くらいあってもいいと思うんだがな。誰のせいで昼から店を開けてると思ってんだか」

 店主は棚からワインのボトルをとると、慣れた手つきでコルクを抜き、コップの縁ギリギリになるまでなみなみと注いだ。

 次いで、同じようにウイスキーもなみなみと注がれて置かれた。

「ワイングラスじゃなくてもかまわないけど、これじゃあワインの香りが確認できないよ」

 ローレンはこぼさないよう慎重にコップを持ち上げるが、なみなみ注がれていてはどうやっても、グラスを回して香りを楽しむ動作ができないため、不満そうに真紅に揺れる表面を眺めている。

「こんなしょぼくれた酒場で出るワインが良い香りなんてするわけねぇだろ」

「それもそうだね」

 ローレンはあきらめたように視線を落とすと、こぼさないように慎重にコップを持ち上げて口をつけた。

「今日は二人がかりで喧嘩を売りに来たのか? 褒められたならまだしも、ケチをつけても安くはしないぞ」

「酒場に売りに来るのは油しかねぇだろ。こっちは女にフラれて暇してんだ」

「僕はフラれてない。リットのついでに追い出されただけだ」

「そっちのほうが虚しくねぇか? だいたい、付き合った数以上にフラれてるじゃねぇか。気にするようなことかよ」

「フラれるのは別にかまわないさ。円満な関係解消には、フラれるってことも大事だからね。でも、手を出してもいないのにフラれるのは嫌だ」

 ローレンは言い切ると、ビールでも飲むようにワインを半分近く一気に飲んだ。

「化けの皮を剥がすには早くねぇか? いつもは講釈たれながらちびちび飲むだろ」

「店の雰囲気に合わせただけさ。どうせ、こんな店に女の子なんか来ないだろうしね」

 ローレンはざっと酒場を見回し、既にできあがって泥酔している男を確認すると、好物がない食事処に連れて行かれた子供のように不満に眉をしかめた。

「さっきからずいぶん言ってくれるけどよ。誰だ?」

「ローレンだ。気にすんなオレのツレだ。アンタが巨乳に生まれ変わらない限り、態度が良くなることはねぇよ」

「なんだ、病気か」

 店主はなるほどと特に気にした様子は見せなかった。

「そうだ、一生モンのな」

「病名よりも、なぜ女の子がいない店に僕を誘ったかを知りたいね。息ができなくて死にそうだよ」

「なんとなくだ。それに夕方になりゃ、何人かは来るぞ。それまで服についた残り香で生き延びろよ。普通、女とイチャついたままの服で出かけるか?」

 リットはローレンの服から僅かに香る、薔薇のオイルの匂いを嗅いだ。ローレンがいつも女性をベッドに誘う時に、家から漏れ出るくらい焚いている芳香がしていた。

「キミのせいで、僕は半裸で家の外に出ることになったんだけどね。いきなり兵士が来たもんだから、何がバレたかとヒヤヒヤしたよ……」

「心当たりがあるのが問題じゃねぇか。ヴィクターじゃねぇんだ。そのうち刺されるぞ」

「ヴィクター王か……。よかったじゃないか」

 ローレンは少なくなったワインを回しながら言った。

「なにがだよ」

「お父さん元気そうで」

「まぁ、今はな」

「どこが悪いんだい?」

「さぁな、本人もよくわかってなさそうだ」

「なら、気を付けないとね。なんの病かわかっててベッドで寝てるよりも、わからずに元気でいるほうがころっといっちゃうよ」

 言っているローレンは他人事だが、聞き耳を立てていた店主は身内のように驚いた。

「おいおい、不吉な話は勘弁してくれよ。皆ヴィクター様が好きなんだ。いつも気軽に顔を出してくれるヴィクター様がな」

「僕も会って話して、良い人だと思ったし、長生きもしてほしいと思ったよ。でも、こういう国民性がヴィクター王にムリをさせているのも事実ってことさ。ヴィクター王は、残りの時間をいつも通り過ごすことに意味があると思ってるんだよ」

「来たばっかりだってのに、よくまぁわかったように」

 リットはウイスキーで熱くなった喉から、冷たいため息を吐き出した。

「心の機微に敏感じゃないと、女性は口説けないからね。キミこそ、ここに来てずいぶん経つんだから、いつまでも意地を張る必要はないと思うけど?」

「意地ねぇ……。張ってるつもりはねぇんだけどな。今更だぞ。親父とでも呼べってか? 無邪気に呼べるほど青くはねぇよ」

「僕なら迷わず呼ぶけどね。もったいない。せっかく巨乳のお母さんがついてくるというのに」

 からかいのような本音のような微妙なニュアンスを含ませてローレンが笑う。

 茶化して気を使われたような気がしたリットは苦笑いを返した。

「いい女なら母親でいるほうがもったいねぇよ」

「確かに……そっちのほうがもったいないね」

 一瞬の静寂があり、どちらからともなく、こらえきれずに鼻をヒクヒクさせて笑い始めた。

 そして、二人だけにしか意味がわからない乾杯をすると、空気をめいっぱい吸い込んだように懐かしさが胸の奥で膨らんだ。

 口元に笑みを残したまま、ローレンがおもむろに口を開いた。

「そういえば、キミと一緒に酒場にくるなんて久しぶりだね。四年ぶりくらいかい?」

「酒場に来て酒を飲むのはな。カーターの酒場じゃ、顔を合わせねぇように飲む時間をずらしてたからな」

「たまにはあのバカ騒ぎも懐かしく思うよ」

「懐かしがるほど昔じゃねぇよ。ここも、夕日が顔を出し始める頃にはやかましくなる」

 リットの言葉に店主が大きく頷いた。

「そうだな。その頃になれば、かみさんの愚痴を聞く前に、酒で発散していく客が増えるはずだ」

「そんなとこに入り浸ってんだ。どうりで結婚に希望が見えねぇはずだ」

 リットはテーブルに一人座る、いかにも幸の薄そうな男に向かって乾杯をするようにコップを高く掲げると、それに気付いた男は苦笑いを浮かべて同じようにコップを掲げた。

「僕はそもそもする気がないね。残りの人生を一人の女性とだけ過ごすなんて、想像するだけでぞっとするよ」

「あんたらはずいぶん結婚を怖がってるみたいだけどな。ここに幸せに過ごしてる既婚者がいるのを忘れないように。まっ、そのうち首に縄を付けられたように結婚するさ」

 店主は子供に注意をするように、人差し指をリットとローレンに向けてふざけながら言った。

「それじゃあ、乾杯してやらなきゃな」

 リットは空のコップをカウンターの上を這わせるようにして、店主の方へと近付けた。

 しかし、店主の手はウイスキーの瓶をコップに少し傾けたところで止まった。

「ところでリットよ。この間ダイスゲームに負けて、ずいぶんグリザベルに酒を奢ってたけど、今日の分はあるのか?」

「オレを見るからないように見えんだ。隣を見ろ、いかにも金を持ってそうななりをしてるだろ?」

 リットは顎をしゃくって、隣に座るローレンを指す。

「それで僕を誘ったのか……。まぁ、いいけどね……今日くらいは。久々に友情の乾杯でもするかい? 口の悪い皮肉屋に」

 ローレンはワインを注がれたばかりのコップを持ってリットに向けた。

「それじゃ、女癖の悪い漁色家に」

 コップの中の酒がこぼれるくらい乱暴な乾杯をすると、リットとローレンは昔のように喋り始めた。






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