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ランプ売りの青年  作者: ふん
命の灯火編(下)

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第十六話

 城の廊下では、憤りをぶつけるような四つ脚の足音が大きく響いていた。

 空き部屋で話をしているリットとグンヴァの元へと近づいてくるようだ。

「うるせぇな、どこのマヌケが歩いてんだよ」

 グンヴァが誰もいないドア向こうを睨みながら言った。

「ここに四つ脚のマヌケがいるんだから、もう一人の四つ脚のマヌケだろ」

「バニュウはあんなに足音を荒げねぇもんな。だいたい、なんでこんなコソコソしなくちゃいけないんだよ」

 グンヴァは部屋を見回す。普段使われていない来客用の部屋だが、他の部屋と変わりなく綺麗にされていた。テーブルの上にも埃はないし、ベッドもシワひとつない。他の部屋と唯一違うのは生活のにおいがしないことくらいだろう。

「オマエのおふくろさん達に釘刺されてんだよ。こちとら磔の刑一歩手前だ」

「あぁ、ゴッドマザー会議か」

「なんだ、グンヴァも知ってんのか」

「初めて酒を飲んだ時だ。黙って城を抜け出してぶっ倒れるまで飲んだら、次の日ゴッドマザー会議よ。そして、今度は説教のせいでぶっ倒れた」

 言い終えると、グンヴァは大げさに身震いした。

「そうはなりたくねぇから、コソコソしてんだ。で、いつもの酒場でいいのか?」

「そう、いつもの酒場だぜ。アリゲイル達はちょっと遅くなるから、早く着いたら酒飲んで待っててくれってよ」

「まさか、酔わせたところを狙いに来る戦法じゃねぇだろうな」

「そんなの、ダイスを振ってる間に皆酔っちまうんだから関係ないぜ」

 それもそうかとリットが頷いた時、ドアの向こうから「あーもー!」と焦れったさを爆発させた声が響いた。

「本当にうるせぇな……。ちょっと注意してくるか」

 ドアに向かおうとするグンヴァを、リットが尻尾を掴んで止めた。

「ほっとけよ。通り過ぎるだろ」

 二人はシルヴァの足音が消えるまで息を押し殺すことにした。

 しかし、リットの考え通りにはいかなかった。まるで待ち合わせをしていたかのように、ごく自然にシルヴァがドアを開けて部屋に入ってきた。

「おい……こっちは息を押し殺してんだ。気付かれたくないってことくらい理解しろよ」

 リットの諦めに歪む顔を、シルヴァは鼻で笑い返した。

「なら、足跡くらい消したら?」

 シルヴァは床を指差しながら言った。

 リットのろくに手入れもしない汚れた靴のせいで、綺麗な床に足跡がくっきり残っていた。廊下に張り付いて掃除をする者がいない限り、廊下にも同じように足跡が残っているだろう。そして、その足跡はこの部屋のドアの前まで続いているはずだ。

「足元を見るのはオレの特権だ。取るなよ」

 リットは床に残る足跡を消そうとするが、靴裏で引き伸ばされただけだった。

「そんなことより。私の人生終わりだっていうのに、誰も気にしてくれてないわけ」

「この間人生が終わった時は、左右の眉毛の形が違うだったよな」

 グンヴァは今度はなんだと、シルヴァの顔を確認するように見ながら言った。

 するとシルヴァは何かに気付いたように目を見開くと、慌てて眉毛を手でおさえた。

「やだ、また違うの。ヤバイ、一生外歩けなくなっちゃうじゃん」

「そりゃ、一大事だ。早く直してこいよ」

 リットがドアを開くと、シルヴァは部屋を出ていこうとするが、胴体半分出したところで足を止めた。

「おっとぉ……騙されるところだった」

 シルヴァは甘いよと言わんばかりに、人差し指をリットに向けて部屋に引き返す。

「これも人生勉強だ。今のうちに悪い男に騙されとけ」

 手を払って追い返そうとするリットを気にもとめず、シルヴァは部屋の真ん中まで歩いて行き、床に座り込んだ。

「で、なんで男って年上の女が好きなわけ? マザコンなの?」

「話が見えねぇよ」

 リットはドアを閉めると、諦めてシルヴァの話に耳を傾けた。

「なに言ってるのお兄ちゃん。そりゃそうでしょ。話は見るんじゃなくて聞くものよ。だから、聞いて」

「じゃあ、さっさと話せよ」

「なんか今日ジュエリーが、彼氏のプレゼントに服を買うって言うからついて行ったの。ほら、もうすぐ夏じゃん? だから「私も夏物欲しかったんだよねー」って。で、店行ったら、ジュエリーがものすごい襟が立ったシャツを選んだの。それ何十年前の流行りだっての。化石だってそんなの着てねぇよ。見たことある? 襟が立ったシャツを着てる化石。ねぇだろって。したっけ店員が「また最近流行りだしてるんですよ」って。でも、街歩いてても、そんなシャツ着てる男いないじゃん。でも、ジェエリーバカだからそれ聞いて買ったの。笑えるっしょ。ジュエリーの彼氏、この夏一人の襟立て男だよ。オマエは絶滅生物かっての。保護してあげなくちゃ」

 相変わらず要点のずれる長い話を、シルヴァは息継ぎも少なく一気に喋った。

「そうだな。そいつを国を挙げて保護してやろう。よし、解決。じゃあな」

 リットはシルヴァを無理やり立たせようとするが、テコどころか、縄を引っ掛けても動きそうにないくらいどっしり座っている。

「まだ、肝心なところを話してないんだけど」

「本当にまだだな。次、要点以外のこと喋ったら、見知らぬ婆さんにオマエの服を売るぞ。「シルヴァって、お婆さんと同じ趣味なのね」って友達に言われんだ。この夏、笑い者が二人になるぞ。よかったな」

「そんなの酷すぎ! 知らないオヤジに下着売られた方がマシじゃん! 「シルヴァって、そういう意味のシルバーだったの」って言われるなんて最悪。マジ地獄だね。お兄ちゃんよくそんなこと考えつくね。マジ女の敵だよ。将来、絶対ブラ紐で首締められるね」

「じゃあ、その将来になる前にさっさと話せ」

「わかった。その後ジュエリーとご飯食べに言ったら、その店でウィルが知らない女とご飯を食べてた。あれ、誰!」

 シルヴァは勢い良く立ち上がると、リットにずいっと険しい顔を近付けた。

「好きな相手が、誰か別の奴と飯を食うとこを見かける。どっかで聞いた話だな。これってケンタウロスの伝統なのか?」

 リットが半笑いでグンヴァを見ると、グンヴァはさっと視線を逸した。

「オレ様を見るな……」

「確か……そいつの惚れてる女も年上だったな」

「だからオレ様を見るなよ……。オレ様はこれ以上からかわれる前に行く。忘れんなよアニキ、夜にいつもの酒場だからな」

 グンヴァは念を押しながら部屋を出ていった。

「何の話?」

 シルヴァが閉められたばかりのドアからリットに視線を変えながら言う。

「気にするな。気にしたって教えねぇんだから」

「じゃあ、ウィルのことに答えて」

「同じだ。気にすんな。気にしたってどうもならねぇんだから」

「次、ためにならない助言をしたら、お兄ちゃんは男が好きって言いふらすからね」

「根も葉もねぇ噂を誰が信じるかよ」

「だから、私が根付かせるの。私が女友達に言えば、すぐに根っこはこの国を飛び出して、葉っぱどころじゃなく、あちこちで花咲かせるよ」

 シルヴァは言い切ると、景気付けのように勢い良く「はんっ」と鼻を鳴らした。

「わかった、一つ例を出そう。グンヴァの時はただの勘違いだった」

「つまり、今回も私の勘違いってこと」

「そうだ。でも、そんなこと関係なくアイツはフラれた」

「なにそれ、私もフラれるってこと」

「まさか、違う。オマエの場合はフラれるところまで進んでないだろ。いいか、男が目の前にぶらついてる肉を食わないってことは、表面に塗った毒に気付いてるってことだ。わかるか?」

「わかるわよ。ぶらついてる肉を食べないなら、ブラを外せばいいだけでしょ」

 シルヴァはブラの肩紐を引っ張って見せる。その時、相変わらず派手な装飾のブラ本体も顔を出した。

「違う。いや……男の心理的には当たってるけど、今は違う」

「なに、結局どっちなのよ」

 シルヴァは出ない答えに焦れったそうに顔を歪める。

「もうちょっと大人になれってことだ。せめて肉の中に毒を隠せるくらいにはな。で、食った男は後悔する。その日の晩に後悔するか、翌朝に後悔するかは、その毒次第だけどな」

 リットがからかいの笑い声を混ぜると、シルヴァは不満げに小鼻を膨らませた。

「そうだ、言い忘れてたぜ」

 そう言いながらグンヴァがドアを開けると、シルヴァはすぐさま眉毛に手を置いた。

「やだ、やっぱり眉毛の形違うの?」

 グンヴァは呆れたように眉をひそめてシルヴァを見た後、リットの方を見た。

「アニキ、言い忘れてたぜ。一人来れねぇから、誰か代わりを連れてきてくれ」

 グンヴァは「アニキ」と強調して言うと、またすぐに部屋を出ていった。

「なんか足りないの?」

「らしいな」

「なにか教えてくれたら、誰か紹介してあげるけど?」

「聞き飽きただろうけど言うぞ。気にするな」

 リットが人差し指をシルヴァに向けると、シルヴァもリットに人差し指を向けた。

「なるほど、大人の話ってわけね」

 そう言って、シルヴァは意味ありげに人差し指を揺らす。

「そう、大人の話だ」

 リットも指を揺らして同じように笑った。



 夜になり、酒場ではグリザベルのどこか上機嫌で不気味な笑い声が響き渡っていた。

 他にも、リット、グンヴァ、テイラー、アリゲイルの合計五人で一つのテーブルを囲んでいた。

「ダイスゲームとはな。まさしく児戯だな。だが、せっかくの友人達との集まりだ。これ以上無粋なことは言わんぞ」

「別にいいけどよ。なんでアネゴを誘ったんだ?」

 グンヴァが手を上げて酒をおかわりするついでに、リットに聞いた。

「部屋に引きこもってたから、引きずり出してやったんだよ。金も持ってるしな」

「好きで引きこもっておったわけではない。お主が出掛けた後も、我は一人で大鏡のことを調べていたのだ。するとな、一つ面白いことがわかった」

「それは今から、オマエから金を巻き上げてタダ酒を飲むより面白いことか?」

「まぁ、よい……。どうせ酒の席で話しても、お主は覚えておらぬからな。して、なにをする?」

「殺しでもするか」

 アリゲイルがワニ口を怪しく曲げて、五個のダイスを掴んだ。

「どこで、誰をだ! 我はそんなことしたくないぞ!」

「そんな物騒なことを言うな。何人殺したかを競う、単純なゲームだ」

 グリザベルの反応を見て、リットが楽しそうに言った。

「そっちのほうが物騒ではないか! 騙されたぁ。我はリットに騙されたのだぁ、もう帰る」

 立ち上がって帰ろうとするグリザベルをよそに、アリゲイルは楽しげにサイコロを振った。

「まぁ、待ちなよアネゴ。ちょうど殺しが完成したからさ」

 テイラーが指すと、テーブルの上で五個のダイスがバラバラに散らばっていた。

「まさか、『バラす』と『殺す』をかけたゲームと言う気ではないだろうな……」

「あはは! 面白いこと言うねぇ。でも、それじゃあ勝負にならないよ。テーブルに転がったダイスをよく見てみな。出た目は、五、六、四、二、三。まず。五六四でころしの完成。で、残りのニと三を足して、合計五人殺したってことさ。ころしが完成しないうちは、任意のダイスを残してニ回まで振り直しあり。それを三回やって、殺しの合計人数が多い人が勝ちさ。で、ドンケツはトップに酒を奢る」

 テイラーの説明を聞いて、グリザベルはほっと胸をなでおろすと、椅子に座り直った。

「物騒な名前を言う前に、まずルールを説明せい! 勘違いしたではないか」

 グリザベルはリットを睨みながら言う。

「賭け初心者をからかうジョークみたいなもんだ。いちいち気にするなよ」

「リットはいつも説明が足りないぞ。しかし……そうとわかれば」グリザベルはテーブルに肘をついて、組んだ指に顎を乗せると、いかにもな雰囲気を作った。「――我も存分に殺すとしよう」

「殺すじゃなくて殺し。語呂に合わせろよ」

「細かいぞ……。よいではないか」

「ダメだ。次からは減点だ」

 

 グリザベルがルールに慣れ、ダイスゲームが盛り上がり始めた時、場違いな新品のドレスを着たシルヴァが酒場に入ってきた。

「ごめーん、遅れちゃった。わかってる。遅れた理由はちゃんとあるの。見て、眉毛の形。鏡に映したみたいにぴったり対称」

 シルヴァが眉毛を指しながら、ニコニコとリット達のいるテーブルに近づいてくる。

「遅れたのは気にすんな。でも、呼ばれてないのに来たのは気にしろ」

 リットは勝ち取ったビールを飲みながら、シルヴァを手で追い払った。

「なんで? 一人足りないって言ってたじゃん。見て? 一人登場。それもとびっきり可愛い子」

 シルヴァは自分で自分を指差した。

「オマエもよく見ろ。もう一人足してんだ」リットはグリザベルを指した。「あんなんでも、グリザベルは一応大人だ。オマエは子供。そして、ここは大人の集まりだ。誰が必要ないかはわかるよな?」

「そう、そこ。私が言いたいのはまさにそこなの。お兄ちゃん私に大人になれって言ったよね? だから、大人になりに来たの」

 シルヴァの言葉を聞いて、酒を片手に「奢るよ」と、シルヴァに言い寄ってくる男の群れが一瞬にして出来上がった。

「そういう意味じゃねぇから帰れ。ここにいるのがオレじゃなくてヴィクターだったら、今集まった全員、明日から酒瓶の代わりに自分の首を片手に持つことになってるぞ」

 リットが「散れ散れ」と追い払うと、酒場の男達は舌打ちを残しながら離れていった。

「なにも追い返すことないじゃん。まだ、いい男か見極めてないのに」

「もうすぐしたら、オマエの愛しのウィルが爺さんを迎えに来るから、ついでに送ってもらえ。それまでは、ここに居ていい」

「それって、いつまで居ていいってこと?」

「今すぐ帰れってことだ」

 リットは店に入ってきたばかりのウィルを手招きで呼んだ。

「今日はずいぶん大人数で飲んでるんですね」

「ウィル、まずシルヴァを送ってけ。その次にじいさんだ」

「いきなりなんですか……」

「オマエはそういう役だろ。早くこの迷い込んだ馬を牧場に戻してきてくれ」

「わかった。もういい、帰る。ウィル行こう」

 シルヴァはリットに向かってベーっと舌を出すと、まだ状況が飲み込めていないウィルの腕を引っ張って酒場を出ていった。

「可愛いもんだ。アタイにもあんな時期があったねぇ。大人と同じことをすれば大人になれるって思ってたもんさ。アタイはもっと聞き分けが悪かったけどね」

 テイラーは二人の背中を見送りながら言った。

「そういや、珍しくあんまりゴネないで帰ったな」

 いつもと違うシルヴァの行動にリットは頭を悩ますが、グンヴァは悩むことなく答えを出していた。

「そりゃ、あれだろ。ウィルが来たんだから、こっちはもう用無しってことだろ。シルヴァが賭け事に興味あるなんて聞いたことねぇもん」

「なるほど……目的はそっちか。オレは口実作りのだしにされたわけだ。オマエもあれくらい積極的ならな」

 リットはため息を付きながらグンヴァを見た。

「なんだよ。早く振れよアニキ。殺しの最中だろ。それとも、まだ何かオレに言う気か?」

「そうだ。オマエは一生女殺しにはなれない」






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