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ランプ売りの青年  作者: ふん
命の灯火編(下)

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第十三話

 羊皮紙に書かれた魔法陣の中心に、赤い宝石が一つ置かれている。

 部屋の明かりは羊皮紙の四隅に置かれた四本のロウソクのみで、日差しの一つも入ってこないように厳重にカーテンが引かれている。

 グリザベルの白い手がロウソクに照らされ赤く染まり、暗闇から浮かび上がるように宝石に手をかざした。

「忘却の彼方に散り光る紅きなるものよ。火に揺れ、水を呼び、風に消え、地に還る理から外れよ。我が遠幻の月にも似た濁し輝きを与えよう。暁亡き黄昏亡き世界で再び目を覚ませ」

 グリザベルが意味のあるかわからない詠唱を終えしばらくすると、四本のロウソクの火が大きく揺らめきグリザベルの手の影を歪ませた。

 グリザベルが強張った手をどけると、手の下にあった魔宝石は元の輝きとは違い、どこか鈍い輝きを放っていた。

 グリザベルは大きく深呼吸をし、辺りを一層静ませる。

「これで魔宝石の完成というわけだ」

 影に隠れるグリザベルの口元が誇らしげに曲がると、バニュウが惜しみのない拍手を浴びせた。

「すごいです! さすがグリザベルさんです!」

 バニュウだけではなく、ヴィクター、セレネ、チリチーの姿もある。皆一様に拍手を響かせているが、リットだけは呆れた顔で照れを押し殺すグリザベルの顔を見ていた。

 ことの発端は朝食後。バニュウが魔宝石の作り方を知りたいと言ったことから始まった。

 初めは魔女の技術をおいそれと晒すわけにはいかないと断ったグリザベルだが、口車に乗せられてからは早かった。

 あれを用意しろこれを用意しろと自ら仕切り始めたのだった。

「して、ヴィクターよ。この魔宝石をどうする?」

 全員の尊敬を含む視線に、グリザベルは笑みを隠せずに言った。

「おい、グリザベル」

「どうした、リット。欲しくてたまらぬような声色だの」

「さっきの詠唱、全く必要ないだろ」

 リットがカーテンを開けながら言うと、グリザベルは日差しから逃げるように身体を丸めた。

「こら、開けるな! 余計なことを言うな! 雰囲気を大事にせい! せっかくの我の見せ場だったんだぞぉ……。なぜこんなことをするのだー!」

「悪いな。ムカついた以外の言葉が見つからねぇ」

「謝るところはそこではないわ!」

「こら、リットさん。子供みたいな意地悪しちゃダメよ」

 セレネが咎めると、リットはやりきれないように肩をすくめてから手近な椅子に腰掛けた。

「それより、早くしまったほうがいいんじゃないの?」

 チリチーが少し心配そうに、濃い紅色の影を落として鈍く光る魔宝石を眺めていた。

「魔法陣の上に置いてある限り大丈夫だ。保管するのならば、それ用の魔法陣も描いてやろう。デモンストレーションをしただけだから、効果は短いがな」

「なら試してみてもいいですか?」

 バニュウが目をきらめかせながらグリザベルと魔宝石を交互に見た。

「構わぬ。これは乾の性質の魔宝石だ。ちょうどよい、そこのグラスの中に入れてみるがよい。箱に入れて封印してるわけではないから、すぐに効果が出る。手で持つことはないようにしろ。指が干からびてしまうからな」

 グリザベルが指したのは、飲みかけの水が入っているグラスだった。

 リットが制止するより早く、待ちきれないバニュウが魔法陣の書かれた羊皮紙を持ち上げて魔宝石を入れてしまった。

 するとコップに残っていた四分の一ほどの水は、みるみる魔宝石に吸われるようにして消えていった。水滴の一つさえも残っていない。

「時の大戦争では、川を干上がらせて行軍したとも聞く。その頃は魔宝石という技術はなかったので、名も無き一人の偉大な魔女がミイラになってしまったがにゃ」

 グリザベルの語尾は、リットに頬をつままれたことによって、頓狂なものになってしまった。

「なにをするのだーっ」

「こっちのセリフだ。人の酒を消滅させておいて、なに言ってやがる。なにが――時の大戦争ではだ」

「落ち着け! 心配せずともよい、見よ。ウィッチーズカーズが起こっておる」

 グリザベルが慌ててコップを指したので目を向けると、水滴一つなかったコップが曇っていた。

 リットはコップを持ち上げて中身を確認すると、グリザベルを睨みつけた。

「量が減ってる」

「乾に反するものは水ではなく、湿だからな」

 リットはコップの中身を一気に飲み干すと、より強くグリザベルを睨んだ。

「味が変わってる」

「消して出したわけではないから、仕方のないことだ。……もしかして、怒っておるか?」

 グリザベルは組んだ指から両手の人差し指を立たせると、その先同士をチョンチョンと合わせながら、ご機嫌伺いのように頼りない上目でリットを見た。

「さぁな、それはこれから決める。当然償いはしてもらう」

 リットが不機嫌に笑みを浮かべると、急にヴィクターが声を張り上げた。

「そうだ! 脱がせろ!」

「あなた……」

 セレネが睨むように目を細める。

「おっと……心の声のつもりが」

 セレネにお尻をつねられたヴィクターは、乾いた笑いを浮かべ必死に弁明を始めた。

「わかっておる。ちゃんと弁償するわ。後で酒を奢ってやろう。それでよいだろう?」

 了解の意で頷くリットの肩をチリチーが指先で叩いた。

「でも、残り一口分くらいの量と、奢りのお酒はずいぶんな差がないかな?」

「リッチー。最後の一口は、フルコースを食うのと同じくらいの価値があるのを知らねぇのか?」

「食後酒は食べた後に飲むもんだよ」

「オレが言いてぇのは、なにを持って食後かということだ」

「どういうことさ」

「余計なことを言うなってことだ。そもそも、オマエがランプ修理の依頼を持ってこないから、オレの酒代もなくなってきてんだぞ」

「そりゃ、全部の家のランプが壊れるわけじゃないんだから無理だよ。それとも、壊して回れとでも言う気?」

「そうしてくれるか?」

 リット達がそれぞれ言い合っている中、バニュウは興味深そうに魔法陣を見つめていた。

「グリザベルさん。これがあれば僕にも魔宝石が作れるんですか?」

「魔法陣は指紋と一緒だ。どれ一つ同じものはない。己の魔力の量と癖を把握し書き上げるもの。他人の魔法陣を理解するのは難しきことだ。魔宝石を作りたければ、まず己を理解すること。わかったか、バニュウ」

「はい!」

 バニュウの気持ちの良い返事は、グリザベルを調子に乗らせるには充分過ぎるものだった。

「もっとも、我のように知深き者ならば、他人の魔法陣に介入することもできるがな! フハハハ!」

「私は魔宝石なんて使わなくても火を出せるけどね。ウィッチーズカーズなんてものは起こらないし」

 チリチーは指先に火を揺らめかせ、消えていたロウソクに火を灯した。

「本来、人間の体は魔力を入れる器としては出来ていない。故にウィッチーズカーズという現象にも耐えられぬ。ここまでは前にリットに話したな」

 リットが首を傾げると、グリザベルは苛立たしげにテーブルを叩いた。

「話したのだ! よいか、チリチーの身体にもウィッチーズカーズが起こっていないわけではない。より強い魔力で上書きすることができる。チリチーの場合は『火』という無限の魔力があるから、ウィッチーズカーズに耐えられるというわけだ。四大元素で身体が構築されている精霊体の強みだな」

「つまりこういうことだね」

 チリチーは熱くなく燃える指をリットの目の前にかざした。

「なんだよ」

「リットより私のほうが凄いのは、火を見るより明らかってこと」

「風前の灯火って言葉知ってるか?」

 リットが口をすぼめて息を鋭く吹くが、その程度じゃ消えるはずもない。

 チリチーは意識的に指の火を大きくした。

「火は風があるとよく燃えるんだよ」

「それは火に油を注いだってことでいいんだよな?」

「まぁまぁ、たまには素直に負けを認めなよ。今回は私のほうが一枚上手ってことで」

 リットとチリチーは既にグリザベルの話を聞いていたなかったが、そんなことには気付かずグリザベルは続きを話していた。

「ウィッチーズカーズというものは、人間が作り出したと言っても過言ではない。ウィル・オー・ウィスプの火の魔法だったり、人魚の水の魔法だったり、本来魔法は特質した一つを使うのが正しいのだ。しかし、人間は四大元素全てを使おうとする。遥か昔、人間が一つの元素に絞り魔法を使っていたならば、ウィッチーズカーズという現象がなかったかも知れぬということだ。わかったか? リッ――」目を閉じ得意になって話していたグリザベルは、言い終わりに目を開くと、ようやくリット達が自分の話を聞いていないことに気付いた。しかし、一人だけ一言一句聞き逃すまいとしている者がいた。「わかったか? ――バニュウ」

「あまり、わからなかったです。僕ケンタウロスですし」

「よいよい、わからないということがわかるだけでも大したものだ。他の者は我の話が難しすぎて、聞くことさえ諦めたようだからな」

 グリザベルは自分の都合のいいように纏めると、高笑いを響かせた。



 昼になりリットは酒を飲みに、グリザベルとチリチーは昼食を目的に酒場へと来ていた。

「おう、リット。今日は両手に花か」

 店主がグリザベルとチリチーにだけ気持ちのいい笑顔を向けた。

「おう、誰にも摘み取られてねぇから根っこごと引っ張ってきたんだ。今日は珍しく、自分の意志で昼から開けてんだな」

「仕入れて出すのを忘れてた食材があるんでな。暖かくなってから、食材が傷むのが早くて困るぜ」

「そこで、おじさんにいい話が。傷みやすいものは凍らせちゃえばいいんだよ」

 チリチーは人差し指を振ってもったいぶった。

「チリチー様じゃ、食材を凍らせるどころか消し炭にされちまいますよ」

「ここにいるのは、かの有名な魔女ディアドレの子孫。グリザベル・ヨルム・サーカス。彼女に不可能はないのだ!」

 チリチーが仰々しく紹介すると、グリザベルは高笑いを響かせた。

「そう、褒めるでないわ」

「なんだ、そんな凄い女だったのか、アンタ」

「如何にも、我は凄き女だ。気分も良いし、『冷』の性質の魔宝石でも送ってやりたいが――無理だ」

 グリザベルは笑いを止め、疲れたようにため息をついた。

「ありゃ、そりゃまたなんで」

 紹介した手前、否定の言葉にチリチーは顔を渋くする。

「魔宝石は一つ作るのに多大な精神力を使う。魔力の大小に関わらずな。簡単に作れるのならば、世には魔宝石が溢れておる。新しい魔宝石を作ろうにも、三日は無理だ」

「それもそうだね。悪かったね、おじさん。ぬか喜びさせて」

「本当だぜ。まっ、一瞬でも喜ばせてくれた礼に、昼はごちそうしましょうかね」

「おぉ、気前良いね」

 チリチーが鼻歌でも歌うような軽い口調で言った。

「要は腐りかけのものを処分させるだけだろ」

「チリチー様にそんなものを出すわけないだろう。傷んだのは常連用だ。リットにもごちそうしてやるんだ、ありがたく思えよ」

 店主はリットに向かって笑い声を響かせると、掛けていたフライパンを取り出して料理を始めた。

 リットは何の気なしに見ていたフライパンで、唐突にあることを思った。

「そういえば魔法陣ってのは、円じゃなけりゃダメなのか」

「円とは魔法陣の側のことだな。正円に限らず、楕円でもできぬことはない。現に楕円形の魔法陣がいくつか残っておる。四角や三角で成功した者の話は聞いたことはないがな」

「ディアドレもか?」

「少なくとも我の記憶にはない。魔法陣とは魔力を循環させるのが大事。側の円は魔力を制御するものだ。角は削れてしまうが、円は削れることはないからな。しかし、円だけでは単純な術式しか描けぬ。単純な魔法陣は、ただ魔法陣の上を魔力が流れているだけだ。具現化させたり、魔宝石のようなものを作るには、芒星や四角も必要になる。循環、増幅等をさせるために、魔法陣の中の模様は複雑になっているというわけだ。側が四角いと、術式を間違っていた時に、魔力の流れに耐えきれず暴走してしまう」

「複雑だねぇ。聞いてるだけで頭が痛いや」

「大事なのは繋ぐということだ。四性質の点と点を結び線にし四大元素とし、循環し増幅させては四性質に戻す。そしてまた別の四性質を結び、新たな四大元素へとする。それを繰り返し微調整することにより、魔力を安定させていくのだ」

「うーん……魔力って安定させないといけないものなのかな? 例えば水の魔法が暴走したとして……」

 チリチーはコップを掴むと、中身をリットの服に向かってかけた。

「おい……ずいぶんあからさまな虐め方をしてくれるじゃねぇか」

 リットは濡れたシャツをつまみ、肌から離しながら言った。

「まぁまぁ、すぐ乾かすから。で、安定した火の魔法がこれだとする」チリチーは小さく燃える人差し指の先をリットの胸に押し付ける。「でも、これだと乾かない。それが暴走した火の魔法だとこのとおり」

 今度は人差し指の炎を大きくした。すると、みるみるうちにシャツが乾き出した。

「ふむ、暴走したものを安定させるには暴走も必要ということか……」

「とか、暴走するのと同じくらい強大な力に対抗するとかね」

 リットのシャツが乾いたのを確認すると、チリチーは人差し指を離した。

「おい、リッチー……」

「ね、ちゃんと乾かしたでしょう」

「コップの中身が酒か水か確認しないまま、オレにぶっかけて火をつけたよな」

「あーっ……。まぁ、燃えなかったんだから、怒らない怒らない」







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