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ランプ売りの青年  作者: ふん
妖精の白ユリ編

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第十六話

 夢の終わり、光の玉が右往左往へと忙しなくまぶたの外側で動いているのが見えた。

 リットが目を覚ますと、夢の内容は手のひらから砂が滑り落ちるように消えてしまった。

 代わりに、風に揺れる木々のざわめき、ノーラの寝息が聞こえている。耳を傾けているわけではないが、それらがよく聞こえているのは、器官が耳しか働いていないからだ。まぶたは縫い付けられたようで、体も縛られたかのように動かない。それでもいいかと思ってしまうほど、寝起きの心地良さは体を堕落させていた。

 しかし、冷たい土と草の感触に、体は急激に目覚めへと向かっていった。ようやく、腕が自分の意思で動かせるようになった時には、底冷えと背中の痛さにテントを張らずに寝たことに、リットは後悔をし始めていた。

 これではいくら寝ても、森を徘徊していた疲れは取れそうにないと思っていると、空を切るような音と衝撃が走る。

 頬をムチで打たれたような痛みに目を開けると、小枝を両手に持ってアッパースイングで振りぬいた姿のチルカが、リットの瞳に映った。

「乱暴な起こし方をする奴だな……」

 リットは頬に手を触れて確かめる。わずかに熱のこもった頬は、幸いミミズ腫れにはなっていないが、ヒリヒリとした痛みが広がっていた。

「最初は普通に起こしたわよ。眠りこけて気付かなかったのはアンタじゃない。二人してグーグー寝ちゃって……ていうかアンタ、私が花の説明してる最中で寝たでしょ!」

「妖精の白ユリは、太陽の光を吸収して放出するんだろ」

 リットはあくびをしながら、少し遠くで寝ているノーラに目を向けた。ここについた時と変わらず、リュックを背負ったまま身を放り出した状態で寝ている。改めて見ると、行き倒れの死体のようにしか見えなかった。

「その後もずっと説明してたのよ!」

 鼻息を荒くしたチルカが、リットに詰め寄りながら言った。心なしか、羽までも怒りに任せてはためかせているように見える。

「そんなに話したけりゃ、今もう一回話せばいいじゃねぇか」

「あのねぇ……。そういう問題じゃないでしょ。話してる最中に寝るのは、失礼だって言ってるのよ。こっちはアンタが静かに聞いてると思って、一晩中得意顔で話してたんだから!」

「相槌がない時点で気づけよ。それより、起こしたのにはそれなりの理由があるんだろうな」

 リットは眉を吊り上げて、露骨に寝起きの機嫌の悪い顔をチルカに向ける。目は覚めたものの、薄暗い森の中にいるせいか、すっきりとした目覚めというわけにはいかなかった。

 リットの不遜な態度に声にならない声をあげたチルカは、空中を踏み鳴らすように足をばたつかせ始めた。

 妖精のチルカの体は小さく、リットからは頭から爪先まで全体を見ることが出来た。手どころか、足や羽も使って怒りを表現するのが面白く、思わずまじまじと眺めていた。

 そのリットの態度がまた癪に障るので、チルカは地団駄を我慢するように、うつ向いてフルフルと小刻みに震えだす。やがて意を決したように顔を上げ、リットを睨みつけると、人差し指で口を横に広げて「いーっ!」と言いながら歯を出して威嚇した。

「何年生きてるか知らないけど、見た目通りまるっきり子供だな」

「あーもう! 妖精を見た目で侮ると後悔するわよ」

「後悔するほど妖精と関わるつもりもねぇよ。用がないならオレは寝るぞ。肌寒いし、地面は固いし、疲れを取るにはいつもの倍は寝ねぇと」

 ぶつぶつと文句を言いながら横になろうとするリットを見て、チルカは慌てて止める。

「わかった! わかったわよ! ちょっと待ってなさい!」

 そう言うとチルカは、枝を折りながら真上へと飛んでいく。数本折ったところで、人間の目には分からない程度の僅かな陽射しが差し込んでいた。

 人間のリットの目では明るさの変化は感じられず、突然のチルカの奇行を目で追っていた。

 チルカが下りてくると「見てなさいよ」と言って、両手に持った枝をリットに押し付けて、一つの花に向かって指を差した。

 チルカが花に指を差したことによって、ようやくリットは今は朝だということに気づき、妖精の白ユリが光る瞬間を見られるのだと高揚感がこみ上げてきた。光ってくれという天に祈るような気持ちではなく、嘘か真かギャンブル的な心持ちで見つめる。

 少し暖かい風が吹いたその時だった。森に隠された見えない太陽と妖精の白ユリを結ぶように陽射しが差し込んできた。

 白ユリに届いた光は、天空から降り注いでいるのか、花から突き上げているのか分からなくなるほど鮮やかに輝いている。光の柱は粒を纏い、一際強く光ると、一箇所に収束するように細くなり消えた。代わりに一つの白ユリだけが変わらずに光っている。今度はその花の光に触発されるように、次々と近くの白ユリが輝き、森の中に太陽の色を広げた。

 それは、火のような赤ではなく、迷い蛾の鱗粉の様な緑黄色でもなく、人魚の卵のような青白い光りでもなく、紛れも無く太陽の色で光っている。

 目を奪われる光景に声が出ないリットの横で、チルカは「ああっ」と後悔するような声を出していた。「せっかくの『光落とし』だし、日光浴すればよかったわ」

「光落とし?」

「この森は朝でも夜でも、明るさが変わらないでしょ。だから、少しだけ枝を落として朝が来たことを花に教えてあげるの」

「朝の日は昇るというのに、落とすとはなかなかおもしろい言葉遊びだな」

「ほっといても、その日の森の成長具合や朽ちかけ具合で、差し込む光が強くなると自分で光るんだけどね。朝の太陽の光は気持ちいいから、たまに私達が枝を切って日光浴するのに使うのよ」

 チルカはフワフワと飛んで行き、上向いた妖精の白ユリを探して潜り込むと、ソファーで休むように横になり「光の柱には負けるけど、これもなかなか気持ちいいのよね」と言うと、体中に光を浴びて気持ちよさそうに目を細めた。

 リットは近くで光る妖精の白ユリを茎から摘み取るとしげしげと眺めた。肌に感じるような暖かい光を放っている。

 花びら自体が光っているわけではなく、中にある花柱の先にある花頭から光が発せられていた。光は強くなく。目を開けていられるが照らす範囲は大きく、それが不思議な光に見える。

「おい、ノーラ起きろ」

 リットは摘み取ったばかりの妖精の白ユリでノーラの顔を叩く。すぐには反応がなかったが、繰り返し叩いていると、ノーラはあくびか唸り声か分からないものを上げて目を開けた。

「なんなんスか、旦那ァ……。寝起きにそんな汚い花を近づけないでくださいなァ」

 タイミングが悪かったのか、ノーラが目を開ける頃には妖精の白ユリの光は消えていた。寝惚け眼を擦るノーラに見せるために、なるべく光の強そうな白ユリを探していると、蝋燭の火を吹き消したように一斉に光が消えた。

 妖精の白ユリの光が消えるということは、朝焼けが終わることを意味していた。

「残念。タイムアップみたいね」

 花の中から出てきたチルカは、太陽の温もりを名残惜しそうにしていた。わざわざリットの前まで飛んでくると、羽音立てるくらい羽を勢い良く動かして花粉を飛ばす。

 リットは顔に飛ばされた花粉を手で拭い取ると、ノーラが汚い花と言っていたのを思い出して、手に持った妖精の白ユリを見た。摘み取られたせいか、花は閉じること無く開いたままになっている。綺麗な白色だった花びらは、しわがれて茶褐色に染められていた。光を放っていた花頭に触れると、燃えカスのように柔らかく砕けて指を汚した。

「おい、どういうことだ」

「アンタが摘み取っちゃったからでしょ。花は摘まれた時点で仮死状態に入るから、どうしたって長持ちは無理よ。特にサンライト・リリィはデリケートな花だし」

「そういうのは先に言っとけ。あとな、サンライト・リリィって紛らわしいからやめて、妖精の白ユリに統一しろよ」

「なんでアンタに合わせないといけないのよ。太陽の光を放つユリなんだから、サンライト・リリィの方が正しいじゃない。妖精の白ユリなんて人間が勝手に付けた名前でしょ」

「オマエが好きなお伽話からきた名前なんだし、少しくらい融通を利かせねぇか」

「はいはい、分かったわよ。しょうがないからバカに合わせてあげるわよ」

 相変わらずの口論を繰り広げる二人を見て、ノーラは寝起きで少し汗ばんだ髪をワシャワシャと掻きながら、ムニャムニャと口を動かし「放置されてる身にもなって欲しいっスよ。わざわざ二人の喧嘩を見せるために、私を起こしたんですかァ?」と、呆れた声を上げた。

「オマエは肝心なことを見逃して、ここまで来た意味が無いな」

「アンタだって、私が起こさなかったらノーラと同じように見逃してたのよ」

「ありゃ起こしてたのか、オレはてっきり新手の嫌がらせだと思ってたよ。――ノーラ、オマエのリュックに入ってる植木鉢を取ってくれ」

「そんなもの入れてたんですか。どおりで重いわけでさァ」

 ノーラはリュックを敷布団代わりにしたりしていたので割れている可能性もあったが、幸いなことに割れてはいなく、スコップと一緒にリットに手渡した。

 リットが妖精の花を掘り起こそうとしゃがむのを見ると、チルカはリットの手の甲に立って止めた。

「一晩くらいなら保つかもしれないけど、明日の朝には枯れているわよ。さっきも言った通りデリケートな花だから、人間の手が何年も入っていないような土じゃないと育たないの」

「そりゃデリケートっていうよりもマイペースな花だろ。それにしても困ったもんだ……」

 出回っている妖精の白ユリが品種改良されている理由は、おおむね酒場の店主が言った通りだった。

 リゼーネ二世がこの花を発見した時も同じく困ったのだろう。建国されたばかりの国では、掘り起こされていない土地はなく、妖精の白ユリを植え替えて育てることは出来ない。どの土でも育つ妖精の白ユリに品種改良するには、相当長い年月が掛かったことだろう。

 エミリアの屋敷の庭一面に植えられている花も、当然品種改良されたものであり、光を失う代わりに強い生命力を手に入れたものだ。

 研究するには天然の妖精の白ユリが必要なのだが、森を出てリゼーネに戻るには三日はかかる。かと言って、ここに長居できるほどの用意もしてきていない。一度リゼーネに戻る選択しかなさそうだった。

「それもこれも全部昨日説明してあげたわよ。アンタが知らないのは、最後まで話を聞かないで寝るからでしょ。自分が悪いのに文句を言うなんて子供ねぇ」

 チルカはしてやったりと笑い、気落ちしたリットに畳み掛けた。

 リットはチルカの言葉に反発するように前向きに事を考えることにし、枯れても役に立つことを願って二輪ほど鉢に植え替えると立ち上がった。

「前進してることには変わりないんだ。ノーラ、一度戻るぞ」

「んげぇ! 一度ってことは、またこの森に来るんですか?」

「『また』が一回で済めばいいけどな」

「私はエミリアの家で美味しい野菜料理を食べながら、だらだらしたいんっスけど……。これじゃ、なんの為にリゼーネに来たかわかりませんぜ」

「まぁ、オマエは居ても居なくても一緒だったけどな。結局森でもだらだらしてたじゃねぇか」

「だらだらするっていうのは、疲れてないからこそ意味があるんです。疲れるって言葉は私に似合いませんって」

 偉そうな態度で情けないことを言うノーラに、リットは帰り支度を始めるよう目配せをして、自身も散らばった荷物をしまい始めた。両手はランプと鉢植えで埋まってしまうので、リュックに入れられるものは全て仕舞いこんだ。

 二人が帰ると気付いたチルカは、慌てた様子で声をかけた。

「ちょっと! お礼! ……まだ感謝の言葉を聞かせてもらってないんだけど」

「そうだった。ありがとな」

「あら、やけに素直じゃない。てっきり「礼なんか言うか」とでも言うと思ったのに」

「それだけ収穫が大きかったってことだ。他のことはともかく、妖精の白ユリが咲いている場所まで案内してくれたことには感謝してるぞ」

「ふーん……」

 チルカは妙に含みのある相槌を打つと、神妙な面持ちでリットを見た。

「変に勘ぐるなよ。別に戦争中ってわけでもないし、ありがとうの言葉が必要な時はいくらでも言う」

「なんか違うのよねぇ……。もっとへりくだった言い方してくれないと、私が偉そうにできないじゃない」

「例えばどんなだよ」

「「私が悪うございました。堪忍してください。二度と大層なことは言いません」って、こみ上げてくる涙を飲み込みながら言うとか」

「おう、二度目はねぇから気をつけろ」

「違うわよ! アンタが言うの! さっきいくらでも感謝するって言ってたじゃない!」

「どう考えても、さっきのは感謝の言葉にはならないだろ。感謝はしても謝罪をする気はない」

 しばらく言い争いを続けていると、ノーラの「準備完了でっス!という声が聞こえたので、リットはチルカに別れを告げた。

「じゃあな。人間に絡む暇があるなら、一緒に暇をつぶせる友達くらい作っとけよ」

「勝手に友だちがいないって決めつけてるんじゃないわよ!」

 チルカは、ランプで辺りを照らしながら歩く二人の後ろ姿を見送った。







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