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ランプ売りの青年  作者: ふん
妖精の白ユリ編

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第十五話

 チルカに妖精の白ユリの元まで案内を頼むと、意外にも二つ返事で了承した。

 妖精の白ユリがどこにあるか知らないリットに対して優越感を抱いたせいか、チルカは上機嫌に羽を動かしながら先頭を飛んで道案内をしている。

 その負けず嫌いな性格のおかげで、天然物の妖精の白ユリを拝めそうなのだが、リットはどうも腑に落ちない気持ちが胸の中を渦巻いていた。

「本当に妖精の白ユリがあるんだろうな」

「サンライト・リリィでしょ。あるわよ。疑い深い性格ね」

「妖精ってのは人を迷わすのが好きみたいだから用心してんだよ」

 リットは干し肉を咥えながら、身の丈ほどある背の高い草を力づくに踏みつけながら歩く。見晴らしを良くするためでもあるが、倒れる草がチルカに当たればいいというあさましい気持ちもあった。

「あんたが私に感謝をしてヘコヘコする姿を見るほうが、迷わせるより見てて楽しいじゃない。それに隠すようなものでもない死ね」

「なんか語尾に悪意を感じるぞ」

「悪意が伝わって良かったわ。救いようがないほどバカってわけでもないのね」

 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべるチルカを見て、リットは咥えていた干し肉を手に持ち、チルカの背中を音が出る程度に軽く叩いた。

「なにすんのよ!」

「悪いな。どうも森の奥に進むに連れて虫が多くなってきたからな。間違えたんだ。どうやらバカには妖精と虫の区別がつきにくいらしい」

「へー、それじゃ自分がバカって認め――」

 チルカが言い終える前に、リットは干し肉をチルカの口に突っ込むように押し付けた。チルカは干し肉の重さで少し落ちたものの、懸命に羽を動かして目尻に涙を浮かべながらフラフラと上がってきた。

「悔しかったら肉でも食って大きくなって出直して来い。って肉は食わないんだったな」

 歯を見せ付けるように大口を開けて笑うリットを睨みつけながら、チルカは両手両足を使って口にはまった干し肉を抜き取る。

 リットはチルカの高慢さに。チルカはリットの傲慢さに。お互い敵意を隠すこと無く、じゃれ合いにも似た口論を繰り返していた。

「何言ってるのよ。食べるわよ。フェアリーもエルフも精霊体じゃないんだから」

「オマエが食べないって言ったんじゃねぇか」

 リットが低い声で言うと、チルカはやれやれといった風に両手を広げて頭を横に振る。

「単純に好物苦手の問題よ。食べる妖精もいるにはいるわ。でも、精霊との交流祭の時期は絶対口にしないわね。そういうのって人間にもあるでしょ? もっと柔軟に考えなさいよ」

 チルカの口振りに、思わずリットのランプを持つ腕に血管が浮かび上がったが、リットが余計な口を挟む間もなく「森の守護者って呼ばれている純粋なエルフは、肉は食べないんだけどね」とチルカは続けた。

「だからどっちなんだよ」

「肉を食べる必要があまりないのよ。足りない栄養は擬似光合成で補えるから。雨の日が続くと食べるくらいね。あまりに食べないから味もニオイも苦手になっていくのよ」

「擬似光合成ね……なんでそんなことが出来るんだ?」

「だーかーらー! 妖精やエルフは太陽神の加護を受けてるって言ってるでしょ。肉を好んで食べるのはダークエルフよ」

 チルカはリットの耳元まで飛んでいき、小さな手で耳を引っ張ると大声を出して言った。

 肉を食べるのは『ダークエルフ』であり、森の守護を放棄して森を捨てたエルフの通称で、そう呼ばれている。森の守護を放棄してしまうと、太陽神の加護もなくなってしまう。そのせいで太陽に焼かれ、肌は茶褐色に髪は黒く変化していった。金色の髪で白い肌が特徴の純粋なエルフとは対象的な姿だ。

 純粋なエルフと違い肉や魚をよく食べる理由は、加護を失い擬似光合成が出来なくなった分の栄養を摂る為だ。

 エルフの狩猟は森の守護の為に多くなりすぎた獣を狩り、肉や毛皮などを多種族との貿易に使う。

 ダークエルフは自分の為の狩りであり、その場で火を起こして食べたりしている。純粋なエルフと勘違いして近づいた者が、その姿を見てエルフが悪魔と手を結んだと勘違いして話を広めた。その為、ダークエルフというのは種族名ではなく通称になる。

「どの種族にも派閥ってもんはあるんだな。昔ならともかく今の時代なら、社会に順応したダークエルフの方が先見の明があるように見えるな」

「まぁ、そうかもね。森を出たせいで、快楽の為の交尾なんて悪い遊びも覚えちゃったけど」

 主にチルカが喋り、リットが気になったことに口を挟む。チルカがその問いに答えて話を広げていく。会話の間に悪口雑言があるものの、ノーラには口が悪い者同士気が合っているように見えていた。

「二人共、エミリアに聞かれたら注意されそうなくらい口が悪いっスね」

「口うるさいって意味だと、エミリアも変わらねぇけどな」

「お固いですからねェ。エミリアの息抜きってなんなんスかね」

「息抜きしないことが息抜きなんじゃねぇか?」

 妖精らしい尖った耳をピクピクさせたチルカが、聞き慣れない名前を耳にして不思議そうにノーラに尋ねた。

「ねぇねぇ、エミリアって誰?」

「旦那が花を探す理由を作った人っスよ」

 ノーラは、依頼主のエミリアのこと、妖精の白ユリの伝説のことなど、この森に来るきっかけになった出来事について色々話した。いつもの軽い口調で多少大げさな内容になったものの、チルカは興味深しげに何度も相槌を繰り返して聞いている。

「へー、そんな風に伝わってるのね。ちょっと妖精の出番が少ないけど、うわさ話としてはまぁまぁかな。少なくとも病気を運ぶって伝承されるよりは良い話ね」

「話を改変したけりゃ、学者か研究員の前に出て説明するんだな」

「人前に出るのはちょっとねぇ……」

 異種族同士の交流が盛んになり、リゼーネ王国のように多種族国家になった今でも、妖精は人の目に触れない存在として語り継がれている。

 なぜなら人と共存する妖精が少ないからだ。妖精とエルフや妖精と精霊など、似たような種族同士とは共存しているが、人間と共存しているというのは聞いたことがない。理由までは分からないが、チルカも例に漏れず他の妖精と同じだろうと思い、リットは声をかけた。

「やっぱり人の目に触れるのは嫌なのか」

「嫌ではないわよ。人に見つかるためにイタズラをしてるんだもん。ただ交流を持つとなると、真実が真実として伝わっちゃうじゃない。人間って不確かな要素があることを伝える時に、事実をそのまま伝えるよりも、色々付け加えてお伽話にするでしょう? 妖精はそれを噂に聞くのが好きなのよ」

「めんどくさい性格をしてるもんだ」

「他に娯楽があんまりないから……。知ってる? 娯楽と呼べる娯楽なんて、歌と踊りくらいしかないのよ。それも何百年も昔から同じ曲。オシャレといってもせいぜいレプラコーンの作った靴くらいだし」

 チルカは鬱憤を晴らすよう、矢継ぎ早に妖精社会の文句を垂れ流すと「刺激がないのよね、刺激が」と続けた。

「発展がないと同じことの繰り返しですもんねェ。いろんな美味しいものが食べられるのも、多種族交流のおかげっスから」

「そうでしょ。森を捨てたダークエルフや、妖精社会を出たレプラコーンの二人組の気持ちが分かるわ」

「まぁ、ちんけなイタズラばっかりしてる奴とは大違いだな」

「失礼ね。フェアリーは、ピクシーほどイタズラしないわよ」

「変わらねぇよ。どっちもしょうもないイタズラしかしないしな」

「本当にアンタは嫌味な奴ね。世の中には妖精を信仰してる人間もいるっていうのに」

「お互い様だろ。信仰って言ったって、それこそオマエが好きなお伽話程度のもんだ。困った時の神頼みってやつだな。神だろうが、妖精だろうが、精霊だろうが、すがる対象はなんでもかまわないからな」

「アンタには加護って言葉は無縁そうね」

「そんなことより道は合ってるのか?」

「合ってるわよ。自分が暮らす森で迷うわけがないじゃない」

 変わらない森はいつまでも続いている。歩いても歩いても明るくなるようなことはなく、未だ昼か夜かも分からないでいた。

 先頭を飛ぶチルカの羽の明かりだけでは頼りなく、ランプは消えること無くリットの手の下で燃えている。

 いつもは口うるさいノーラの口数も少なくなっていた。代わりに小枝や葉を踏み鳴らす音が響いている。



 長い距離を歩いたはずだが、時間が分からない森の中ではどれほど歩いたのかも感じられず、チルカの後に続いて漫然と足を進めるしかなかった。

 それから、もう暫く歩いたところでチルカが沈黙を破った。

「じゃじゃーん! 到着!」

 明るい声でチルカが言うと、リットは疲れて俯いていた顔を上げた。

 密生していた両側の木立ちは間隔を広げまばらになり、森は雰囲気を変えていた。日光も月光も射し込まず相変わらずの薄暗さを保っているが、樹々の密集度がなくなり視界が開けただけでも息苦しさが幾分和らいだ。

 少し遅れてノーラが歩いてくる。リットが立ち止まってるのを見て顔を上げると、草の絨毯に身を投げ出し「もう歩かないっス!」と言って仰向けに寝転んだ。

「少し休んだら、這ってでも手伝って貰うぞ」

「旦那の鬼ィ……」

 草の絨毯の少し向こうには、花畑が出来ていた。

 なんとも不思議な光景だった。

「なんでここだけ花が咲いてるんだ?」

「ここが暖かいからよ。森の中でも気温差があるから、寒い場所じゃ花の芽も出ないのよ」

「探しても見つからなかったわけだ……」

 リットは首をいっぱいに伸ばして花がある一体を眺めた。花と呼べるものは数えるほどしか無く、咲いていると思って見ていた花は、どれも蕾のまま重そうに俯いている。

 中程まで歩いて行き腰をかがめると、探すまでもなく、おちょぼ口のような百合の蕾が目に入った。まだ緑のままで到底咲きそうにないものが多いが、いくつか白く色を付けているものが合った。

「他にも何箇所かこういうところがあるけど、ここが一番近いわよ。私達も滅多にこないんだけどね」

「滅多に来ないって、普段は何食ってんだ? 妖精は花蜜が好きなんだろ?」

「好きよ。でもここじゃなくて、人間に整備された森の方が色んな花が植えられていて、色んな味が楽しめるから。まぁ、昔に木が切り倒された時は皆怒ったらしいけどね。住処が無くなるって。今じゃ木を切り倒した人間のおかげで、花も増えて果物も増えて悠々に暮らしてるんだから変な話よね」

 チルカは手頃な葉と花を摘み取りながら言った。

「で、どれが光る花なんだ?」

「さぁね」

「おい、やっぱりオレ達を迷わすつもりなんじゃないのか?」

「明日の朝方には、いくつか咲くんじゃない? それまでは私にも分からないわよ」

 言いながらチルカは、葉っぱで円錐状のコップを作り、花の蜜腺から花蜜を絞り出して注いだ。小さな喉を鳴らしそれを飲み干すと、別の花の花蜜を新たに絞り出した。

「ということは、今は夜か……。朝にならないと光らないのか?」

「そうよ。朝というよりは朝方ね。集めた太陽の光を、夜明けに合わせて放つの。朝焼けが終わると、また花を閉じて太陽の光を吸収するのよ」

 チルカの言葉を聞いて、リットは安堵した。夜に光らないのでは意味が無いと思っていたが、吸収して放出するのならば、単純に夜光るだけよりも使い道がある。光を吸収するものはいくつかあるが、溜めた光を放出するというのものは聞いたことがなかった。太陽の光をそのまま放出するならば、エミリアにも効果があるかもしれない。

 チルカの言っていることが本当ならば、停滞していた考えを躍進することが出来そうだ。

 疲れた体に安心感が広がると、それはこの上ない子守唄になる。いつしかリットは眠りに落ちていた。






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