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ランプ売りの青年  作者: ふん
命の灯火編(上)

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第二十二話

「ほんに良き家族だ。特にバニュウ。王を継ぐのに相応しき男よ」

 グリザベルはバニュウという話し相手ができてご満悦だった。それも、ただの話し相手ではない。

 長話にもしっかり耳を傾け、わからないことは質問する。そのバニュウの様子がたまらなく愛しかった。まるで弟子ができたかのように感じていた。

 グリザベルの口からこぼれる言葉は、全てと言っていいほどバニュウへの褒め言葉だ。

 今も興奮冷めやらぬ様子で、リットの部屋に押しかけてバニュウのことを話していた。

「学びの姿勢なき者にいくら説いてもわかる道理はない。多くのことを理解しようとするからこそ、湧き出る質問なのだ。質問は常識を増やし、知恵という財産を積み重ねていくものだ。バニュウは、我に次ぐ知恵者に成り得るかもしれぬな」

「オレもさっきから質問してんだけどな……。いつになったら答えてくれんだ?」

「そう気を揉むな。心配せずとも答えてやろうぞ。それこそ、知恵者の使命というものだ。――はて……質問はなんだったか」

 思い出そうと天井に視線を彷徨わせているグリザベルの額に、リットが指で抜き飛ばしたコルク栓が当たる。

 リットはコップに酒を注ぎ、グリザベルが涙目で額を擦るのを見てから口を開いた。

「ディアドレとディアナ国の関係を教えろって言ってんだよ」

「そうだった……。ディアナ国の国旗はどんなものか知っておるか?」

「丸の後ろに、十字架だろ」

 正確には、満月に見立てた白い円。その後ろに虹色の十字架というのがディアナ国の国旗だ。

「そう、ディアナは月の国。ヨルムウトルは星の国。どちらも魔法陣に関わり深い象徴を国旗にしておる。月に照らされる国、星に照らされる国、太陽に照らされる国というのは、魔力が満ち溢れている土地でな、ディアドレはそういう場所を好んだ」

リットはある言葉を思い出した。名前も話の細部も微妙に違っているが、魔女のディアドレのことを考えるとこれしかないと思っていた。魔女が流した涙でできたと言われている湖のことだ。

「ティアドロップ湖の大穴。この国でもディアドレがなんかしたってことか」

 リットの自信に満ちた言葉を、グリザベルは首を横に振って冷静に否定した。

「確かにディアドレも関係しているが、物語の脇役のようなもの。この話の主役は、ディアドレの最後の弟子。――『聖女ガルベラ』である」

「ガルベラってのは錬金術士だろ」

「人によってはな。ガルベラは過去の人物ゆえ確かめようはないが、ガルベラと面識のある者ならば、呼び名は二つに分かれるだろう。――魔女か――錬金術士か。聖女というのはガルベラの死後、世話になった者が敬愛を込めて呼びだしたものに過ぎん。尤も、今は殆どの者が聖女と呼ぶがな」

「なるほどな」

 リットがわかったかのように呟くと、グリザベルはまだ話のキモには触れてはいないとでも言いたげに、口元に薄い笑みを浮かべた。

「ほう……なにがわかったというのだ。言うてみろ」

「『魔女』ディアドレとの対比が気持ちいいから、オマエも『聖女』ガルベラって呼んでんだろ」

 リットはいつだったか、グリザベルが聖女ガルベラの名前を口にしたことを思い出した。

 グリザベルは面白くなさそうに唇を歪めると、うつむき気味に視線を落とした。

「もう言わぬ……」

「そこまで話しておいて、そりゃねぇだろ」

「それはこっちのセリフだ。話の腰を折られるのは嫌なのだぁ。少しはバニュウを見習え、リットのアホぉ……」

 グリザベルは不貞腐れた声で返すとそっぽを向いた。

 しかし、自分が調べたことを話したいので、部屋からは出て行かずに、椅子に座ったままリットの様子をチラチラ確認している。

「わかったオレが悪かった。しばらく余計な口は挟まねぇから続きを話してくれ」

 リットは頭を下げずに謝罪の言葉を述べた。

 その口先だけの謝罪でも満足したらしく、グリザベルは一度鼻をすすると続きを話し始めた。

「なんらかの方法で自分の死期を悟ったディアドレは、生きている間にできないであろう己の後始末をさせるために弟子をとった。後始末とは、テスカガンドとヨルムウトルのウィッチーズカーズのこと。弟子はガルベラのことだ」

「ガルベラは魔女が先で、後々錬金術士になったってことか?」

「如何にも。ディアドレは老体の身でガルベラを旅に連れて行った。ヨルムウトルとテスカガンドの現状を見せるためにだ。その道中、ガルベラはディアドレに師事を受け、魔法について学んだというわけだ」

 魔法の元となる四大元素、四精霊について、魔法陣の描き方、魔法使いの歴史に至るまで、ディアドレは自分の知識と技術と経験をガルベラに教示した。当然、ディアドレの代名詞とも言える魔宝石を作る技術も教えることになる。

 その魔宝石が、ガルベラが聖女と呼ばれる所以だった。

 魔宝石が今よりもさらに高価だった時代。王様でさえ手に入れるのを躊躇った。一つ売れればしばらくは旅の資金には困らない。しかし、練習で作る魔宝石は増えていき、旅の重荷になってしまう。仕方なしに行く先々で無償で魔宝石を分け与え、その分け与えられた者がガルベラの死後、彼女を聖女と呼ぶようになったということだ。

「魔女時代のことはわかったけどよ。錬金術士時代はどうなんだ? この国では、ガルベラは錬金術士で通ってるぞ。大事なのはそこなんだろ?」

 身を乗り出しまではしないものの、興味ありげなリットの質問に、話し甲斐があるとグリザベルは嬉しそうに頷いた。

 グリザベルはもったいぶるように間を置いて深く呼吸をするが、リットが人差し指で苛立たしげにテーブルを叩く音を聞くと、慌てて口を開いた。

「ガルベラが錬金術について学び始めたのは、ディアドレが死に長い年月が経ってからだ。魔法の力だけでは、ディアドレのウィッチーズカーズには対抗できなかった。――と、我は考えておる」

「結局最後は憶測かよ……」

「我が何のためにこの国に来たと思っているのだ。そのことを詳しく調べるためぞ」

 グリザベルは自分が調べたことと、憶測を全て話し終えると、満足したように椅子に深く腰掛け直した。

 そして、威圧的に足を組み、肘掛けに肘を置いて、顎の下で指を組んだ。

 その動作に若干の苛立ちを感じながら、リットはおもむろに口を開いた。

「ヨルムウトルが手付かずだったところを見ると、ガルベラはテスカガンドに構いきりだったみてぇだな」

「のようだ。もう一つ憶測を付け加えるのならば、ディアドレのウィッチーズカーズに、ガルベラが錬金術の観点から手を加えたことが原因かもしれぬ」

 グリザベルは何とは言わなかったが、リットには何かわかっていた。『闇に呑まれる』ということだ。

 テスカガンドは何百年も立ち入り禁止区域になっており、城がある中心部がどうなっているかは誰もわからない。

 特に警備が敷かれているわけではないが、そこに入り帰ってきたものがいないからだ。

 そのせいで、闇に呑まれた始まりはテスカガンドという声も多い。

「神に近づこうとした罰やもしれぬな……」

 グリザベルが難渋に満ちた顔で呟いた。

 それをドアの向こうで頷く者がいる。

 ヨルムウトルとテスカガンドのウィッチーズカーズの原因は、ディアドレが5つ目の元素を創りだそうとしたエーテルの研究だ。

 四精霊の力を借りて使う四大元素は『火』『水』『風』『土』。

 エーテルは『空』であり、神の領域だ。

 それに軽率に手を触れようとしたディアドレ、それに人間が編み出した錬金術という技術で掻き回そうとしたガルベラ。

 グリザベルの呟きは、神域を侵したとでも言いたげだった。

「どうりで世界中の学者が頭を悩ますはずだ。相手が、いるかいねぇのかもわからねぇ神だとはな」

 リットはおどけた調子で言った。ドアの向こうにいる相手に聞こえるように声を大きくして。

 すると、反論の声が聞こえてきたが、途中でその声は消えてしまった。

 おそらく「神を侮辱するな」と言いたかったのだろうが、誰かに口を抑えられたせいで「神を」の部分で止まってしまった。

 リットは足音を立てないようにゆっくりドアの前まで歩くと、一呼吸置いてから一気にドアを開けた。

 その瞬間、雪崩のように人の塊が崩れてきた。

 声の主からマックス。それと、マックスの口を抑えたシルヴァかチリチー辺りがいるとリットは思っていた。それは当たっていたのだが、倒れ重なる人の塊にはヴィクター、グンヴァ、ミニーの姿もあった。

「苦しいよー」とチリチーがうめき声を上げ、「ちょっと、ベタベタする頭を擦り付けないでよ」とシルヴァがグンヴァを睨みつける。

「家族仲良くくんずほぐれつ……節操がねぇにも程があるだろ」

「孫の顔が見られると聞いてな」

 ヴィクターは立ち上がると埃を払い、ベッドに目を向けた。しかし、ベッドの上には誰もない。グリザベルが椅子に座っているのを見ると、がっかりとした様子で肩をすくめた。

「シーツは乱れてない。体温も残ってない。愛し合った後のニオイもなしね」

 いつの間にかベッドの元まで移動していたミニーが、つまらなさそうに言った。

「暇なのか?」

 リットは立ち上がろうとするマックスの背中を踏みつけながら言った。

「一大事だからこそ、こうして駆けつけたわけだ。孫を作る形跡があったら、王位継承のことを後のばしにできないからな」

「年の順からいったらモントで決まりだろ。つーか今更だけど誰も結婚してねぇのか」

「私たちは婚約者がいたんだけど、相手の顔も見る前にお父さんが婚約解消しちゃった」

 チリチーは燃える体の形を変えながら、一足先に絡まりから抜けだしていた。

「簡単に婚約解消って言うけどよ。王族だろ。それでいいのか?」

「一時期は恥をかかされたって戦争寸前だったみたいだよ」

 チリチーがヴィクターを見ると、ヴィクターはなにかを肯定するように大きく頷いた。

「娘は嫁にはやらん」

 ヴィクターは力強く言った。

 王女が結婚するというのは、この国から出て行く事だ。ヴィクターが娘達を頑なに結婚させない理由はこれだった。

「なら、早く男どもを結婚させろよ」

「モントは頑固でな……。一人で政務ができるまで結婚はしないと言っている。そこにいる二人も……」

「僕は独身の誓いを立てています」

 マックスはヴィクターの視線を遮るように淡々と答えた。

「そりゃ、神父やシスターが立てるもんだろ」

 リットは足の下で呻くマックスを見下ろす。

「ね、天使だって子供を作るわよ。マックスはどうやって自分が生まれてきたと思ってるのかしら」

 ミニーもマックスを見下ろしながら、頬に手を当てて悩ましげな表情を浮かべた。

「ヴィクターのベッドにでも縛り付けておけば、嫌でも思い出すんじゃねぇか」

「そうねぇ……」とミニーが考えだしたところで、マックスが力まかせに立ち上がりリットの足を払いのけた。

「余計なことをしないでください! 自分のことは自分できます!」

「自分でしても子供は生まれないんだぞ」

 ヴィクターが心配そうにマックスの顔を覗き込んだ。

「そういう意味で言ったわけでは――!」

「わかってるわかってる。ただ、右手に名前を付け出す前にどうにかしたいという親心もわかってくれ」

「父さん! そういうジョークはやめてください!」

 マックスはムキになってヴィクターを怒鳴り散らした。

「ほう、男とは腕に名前をつけるのか」

 ひとりごとのように呟いたグリザベルの言葉に、シルヴァが答える。

「グンヴァはたまに、夜中に鼻息荒く誰かの名前を呼んでるけど」

「シルヴァ、てめっ!」

 言いながらグンヴァはシルヴァではなく、リットを睨みつけた。

「こっち見んなよ。オレはシルヴァになんも言ってねぇぞ」

 グンヴァが「じゃあ、誰が」と言いかけたところで、グンヴァの肩にヴィクターの手が置かれた。

「グンヴァ……。手遅れになる前に、カロチーヌに思いを伝えてこい。身分の違いなどオレは微塵も気にしないぞ」

「なんでオヤジまで知ってんだよ! チリチー!」

 グンヴァは辺りを見回すが、すぐにはチリチーの姿が見つからなかった。

 チリチーは暖炉の火に紛れるように黙っていたため、グンヴァが見つけて睨むのには時間がかかった。

「火は何も言わず揺れるのみ。言葉を知りたければ風を読め。なんちって」

 チリチーは作った低い声でそう言うと、静かに目を閉じて、グンヴァから離れるようにグリザベルの後ろに隠れた。

「ほう……良き言葉だ」

 グリザベルはチリチーの意味を成さない適当な言葉に関心を示した。

「だしょ」

「グンヴァとやらよ。残火に宿いし言霊に耳を貸せ。さすれば、理は自ずと語りかけてくるであろう」

 グリザベルも負けじと持って回った陳腐な言葉を投げかけた。

「リットのアニキ……。なんだってこんなわけのわからないことを言う女を連れ込んだんだよ」

「オマエだってわけのわからないグループのリーダーをやってんだろ。グループ名は……『ムカつく変だなー』だったか?」

「わざと間違えてんだろ。『ブラックエンペラー』だ!」

「ブラックエンペラー……。ふむ、この城には類稀なるワードセンスの持ち主が多いの。我ならばリビングデッドか、デモンズゲートとでも名付けようか。ドッペルゲンガーも捨てがたい」

「オマエみたいのが二人もいたら大変だ。両耳から陳腐な言葉を流されるんだからな」

「お主はほんに言葉の美しさがわからぬ男よ……」

「鬱々しいやつに言われたかねぇよ」






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