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ランプ売りの青年  作者: ふん
命の灯火編(上)

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第十九話

 肌を切り刻むような冷たい風が泣き叫ぶように吹き荒れ、休むことなく黒雲を連れてくる。

 雪は降り止むことなく、昼だというのに辺りは薄暗かった。

 暖炉に火が灯る一室では、暖炉以外の熱気が広がっていた。

「『砂漠の薔薇』だ」とゴウゴが睨めば、「『天空の青』以外はありえません」とマックスが睨み返した。

 リットが暖を求めてこの部屋に来た時から、二人はずっと同じような会話を小一時間ほど繰り返しているので、さすがに何の話をしているのか気になっていた。

「さっきからアイツらはなんの話をしてんだ?」

 リットは暖炉の前で椅子に座ったまま、読みかけの本を閉じてバニュウに聞いた。

 バニュウは脚を四本とも体の下に折り敷き、リットのとなりで暖炉に当たっている。

「今度見に行く演劇の話ですよ。年に一度、家族全員で見に行くのが決まり事になっているんです」

「なんだその行事……罰ゲームかなんかでできたのか?」

「いえ、皆楽しみにしているんですよ。ただ、今回はちょうど演目が変わる時期に見に行くので、どっちがいいかで揉めちゃってるみたいです」

 リットがこの城にやってきた時に二人がしていた喧嘩も、この話が原因だった。

 リットの助言通りバニュウを間に挟み、一度は仲直りをしたものの、どちらの演目を見に行くか話し合っているうちに、再び自分の意見の押し付け合いになってしまっていた。

「演劇だろ。そんなに熱くなるようなもんか?」

「砂漠の薔薇は仲間達と平和を手にいれる物語で、天空の青は孤独な勇者が困難の果てに平和を取り戻す物語です」

「世界の平和を求める話で揉めてんのか。演劇を見るよりも、こっちを見てたほうがよっぽど面白いぞ」

 リットは椅子の向きを変えると、横にあるテーブルに本を置き、ヒートアップしていくゴウゴとマックスを眺めた。

「仲間を集めて悪を倒す砂漠の薔薇のほうが面白い。友情の大切さと、仲間がいることの強さを教えてくれるからな。正義とは仲間とともにできあがるものだ」

「心の清い主人公が、一人で悪を打ち破る物語の方が面白いに決まっています。砂漠の薔薇の仲間には元盗賊がいる。それを放っておいて正義を語るなんて笑止千万」

「改心した仲間を許せないで、なにが正義だ。過ちがあってこその正義の心だろ」

「過ちがないからこそ純粋な正義なのです。正義という言葉を都合よく使った自己満足は正義とは呼べません」

「二人で話していても埒が明かない。第三者の意見を求めよう。兄はどう思う?」

「このさいあなたでもかまわない。正直に答えてください。天空の青と砂漠の薔薇のどちらがいいかを」

 ゴウゴとマックスが同時にリットに振り返った。

「砂漠のバカと天空のアホなんて、どっちも似たり寄ったりの話だろ。間を取って地平線のマヌケってのはどうだ?」

 リットの言葉に返す者はいなく、一瞬の静寂が訪れる。

 ゴウゴは煮え切らない表情で頭を掻き、マックスは侮蔑するような眼差しでリットを見てていた。

「ジョークに笑う余裕もねぇ喧嘩しやがって。ガキか」

「この場を和ませようとした気の利いたジョークならともかく、あなたの低俗なだけのジョークに笑うはずもない」

 マックスが罵りにも似たきつい口調でリットを咎めるが、リットは気にした様子もなく、背もたれに深くもたれかかって微笑を浮かべた。

「答えがでないんじゃしょうがない。男らしく勝負で決めるか」

 ゴウゴはリットが座る椅子の横にあるテーブルに肘をつき、マックスに向かって挑発するように数回手を握って見せた。指の隙間からは細い炎が漏れ出している。

 マックスは返事の代わりに荒い鼻息を一つ吐くと、テーブルに肘をついてマックスの手を握った。

 二人はリットに腕相撲開始の合図を頼んだが、リットは顔を歪めて薄ら笑いを浮かべたまま椅子から動く気配がない。

 仕方なく代わりに頼んだバニュウの合図で腕相撲が始まったが、互角の力により拮抗した勝負になってしまっていた。

 顔の表情は変わるが、手の位置は真ん中のまま動く気配がない。

 マックスの腕はミミズが張り付いているかのように太く血管が浮かび上がり、ゴウゴの腕は油を染み込ませた丸太のように轟々とした炎が噴き上がっている。

 二人の勝負はひょんなことから決着がついてしまうことになる。

 結果は引き分けだ。

 二人が肘に敷いていた本をリットが急に抜き取ったため、二人は手を離してしまったのだ。

「邪魔をするな!」

 マックスがテーブルにぶつけた肘をさすりながら吠えた。

「本に垢と焦げ跡がつくだろ。オマエらの子供みてぇな喧嘩に使っていいほど、安い本じゃねぇんだよ」

 リットが先程まで読んでいたのは、昔にエミリアからの依頼金で買った『私は光』という生物発光のことが書かれている本だ。

 暇を潰せるだろうと何気なく鞄の中に入れて持ってきたのだが、チルカの言った「私が虫を統率してなければ、とっくに全部食べられてるわよ」という言葉を思い出し、朝の光と一緒に光を放つ妖精の白ユリの葉や蜜を食べた虫も光ることがあるのではないかと思い、もう一度読みなおしていた。

 今のところ照明に使えそうなことは、『ランプクラゲ』という威嚇のために体を発光させるクラゲを、天敵のイカと一緒に水槽で飼うというものだ。

 しかし、ランプクラゲは南の海の深海にしか生息しない生物で、飼うことができるのは海水がすぐに手に入れられる海の近くの街に住む人だけだ。

 応用できるものは少なく、限定されたことばかりが書かれている。

 それでも、数多くの発光生物のことが書かれているこの本は貴重であり、ゴウゴとマックスにボロボロにされるには惜しいものだった。

「……それはすまない」

 理由と結果。何がどうあれ、リットに謝るというのが嫌なマックスは、不本意を隠そうとせず、眉の間に深いシワを刻んだまま呟いた。

「じゃあ、どう決着をつければいい。腕力で決めるのが一番互角だと思ったんだが」

 ゴウゴは突拍子もなく腕相撲を始めたわけではなく、不公平にならないように考えた上での提案だった。

「本を取ったから、続きをやってもいいけどよ。一生決着なんかつかねぇぞ」

「後腐れがないように、互角で明確な勝負を求めたいんだ」

 ゴウゴは肌火から熱気を飛ばしながら言う。

「なら、男らしくあそこのでかさで決めたらどうだ」

「そんなの! 僕に勝ち目が――いや……それは、大きさを変えられるゴウゴに有利だ。別の勝負を所望したい」

「何言ってんだ。男なら誰だって大きさが変わるだろ。ただ、大きさの判定は自分達でやれよ。オレは見たくねぇからな」

 リットが煽るように言うと、ドアノブを回す音が聞こえた。

「おっ! いたいた。探したよー、部屋にいないんだもん」

 勢い良くドアを開けるなり、チリチーはリットに向かって歩いてきた。

「探してもらったとこ悪いけどな。アホ二人の争いを眺めるより面白れぇことじゃねぇと、なにもしねぇぞ」

「酒場のおじさんがリットのこと呼んでたよ。なにか頼みたいことがあるんだって」

 チリチーのいう酒場とは、リットがグンヴァとチリチーと初めてあった時の酒場のことだ。リットが行く酒場といえば、誰もがそこだと答えるくらいに、リットは入り浸っていた。

「頼みねぇ……。バニュウ、この本を貸してやる。読み終わったらオレの部屋に戻しておけよ」

 本を置くために部屋に戻るのが面倒くさいリットは、バニュウに半ば無理やりに本を押し付けると、椅子から立ち上がった。

「探しておいてアレだけど、この雪の中を外に出るんだ」

 面倒くさいから行かないと一言で済まされると思っていたため、チリチーは目を丸くして驚いた。

「タダ酒やツケを円満にするために、時には面倒くさいこともやらねぇとな」

「たまには自分のお金で飲んだら?」

「たまにどころか、オレがあの酒場にいくら金を落としたと思ってる。奢り奢られができてこそ、行きつけの酒場ってもんだ。タダ酒をせがめるのは、それをやってきたからこそだ。いわば安酒場の特別待遇だな」

「何言ってるか全然わかんない……」

「そりゃそうだろうな。オレが言ってるのは屁理屈だ。理解されたら正論になっちまう」

「屁理屈でも正論でもなんでもいいけど、晩ごはんには遅れないように」

「わかってるよ」

「遅れたら、お父さんと一緒に手を繋いで迎えに行くからね。帰る時はリットにも手を繋いでもらうよ」

「わーったよ……」



 リットは暗い酒場に着くなり、ランプの修理を頼まれていた。

「急に火のつきが悪くなってよ。ついてもすぐに消えちまうんだ。ランプがなけりゃ、雪が降ってる間、店が暗くてかなわねぇ。暖炉側はいいけど、反対側なんか夜と変わんねぇよ」

 酒場のランプは、芯の先と口金が真っ黒になっていた。

 油壺の中のオイルは芯によって吸い上げられるが、それがススでせき止められて逆流するため、口金に熱を持ったオイルが溢れてしまい、それが原因で口金が黒くなってしまっている。

「ススで黒く固まった芯くらいしっかり切れよ。この芯が原因でオイルを吸わねぇんだ。だから炎が小せぇし、口金まで焦げんだよ」

「芯は変えたばかりだぞ」

「しっかりオイルを吸わせてから火をつけたか? じゃねぇとすぐに芯の先が焦げてダメになるぞ。火屋もススで真っ黒だし、よくこんなのを明かりにしようと思ったな」

 リットは火屋の中を雪で湿らせた布で拭きながら言った。

「しょっちゅうここに来ておいて、気付かねぇくせによく言うぜ」

「気付いてたぞ。薄暗い中、勘定を間違えて得しそうだから黙ってただけだ」

 リットは手入れの終えたランプの部品を組み立てると、火をつけてテーブルに置いた。

 一つランプを手入れしただけで、店の中は明るくなった。

 見えなかった他の客の顔もわかるくらいだ。リットと店主の他に四人。馴染みの顔が三人と、暖炉とは反対側の今まで真っ暗だった席にいるフードを深く被った一人だ。

「いやー、明るいね」

 店主は明るくなった店内を、ご満悦な顔で見回した。

「ランプの手入れくらい定期的にしろよ」

「今までは前通りの使い方で問題がなかったんだよ。誰かさんが無理やり早い時間に店を開かせるせいで、ランプを使う時間が多くなってね」

「礼の言葉はいらねぇから、その分酒を奢ってくれ」

「遠回しに迷惑してるって言ってるのがわかんねぇか……」

「儲かるからってやめられねぇくせに、何言ってんだ」

 店主は煮え切らない唸り声を上げると、リットの前にコップを置き、ウイスキーを注いだ。

「まぁ、実際そうなんだけどよ。昼間から酒を飲みに来る奴は変な奴が多くてな……。見ろよ、奥の客を。コートは着たままの奴も多いけど、フードも取らねぇなんて不気味だ。真っ黒なコートは暗闇に同化するしよ。酒をいっぱい飲んだままピクリとも動かねぇ。生きてんのか死んでるのかもわからねぇよ」

 店主はリットにだけ聞こえるように小声で言った。

「変な奴が王様やってる国に住んでるくせに何言ってんだ」

「そういうことじゃなくて、素性の知らねぇ奴が怖いって言ってんだよ」

「殺したくなるようないい男でもねぇし、盗みたくなるような金持ちでもねぇくせに心配するなよ」

「相変わらずズケズケ言ってくれるな……。言っとくけど、この店がなくなったら困るのはそっちだぞ」

「だからこうして、ほぼ毎日顔を見せに来てるんだろ」

「ぜひとも金も毎日見たいもんだ」

「オレが酔っ払って奢ったおかげで、この店の常連になった奴も多いだろ」

「やめよう……。この話をいくらしても不毛ってもんだ」

 店主はあきらめたようにため息をつくと、自分のコップにウイスキーを注ぎ、やけ酒気味に酒をあおった。

「気にするなよ。まだ、そこまでハゲ上がっちゃいねぇよ」

「言ってろ。ただ、何年か後にも今みたいに笑ってられるかな? そっちも笑われる頭になってるかもしれねぇぞ」

「その時のために、今のうちに憂さ晴らしに薄い頭を見て笑ってんだよ。こっちが笑ったことがないのに、笑われるなんてごめんだからな」

 リットはウイスキーを飲み干すと、次を注いでくれと空になったコップを前に押し出した。

「それにしても、本当にランプ屋なんだな。……ただの穀潰しだと思ってた。すまん」

「ランプ屋?」

 フードを被った人がピクリと動いた。

「ありがたいね。根無し草だとは思われてなかったか」

「まぁ、ヴィクター王だって元は冒険者。根無し草みたいなもんだ。それが今じゃ、一国一城の主で六男二女の父親。――いや、リットも入れると七男か。美人な妻も五人もいるし、羨ましいぜ」

「リット?」

 フードを被った人は、そう呟くと立ち上がった。

「もう酔ったのか? 前にも似たような話を聞いたぞ」

 フードを被った人は、談笑をしているリットに向かって歩いていくと、カウンターに不健康そうな白い手を置いた。

「ランプ屋のリットか?」

 その声は女の声。フードにこもらせて、リットの名を呼んだ。

「そっちはフード屋の、盗み聞き女か?」

 リットは興味なさそうに、ウイスキーを口に含みながら言った。

「……相変わらずの口の聞き方だ。だが、その無礼も今は懐かしいぞ。出会いと同じ、昼でも暗き場所で再び巡りあうとは、運命とは時にシャレた演出をしてくれる……。酒場での再会は、遭逢の刻に酔いしれよ、運命がそう言っているのかもしれんな。そう思わぬか? ――古き友よ」

 女はフードを取ると、ランプの光に顔を浮かび上がらせて、影の多い不敵な笑みをリットに向けた。

 リットは女の顔を見ると、少し眉を動かして反応した。

「古き友ねぇ……。オレの古い記憶には、オマエなんか欠片も存在してないけどな。――グリザベル」






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