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ランプ売りの青年  作者: ふん
命の灯火編(上)

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第十六話

「なんで、ここからスタートなんだよ」

 リットの目の前には、婚約周年祭の身支度を終えたヴィクターとエロス家の二人がいる。

 昨夜、「明日は私と一緒にまわろ。バッチリ案内してあげるから」とのチリチーの提案に、長風呂でのぼせていたリットは生返事で答えた

 そのよく聞こえない返事を、都合よく解釈したチリチーは「それじゃあ、明日迎えに行くからね」と、半ば強引に約束を取り付けた。

 そして次の日の朝になり、最初に連れてこられたのが今いる正門だった。

「リットは街中でお父さん達に合うのが嫌なんでしょ。それなら、最初にお見送りくらいしなくちゃね」

「見送りねぇ……。天使の正装は裸だろ。これじゃ、羽が付いたただの堅物にしか見えねぇな」

 王子服に身を包んだマックスがリットを睨む。

「そうよねぇ。普通のドレスじゃつまらないわよね。私は首輪をつけようとしたんだけど、止められちゃった。鎖に繋がれた天使っていうのも背徳的でいいと思うんだけど……」

 何かを訴えるように流し目を送ってくるミニーに、マックスが「ダメです」とキツイ口調で言った。

「ママを守る男の子って感じだな」

 リットがおもいっきりバカにした口調でからかうと、マックスが勢い良く振り向いた。

「僕は慎みの話をしているんだ! だいたい、あなたはいつも――」

「はいはい、いってらっしゃーい」

 チリチーはリットに食って掛かろうとするマックスの背中を押した。

 ちょうど城門が開き、ヴィクターが歩き始めると、マックスはその後を続いたが、途中何度か振り返ってリットを睨みつけていた。

「リットってさぁ、マックスのこと好きだよね」

 チリチーがヴィクター達を見送り、手を振りながら言った。

「からかいがいがあるからな」

「さすがひねくれ者だね。さっ、こっちはまず朝ごはんでも食べに行こうか」

 鼻歌を歌いながら歩き出すチリチー。リットはその後ろをのろのろとついていった。



 広場に集まる屋台は、それぞれの屋根に趣向を凝らした飾り付けをしていた。

 チリチーはあふれる音とひしめく人の波を泳ぐようにして歩き、目当ての店の前に来るなり「リンゴの包み焼き二つちょうだい」と声を張り上げた。

「おや、チリチー様。今年も来たんだね。ちょっと待っておくれ、今焼きたてを出してあげるから」

 店主の老婆が窯の様子を確認する。その窯からは小麦とリンゴの焼ける甘く香ばしい匂いがしていた。

「アップルパイなら、昨日別の屋台でせびって食ったぞ」

「ノンノン。ただのアップルパイと侮るなかれ。ここのアップルパイは、リンゴを丸ごと一個をパイ生地で包んであるんだよ」

 チリチーは得意気にリットに向かって指をさした。

「そりゃまた――食いづらそうだな」

「大事なのは気持ち。リットの好きなお酒だって、飲みづらくてもコップなみなみに注がれて出されたほうが嬉しいでしょ」

「……丸め込まれてるってのはわかるんだが、否定はできねぇな」

「否定出来ないことには、とりあえず流されてみる。それが人生を楽しむ秘訣だよん。ね、おばあちゃん」

「そうだねぇ。若いうちは流されてみるものだよ。ほら、アツアツだ」

 チリチーは店主から受け取ったばかりのリンゴのパイ包みを素手で二つ掴んだ。パイ生地自体が霞むほど、まだ湯気が出ている。

「はい、気を付けてね」とチリチーにリンゴの包み焼きを渡されると、リットの手のひらには焼け石を持たされたような痛みが広がった。

 あまりの熱さにリットが右手と左手でキャッチボールをしている間に、チリチーは一口頬張り、とろけるような笑顔を浮かべた。

「おい、リッチー! オレに恨みでもあんのか?」

「ないよ。パイは焼きたてアツアツが美味しいでしょ。早く食べないと冷めちゃうよ」

 チリチーは熱がる様子もなく食べていく。チリチーの燃える手の中にあるリンゴの包み焼きは、冷めることなく湯気が立ち続けていた。

「この店に来る奴は、どうやってコレ食ってんだよ」

 リットがキャッチボールを続けながら聞くと、「普通は少し冷えたものを買っていくよ」と店主が台に並んだリンゴの包み焼きを指差した。

 どれも食べやすそうに半分に切られており、シロップ漬けにされたリンゴの断面図が見えている。

「……そっちと、替えてもらっていいか?」

「付き合っておあげなさい。男の見せ所だよ」

「男を見せたけりゃ、パンツでも脱ぐよ」

「しょうがないねぇ……。チリチー様に変なものを見せるんじゃないよ」

「変なものって、婆さんの旦那にも付いてるもんだろ」

「だから変なものって知ってるんだよ」

 リットが替えてもらったリンゴの包み焼きを食べていると、チリチーが服の裾を引っ張ってきた。

「お次は焼石のスープだね。焦げた野菜がまたグーなんだよ」

「お次って、オレはまだ食ってる途中だぞ」

「食べながら歩けばいいじゃん。屋台ってのはそういうものだよ」

 リットはリンゴの包み焼きを口に押し込んで飲み込むと、両手でチリチーの肩を掴んでため息を漏らした。

「いいか。オマエはオレと違って姫さんなんだから、行儀ってもんが必要なんだ」

 リットの声は必要以上に重々しい。

「リット……。――私で手を拭かないで」

「油でベタつくもんを食わすからだろ」

 リットは最後に親指をなすりつけると、チリチーの肩から手を離した。



 グルっと通りを周り、再び広場に戻ってくる頃には、リットのお腹は草原を食い尽くしたヤギのように膨らんでいた。

「今度からこういう食い歩きはノーラとやってくれ」

「でも、楽しかったでしょ?」

「無理やり餌を食わされて太っていく豚を見てるのが楽しいなら、楽しいんだろうな」

「豚なら、美味しい炙り焼きを出すお店を知ってるけど……連れて行ったら怒りそうだね」

 眉間にしわを寄せるリットに気付いたチリチーは、乾いた笑いを響かせると「少し休憩しよっか」とベンチまで歩いて行った。

 リットが冷えたベンチに腰掛けると、風を引いたように背中に悪寒が走った。

 食べ過ぎた息を吐いて目をつぶると、雑踏が遠くに聞こえる。徐々に太陽の光が強くなった気がしたが、すぐに隣りに座るチリチーからこぼれる温もりだということに気が付いた。

「毎年こんな風に過ごしてんのか?」

「いつもは友達とまわったり、いろんな店を手伝ったりしてるよ。今年は特別。遠巻きに見てるだけじゃつまらないでしょ」

「オレが遠慮でもしてるように見えたか?」

「巻き込まれたくなさそうにしてるようには見えるね」

 チリチーは見透かしたように、リットの顔を見ずに遠くの景色を見ながら言った。

「なら、そっとしておいてほしいもんだ」

「そっとしておいたらお酒ばかり飲んでるでしょ。酒場のおじさんに頼まれたんだよ。昼間から居座る客をどうにかしてくれって」

「なんでも屋が嫌いになりそうだ……」

 リットが再び目を閉じると、雑踏に音が混じっている事に気づいた。

 そのメロディーと言えない音の羅列のようなものは、耳の穴の産毛に引っ掛かるように離れない。

 その音の元を探すようにリットが首を動かしたので、聞かれる前に「この時間は、旅芸者がきてるね」とチリチーが答えた。

「この音、どっかで聞いたんだよな……」

「気になるなら行ってみる?」

「そうだな」

 リット達が広場の人垣へ歩いてくと、歓声と民族音楽が混じり合って聞こえてきた。

 ちょうど演奏が終わる頃だったらしく、踊り子が皆に向かって頭を下げているところだった。

 踊り子一人に演奏者が三人。名前の知らない弦楽器と、顔ほどの大きな葉笛、残りの一つは丸太。――ヒッティング・ウッドだ。

 いつだったか、リゼーネ王国で見かけた旅芸者だった。

 リットは、演芸が終わりバラけていく人の波に逆らって歩いて行く。

 そして踊り子に声を掛けた。

「よう、また会ったな」

「口説くには時間が早いよ。酒場にいるから、その時また声を掛けてよ」

「ガキは大きくなったのか?」

「子供は大きくなったけど……。アンタだれだい?」

 踊り子はリットに疑心の目を向けた。

「昔、オークの丸太の話を聞かせて貰ったことがある。リゼーネにいただろ?」

「確かにいたけど、オークの話は誰にでもしてるし。また会ったな。なんて口説き文句も聞き飽きてるからねぇ」

「まぁ、思い出さねぇならそれでもいいけどな。あれからいろいろあって、あの話は役に立った。ありがとよ」

 そう言ってリットが踵を返すと、「ちょっとお待ちよ」と踊り子が声を掛けた。

 踊り子は近づくと、リットの足先から頭のてっぺんまでじっくりと眺めた。

「見たことあるような……ないような」

 踊り子がリットの目をじっと見つめる。

 その様子を見ていたチリチーが、「こんなので釣れるとは……お父さんの血が濃いのかな」とつぶやいた。

「アホなこと言ってんな。覚えられてねぇけど、顔見知りだよ。こっちは魔宝石を取られそうだったから覚えてんだ」

「あー、あのボーッとしてたお兄さんかい」思い出した踊り子が「うんうん、そうだ」とリットの顔を覗き込んだ。

「顔で思い出すほど、見つめ合っちゃいねぇよ」

「オークの話をしてる時に、子供みたいに目を輝かせてたお兄さんだろ?」

「いや、違う」

「いや、そうだよ。だから話し終わりに子供のことを思い出して、その話もしたんだ。ディアナで会うとはねぇ……アタイのおっかけにでもなってくれたのかい?」

「なってたら、ガキの話は忘れたフリしてるよ」

「おっかけじゃないなら……。そうだねぇ……また話を聞きたいならいいのがあるよ。春にだけ現れる湖。ティアドレイクの話さ」

「ティアドレイクじゃなくて、ディアドロップ湖だよ」

 チリチーが訂正するが、それも「ディアじゃなくて、ティアドロップだろ」とすかさずリットに訂正された。

「ディアドロップだよ。親愛な人を思って落ちた涙でできた湖でしょ。昔からそう聞いてるもん」

「セレネもバニュウも、ティアドロップって呼んでたぞ」

「アタイが十年くらい前に聞いた時は、涙の湖でティアドレイクだったけどねぇ……」

 三人はお互いの意見に疑問を持ち、首をひねる。話の大元は同じだが、細部が違っている。

「まぁ、涙ってことには変わりねぇんだし、なんでもいいか。国の名前が変わるわけじゃねぇしな」

「せっかくの素敵な話が台無しじゃないか」

 飽きたようにまとめだすリットに、踊り子はつまらなそうに口を尖らせた。

「素敵な話って言ったって、結局は薄幸の女の話だろ」

「そうなんだけどね……。他にディアナに関係してて面白そうな話といえば……ガルベラくらいかな」

「ガルベラって、錬金術士だろ」

「そう。でも、聖女ガルベラなんて呼ばれてるけど、何をした人か知ってるかい?」

「そういえば知らねぇな……。リッチーは知ってるのか?」

「うーん……。この国に研究所があったってことは知ってるけど……。そこで晩年を過ごしただけらしいから」

 バニュウの話でも、ガルベラ関連の話はあまり残っていないということだった。それはチリチーでも同じだ。別の話は出てこなかった。

「何もしていないんだよ。それなのに、聖女なんて呼ばれるのは不思議だと思わないかい?」

「確かにな。まさか本当は性女だったなんて、しょうもねぇオチじゃねぇだろうな」

「どうだったかな……。酔っぱらいの話はそこで終わってたからねぇ……」

 踊り子は腕を組んで思い出そうとするが、思い出したのはそのまま酔いつぶれて寝てしまい、出発の時間になっても来ない自分を心配して探しに来た仲間に、頭を叩かれて起こされたことだった。

「酔っぱらいの話なんて、子供の言う泣いてないと同じくらい信用できねぇもんじゃねぇか」

「ガルベラが何してたって、私の生活が変わるわけじゃないしね。ただの噂話、世間話。気に入ったんなら、勝手にオチをつけて口説き文句に使えばいいさ」

 そこまで話すと、仲間に呼ばれた踊り子は馬車へと駆けていった。

 その途中一度立ち止まり、振り返ってリットを見る。

「完全に思い出したよ。――前もこんな忙しない別れだったね」

 それだけ言うと、踊り子はもう振り返ることなく馬車へと乗り込んだ。

「それで、どうするの。口説き文句に使ってみる?」

 チリチーはからかいの笑みでリットを見る。

「酔っぱらいの気持ちはわかるから、オチはなんとなくわかるけどよ。それで女が口説けるとは思えねぇな」

「なになに? よく聞くような話なの?」

「オチだけ聞けば簡単な話だ」

「そう濁さないで、教えてよ。気になっちゃうよ」

「教えてやりてぇけど、ここじゃなぁ。酒場じゃないと伝わんねぇかもな。そこで一杯酒を飲めば完璧だ」

「それって、私が奢らされるだけじゃん……」

「酒場に連れ込めば、半分口説けたようなもんだろ」

「リットが行くような酒場で、それは無理なんじゃないかなー」

 チリチーの言うことは当たっている。リットの好む酒場は下品なジョークが飛び交うような場所であり、あまり女性客はいなかった。

「疑問があるなら、試してみるべきだな。まずリッチーはオレと一緒に酒場に行って、オレに酒をおごる。それで、オレの口説きが失敗すればオレの負けでいいぞ」

「お酒を一杯奢らされた時点で、ある意味リットの勝ちじゃん」

「なら、敗者は勝者に勝利の美酒を奢るべきだな」

「最低な口説き文句だね。それ」

 チリチーの瞳には、若干軽蔑の色が混ざっていた。

「本物の口説き文句が聞きたけりゃ、ヴィクターに聞けよ」

「でも、お父さんならディアドロップ湖のことも、ガルベラの事も知ってるかもね。冒険者時代にいろんな国に行ってるから」

「知らねぇから曖昧なままなんだろ」

「そうだよねぇ。ところでお腹の調子はどう?」

「呼吸ができるくらいにはよくなったな」

「それなら、今度はお昼ごはんを食べに行くよー、おー!」

 チリチーはついて来いと言わんばかりに拳を高く上げる。

「本当は誰かに頼まれて、オレを殺そうとしてんじゃねぇのか……」

「まさか。婚約周年祭中にしか食べられないものがいっぱいあるんだよ。晩ごはんまでバッチリ予定立ててあるから安心してね」

「……腹が破裂した時に、縫う準備もできてんのか?」

「破裂したら胃も空っぽになるから大丈夫だよ。 さぁ、行くよ。おー!」

 チリチーはリットに無理やり拳を挙げさせると、意気揚々と歩き出した。






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