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ランプ売りの青年  作者: ふん
命の灯火編(上)

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第九話

 シルヴァの白い肌がさらに白く染まり、徐々に引き締まった顔になっていく。

「ちょっと……こっちに粉飛んでるんだけど。パンに化粧させてどうするつもり」

 チリチーはパンの上にかかった化粧粉を払いながら言った。

「売れ残ってるから、ファンデでも塗った方がいいんじゃないの。パンの武器は小麦色の肌だけだもん。そりゃ売れ残るっての。でも、冬でも小麦色ってのは魅力よね。リッチーの火で日焼けとかできないの?」

「火焼けでいいなら。黒焦げになると思うけどね」

「黒もいいかも。一年中栗毛色ってのも飽きてくるし。でも、髪はいいけど体を染めるのは大変なのよねぇ。昔、ジュエリーが縞模様に染めたんだけど、これが超ウケルの。最初は私もイケてると思ったんだけど。染めたのが所々落ちちゃって、斑点模様に変わっちゃったの。オマエは子鹿かって。馬が鹿になったらシャレにもなんないっての」

 シルヴァは空中にツッコミを入れるように手を払った。

「シルヴァ……わかってないと思うから教えるけど、毛は燃えるんだよ」

「知ってるわよ。リッチーが自分で言ったじゃん。黒焦げになるって。だから、私も言ったの。黒もいいなーって」

「……焦げた毛は落ちるんだよ」

「パパの頭みたいになるってこと!? それ最悪じゃん」

 シルヴァはショックに両頬をおさえると、驚愕の表情でヴィクターを見た。

「シルヴァ。パパはまだハゲてないぞ。あと、食事中に化粧はやめなさい」

「まだってことは、ハゲる予定があるってことでしょ。その予定、私には入れないでよね」

 シルヴァはまるで雪の景色の赤い花が咲いたかのように口紅を引くと、「ちょっと、スクーイ。クシ取って」と手を伸ばした。

 スクーイは大きくあくびをして、ネズミ耳をピクピクさせてから「はい……」と言って手元にあるものをシルヴァに渡した。

「これはフォーク。アンタのパスタみたいな髪じゃないんだから、こんなんで髪を梳かせるわけないでしょ」

 シルヴァはクシを投げ返すと、自分でクシを取って髪を梳かし始めた。

 それを見ていたグンヴァは一度シルヴァを睨むと、スクィークスの前にある皿を苛立たげにスプーンで叩いた。

「おい、スクーイ。シルヴァの言うことなんか聞く必要ねぇぞ。いいように使われる必要はねぇ。たまには男らしく言い返せ。なにかあったら、俺様がかばってやるからよ」

 グンヴァが後押しするようにスクィークスの背中を叩くと、スクィークスはそのままテーブルに倒れていった。

 そして、「眠い……」と一言残すと、深い寝息を立て始めた。

 グンヴァはこりゃダメだと首を横に振ると、ニンジンをまるごとかじる。

「このサラダ美味しいですよ。どうぞ」

 呆れ顔で今までのやり取りを眺めていたリットに、気を使ったバニュウがサラダを取り分けてリットの前に置いた。

「あぁ、どうも……」

 気のない返事をするリットに、ヴィクターは慈愛に満ちた笑顔を向けた。

「どうしたリット。恥ずかしがらずに、皆とお喋りしろ。その為に朝食はいつも皆揃っているんだ。ほら、何か話してみろ」

 ヴィクターは急かすようにリットに詰め寄った。

 既にリットの目の前にヴィクターの顔がある。

「……狭い。ここはウサギの穴か」

 リットは右肩にくっついているノーラの肩と、左肩にくっついているチリチーの肩を、押し出すように肘を広げた。

 城らしい大きく豪華な部屋だが、活用してるのはほんの一箇所。槍を持った兵士に背中を脅されて押し込まれているように、皆ぎゅうぎゅうにテーブルに集まっていた。

「これが、この城での朝食の風景だ。顔が遠いと話しづらいからな」

「オレはてっきり新しい拷問かと思った。演奏をつけろとは言わねぇが、城の中でこんな庶民的な風景アホらしく思わねぇのか」

「人数も増えたことだし、明日からはもうちょっと広くしたほうがいいかもしれないな」

 そう言ったのは『モント・ディアナ』。

 リットとは今日の朝初めて顔を合わせたのだが、年上らしくなにかとリットに気を使ってくれていた。

「そうしてくれ。なんなら部屋に朝食を運んでくれたほうが助かる」

「それはできない。私も皆と顔を合わせながら食べるのが好きだからな。こっちも少し譲歩するから、リットも少しだけ徐歩してくれ。お兄ちゃんからのお願いだ」

 そう言って笑うモントの顔は、一番ヴィクターに似ていた。

「ついでに、臭い口も閉じるように言ってやってよ。兄権限で。いっそのこと、首をはねてもいいわよ」

 チルカは干しぶどうを干し肉のように食いちぎって言った。

「それもできないなぁ。リットは大切な弟だからね」

 人当たりのいいモントの笑顔に、チルカはツバを吐き捨てるように顔をしかめた。

「アンタ、昨日私の言うことを何でも聞くって約束したわよね」

「オマエはたった一日で、もう人を陥れたのか」

 リットの呆れた物言いに、チルカは待ってましたと言わんばかりに口調を強めた。

「コイツはね。昨日、私を虫と間違えて、窓から外に追い出そうとしたのよ」

 チルカが指を差すと、モントは恥じるように頭をかいた。

「そりゃ酷いな」

「でしょ?」

「害虫は追い出すんじゃなくて、しっかり息の根を止めない――っ」

 リットが言い終える前に、チルカが投げた干しぶどうが鼻の穴に吸い込まれるようにささった。

「あら、お似合いよ。バカ面に最高のアクセサリーね」

 リットはもう片方の鼻の穴を押さえて、干しぶどうを吹き飛ばすと、煙を吐くようにゆっくり息を吐き出した。

「おい、リッチー。燃やせ」

「いやー、さすがに殺しの依頼はちょっと……」

「何でも屋だろ」

「正義の味方の何でも屋だよ。肝心なところを忘れないように」

 無茶なことを言ってくるリットに、チリチーは人差し指を振って注意する。

「正義は悪を滅ぼすもんだろ。アイツは悪の塊だぞ」

「悪行を並び立てたら、あなたの方が多そうだ」

 マックスの声が冷ややかに響いた。

「数年前のことをまだ根に持ってんのか。見た目と反して不健康な奴だな」

「もしできるのなら、数年前にあなたに会いに行こうとした自分を殴ってでも止めたい」

「今からでも遅くねぇよ。存分にぶん殴れ。つまらねぇ城で、そんな面白そうな余興が見られるとは思わなかった」

 リットは腕を組んでマックスを眺めるが、マックスは顔をゆがめるだけで動く気配がない。

「旦那ァ、大人げないっスよ。年上の余裕を見せるのが兄ってもんっス」

 今まで会話に入ることもせず、一心不乱にご飯を食べていたノーラだが、満腹になったお腹をさすりながらリットをたしなめた。

「いいんだよ。兄なんて名ばかりなんだから。ほとんどが昨日今日あった奴だぞ。兄なんて損な役回りやってられるか」

「まぁ、旦那が他人の世話焼いてるところは、あんまり想像できないっスねェ。――ところで、誰が一番上で誰が一番下なんスか?」

 ノーラが首をゆっくり動かして兄弟の数を確認していると、ヴィクターの人差し指を立てた手の影がテーブルに伸びてくるのが見えた。

「一番上はモントだ。そしてリットが入り、次にスクィークス。後は、チリチー、ゴウゴ、マックス、グンヴァ、シルヴァ。最後がバニュウだ。ゴウゴは今いないが、そのうち帰って来るだろう。何かを始めると、燃え尽きるまでやる奴だからな」

「九人兄弟っスか。凄いっスねェ、旦那。コジュウロウのとこより多いじゃないっスか」

「名前を覚えるのが面倒なだけだろ。後な、さらっとオレを入れて数えるな」

 リットがようやく一口目の朝ご飯を口に入れたところで、急にヴィクターの皿が片付けられ始めた。

「さぁ、オマエ達はゆっくり親睦を深めてくれ。残念だが、オレ達には執務がある。また夜にでもゆっくり話そう」

 ヴィクターが立ち上がると、母親達も席を立った。

「私も失礼するよ。父の執務を手伝わないといけないからね」

 そう言ってモントも席を立つと、部屋を出て行った。



 朝食を食べ終えた後、リットは腹ごなしにノーラの城探索に付き合っていた。

「いやー、旦那が大っきい屋敷とか見ても驚かない理由がわかりましたよ。ここで暮らしてれば、大抵なことには驚きませんよねェ」

「ここで暮らしたことはねぇよ。前に一度来たことがあるだけだ。城に住まないかと誘われた時にな」

「そのまま住まなかったんスね」

「もっとガキの頃に来てたら住んでたかもな」

 リットは歩くスピードを緩めて廊下を見回した。

 廊下の天井は高く、日差しがよく入る。下には幅の狭い絨毯が敷いてあり、ノーラのちょこまかする足音も響かない。

 すれ違う兵士や使用人達は、馴れ馴れしくもなく、よそよそしくもない。

 妙な圧迫感や厳粛な雰囲気がないこの城は、居心地が悪いものではなかった。

「いつものひねくれですかい?」

「いきなり他人が家族になんだぞ。一人二人じゃなく、十人単位で。それで、住もうと思うほどお気楽な性格はしてねぇよ」

「私は家族は多いほうが嬉しいと思いますけどねェ」

 ノーラは足音が響かないのをいいことに、片足で跳ねてみたり、大股でどこまで歩けるか試してみたりと、無駄に長い廊下を楽しみながら歩いていた。

「いい歳してから兄弟が増えるなんて、面倒くささしかねぇよ」

「そうかも知れないですけど、貧乏とお金持ちだったら、お金持ちのほうがいいと思うんスけどね。ご飯の心配はいらないですし。まぁ、旦那はお金ない割には家が立派っスけど」

「城に住まねぇんだったらって、ヴィクターに建てられたんだよ」

「わざわざ隣の国にですかァ?」

「同じ国で、しょっちゅう様子を見に来られたらたまんねぇからな」

 リットの同じ国は嫌だという意見を渋々受け入れたヴィクターは、それならせめて国境沿い近くにある町と決めた。

 リットの住む町はディアナとリゼーネを行き来する冒険者や商人が通り、どことなく故郷の村に似ている。

 それでも心配がおさまらないヴィクターに命じられて、井戸を掘ったり、ガラスを使ったり、地下に工房をつくったりと、過保護過ぎる家ができたのだった。

「話してて思ったんスけど、旦那の事あんまり知りませんねェ。旦那も私の事聞きませんし」

「あれこれ聞いてくる奴だったら、そもそも家においてねぇよ」

「なら、この話題はここで終わりっスね。追い出されたら困りますし」

 ノーラは一度立ち止まって体を伸ばすと、再び歩き始めた。

「それよりだ……。とりあえずオマエの後について行ってるけど、どこに向かってんだ」

「さぁ? なにが見つかるかわからないから、探索は楽しいってもんですぜェ」

「オマエに付いて来たことを後悔してるよ……」


 リットのノーラは適当に歩いたせいで、いつの間にか塔の最上階に来ていた。

 見張りの兵士が少し迷惑そうにしているが、疲れたリットはそんなことお構いなしに縁に手を付いて街を見下ろした。

 昨日よりも祭りの準備が進められており、夜になり街灯に火が灯れば、また違う景色が広がることだろう。

 ここからは街だけではなく、リム山やリル川もよく見えた。城から逃げるように湾曲に流れるリル川は、上から見ると三日月のように見える。

「あそこはなんっスかねェ」

 ノーラが指した方向には、積もった雪で平らになった野原に、一箇所だけ大きなくぼみができていた。

「あそこは雪捨場になっていて、春になると溶けた雪で湖ができるのよ。夏になる前に干上がってしまうけど」

 寒空に針を通すような優しくも凛と通るセレネの声が、リットの耳をくすぐった。

「王妃がこんなとこまで来るのか?」

 リットがチラッと兵士を見ると、居心地が悪そうにしきりに肩を動かしていた。

「私もお散歩。疲れてる時に、高いところの空気を吸うと元気にならない?」

「まぁ、酒飲んで寝て二日酔いになるよりはな」

 セレネはリットの言葉に口元を隠してクスクス笑う。嫌味は一つも感じられない笑い声だった。

「ちゃんと『ティアドロップ湖』って名前もついてるのよ。昔、魔女が流した悲しみの涙で、大きな穴があいたと言われているの」

「どこにでもある伝説か」

「そう。私はお母様から聞いて、お母様はお祖母様から、お祖母様はひいお祖母様から。そうやって、ずっと伝えられてきたの。――悲しみの涙を乾かすために太陽が昇り、太陽に照らされ森ができて、豊かな森にするため川が流れた。そして、もう孤独に泣かないように、夜になると太陽の代わりに月が昇るようになった」

 セレネの子供に聞かせるような優しい声のお伽話は、不思議とリットの耳から心へと染み入るように聞こえた。

「すげぇな。この国は世界の始まりってわけだ」

 リットの皮肉めいた言葉に、セレネはゆっくりと頷いた。

「そうね。言い伝えは欲張りだから、全部自分の国に都合の良いように作られているの。だから私達王族は、それが嘘にならないように国を豊かにしていくのよ」

「ご立派なこった」

 リットが妙に間の空いた拍手を響かせると、ノーラも真似をして拍手をした。

「いい国っていうのは、食べ物も美味しいと聞きますぜェ」

「大丈夫よ。婚約周年祭は私達をお祝いしてくれるだけじゃなくて、料理人や細工職人。それに吟遊詩人も、皆が自分の腕を見せ付ける場でもあるの。競うように屋台を出すから、どれもこの時期にしか味わえないようなものばかりよ」

 セレネは最後に大きく呼吸をすると、立ち去ろうと身を翻したが、急に立ち止まって振り返った。

「そうだ――リットさん」

「わかってるよ。晩飯には顔を出せってんだろ」

「――最初。あの人もそんな伝説を追いかけてこの国へ来たのよ」

 セレネの言葉は、残響となってリットの耳に残った。






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