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ランプ売りの青年  作者: ふん
命の灯火編(上)

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第六話

 城門の先にある橋を渡り、さらに城門を抜けると、城へと続く道の周りに広大な庭園が広がっていた。

「ストゥッピドゥに作ってもらった庭だ。知ってるだろ? あの有名な植物研究家のマニア・ストゥッピドゥだ」

 ヴィクターは立ち止まり、自慢気に庭園を説明し始めた。

 ホワイト・グレーンという新しい品種の万年草であり、冬になると黄色い花を咲かせる。積もった雪の隙間から顔を出し、星屑が落ちたかのように鮮やかな光景になる。

 他の草花が枯れてしまう冬でも、ホワイト・グレーンのおかげで庭園を楽しめるのだった。

 東側に位置する庭は大きく四つに分けられている。それぞれ春夏秋冬に花が咲く植物が植えられていて、季節を知らせる役目を担っている。

 冬に咲く花は他にもあることや、東の国で手に入れた梅の木を植えたばかりなどの話をヴィクターが続ける。

 相槌が乏しいリットの代わりに、セレネがヴィクターと喋り、気を使ったセレネが時折リットに話を振る。それに、リットが気のない相槌を返すだけだ。

 ヴィクターがいちいち止まり庭の植物の説明をしだすので、それだけ冬の風に晒される時間が多くなる。そのせいでリットの口はますます重く閉じていった。

 ヴィクターがゆっくり歩くのには理由があり、リットとの会話を楽しみたいが為だった。

 それがわかるだけに、リットも何も言えず、曖昧な返事をすることしかできなかった。

「旦那ァ……いくら嫌いでも、もうちょっと親子の会話を楽しんだらどうっスか?」

 面倒くさい空気に、今まで黙っていたノーラが唐突に声を上げた。

「別に嫌いじゃねぇよ。嫌いじゃねぇから困ってんだ。父親の存在なんてずっと知らないで生きてきたし、一緒に暮らした時間もねぇんだぞ。今更何を話せってんだ」

「庭が綺麗ですねェとか、今日は寒いですねェとか、色々あるじゃないっスか」

「オレがそんな会話しねぇことくらい知ってんだろ。もししたら、それこそ他人行儀の会話だ」

「難しいもんっスねェ……」

 再び口を閉じようとするリットとノーラを、チルカが鼻で笑い飛ばした。

「いつもどおり嫌味の一つでも言えばいいじゃない。臭い口を閉じて黙ったらどうだとか」

「会話って言ってんのに、黙らしてどうすんだよ。その小せえ脳みそには、考えるって役割が備わってねぇのか?」

「私に嫌味言ってどうすんのよ。アンタこそ、脳みそ虫に食われてんじゃないの?」

「オマエ、人間の脳みそなんて食うのかよ」

「耳まで食べられてんじゃないの? 虫って言ったでしょ」

「だから虫――」

「私を見たら殺す」

 チルカがリットに睨みを利かせる。

 二人はしばらく片眉一つすら動かさずに睨み合っていたが、聞き慣れない四拍子の足音が聞こえてくると、二人同時に聞こえてくる方向へと目を向けた。

「はーい、パパ」

 ケンタウロスの女性が手を振りながら近づいてくるところだった。目をえぐるような真っ赤なドレスの裾は、歩く度に足に絡みつくようにひらひら舞っている。走ることなんてまったく考えていないような服装だ。

 ヴィクターは「はい、シルヴァ」と笑顔で手を振り返したが、半分以上肌が出ている服を着ているのに気付くと、シルヴァの腕を掴んで止めた。「――ちょっと待て、その格好でどこに行くつもりだ? 下着じゃないか。今は冬だぞ、なにを考えてる」

「下着じゃなくて、スリップドレスって言うの」

 シルヴァは肩紐を直しながら口を尖らせる。布が胸部にフィットしているせいで、肩紐を直す度に胸が柔らかく揺れた。

「それは下着だ。ちゃんとしたドレスに着替えて、コートを着なさい」

「コートを着たら寸胴に見えるもん。ダサいのヤダ。ケンタウロスの体型考えてよね。歩くと人間より膝が前に出るから、コートが広がるの」

 シルヴァは人間との体の違いを見せ付けるように腰に手を当てた。

「せめて、肌は隠しなさい。男が見たらどう思われるかわかってるのか?」

「超イケイケでイイ女がいる?」

「……絶対着替えてきなさい。それまで、ここから一歩も通さんぞ」

「もう……セレネママぁ」

 シルヴァはうんざりしたように長い栗色の髪を掻き上げると、セレネに助けを求めた。

「少しはいいじゃないですか。肌を出せるなんて若いうちにしかできないんですから。でも、風邪をひかないように、コートだけでも着なさい。ね?」

 セレネの目配せに、ヴィクターはおもいっきり首を横に振って否定する。

「ダメだ。この間買ったドレスがあるだろ。ちゃんと手首まで袖があって、首元まで布もあるやつ。下着は上に何か着るから下着って言うんだ」

「だから、これはスリップドレスって言うの。この間買ったやつって、パパが選んだやつでしょ? パパのセンスってあれなのよね。オヤジを煮詰めた汁で染めたような……つまりオヤジ臭い。ジュエリーのパパみたいにセンスがあるならいいけど。あっでも、娘はイモ丸出し。短い足を誤魔化すために高いヒール履いてんだけど、高すぎて足元超ふらついてんの。オマエは子鹿かっての」

「……いったい何の話だ?」

「だから、私と同じケンタウロスなのに、ジュエリーは子鹿みたいだって話。ちゃんと聞いてよパパ」

「……パパに呪いの言葉をかける前に、服を着替えてきなさい」

「もう、わかったわよ!」

 プリプリと怒りながら地団駄を踏むように歩くシルヴァの腕をヴィクターが掴んだ。

「ちょっと待ちなさい」

「まだ、なにかあるの? へそにピアスもあけてないし、太ももにタトゥーも入れてないってば」

「そんなことしようとしてたのか! まぁ、いい。――いや、よくはないけど、今日はオマエ達にお兄ちゃんを紹介するって言ってあっただろ」

「だって誰もいないんだもん。誰もって言うのは、話す相手ってことね。マックスはなんかイライラしながら腕立て伏せしてるし。アイツ、これ以上鍛えてどうすんのって感じ。背中の羽は飾りかっての。スクーイはいつもどおりグースカ。アレだけ寝てちっちゃいんだから、寝る子は育つって嘘よねぇ。で、ヴァレットが限定の靴買うって言うから、それ私も超欲しかったんだーって言って。だって、コンプリートの新作だよ。絶対に手に入れるしかないっしょ。だから買い物に行くの」

 シルヴァはオーバーアクション気味に手を使い、口早に一気に言い切った。

 シルヴァのめまぐるしく動く手とは違い、リット達は表情も変えずに黙って突っ立っていた。

 ヴィクターは咳払いを一つ挟むと、リットとシルヴァの間に立った。

「リット。『シルヴァ・クリゲイロ』だ」

「あぁ」

「シルヴァ。リット・アールコールだ」

「はぁあーい。よろしくー」

 人懐っこそうな笑顔を浮かべて、シルヴァがリットに手を振った。

「あのぶっとび娘がオレの妹とはな……」

 リットが自分の周りにだけ聞こえるような小さな声でつぶやくと、チルカがふっと息を吐いた後、口の端を嫌味に吊り上げた。

「なに言ってんのよ。あんたそっくりのバカ娘じゃない」

「都合の悪い話題を変えて逃げようとするとこなんて、旦那そっくりっスよ」

 ノーラもチルカの言葉に賛同するように頷きながら言った。

「あと、自分勝手なとこもそっくりね」

「自分の好きなことに、無駄にお金を使いそうなとこも似てますねェ」

「そういう濃そうな血のところを言い当てるのはやめろよ……」

 リットが落胆のため息を落としていると、苛立たしそうに床を叩く靴の音が聞こえてくる。

「こそこそ話してないで、お兄ちゃんならパパに言ってやってよ。この格好でも問題ないって」

「まぁ、男の視線は独り占めだな」

「やっぱりそう思う?」

 シルヴァは手を叩いて喜んだ。仲間を見つけたとばかり顔を綻ばせている。

「そりゃ、男が思うことは皆一緒だ。「鳥肌立てて唇を紫にした女が、カチカチ歯を鳴らしてこっちを見てる。口説かなきゃ」ってな」

「はいはい、着替えてくるわよ。お兄ちゃんって言ったって、口うるさいのが増えただけじゃない」

 シルヴァが身を翻すと、悪態をつきながら戻っていった。その時、ドレスがぱっくり割れて背中が丸見えになっているのが見えた。

「下着一枚で歩かせるって、そういう教育なのか?」

 リットが呆れたように言うと、ヴィクターは得意気に咳払いをする。

「下着じゃない。あれはスリップドレスって言うんだぞ」

「それじゃ、全裸はヌーディストドレスだな」

「そう言うな。娘に悪い虫が寄らないか心配なんだよ」

「どの口が言いますか……。お母様を説得するのが、どれほど大変なことだったか」

 セレネはため息混じりに言うと、ヴィクターの尻をつねりあげた。

「痛い!」と声を上げたヴィクターだが、どことなく楽しそうにしていた。こういったやり取りが日常的に行われているのが垣間見える。

「その大変ってのは、苗字が違うことに関係してるのか?」

 ヴィクターの苗字は『ウィンネルス』。セレネの苗字は『ディアナ』。そして、さっき会ったシルヴァの苗字は『クリゲイロ』だ。国王であるウィンネルスの苗字に統一されることも、国名であるディアナに統一されることもなかった。

「そうですね。それは外交の時に大変でした。皆苗字が違うものですから、なかなか信頼が……。そして、お母様は厳粛な方でしたから……やはり正妻がどうのと……。決められるものでもないですし、決めない為にも苗字が違うままなんですよ」

 口ぶりこそ困ったようなものだったが、セレネは相変わらず顔に微笑みを浮かべている。

 幸せの形は人それぞれだが、突拍子もない形の幸せを幸せと言い切るのは難しいことだ。一から十まで自分でしっかり決めたからこそ、幸せを感じられるし、人にも堂々と言い切ることができる。

 リットの「大変そうだな」という言葉に、セレネは「でも、幸せですから」と答えた。

「セレネ。照れるじゃないか」と、ヴィクターがセレネの脇腹を肘で突っつくと、セレネも同じように肘で突いてイチャつき始めた。

「そのまま愛撫に入る前に、部屋に入れてくれよ。そっちは熱いだろうが、こっちは寒いんだよ」

 リットは上着の襟首を正して、首元に冷たい風が入ってこないようにした。

「リットも、オレ達に気を使わず存分イチャつけ」

「どこの誰とイチャつくんだよ。このチンチクリンとか? それとも冬越しに失敗した蛾とか?」

 リットは左手でノーラの頭を鷲掴み、右手の人差し指でチルカのデコを突いた。

「ドワーフの娘のことは聞いていたが、妖精とも一緒に住んでるとはな……。やはり、オマエはオレに似てる。女運があるとこなんかそっくりだ」

「女運があるなら、今こんなことになってねぇよ」

 リットは自分の頭を指差した。小突かれたチルカが、リットの頭に蹴りを入れてるところだ。

「喧嘩か? 謝るなら、通りに名前を付けてやれ。コレは利くぞ」

 ヴィクターはセレネに聞こえないようにリットに耳打ちをした。

「案内する気がねぇんなら、使用人でも呼んでくれよ。じゃないと、この城に火をつけて暖を取るぞ」

「せっかちな奴め。そんなに皆に会いたいか。心配することはないからな。皆歓迎してるぞ」

 ヴィクターは勝手に都合よく解釈すると、今までののんびりした足取りが嘘のように、リットを急かして歩かせ始めた。



 案内された部屋には男女二人ずつ四人の姿があった。

 一人はリットとも面識があるマックス。一度リットの顔を見て眉をしかめた後、何事もなかったかのように筋トレを続けた。

 もう一人の男はテーブルに突っ伏して寝ている。最初から寝る予定を立てていたみたいに、大きな枕に頬を預けていた。

「歓迎され過ぎて、泣けてくるね」

 リットは口では皮肉を吐いたが、内心ホッとしていた。もし、シルヴァのような性格の弟妹が何人もいたとして、それといっぺんに顔合わせをするなんて、考えただけで肩が重くなるからだ。

 ヴィクターは部屋を見回して人数を確認すると、短くため息をついた。

「本当はもっといるんだが……。しょうがない。まず、ここにいるオレの妻から紹介しよう」

 そう言うとヴィクターは、ケンタウロスの女の肩を抱いて自慢気に笑みを浮かべた。

「『ハイヨ・クリゲイロ』ですー。お船ではバニュウちゃんがお世話になったそうでー」

 先に早口のシルヴァにあったせいか、ハイヨの声はやたらに語尾が間延びしたように聞こえてくる。動作もゆっくりしていて、一人だけ時間の流れが違うように感じた。

「さっき、シルヴァとか言う奴にもあったぞ」

「あら、そうなんですかー。もう一人『グンヴァ』ちゃんって息子もいるので、よろしくお願いしますねー」

 ハイヨは優しく包み込むようにリットの手を握ると、隣りにいるノーラとチルカにも同じような挨拶をし始めた。

 そして、リットの目の前にはハイヨと入れ替わるように別の女性が立っていた。

「『メラニー・モエール』ですわ。以後お見知り置きを」

 そう言ってリットの手を握るメラニーの手は燃えていた。

 突然のことに思わずリットは火を消そうと手を振ったが、燃えるどころか熱ささえないことに気付いた。

「驚いたか? メラニーはウィル・オー・ウィスプだ」

 豪快な笑い声を響かせたヴィクターが、イタズラが成功した子供のような仕草でリットの肩を叩く。

「一つ疑問なんだがよ。アレとどうやって、ガキを作ったんだ?」

 メラニーの体は青白い炎でできている。

 握手もできたし、着ている黒いドレスも燃えることはないが、手や首元から揺らめくものは間違いなく炎だった。

「知りたいのか? オレに似てスケベな奴め」

 ヴィクターはからかうように片眉を何度も吊り上げる。

「会話を続ける気がねぇなら帰るぞ」

「愛だ。愛は全てを可能にする」

 ヴィクターがメラニーの肩を抱いて引き寄せると、メラニーはヴィクターの首に絡ませるように腕を巻いた。

「名言っスねェ」

 ノーラはわかった風に頷いた。

「戯れ言っつーんだよ。こういうのは」

「気を使わないところが、ダーリンそっくりね」

 メラニーはリットの頬に手を伸ばすと、妖艶な瞳で顔を覗き込んだ。

「似てる似てるって、今日何度も聞かされてるが、オレを洗脳でもする気なのか?」

「自分では気付かないものよ」メラニーは子供をあやすように、一度リットの頭を撫でると話を続けた。「私の子供は二人。娘の『チリチー』は、お祭りの準備の手伝いに行っちゃったわ。息子に『ゴウゴ』ってのもいるんだけど……今マックスと喧嘩中だから。同じ部屋に居たくないって、出て行っちゃった。二人共あなたより年下だから、妹と弟になるわね」

「妹でも弟でもいいけどな。名前を聞かされすぎて、もう覚えてらんねぇよ……」

 クリゲイロ家とモエール家だけでも、七人の名前が出てきていた。

「すぐに覚える必要はないわ。話していくうちにゆっくり覚えればいいのよ」

「でも、そこの奴の名前も加わるんだろ?」

 リットはテーブルで寝る男の子を見て、疲れたようにため息をついた。

「あの子は寝てるから私が紹介するけど、『スクィークス・ハッシュ』。皆『スクーイ』って呼んでるわ。今は癖毛に隠れて見えないけど、小さな丸い耳とひょろんとした長い尻尾があるのよ」

「ネズミの獣人か?」

「そう。あれでも、あなたと同い年くらいよ。背が低い上に童顔なのよねぇ。母親の『ピースク・ハッシュ』も、子供みたいに若いまんま……羨ましいわぁ」

 モエールは肌の加齢を気にしたように自分の頬に触れるが、燃える肌の加齢具合など、リットにはわかるわけもなかった。

「マックス。オマエは一度リットに会っているが、もう一度自己紹介をしろ」

 ヴィクターが言うと、マックスはあからさまに不機嫌な顔のままリットに向かって歩いてきた。

 そして、リットを鋭く睨みつけると手を伸ばした。

「マックスです。――初めまして」






今回一気に名前が出てきたので一覧



ウィル・オー・ウィスプ

メラニー・モエール(母)

ゴウゴ・モエール(弟)

チリチー・モエール(妹)



ネズミの獣人

ピースク・ハッシュ(母)

スクィークス・ハッシュ(弟)



ケンタウロス

ハイヨ・クリゲイロ(母)

シルヴァ・クリゲイロ(妹)

グンヴァ・クリゲイロ(弟)

バニュウ・クリゲイロ(弟)

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