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ランプ売りの青年  作者: ふん
命の灯火編(上)

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第五話

 空はところどころ晴れ間が見えている、風に流される雲が冬空だと忘れさせないように、時折思い出したように粉雪を降らせていた。

 リットは朝から暖炉の前に座り、窓からそんな空を黙って見上げていた。

「旦那のママさんだから心配してましたけど、心配はいらなかったみたいっスね。美味しいっス」

 ノーラは口の中にパンを詰め込むと、温かい干し野菜のスープで流し込んだ。

「そうかい。よく食べて大きくなりなよ」

 ルーチェは食べっぷりのいいノーラを見て、ニコニコと笑顔を浮かべている。

「貧乏くさいけど……まぁまぁね。冬は新鮮な野菜がなくて嫌になるわ」

 チルカは自分用の小さなスプーンを咥えながら言った。トロトロに煮込んだ野菜は、スプーンを軽く刺すだけで簡単に崩れていく。

「木の皮でも剥いでスープに入れるかい?」

「……私がカミキリムシにでも見えるの? 親子揃って私をバカにする気?」

「妖精が食べるものなんて、私にはわからないよ。リゼーネの森にいた時はどうしてたんだい?」

「そうねぇ……。妖精の白ユリの蜜が主食だったわね。花蜜を雪にかけて溶かしながら食べるの。飲み込みやすいようにね」

「そんなもの食べてお腹壊しません?」

「ノーラに言われたくないわよ。なんか産むつもり?」

 チルカはおかわりを続けるノーラに呆れた視線を送る。

 スプーンを掴むように持ち、器を傾けて掻きこむように食べる姿は行儀が良いとは言えないが、小さい体に食べ物が詰め込まれていくのは圧巻の光景だった。

「美味しいものは、その時に胃に詰め込むのがコツっスよ。そうじゃないと、旦那は食にあんまり興味ないっスから、不味いものを詰め込むことになっちゃいますからねェ」

「美味しくても不味くても、結局詰め込むんじゃない……。でも、一理あるわね。アイツ、お酒にしかお金を使わないんだから」

「話を聞いてるとお酒ばっかりで……。ちゃんとご飯を食べてるのか心配になるよ」

 ルーチェは頬杖をつくと、リットに目を向けた。

「野菜は食べてますよ。よく水に入れて煮込んでます。……ご飯と呼べるかはわかりませんけど」

「野菜はしっかり摂るんだよって言葉は忘れてないみたいだね」

 ノーラの言葉を聞いて、ルーチェは少し安心したように顔をほころばせた。

「人の言うことは聞かないのに、ママの言うことは聞くのね。アンタ、マザコンなの?」

 チルカがからかうように言ったが、リットは反応することなく窓の外を見たままだった。

 リットはちらつく雪を、顔を動かさずに視線だけで追っている。いつ注いだかわからない酒は、飲むことなくコップに入ったままになっていた。

「そういえば、旦那のパパさんってどんな人なんスか?」

 リットの重苦しい雰囲気とは反対に、ノーラは軽い調子で聞いた。

 リットは一度深く頭を垂れると、おもむろに口を開いた。

「行動力があって機転も利く、タフで勇敢で頼もしい。そのうえ女にモテる」

「……伝説の生き物かなんかの話ですかい?」

 ノーラは下唇を突き出して、怪訝そうに目を細めた。

「そこに世界地図があるだろ」

 壁にかけてある世界地図を顎で指したリットは、ようやく酒の入ったコップに口をつけた。

「ありますねェ」

「その地図の七分の一を埋めたと言われてる冒険者だ」

「おぉ、それは凄いっスね。旦那の家からここまで来るのにも時間が掛かるのに、世界を回るなんて何日掛かることやら」

 どこか的はずれな感想を述べるノーラに、リットはおかしそうに鼻を鳴らして笑う。

「実際に埋めたわけじゃないだろうけど、それだけ功績を残したってことだな」

 リットはコップの酒を一気に飲み干すと、動かずにいたせいで固くなった体を伸ばした。

「それで、旦那のパパさんは冒険に出てて今いないんっスね」

「もう、冒険者はやめてるよ」

 答えたのはリットではなくルーチェだ。懐かしむような笑みを浮かべて窓の外を見ている。

 リットは何を見るでもなく、ルーチェとは反対の方向に目を向けた。

「親の恋する瞳なんて見たかねぇな」

「アンタ、自分の顔がどんなに酷いものかわかってるの? 「恋する瞳」なんて言葉を使っちゃいけない顔してるのよ」

 チルカの蔑んだ視線は、道端で発情する犬を見るように辛辣なものだった。

「親子の会話に口を出すなよ」

「出させるようなことを言うからでしょ。アンタの言葉、呪詛みたいに耳にこびり付くわ」

「こびり付いてんのは耳糞だろ。脳の代わりをしてるのはわかってるけど、もう少し綺麗に耳の穴を掃除しろよ」

「そんなわけないじゃない! 私がそんなこと言った?」

「言わなくても見りゃわかる。頭が良くないのは、ポロポロ耳から落ちるからだろ?」

 リットは小指の先で耳をほじるような仕草を、チルカに見せ付ける。

「なら拾って食べれば? アンタの悪い頭も良くなるんじゃないの」

「食わせたいのか?」

「食べさせたいわけないじゃない!」

 リットとチルカの口喧嘩を、ルーチェは嬉しそうに笑って眺めていた。

「一人じゃなくて安心したよ」

「一人だよ。後は二匹みてぇなもんだ」

「わがままで偏屈な息子で大変だろうけど、これからもよろしく頼むよ」

 ルーチェがノーラの手を握ると、ノーラは空いたほうの手で自分の胸を叩いた。

「任せてくださいっス! いつもどおり旦那の面倒は見ますよ」

「これからの面倒臭いことを考えると、オマエの脳天気発言もどうでもよくなるな……」

 リット達は食後の一休みをすると、昼になる前にディアナ国へと向かった。



 ディァナ国は『リム山』という山頂部がくぼんだ山から流れる『リル川』の下流に位置している。

 リム山の上流から豊かな土壌を運ぶリル川に添って発展した国であり、農業が盛んな国だ。しかし川だけではなく、山も森もあるため水産業や林業も盛んに行われている。

 類稀なる好条件な土地のおかげで、他国と貿易することなく経済が回っていた。

 ディアナ国は長い歴史をそうやって過ごしてきたが、王が掲げる改革によって他国と貿易をするようになった。

 輸出入により商人達が活気付くと、農家の者も土地に合った安定した作物を作ることに集中できる。

 これにより、不得意なものを自国で作る必要がなくなった。自国の質が高く安いものを輸出し、他国の質が高く安いものを輸入することによって、人手的にも時間的にも効率が良くなった。

 ムーン・ロード号はその改革の集大成とも呼べるものだろう。

 城下の街を歩くだけで、景気の波が体を通り抜けていくようだ。

 生活するのが楽しくてたまらないといったような、明るい雰囲気が街全体を包み込んでいるのを感じる。

「旦那ァ、なにもバカ正直に城に向かう必要ないんじゃないっスか?」

 ノーラは街の様子ではなく、川面に映る家並みを見ながら歩いている。

 川沿いの遊歩道は石畳が見えていて歩きやすい。住人だけではなく、兵士も雪かきをしているからだ。今も集めた雪を乗せた荷馬車が、リット達の横を通り過ぎていったところだった。

「城に行かねぇと、また兵士が迎えに来んだよ」

「旦那は前にも来たことあるんスか?」

「……一回だけな」

「へぇ……。ところでお腹空きません?」

 ノーラはあたりを見回して食べ物屋を探し始めた。話題を変えたのは、リットの足取りが唐突に重くなったのを感じたからだ。

「どうせ食わされることになんだ。ここで食うこともねぇよ」

「アンタ達のんきなこと言ってるけど、本当に大丈夫なんでしょうね……。アンタと一緒にいるからって、首をはねられるのは嫌よ」

「んなことしなくても、オマエは死刑に決まってる」

「なんでよ。私が可愛すぎるから?」

「可愛すぎて死刑になるなら、オマエは一生手厚く歓迎されるな」

「ならアンタは国宝にされるんじゃないの。よかったわね」

 リットとチルカは口喧嘩をして、ノーラは時折それをなだめながら歩く。

 しばらくは川沿いの遊歩道を歩き、市街広場へ出た。

 広場の道端には屋台が並び、ところかしこに国旗が立てられている。

 最初は話題を変えることが目的だったノーラも、屋台を見ているうちにお腹が減ったらしく、急に方向転換をして屋台に駆け寄った。

「ここはなんのお店っスか?」

「リンゴを使ったお菓子を売る店だよ。でも、悪いね。まだ準備中だ」

 屋台の店主は荷車から荷物を下ろしながら言った。荷物は食材ではなく、雪除けの屋根を作るための木材だ。

「昼近いのにのんきなもんだな。稼ぐ気はねぇのか?」

「昼も何も、普段は屋台はやらないよ。祭りの時期だけだ」

「祭り?」

「知らないってことは遠くから来たのか?」

「あぁ、リゼーネのほうからな」

「そりゃまた遠くから来たもんだ。冬道は大変だっただろう」

「ずっと馬車に乗ってたからケツは痛えな。それで、なんの祭りなんだ? 収穫祭ってことはねぇだろ」

 リットは他の屋台にも目を向けた。食べ物屋ばかりではなく、雑貨屋や出し物がありそうなテントなど、様々な店の準備が進められている。

「婚約の周年祭だ」

「それ……毎年やってんのか?」

「そうだよ。明後日がメラニー様との婚約周年祭で、明々後日がハイヨ様との婚約周年祭。一週間も続く大きな祭りだ」

 屋台の店主は腰に手を当てて自慢気にしている。

「律儀なこった」

「皆、そういう王様が好きなんだよ」

「そうかい。悪かったな、準備の邪魔して」

「いいってことよ。祭りの時に買い物をしてくれればそれでいい」

「腐ったリンゴを使ってなかったらな」

 リットは別れついでに城への道を聞くと、そのとおりに歩き始めた。

「いやー、楽しみっスね。お祭り」

「そうね。リンゴがあるってことは、他の果物もありそうだし。ハチミツもあればいいんだけど」

「ハチミツがなくても、リンゴとかを絞ったジュースはあるんじゃないっスかね」

「ジュースもいいわね。ねぇ、バカアホマヌケ。ここに来たことあるんでしょ? ここの名産はなんなのよ」

「あのなぁ……クズカスコバエ。一応捕まりに来てんだよ」

「アンタが大丈夫って言ったんじゃない。嘘付いてるんなら、ノーラだけ助けて逃げるわよ」

「好きにしろ。付いて来たって得することはねぇよ」

「なによ。アンタらしくないわね」

 チルカの疑問の視線から逃げるように、リットは足を早めた。

 城門の前に着くと、兵士に止められるが、兵士はリットの顔に気付くとすぐに道を開けた。

「約束通り来てくださり、感謝します」

 兵士はリットの家に迎えに来た者だった。

「感謝の気持ちはいらねぇから、酒をおごってくれ。それで、どこに行きゃいいんだ?」

 兵士が案内をしようとしたところで、「私が案内をします」と言う女性の声が聞こえた。

 リットの母親より少し年下くらいだろう。女性は高価なドレスを着て城門の後ろに立っていた。

「リットさん、待っていましたよ」

 女性は長い髪をなびかせながら言う。金髪だが、チルカやエミリアのように輝いてはいない。

「セレネ様!」と、兵士が驚きの声を上げた。

「誰よ、あの女」

 チルカはリットの耳元でささやくように言った。

「『セレネ・ディアナ』この国の王妃だ」

「あれがこの国の親玉ね」

「親玉は国王だろ。王妃まで親玉にいれたら、片手で足りるかどうか」

「なによそれ。王様が一人なんだから、王妃も一人でしょうよ」

「さっきの話聞いてなかったのか? 『明後日がメラニー、明々後日がハイヨとの婚約周年祭』って言ってただろ。そこのセレネを含めて、少なくとも三人はいることになる」

 リットは開いていた指を一本ずつ折りながらチルカに説明する。

 チルカは指が一本折れる度に、顔をしかめていった。

「この国の王様は、とんだたらしってわけね。しょうもないわね。っていうか、アンタ。王妃を呼び捨てでいいわけ?」

「オマエの国王に対する態度も大概だろ」

「いいんですよ」と笑いながら、セレネが口を挟んだ。「リットさんには私が言ったのですから。いつもどおりのあなたでいてくださいと」

 セレネの口調は、何年も会っていない家族に話し掛けるような優しいものだった。

「王様の女を口説くなんて、やるわねアンタ」

 チルカの口ぶりは、思いっきバカにした様子だ。

「いくら愛する息子でも、オレの妻はやらんぞ!」

「ガハハ」と豪気な笑い声が響くと、兵士はセレネの時よりも驚きの表情を浮かべて「ヴィクター王!」と声を上げた。

「あら、来てしまったんですね……私が案内したかったのに」

 セレネが拗ねた顔で頬を膨らませると、王は頬を突っつきながら、またも豪快に笑った。

「窓から姿が見えたら、待ちきれなくなってな! よく帰ってきた! ――オレの息子!」ヴィクターはリットを軽々と抱きかかえると、子供をあやすように頭をなでた。「なにか欲しい物があるか? なんでも買ってやるぞ」

「……自尊心と羞恥心」

 リットはうんざりとした様子で、ヴィクターから離れた。

「ちょっとちょっと! このおっさん不吉なこと言ってたわよ」

「旦那のこと息子って呼びましたね……」

 ノーラは純粋に驚きに目を丸くしていたが、チルカは目を細められるだけ細めて、リットの顔をまじまじ見ていた。

「アンタ王子なの!? その顔で!?」

「いいや、違う。――ただ、このおっさんの玉の中に入ってたことは間違いねぇけどな」

「どういうことなのよ……」

「冒険者時代に遊び歩いてた不始末だ。簡単に言えば、この城にはオレの腹違いの兄弟が住んでるってことだな」

「できればルーチェにも一緒に城に住んで貰いたかったんだが……。母さんには会ったのか?」

「あぁ……。お土産だとよ」

 リットはルーチェに持たされていた酒をヴィクターに渡す。

「オレの好きな酒だ。相変わらず。ルーチェは気が利くな」

「あのなぁ、普通に手紙をよこしてくれよ。面倒くせぇから」

「リットに手紙を送っても、城まで来ないだろ。だから、少々強引に呼び寄せたんだ。バニュウのおかげで、リットを連れてくる理由もできたしな」

「バニュウって誰だよ」

「ムーン・ロード号で会ったんじゃないのか? ハイヨの息子の『バニュウ・クリゲイロ』だ。面白い話をしてくれたと喜んでいたぞ」

「あのガキか……」

 リットはムーン・ロード号で最後に取引をした、ケンタウロスの少年を思い出した。

「それにしても、ランプ屋をやめて海賊をやっているとは驚いたぞ。それも女ばかりを集めるなんて、流石オレ似だな!」

「いやですよ、あなたったら」

 笑うヴィクターのお尻を、セレネがつねっているのが見えた。

「……結局、旦那は王子様なんスか? 違うんスか?」

「違うに決まってんだろ。オレ以外にも、ディアナ国と関係のないところで暮らしてる奴もいるしな。少なくとも二人は知ってる」

「一人は……ローレンっスか?」

「オレも最初は絶対にそうだと思ったけど、あいつは違った」

「すべての子供達を城に迎え入れる準備はできている。名乗り上げてほしいものだ」

「関係なく幸せに暮らしてんだから、ほっといてやれよ。それじゃ、顔も見せたし、オレは帰るぞ」

 リットはノーラの頭をわしづかみにして強引に向きを変えると、ヴィクターに背を向けた。

「待て待て。何のために呼んだと思っている。兄弟に合わせるためだ。マックス以外に会ったことはなかっただろ?」

「会う必要がねぇよ。全員頭から酒瓶が生えてる面白生物なら考えるけどな」

「……じゃあ、逮捕する。ムーン・ロード号を襲ったのは事実だからな。牢屋に入れて、そこでオレの若い頃の武勇伝を延々聴かせることにしよう」

 ヴィクターが言い終える前から、兵士は素早くリット達の周りを囲んでいた。

「国王にしては、ずいぶんチンケなわがままだな……」

「兄が一人に、弟が五人。それに妹が二人だ。きっと楽しくなるぞ」

 ヴィクターはリットの肩を抱いて引き寄せると、意気揚々と城に向かって歩き始めた。






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