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ランプ売りの青年  作者: ふん
妖精の白ユリ編

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第十三話

「旦那ァ! せっかくのフワフワのベッドを無駄にするって、どういうことっスか! あと料理も! 村の時のような、イミルの婆ちゃんのパンもないんっスよ! 馬車旅の時のようなゴリゴリのパンは嫌っスぅ~~!」

 そうノーラが声を荒らげて駄々をこねたのは朝。太陽が真上に輝く今では「ぶんばだった、ぶんばだった、森の中~。ぶんばだった、ぶんばだった、虫がいる~」と上機嫌に、調子はずれの歌を歌いながら歩いていた。

「前から思ってたんだけど、オマエの擬音ってどっかおかしくないか?」

「そっスか? まぁまぁ、細かいこと言いっこなしですぜェ」

「せめて『ぶんばだった』をやめて『るんたらった』かなんかに変えろよ。なんか気が抜けるから」

 樹木の隙間を通り抜ける森の匂いを感じながら、真新しい新緑の絨毯の上を歩く。川沿いの道を歩いているおかげで、涼しく湿った風は汗ばんだ体を冷やしてくれた。

 風の行方を眺めると、川の上空で浮かぶ泡が、春の雪を降らせているのに気付いた。ヤナギの綿毛がふわふわ漂い、春の森のまどろみを不思議な夢を通して見せられているようだ。

 思わず川べりまで降りてみると、吹き溜まりのように綿を積もらせている。

 リットがひとつまみその綿を手に取り、強風を待って指を離す。綿は何かに吸い込まれるように勢い良く飛び立ち、曲がりくねった川に沿うように森を抜けて平原へと姿を消していった。

「良い天気っスねェ」

 リットと同じように綿毛の行方を見送っていたノーラが、燦々と陽光が降り注ぎ、静かに流れる川を見ながら言った。

「そうだな。風も冷たいし、夏辺りは過ごしやすそうだな」

 薄い青の空には、箒で掃いたような白い筋雲が薄く長く伸びている。リットは川砂利の上を、音を立てるように踏み鳴らしながら、丁度良い大きさの小岩の上へと腰を下ろした。

「ご飯にしちゃいます?」

「そうだな……。そうするか」

 太陽は真上から少し傾いていた。時間的にも昼食の時間というのもあるが、なによりも雰囲気がそういう気分にさせる。

 リットは胸の前の背負い荷の結び目を解いて、リュックを地面に落とした。その様子を見たノーラも、背負っていたリュックをリットのリュックの隣に置いて、小さい体を目いっぱいに伸ばしてストレッチをした。目をギュッとつぶり、大きく口を開けてあくびを一つ挟むと、手頃な石を組み上げてかまどを作り始めた。

 ノーラは平らな石を何個も重ねて高く積み上げると、コの字の形を作っていく。

「ここを拠点に動くわけじゃないんだから、そんな大層なもん作らなくていいんだよ。むしろ不器用なんだから、余計なことしないでその辺で遊んでろ」

「うーい。そいじゃ、魚で取ってきますよォ」

 顔に分かりやすいほどの不満を浮かべると、ノーラは川に入っていき、魚とり、もとい川遊びを始めた。

 案の定と言うべきか、リットがかまどに鍋を置くと、適当に積み重ねられた石はすぐに音を立てて崩れていった。リットは崩れた石の中から同じ大きさの石を三つ取って、三点で鍋を支えるように並べる。ランプのオイルは出来るだけ節約しておきたいので、砂利に溜まった綿毛を使う。集めてマッチで火を付けると、綿毛の中の小さな種子が燃やされてバチバチと音を立てた。

 小枝から順に中枝、大枝をくべて火を大きくしていく。湿った流木をくべると、川の強い風に吹かれて、狼煙のようにもうもうと煙が立ち昇った。

 その上に鍋を置き、乾燥レンズ豆と塩漬けされた豚肉を水で煮込んでいく。しばらくそのまま煮込み、乾燥麦を加えて蓋をする。

 三十分程煮込んでいると、服を濡らしたノーラがとぼとぼとした足取りで戻ってきた。

「無理でしたァ……」

「だろうな。オマエに捕まるような魚がいたら、とっくの昔に絶滅してるよ」

「でも、魚が見えるくらい透き通った水なんですぜ。なんか魚にバカにされた気がして、悔しいっス~~!」

 期待していなかったリットとは違い、ノーラは簡単に魚が取れると思っていたらしく、その場で地団駄を踏んで歯を食いしばっていた。

「オマエから魚が良く見えるってことは、魚からもノーラが良く見えるってことだろ」

「なるほど! ……って簡単に納得出来ないっすよォ」

「魚なんか捕っても、塩焼きくらいしか出来ないんだから別にいいだろ」

「それでもいいっす!」

 ノーラは力強くそう言った。視線は吹きこぼれ始めた鍋に向いている。豆を煮込んだ独特な匂いが、水蒸気に紛れて漂ってきた。

「なんだよ。文句があるのか?」

「今からでも屋敷に戻りませんか?」

「アホなこと言ってないでさっさと食うぞ」

 リットが蓋を取ると、レンズ豆と豚肉と麦が一緒くたに茶色に煮込まれたものが出てきた。煮込んだからといって、塩漬けの肉の塩味や臭いが抜けるわけではなく、口に入れたノーラも隠すことなく「不味い」と言って顔をしかめた。

「エミリアの屋敷で良いものばっか食って舌が肥えやがって」

「私は昔から旦那の料理には否定的ですぜ。せめて煮込まずそのまま食べましょうよォ」

「こうしないと、口の中をパサパサにしながら、これを食うハメになるぞ」

 リットは固くなったパンをリュックから取り出すと、ノーラに投げ渡した。受け取ったノーラは、近くの石にパンを軽く数回ぶつけて、コツコツとした音が鳴るのを確かめた。そして、その音を聞いてガクッと頭を下げる。

「まずい食べ物のワースト一位と二位を同時に食べるハメになるとは……」

 ノーラは仕方なく煮込みにパンを浸しながら食べ進める。口に入るだけ嫌そうな顔をするが、咀嚼しないと飲み込めないので、苦い薬を飲むように目をつぶりながら噛んでいる。咀嚼したものが喉を通る度に、肩を震わせていた。

「そういえば、リゼーネに行く途中の馬車でも、この固いパンを食うの嫌がってたもんな」

「安心してくだせェ。旦那が作る料理が二位で、このパンが一位っスから」

「食い物を作れないオマエよりマシだろうが」

 リットは味を気にせず、煮込みにパンを浸したものを口に運んでいく。

「……旦那って、ちゃんと舌生えてるんスか?」

「おう。なんでも食える万能な舌がな」

 リットは舌を伸ばしてノーラに見せながら言った。

「世の中味は進化していってるのに、旦那の舌は退化する一方っスねェ……」



 リットにとっては食事。ノーラにとっては胃袋に食べ物を入れるだけの行為が終わると、二人でしばらく川を眺めていた。

「本当に行くんスか?」

 ノーラは少し遠くの川のカーブの右横をチラッと見た。リットも川の横を見ると、ため息を混ぜながら「やっぱり行きたくねぇよな」と答えた。

 それから、森の一端から徐々に視線を移動させて、緑というよりは暗い青色をした森の入口を見る。今いる場所も森なのだが、あそこからは別の森だとひと目で感じるほど、明らかに色が違っていた。おおよそ木漏れ日なんて射し込まないだろう暗い森は、人を寄せ付けない雰囲気を醸し出している。

 これから、そこに向かわなければ行けないと思うだけで足が重くなる。現にあの森の入口が見えてから、足を止めて小休止をしてしまった。

 入口前にまで行くと、更に境界線がはっきりわかった。光と闇で二分されている。同じ樹木の葉の色でさえも、光が当たらないとおどろおどろしく感じてしまう。

 ナニカがいそうではなく、ナニカがいる。そんな嫌な確信をしてしまう程だ。

 ランプに火を灯すと、リットはノーラの顔を照らす。眩しさに目を瞑ったノーラに「行くぞ」と一言だけ声をかけ、司祭が祭壇にのぼるように慎重にゆっくりと森の中へと足を進めた。

 川風ではないひんやりとした空気が流れる。

 太陽に暖められることのない空気は、どこか洞窟に似ていた。光に忘れ去られた地面は、生命の息吹を籠らせたように重い。

 暗い森に入り、少し歩いたところでリットは振り返った。出口に見える太陽の光が、やたらと遠くに感じた。

「こりゃ、本当に迷いの森だな……」

 道という道はなく、木々の間を縫うようにして歩いて行かなければならない。目印という目印もなく、同じような景色を見続ける。こんなことを続けていれば、方角がわからなくなるのも無理はないだろう。

「リゼーネも、どうせなら最後まで開拓すればいいと思うんですけどねェ」

「大昔ならまだしも、多種族国家になった今だと森の開拓は無理だろうな。どっちかというと、自然と共存する種族の方が多いし」

「というよりも、人間くらいのもんですぜェ。わざわざ自然を切り開いて住処を作るのは」

 ノーラは人差し指を立てて左右に振りながら言った。その素振りは非難するというよりは、面倒臭いことをするんだなと呆れている感じだった。

「オレからしたら森を切り開くのも、木の幹を繰り抜いて家にするのも変わらないと思うんだけどな」

「全然違いますよォ。言うならば大木を家にするエルフとかは寄生虫っス。養分を吸い取ることはあっても、宿主を殺すようなことはありやせん。人間の場合は、木を切り倒してからそれを材料に家を立てるでしょ。殺して食べて血肉にする獣ってところっスかねェ」

「それって、結局どっちの方が悪いんだ?」

「さぁ?」

 熱弁していたノーラはどこへやら。すぐにその話題には興味がなくなったらしく、周りの景色に目をとらわれていた。見えない空を見上げるように、覆い重なった葉や枝が風に揺れるのを興味深そうに見つめている。

「どうせ見るなら下を見てくれよ。その為に小さいオマエを連れてきたんだから」

 薄暗く視界の悪い森では、ノーラの背の低さが役に立つ。リットが見逃すような低い視線のものを見つけやすいからだ。

「あいあいさーっ! ところで、旦那はなにしてるんですか?」

 リットは瓶の中に入った液体をハケで木に塗っている。それを見たノーラが不思議そうに首を傾げた。

「冒険者でもない素人二人が薄暗い森の中を歩いてたら迷うからな。だから、『迷い蛾』の鱗粉と油を混ぜた目印を塗ってるんだよ」

「迷い蛾ってなんスか?」

「そこら辺に飛んでるだろ」

 リットが指を差した方向では、暗闇の中でナニカが飛んでいた。

「う~ん……。良く見えないっス」

「待ってろ」

 リットがランプを持った腕を伸ばして取っ手を軸に軽く揺らすと、闇の中で動いてたものが近づき、緑黄色にぼんやり光りだした。

「うへぇ……、気持ち悪いっスよォ」

 羽が光ったことによって、ハッキリと蛾の姿が見えるので、ノーラには不気味に映ったようだ。

「道に迷った奴がフラフラとこの光に誘われて、どんどん森の深くまで歩いて行っちまうから『迷い蛾』って呼ばれてるんだと」

「なんかスッキリしない説明っスね」

「オレも実物を見るのは三回目くらいだからな。樹海とか洞窟にしか生息してないって本に書いてあったのを見ただけだ」

「それにしても、嫌な色で光る蛾っスねェ……」

 光っているのが蛾ではなく蛍だったらノーラの感想も違っていただろうが、一度脳裏に焼き付けられた姿は、早々には離れないらしい。リットの服の裾を掴み、背中に隠れるようにして迷い蛾を見ている。

「普段でも少ない光を鱗粉に反射させて、目に見えるか見えないかくらい薄く光ってるんだけど、ランプみたいな強い光を当てると――」

 リットが隣の木をランプで照らすと、迷い蛾と同じように液体が強く光りだした。

「こんな得体のしれないものについていって迷うんだから、マヌケな話だよな」

「マヌケっスねェ。でも、旦那も誰かの知識を語ってるだけっスよね」

「いいんだよ、知識なんて共有財産なんだから。幾多のバカの上に成り立つ新しい知識ってな」

「それもなんかの本の受け売りっスか?」

「そんなとこだ。幸いオレのとこにもバカが居候でいるから、そのうちオレもなにか発見するかもな」

「私も、旦那にはそろそろ塩だけで食材を煮こむのは、バカのやることだって気付いて欲しんですけどねェ」

 薄暗い森を歩いていることを頭の隅に追いやるように、リットとノーラの二人は声を大きく森の奥へと歩いて行く。

 その後ろでは、迷い蛾の緑黄色に紛れて白い光が一つ揺れていた。



「クスクス。なんかおもしろいのみーつけた」






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