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ランプ売りの青年  作者: ふん
命の灯火編(上)

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126/325

第一話

 色とりどりに装う秋が終わり、景色は白い衣に着替えた。

 この季節になると、リットはいつも思い出すことがあった。弟ができた日のことだ。

 まだ、ノーラと出会う前。生活は変わらずで、カーターの酒場で飲みつぶれていた時のことだった。

「すいません。この町にリットと言う人はいますか?」

 酒場にやってきた男は、店に入るなり注文もしないで聞いた。

「そこで潰れてる男だ」

 カーターは顎をしゃくって飲みつぶれた男達がいる一帯を指す。

 皆、酒が入ったコップを片手で掴んだまま、テーブルによだれを垂らして寝ていた。

「あの、リットさんですか?」

 男は飲みつぶれている男の一人に声をかけるが、揺さぶり起こされた男は髭面で睨みを利かせて「違う」と一言低い声で言うと、再びテーブルに突っ伏して寝てしまった。

 あまり酒場に来たことがないのか、男はそれですっかり怯んでしまった。

 見かねたカーターがリットの体を揺さぶる。

「おい、起きろよ。客だぜ」

「……靴下でも口に突っ込んで追い返せよ」

 リットは腕の中に顔を埋めたまま答える。

「この店にじゃなくて、リット。オマエさんに客だ」

「酒場にランプを買いに来るバカがいるかよ」

「オレじゃなくて、本人に直接言ってやんな」

 カーターが顎をしゃくりったので、リットは面倒くさそうに顔を上げてその先を見た。

 外の景色と同じような真っ白な羽を背中に生やした男が立っている。リットと歳はあまり変わらないが、白い羽に似合わない太い腕を緊張でピクピクさせていた。

 その男はリットと目が合うと、期待と照れが混じったような笑いを浮かべた。

「リットさんですか?」

「そういうアンタは、なにさんなんだ?」

「申し遅れました。マックスといいます」

「……そうかい。悪いけどな。男と照れ合う趣味はねぇんだ。そういうことがしてぇなら、コイツに頼め」リットは隣で酔いつぶれている男の肩に手を乗せる。「かみさんに逃げられたばっかりで寂しがってる。こちとらもう、コイツを励ます為に五日もここに入り浸りだ」

「五日もお酒を飲んでいるんですか……」

 男の瞳が侮蔑に濁ったが、何かを言い聞かせるようにして、再びリットに興味の視線を送った。

「なんなんだよ……。言いたいことがあるならハッキリ言え。今まで自分の筋肉としか話したことがないのか?」

 リットが男をからかうと、酔いつぶれていた男達が自分の腕の中でこもった嘲笑を響かせた。

「あの……マックスです」

 男は意を決したように言う。

「そりゃ、もう聞いたよ」

「――あなたの弟です」





 白い季節も深まり、槍先のように鋭く伸びた枝が空に突き出し、時折音を立てて雪を落とす。

「これを難破船に届けてくれ。難破船だ。な・ん・ぱ・せ・ん。わかるか?」

 リットは片手でフクロウを掴み、もう片手でオイルの入った瓶をフクロウに見せ付けるように持っている。

 フクロウは首が折れたのかと思うほど首を傾げて、まんまるの瞳でリットを見ていた。

 褐色の羽毛に白い斑点。グリザベルからの手紙を届けに来るフクロウだ。

「わかるわけないじゃない。アンタが話せるのは、同類の馬か鹿くらいのもんでしょ。バカなことやってないで、早く戸を閉めなさいよ。寒いったらありゃしないわ」

 チルカは白い息を吐きながら、体を震わせている。

「妖精も冬眠してくれりゃいいのによ。なんなら土に埋まるの手伝ってやろうか? 春にはネズミの脳みそくらいの花が咲きそうだ」

「アンタが埋まったら、さぞ臭い花が咲くんでしょうね。流石は鼻つまみ者ね」

 チルカは自分の鼻をつまみ、リットに向かって嘔吐をするようにだらしなく舌を垂らした。

「そうしてると美人だな。一生その顔で過ごせよ」

「アンタにはお似合いの顔かもね。ついでに鼻はこーんなよ」

 チルカは人差し指で鼻をギュッと押し上げて、鼻の穴が見えるように潰した。

「おい、フクロウ。あそこの餌を食っていいぞ。腹は壊すけどな」

 リットの手が緩んだ一瞬の隙をついて、フクロウは手から逃れると乾いた冷たい空気の中へと飛んでいった。

 積もる雪の上には、飛ぶ時に落ちた羽根と一緒に手紙落ちている。

「アンタ、世界一かわいい妖精だけじゃなくて、鳥にもバカにされるのね」

「あいにく、世界一かわいい妖精なんてもんは見たことがねぇ。見たことがあるのは、喋る蛾だけだ」

 リットはグリザベルの手紙を拾うと、読むことなく握りつぶした。

「はいはい。その汚れた目玉を取り替えたら、早く暖炉に火をつけなさいよ。それとも、私と我慢比べでもして凍死するつもり?」

「火をつけてやるから、どうせなら虫らしく飛び込んでくれよ」

 リットは手紙に火をつけると、暖炉の中に放り込んだ。

 手紙を燃やす火は、じっくりと炙るように薪に燃え移っていく。

 燃え移った火は蜂蜜のようにとろけ揺れる炎に変わり、部屋に暖かい空気を流し始めた。

「まったく……冬なんてろくなもんじゃないわね。アンタと同じで」

 チルカは暖炉の前まで飛んで行くと、手を伸ばしたり、お尻を向けたりして体を温める。

「その言葉、そっくりそのまま返した後に、蹴りでも入れてぇ気分だな」

「女の子に暴力を振るおうなんて野蛮ねぇ。アンタがモテない理由がわかるわ」

「オマエは巨人の鼻毛みてぇな体型してるわりには、態度がでかいよな。巨人の鼻くそが付いたままになってんぞ」

 リットはチルカの胸元に目を向けると、厭味ったらしく鼻をならした。

「胸よ! 胸! 見たらわかるでしょ」

「見せるなよ」

「見せないわよ! ははーん……。あんたママの胸しか見たことないから、わかんないんでしょ」

 チルカが負けじと厭味ったらしく笑みを浮かべると、リットはガクリと肩を落として項垂れた。

「あのなぁ……。口喧嘩してる時に萎えるようなことを言うなよ」

「……悪かったわよ。私もアンタが胸に吸い付いてるとこを想像しちゃったじゃない。夢に出るわ」

「オレを夢に出すなら金を払えよ。そのちっちぇ脳みその中に入るのは苦労すんだからよ」

「むしろ迷惑料を払いなさいよ。美人の夢の中に、裸で馬に乗って鹿のお尻を叩きながら出てくるなんて、変態以外の何者でもないわよ」

「オマエはどういう夢をみるつもりなんだ……」

 部屋が充分に暖まり、熱で屋根の雪が落ち始めた頃、ノーラがあくびをしながら階段を降りてきた。

「旦那達は朝から元気っスねェ……」

 ノーラはイスに座ると、もう一度大きなあくびをする。

「もう昼前だ。毎度毎度、部屋が暖まってから起きてきやがって」

「朝だから起きるというのは、自然の摂理に反してると思うんスよ。普通は活動しやすくなったら起きるもんっス」

「暖炉に火を入れなかったら、一生ベッドの中にいるつもりか?」

「それもいいっスねェ。自分の体温で温まった布団ってどうして、こうも魅力的なんスかね」

 ノーラはテーブルに置いたままになっている、日が経って固くなったパンにかぶりつきながら言う。

「よかないわよ。居間は冷えるの。アンタ達のどっちかが火をつけてくれないと私が困るの。火をつけるのがめんどくさかったら、食器棚の中に暖炉でも作りなさいよ」

「家を火事にするつもりか……。安心しろ。冷たくなったまま動かなくなったら埋めてやるからよ」

「本当元気っスねェ……。旦那は意外に早起きっスよね」

 ノーラは馬のように何度も歯を擦り合わせて、固いパンを崩して飲み込んでいく。

「コイツはお酒を飲んで寝てるから眠りが浅いのよ。それで、頭が痛いって起きてきて。飽きもせずに毎日毎日……バカの極みね」

「うるせぇな……。ここは俺の家だぞ。言わばオレは王様ってわけだ。なにをして過ごしてもいいんだよ」

「ここの王様はずいぶん汚いお城に住んでるのね。アンタの顔と同じくらい汚いわ」

 チルカは部屋の隅に溜まった埃に目をやりながら、唾を吐くように言い捨てた。

「そう思うんだったら、自分の糞くらい自分で掃除しろよ。あちこちでデカイのを産み落としやがって」

「そんなの落ちてないわよ! 落ちてるのはノーラの食べかすばかりじゃない」

「オマエの評判と一緒で落ちてばかりだな」

「アンタの髪の毛もね」

 リットとチルカが睨み合っていると、ノーラが呑気な声を響かせる。

「旦那ァ。店に出なくていいんスか?」

「今行くとこだ」

「すがすがしいまでの嘘っスねェ……」

「嘘じゃねぇよ。いつまでもアホに構ってられるか」

 ドアを開けて店に向かうリットの背中に向かって、チルカが追い払うように舌を伸ばした。



 リットが店を開けたのは、昼を過ぎてしばらく経ってからだ。

 椅子に浅く腰掛けて、天井を仰ぎながらあくびをしていると、冷たい空気が入ってくるのと同時に鈴の音が鳴った。

「今日はもう店じまいだ。帰ってくれ」

「キミには呆れるよ……。午前中はしまったままだし、午後になってやっと開いたと思ったらこれだ。商売をするって気はないのかい?」

 ローレンは長く伸びた前髪を、左手でかきあげる。右手には花束を持っていた。そして、収まりが気に入らなかったのか、もう一度髪をかきあげると、リットがいるカウンター前まで歩いてきた。

「オマエがここに来たってことは、そっちだって店を開いてねぇじゃねぇか」

「そんなことより――」

 リットは人差し指を伸ばして、「そんなこととはなんだ」と言おうとしたが、それよりも早くローレンが続けた。

「――今朝、イミルの婆様が倒れたそうだ」

 ローレンは真面目な瞳でリットを見た。

「イミル婆さんが? まぁ、長生きしたほうだな」

「……なにか勘違いしてるようだけど、別に亡くなったわけじゃないよ」

「なんだよ、なら紛らわしい言い方すんじゃねぇよ。心配したじゃねぇか」

「とても、そうは思えない言い草だったけどね。僕は今からお見舞いに行くところだけど。キミはどうする?」

「そうだな。コロッといっちまったら目覚めがわりぃし、顔だけでも見に行くか」

「それは、よかった」

 ローレンは持っていた花束を、リットに突き出した。

「女遊びが過ぎて、女に飽きちまったのか?」

「バカなこと言うんじゃないよ。お見舞いの花だ。どうせ、なにも用意する気ないんだろ? 二人からってことにしてあげるから、半分お金を出してもらうってことだよ」

「それじゃあ、結局オレがお見舞いを用意するのと変わらねぇじゃねぇか」

「つべこべ言うんじゃないよ。キミは、僕よりイミルの婆様に世話になっているんだろう」

「しゃあねぇな……。今日の酒はカーターにたかるか」

 リットはポケットから小銭を取り出してローレンに渡すと、誰に店番を頼むことなく店を出て行った。


 イミル婆さんの家に向かう道中。リットはローレンの持っている花束を見ていた。自分なら、酒か食べ物のどちらかを用意するので、お見舞いに花というのが理解できなかったからだ。

 思ったら自然に口に出ていた。

「にしても、花束ってことぁねぇだろ」

「女性はいくつになっても花が好きなんだよ。そして、花をくれる男を愛するもんさ」

「この冬にどうやって花を手に入れたんだ?」

「あるところにはあるもんさ」

 ローレンが花束を持ち帰ると、リットの頭の中で急になにかが弾けた。

 花の生えている姿が。はっきりと思い浮かんだ。

「ちょっと待て……。それ、うちの庭に生えてる白ユリじゃねぇか」

「そうだよ。昨日チルカから買ったんだ。本当は僕のガールフレンド達にあげるつもりだったんだけどね。イミルの婆様も大切な女性の一人さ。愛するつもりはないけどね。問題あるかい?」

「白ユリをやるのは問題ねぇよ。問題なのは、なんでオレの家の庭に生えてるもんに。オレが金を出さないといけねぇんだよ。むしろ払えよ」

「文句があるならチルカに言いたまえ。僕はお金を出して買ったんだから」

「家主のオレに金が入ってこなけりゃ意味ねぇんだよ」

 リットとローレンが言い争っていると、風の音ではない空気を切る音が聞こえた。

 乾いた空気によく響く打撃音と同時に、後頭部に痛みが広がる。

 リットが後頭部を押さえてうずくまりながら横目でローレンを見ると、同じように後頭部を押さえてうずくまっていた。

「また、喧嘩してるのかい。いい歳して悪ガキのままじゃないか」

 イミル婆さんが箒を片手に元気そうに立っていた。

「……化けて出るのには早すぎるだろ。倒れたんじゃねぇのか?」

「倒れたよ。嫁子が大げさなんだよ。一日安静にしてれば治るってもんさね」

「婆様も歳だからね。そのまま寝たきりにならなくてよかったよ」

 ローレンが安心したように笑いかけると、おでこ辺りに勢い良く箒の柄が振り下ろされた。

「失礼なこと言うんじゃないよ。私はまだまだ元気。ひ孫をいないいないばあで驚かせるまで死ねるかい。ひ孫の顔を見てからゆっくり死ぬことを考えるよ」

「ひ孫も驚くだろうよ。シワだらけの猿がこっちを見て笑ってるってな」

 言い終えると同時に、リットにも箒の柄が振り下ろされた。

 叩き慣れてるせいで、いい音がなる。痛くはないのだが、この音のせいで思わずうずくまってしまう。

「これでも一応は心配して様子を見に来てやったんだぞ。少しはありがたがれよ……。それで、何が原因で倒れたんだよ」

 リットは膝についた雪を払いながら言う。

「お爺さんと出会ったのはこんな雪の積もる日だったのさ。お爺さんとの思い出がよみがえると、ついつい踊りたくなってね。足を滑らせて、ちょいと腰をやっちまったんだよ」

 イミル婆さんが思い出しため息を吐くと、白い息が天へと昇っていった。

「婆さん……歳を考えろよ……。ローレンの言うとおり、寝たきりになったらすぐにボケちまうぞ」

「私を心配してくれるのは嬉しいけどね。アンタは自分の親のことをもっと心配してやんな」

「心配してもらって嬉しいなら、もっと素直に言えよ。焼きたてのパンを持ってくるとか」

 イミル婆さんが箒を動かすのを見て、リットはまた叩かれると思って目をつぶったが、一向に叩いてくる気配がない。おそるおそる目を開けると、イミル婆さんはリットに向かって箒を突き出しているだけだった。

「パンが欲しいなら働きな。ほら、頼んだよ」

「おいおい、見舞いに来た人間に雪かきさせるつもりか?」

「病み上がりの老人にやらせるつもりかい? ひどい男だよ」

 イミル婆さんはわざとらしく咳き込むと、歳相応に腰を曲げた。

「働き盛りの男に金にならねぇ仕事をやらせる婆さんのほうがひでぇよ。第一、一本道がついてんだから必要ねぇだろ」

「道が狭いとお客さんが入りにくくなるだろう。一本道しかつけないから、アンタのところには客が入んないんだよ」

「アホか、道を広げても客なんか入んねぇよ」

「とにかく頼んだよ。そこで、痛いフリしてうずくまったまま、逃れようとしている悪ガキも一緒に頼むよ」

 イミル婆さんは落ちているお見舞いの花を拾うと、家の中に入っていってしまった。

「だとよ。節操なしの女好き。早く雪をかきわけろよ」

 リットはローレンに箒を投げ渡す。

「なんで、お見舞いに来た僕が力仕事をしなくちゃならないんだい……。本当なら今頃はサンドラとデートだったっていうのに」

「婆さんに聞けよ。オレの名前は出すなよ。仕事を増やされるのはゴメンだからな」






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