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ランプ売りの青年  作者: ふん
東の国の灯台編(下)

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第四話

 出航まであと二日と迫った日の夜。

 リットは若干斜めになった部屋の床に座り悩んでいた。

 目の前には、オイルの入った大瓶小瓶や、ランプの手入れをする道具、保存食、酒瓶、換えの下着や服など、鞄に入っていた旅の道具が並べられている。

 この中からどれを手放してもいいのか、じっくり考えなければいけない。

 イサリビィ海賊団は略奪ではない。ある意味略奪なのだが、正しくは強制的物々交換だ。

 龍の鱗を見付けたとしても、それと自分が持っている何かを交換する必要がある。

 セイリンに何を使って取引をすればいいのか聞いたところ、「なんでもいい」という言葉が返ってきた。

 しかし、この「なんでもいい」という言葉がクセモノであり、正確には「自分にとって価値がある物ならなんでもいい」ということだ。

 食べ終えた貝の残骸や、飲み終わった酒の空き瓶などは、コレクターならばいいがリットにとってはただのゴミだ。ゴミは取引には使ってはいけない。

 誤魔化そうと思えば誤魔化せる。

 しかし、セイリンに脅しをチラつかせ過ぎると、逆上して脅しの効果がなくなってしまう。

 自分の身の安全のためにも、ある程度決まりには従う必要があった。

 海賊達は、その場では欲しかったが、結局は使わない物をよく取引に使っている。

 要らなくなった美術品や服を、また他の美術品や服と交換することもあるし、異国の面白そうなものがあれば、使い道がわからなくても取引したりする。

 一番の人気は宝石の類だ。一番わかりやすいお宝であり、見ているだけで海賊心を震わせるからだ。

 エミリアの父親の商船はそれを利用して、交易品に目を付けられないように宝石を用意していた。

 数少ないうちは宝石も綺麗だが、そのうち宝石もいっぱいになり興味が失せてしまう。

 イサリビィ海賊団は買い物をすることがないので、いくら宝石を持っていても宝の持ち腐れになる。

 そこで、要らなくなった宝石の類は取引に使われる。

 イサリビィ海賊団に襲われた商船が、たまに得をして帰って来るのはこれが原因だった。

 それでも、またしばらくすると欲しくなるのが宝石の魅力だった。

 他にも骨董品が、なんとなくカッコイイからという理由で人気がある。

 要は自分の価値観で取引しろということだ。

 自分の好きな服を取引して着込んでいった結果が、セイリンやアリスのような格好だった。

 リットの取引材料はオイルくらいしかなさそうだった。

 小瓶に入ったオイルは手放しても問題ないだろう。何かの時に使えるかもしれないと思って持ってきた、妖精の白ユリのオイルとヒハキトカゲのオイルだ。

 自分が使う分のオイルさえ残っていればいい。大瓶に入った方の妖精の白ユリのオイルはエミリアに渡してあるので、小瓶の方はなくなっても大丈夫だ。

 第一目的は龍の鱗として、リットには他にも欲しいものがあった。

 それは酒ではなく、家具だ。酒も欲しいが、それ以上に家具の必要性を感じていた。

 セイリンに使っていいと言われた部屋には、ベッドはおろか椅子もテーブルもない。

 板ずれした床で寝るのはいいかげん限界だった。まだ、砂浜で潮風に吹かれていた方が寝られる。

 リットは、船乗りにばら撒いたシルクのパンツを取っておけばよかったと後悔していた。

 残っていたら悩むことなく、パンツと家具を交換していただろう。

 リットは立ち上がると、地団駄を踏むようにして床を鳴らした。

 しばらく音を鳴らしていると、杖を付く音が響いてきた。それに加えて、足音と尾びれを引きずる音。その三つが同時に響くと、絵にも描けないバケモノが歩いてきてるように感じる。

「うるさいぞ」

 リットの部屋のドアを開けるなり、セイリンが苛立たしげに杖を強く床に突いた。

「そう言うなよ。下の階は立入禁止なんだから、こうやって呼ぶしかないだろ」

「……それでなんのようだ」

 セイリンの寝ぼけ眼の重いまぶたは、睨みに重圧を加えていた。

「龍の鱗も欲しい、家具も欲しい、酒も欲しい」

「……ホームシックになって、子供のようなわがままを言いたくなったのか?」

「そうだったら、頼みごとを聞いてくれるのか?」

「いや、おねしょをした子供を躾けるように尻を叩く」

「小便で地図を描きたくても、布団がねぇよ」

 リットは大きく手を広げた。何もない、牢屋の中よりも殺風景な部屋は、何かに手がぶつかることもない。

「どうしても地図を描きたくなったら砂浜に描け」

「元手がねぇってことだ。一人一回は取引しねぇとダメなんだろ?」

「まぁ、そうだが。酒と食料は必需品だ。それは別で取引する。個人でする必要はない」

「なんだ。そうなら早く言えよ」

 リットが馴れ馴れしくセイリンの肩を叩いていると、リットの首筋が光った。

 セイリンのナイフがランプの明かりを反射している。

「酒と食料は選り好みはしないから、どうしても欲しい酒があれば、それは個人で取引だ」

「そうだな。そうする。――で、そんなに肩を叩かれたのが気に障ったのか?」

 リットは親指と人差し指で慎重にナイフの刃を摘む。

 セイリンも本気でリットの首を斬りつけるつもりはないので、簡単に首からナイフを遠ざけることができた。

「肩は関係ない。寝ているところを、やかましく起こされたことが不機嫌の理由だ」

 セイリンは手に持ったナイフを壁に向かって投げると、リットに鞘を押し付けて部屋を出て行った。

 部屋の壁に浅く突き刺さったナイフは、ドアが閉まる反動で床に落ちた。

 リットはそれを拾うと、セイリンに押し付けられた牛革の鞘に納める。

 リットが滑らかな牛革の感触を確かめるように手の上で遊ばせていると、再びドアが開いた。

「旦那ァ……うるさいっスよ」

「うるさくしてたのはさっきだ。今はうるさくしてねぇよ」

「私も起こされたのはさっきっスよ。それで、寝られなくなったから文句を言いに来たんス。ナイフ遊びは程々にしてくださいなァ」

 ノーラは、リットがナイフを振り回して遊んでいたと思ったらしく。「年甲斐もなく……」と言い、あくびをして涙を滲ませた。

「これはセイリンから貰ったんだ。本当、面倒見の良い船長だ」

「……それで、私は寝ていいんスか?」

「誰も呼んでねぇんだから、勝手に寝ろよ」

「旦那もいいかげん寝て、静かにしてくださいよ。ただでさえ寝づらいんスから」

 ノーラはリットに念を押すと、部屋を出て行った。



 出航の日になっても、船の帆は畳んだままになっている。

 しかし、すでに錨は上げられ、船は海面を滑るように動いていた。

 すきっ歯から漏れ響く笑いのような陽気な風に流されることなく、船はまっすぐに滝横の岩の隙間へと進む。

 隙間を抜け、まだしばらく船が進むと、人魚達が海から甲板へと上がってくる。

 間もなくセイリンの「帆を張れ!」という声が響き渡った。

 人魚達がマストに登り帆を張ると、リットはアリスと一緒に甲板でロープを引っ張り、帆の張り具合の調整をするとロープを結ぶ。

 風の向きが変わると、また帆の調整をしないといけないが、風はしばらく安定しているので、しばらくは大丈夫そうだ。

 その証拠に、セイリンは舵にもたれて、マストではなく海を見つめていた。

「頼むから、もう一生風の向きが変わるな……」

 リットが慣れないロープを引いてずるむけた手のひらを見ていると、飛沫が飛んできた。波ではなく、酒飛沫だ。

 アルコールの染みる痛さにのたうち回るリットに、アリスがからかう軽い笑いを響かせる。

「風は男のように気まぐれだから、祈っても無意味だぜ」

「男を知らねぇくせに、よく言うもんだ……」

 熱湯に手を突っ込んだかと思うほど熱くなった手のひらは、風に吹かれても吹かれなくても、とにかく痛んだ。

「つべこべ言うな。手っ取り早く消毒してやったんだ。傷には酒をぶっかけるのが一番だぜ。なんなら、もう一発いくか?」

「女は淑やかになんて言うつもりはねぇが、バカは勘弁して欲しいもんだ」

「それだけ、無駄口を叩く元気がありゃ充分だぜ」

 アリスは口に含んだラム酒を吹き出すことなく飲み込んだ。

 昼間から気持ちの良い飲み方をするアリスは、これこそ船の上の正しい生活の仕方だとでも言いたげだった。

「船はどこに向かってんだ?」

「三角航路に決まってんだろ。まぁ、今は一直線の航路になっちまってるけどな。おかげで仕事がしやすいったらないぜ。何が大変って、海の中で商船を見つけるのが大変だからな」

「他に海賊がいないんじゃ、独占商売だろ?」

「アタシが追っ払ったんだ。このガポルトル様がな」

 アリスは自分の手柄を主張するように、胸を張って拳で叩いてみせた。

「人魚の同業者はいねぇのか?」

「南の海にも人魚の海賊はいるぜ。派手なだけで、根性がねぇ奴らだけどな。空砲一発でビビッて逃げちまった」

「この船は、猫一匹で逃げ去っていったけどな」

「あれは逃げたんじゃなくて、見逃してやったんだ。わかるだろ? アタシの慈悲深さが」

「あぁ、わかる。思慮の浅さもな」

「おい……喧嘩売ってんのか?」

「買ってくれるなら、金じゃなくて取引に使えそうなもんにしてくれ」

 リットは干されたタオルのように、船べりに寄りかかった。

 船は帆に風を受けて、順調に航海を続けているはずだが、周りに岩一つない海原を見渡すと、少し不安を覚える。

 同じ景色ばかり続いているので、船が動いているという気がしない。

 リットがしばらく海を眺めている間に、アリスの姿は消えていた。代わりに、アリスがいた場所にはテレスが立っていた。

「どうぞ。必要だと思って持ってきました。新人は皆、手の皮がずるむけるんです。よかったら患部に巻いてください」

 テレスは昆布を差し出していた。

「その海水に浸った昆布を、皮の剥けた手に巻き付けろってか? ……新手の拷問か?」

「ジョークです。パイレーツジョーク」

 テレスのもう片方の手には包帯が握られている。昆布を引っ込めると、今度はそっちを差し出した。

 リットは手に適当に包帯を巻きつけると、余った分をテレスに返した。

「ありがたいけどよ。とっつきにくいって言われるだろ」

「初めて言われました。何を考えているかわからないとは、よく言われますけど」

「じゃあ、そっちの方も言っとく。何考えてるかわかんねぇよ」

「今は日差しが和らいで欲しいと思ってます」

 日差しが小さな槍の束になったかのように、チリチリと肌を焦がす。

 改めて周りを見渡すと、人魚達は定期的に海へ飛び込み、乾かないように気を付けていた。

「人魚とかってのは、乾燥すると不都合あるのか?」

「痒くなります。まぁ、わたしの感想ですが」

「死ぬわけじゃねぇのか。そりゃそうだよな。三角航路まで一週間くらいか? この船は無風を気にしなくていいから早いよな」

「カームになれば皆で船を引きますから。もう、習慣みたいなものですね」

「習慣ってのは、もっと楽しいもんじゃねぇとな。酒を飲むとか、酔っぱらいをからかうとか、……酒を呑むとか」

 リットは言いながら、テレスの横を通り過ぎる。

「どこへ?」

「風向きが代わって働かされる前に、空いた小腹になんか入れてくる」

 リットが角を曲がったところで、今まで聞いたことのないような鋭い舌打ちが聞こえた。

「なるほど……そうやってかわすんっスね」

「今の舌打ちはオマエか? ノーラ」

「違いますよォ。私は旦那とテレスを隠れ見て、ダジャレのかわしかたを勉強してたんっス」

「ダジャレなんか言ってたか?」

「そうです、そこなんです。テレスのダジャレはわかりにくいんっス。そこに私が反応してしまったもんだから……ほら、これもんですよ」ノーラは寝不足で腫れたまぶたでリットを見ている。「まさか一晩中ダジャレトークを聴かされることになるとは……」

 ノーラはおっさんが痰を吐くみたいなあくびをすると、ふらふらと壁に寄りかかった。

「オマエが寝不足とは珍しいな」

「一昨日は旦那に、昨日はテレスに、今日も誰かに安眠を妨害されたら、きっと私は死にますよ」

「オレだってしっかり寝てねぇよ。早いとこ、枕くらい奪わねぇとな」

「私は布団が先っスねェ。暑くても布団に包まってるの好きっスから」

「商船なら、最悪でもハンモックくらいあるだろ」

「襲う船が、チンケな商船じゃないといいですねェ」

「まったくだ」

 リットとノーラは同時に、海と空がまじる水平線を眺めた。

 いつかあの青に、白い帆を張った商船が見えてくるのだろう。

「二人共……すっかり海賊の会話だな……」

 エミリアの声は呆れ一色に染まっていた。

「習うより慣れろだな。最初はその土地の酒に腹も壊すが、そのうち癖になる」

「海賊行為が癖になってしまっては困るぞ」

「そうは言うけどよ。その海賊行為をエミリアもしないといけねぇんだぞ」

「安心しろ、秘策ありだ」

 エミリアが自信に満ちた顔で笑うと、それを称えるように強い風が吹き抜けた。

 リットはそれは何かと聞きたかったが、結局聞けずじまいだった。

 すぐに、セイリンの「風向きが変わった! ロープを緩めろ!」という声が響いたからだ。






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