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ランプ売りの青年  作者: ふん
妖精の白ユリ編

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第十話

 イモの酒と違い、晩餐会の料理はリットの口に合った。

 晩餐会といってもオーケストラがいるわけでもないし、舞踏会でもないので踊ることもない。賓客のリットとノーラに、エミリアとライラとポーチエッドの五人の会食のようなものだった。五人で和気あいあいと食事を進めるというわけではなく、口忠実のポーチエッドがひたすらに話をしていた。

 リゼーネ王国の特産であるジャガイモは、多種族国家ということもあり、様々な種族の調理法で食べられていることや、広場通り沿いにある美術館である展示品が公開されている為に、いつもより賑わっていることなどを、料理よりも酒を多く口に運びながら話していた。

 ライラはポーチエッドの話にニコニコと笑顔を浮かべて、たまに相槌を打っている。

 エミリアは客人であるリットとノーラに気を使い、普段食べていないであろう食材の説明や、食べなれない料理の食べ方の説明などをしていた。

 ノーラは食べることに専念しているようで、口の端に食べかすを付けながら、フォークとナイフを手放すことなくひたすらにがっついている。

 それを見たエミリアに食事作法を注意されるが、直るのはその時だけで、すぐにまたリスのように頬袋を膨らませながらご飯を詰めていく。そして、それをまたエミリアに注意されるというのを繰り返していた。

 リットは、ポーチエッドに勧められるジャガイモの蒸留酒の後味を消すために、野菜のマリネを食べて誤魔化していた。

 視界の端に入るグラタンにシチューにピザ。どれも野菜ばかりが使われていた。ポーチエッドは肉料理が好きそうなのにと考えたところで、ふとエミリアが肉を食べないということをリットは思い出した。

 しかし、野菜だけで物足りないということはない。むしろどれも舌鼓を打つほどのものだった。シェフも野菜だけの料理というのは作り慣れた風で、数ある料理のどれもが食べやすいように工夫が施されていた。

「口に合わないか?」

 フォークの動きが止まっていたリットに、エミリアがノーラ越しに心配そうに尋ねる。

「いや、美味えよ。エミリアは肉料理が苦手なんだなと、改めて思っただけだ。ライラも苦手だったりするのか?」

「私は平気ですよ。リリシアちゃんは昔からお肉が苦手ですものね」

「脂が口の中に纏わり付くのが苦手なんだ。肉が焼ける香りもあまり好きではないな」

「匂いもダメなのか。せっかく生肉が調理できる環境にいるのに勿体無いな。ウチなんて、干し肉ばかりだからな」

 生肉を保存できるような技術はなく、家畜も乳用の家畜しかいない。食肉用の家畜を育てるには、餌となる牧草を育てられる環境が必要になるのだが、リットの村では昔から農耕が盛んであり、新たに土地を開拓して、食肉用の家畜を育てる者はいなかった。

 肉はどうしているのかというと、乳を出さなくなった家畜をバラすか、狩猟によって補われている。

 生肉を手に入れるには、猟師が獲物をバラしているタイミングに合わせて買いに行かなくてはならない。そうしなければ、長期保存の為にすぐに塩漬けにしてしまうので、大抵は燻製か干し肉を買って食べることになる。

 生きる為に育った肉と、食べられる為に育てられた肉では雲泥の差がある。当然食べるために育てられた家畜のほうが美味しい。

 フライパンの上で、プチプチと脂が弾ける音。そこから染み出すように漂う濃厚な匂い。リットにとって、肉を焼くというのは贅沢なことだった。

 そんなリットの御馳走も、エミリアにとっては顔をしかめる要因だった。

「ただ焼いているのを嗅ぐだけならば、我慢できる範疇なのだが……。食べるとなると、あの脂の生臭さに気分が悪くなる。香草と合わせたりして作ってもらったこともあるがダメだった。同じような理由で魚も食べられない」

「焼いても生臭さを感じるなんて、よほど体が拒絶してるんだろうな。まぁ、野菜だけでも充分美味い」

 そう言ってリットは、大量のアスパラと菜の花が乗ったパスタをフォークに巻きつける。

「本当はこういう会食の場では、お客様であるリット様に合わせるべきなのですが……」

 申し訳なさそうな顔でライラが言った。エミリアの性格なら苦手な肉の匂いでも我慢することはわかっていた。

 エミリアでも食べられる野菜ばかり揃えたのもそれが理由だった。毎夜毎夜胸の痛みを我慢するしかないエミリアには、食にまで苦痛を感じて欲しくないとライラは考えているからだ。

「不味いなら文句の言いようもあるが、全部美味いからな。それに、純粋な客というわけでもないから、宿を提供してもらえるだけでも充分だ」

 リットもエミリアと寝食を共にして十日は経つ。エミリアの境遇や苦しみはそれなりにわかっていたので、それ以上なにかを言うことはなかった。

 リットがライラを安心させる為に食を進めていると、その姿を見たライラは胸のつかえが取れたように笑った。

「リリシアちゃんは、良い人のところへ転がり込んだみたいで安心したわ」

「姉上、転がり込むなどという言葉、私は猫ではないぞ」

「いいえ、猫と変わりありませんわ。年頃の娘が独り身の男の家に転がり込むなんて……。話を聞いた時はどんなに心配したことか」

 ライラは右頬に手のひらを当てて、困った顔をエミリアに向ける。

「そこら辺の男など太刀打ちできないほどに腕を磨いているから心配はいらない」

「そういうことを言ってるのではないのよ。全く……いつもこの調子で……。リリシアちゃんたら初恋もまだですのよ」

 ライラは「どう思います?」といったような顔をリットに向けた。

「まぁ、恋はしろって言ったってできるものじゃねぇし、仕方ないだろ」

「殿方の家に何日も泊まったのに、リリシアちゃんがちっとも女らしくなって帰って来ない理由が分かりましたわ」

 エミリアが昔から休暇を利用してあちこち回っていたのは知っていたが、リゼーネ王国にある実家にまでついてきたのは、リットが初めてだった。少しでもエミリアに惹かれる気持ちがあるのではないかと邪推したライラは、エミリアに想い人をいないことをリットに告げれば、そういう気持ちが前に出てくると期待していたのだが、返ってきたリットのつまらない答えに、ライラは落胆した顔を隠さなかった。

 リットはジャガイモの蒸留酒で口の中のパスタを流し込むと、一息ついてからライラの視線に答えた。

「その目は、色恋沙汰に疎い自分の妹に向けるんだな」

「何度向けても効果が無いの。そろそろ女の幸せに目覚めてもいい頃なのに」

「婚約を狙ってる男なら虫がわくほどいるんじゃないのか?」

 食事の最中には合わない例えをしたリットに、エミリアが遠くから脇腹をつついて注意した。

 リットが、エミリアに手を上げて悪いとジェスチャーをすると、ライラは話を続けた。

「そう言ったお話はたくさん頂きますわ。でも、商家のマルグリットの名が目当ての商人ばかりで、リリシアちゃんに会わせるのは躊躇ってしまいます」

「恋をしろと言ったり、相手を選べと言ったり、まるで子供の我侭だな」

 ライラは不敵に笑うように、口角を上げると「家族のことですもの。我侭にもなりますわ」と真っ直ぐにリットの目を見て言った。

 リットはライラの視線で痒くなった頬を掻くと、その指をノーラに向けた。

「ライラの期待に添えなかったのは、オレというよりもこっちのせいだと思うけどな」

 家に若い男女が二人きりという訳ではなく、ノーラの存在もある。リットは調べ物の最中は邪魔が入らない工房に篭っていたので、エミリアはノーラと一緒にいることが多かった。

 エミリアが、妹のように接するノーラに影響されて姉らしくなることはあっても、女らしくなる要因はない。

「ええい! さっきから二人共、私の話ばかりではないか!」

 エミリアが紅茶の入ったティーカップを、音を立てるようにソーサーの上に置いた。

 挨拶や世間話では、何か取り繕うように表面的な会話ばかりになってしまうが、共通の話題のエミリアのことならば会話が弾むので、いつの間にかリットとライラの会話はエミリアの話ばかりになっていた。

「この国の話や屋敷のことなどはポチ様が喋り続けていますから、ここでも同じような話題でお喋りしても、リット様がうんざりするでしょう?」

「しかしだな……。私が恋心を注ぐ者がいるならばまだしも、いない者の話をあれこれと話されても困る」

「そうねぇ……。夜になると痛む胸も、いっそ恋煩いだったのなら良かったのですけど」

 わざとらしくため息を吐いたライラだが、からかわれている事に気付かないエミリアは真面目に反論する。

「色恋沙汰に胸が痛むほど、軟弱に鍛えたつもりはない」

「もうっ……。そんなに堅物だと、害虫と益虫の区別がつかなくなってしまいますわよ」

「端から人を疑うのも良くない。それに害虫だって人間には害をなすものかも知れないが、他の生き物にとっては必要な存在だ。このリットも些か口が悪いのは否めないが、害虫ではないぞ。私の為にリゼーネにまで付いてきてくれたのだ。むしろ私にとってリットは益虫と言ってもいいくらいだ」

「せっかく擁護してくれて嬉しいけどよ。害虫益虫じゃなくて、普通に善人悪人で話を進めてくんねぇかな。青虫にでもなった気分だ」

 野菜料理も相俟って、思わずリットは苦笑いを浮かべる。

「すまない。例えが虫だったものでつい。何が言いたいかというと、リットのことを邪推する必要はないということだ」

「そんなことないわ、殿方は皆狼なのだから」

「そう言うならば、義兄上は本当の狼ではないか」

 エミリアは、未だに喋りを続けるポーチエッドに目を向けながら言った。もう誰も話を聞いていないのだが、酒も回ったせいか、ポーチエッドはそれに気付かずに建国の歴史を語り続けている。

 ライラもエミリアと同じようにポーチエッドに目を向けると、懐から長い紐を取り出した。

「ポチ様に限らず殿方に対しては、女性が手綱を握ることが大切ですのよ」

 怪しく目を光らせるライラの視線がポーチエッドを捉えるが、ポーチエッドは気付かずに話を続けていた。

「他国から流れてくる民も多いこの国が多種族国家となったわけだが、その者達にもこの国の建国の歴史を知って貰いたいというリゼーネ王の意向もあって、年に一回国宝とも呼べる白ユリの――」

 ライラはポーチエッドの首輪に紐をかけた。その紐を乱暴に引く乱暴な手癖とは違い、首輪に引っ張られて近づいてきたポーチエッドの顔に向かって優しく話しかけた。

「リット様も、リリシアちゃんも長旅で疲れておりますわ。お話はまた今度にして、そろそろお開きにしませんこと?」

「そうだったな。では、会食はこの辺で終わりにして、ゆっくりと体を休めてくれ」

 ポーチエッドは残りの酒を口に流し込んで立ち上がろうとしたが、リードを持ったライラが座ったままなので腰を少し浮かせることしかできなかった。

「ゆっくりと旅の疲れをお癒やしになってください」

 ライラがそう言うと、満足気に笑みを浮かべてからようやく席を立った。ライラにリードを引っ張られながら、満更でもない風に歩くポーチエッドの姿は飼い犬のように見えた。



 ノーラが食べ終えるのを待ってから、三人は食堂を出た。まだ太陽は昇っており、少し夕陽が雲を染めるくらいの時刻だった。

 部屋に戻る廊下の途中で、リットがおもむろに口を開いた。

「……ポーチエッドは尻尾が生えてなくて良かったな」

「なぜだ? 尻尾がある方が身体能力が高く、獣人としては優秀らしいぞ。義兄上も尻尾が欲しいと言っていた」

「尻尾を振ってるとこを部下に見られたら、人望がなくなるだろうよ」

「なぜ兄上が尻尾を振ることになるのだ?」

「エミリアは、ライラにもうちょっと毒された方が良いと思うぞ。じゃないと軽口も通じねぇ」

 リットにそう言われ、難しい顔をして歩いていたエミリアだったが、ふと立ち止まると「軽口について学んでみるとしよう」と呟いた。

「……そういうところだよ」

 一癖も二癖もあるマルグリット家に頭を抱えたせいか、馬車旅で疲れたせいか、リットはベッドに横になるといつの間にか寝ていた。






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