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ランプ売りの青年  作者: ふん
妖精の白ユリ編
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第一話

 光ある国の光届かない暗い森の中で光が咲いていた。

 妖精はそれに集まり、透明な羽を輝かせ、光を花に変えた。

 皆気持ちよさそうに顔を緩ませて、お喋りに花を咲かせているが、一人だけしかめ面で光の中に横たわっていた。

「つまらないわ……」

 そう言った妖精は円錐状に丸めた花びらを投げ捨てる。

地面に落ちて開いた花びらからは花の蜜が垂れ流れていた。

「なにがつまらないの?」

 もう一人の妖精が近づいてきて、疑問の表情を浮かべて小首を傾げた。

「全部よ。ぜーんぶ!」

「それなら歌でも歌う? それとも……。一緒に踊る?」

「それも含めて全部よ。ジメジメとした森の中なんてつまらないわ。やることなすこと、毎日同じじゃない」

「それだけ平和ってことよ。人間も滅多に入ってこないし、入ってきても迷ってるうちにグルグル回って森から出ちゃうから。――それとも、こっちから人間の街にイタズラしに行っちゃおうか?」

 たしなめていた妖精は、少し期待を込めた感じで文句を言う妖精に提案した。

「近くの街って、人間どころか獣人も亜人も一緒に暮らす街じゃない。鼻が利く奴がいる街なんて、すぐ見つかっちゃうわよ」

「イタズラしても、すぐにバレちゃったら物語にならないもんね」

「そうねー。私は昔話を聞いてるだけでも楽しいんだけどなー」

「私だって嫌いじゃないわよ。でも飽きるの! わかる? 生まれた時からずっと同じ話を聞かされてるのよ。それに、――歌も――踊りも。全部昔から伝わってるものばかりじゃない。あー……退屈で死んじゃいそうだわ」

 そう言ってため息を吐くと、妖精は森の奥深くへと姿を消していった。





 窓を閉め切った部屋は昼だというのに薄暗く、埃をふんだんに含んだ空気が流れていた。

 外からの光が乱雑に置かれたランプに反射して、それがまた天井から吊るされたランプに反射して不思議な空間を作り出している。

 このランプ屋の店主であるリットは、カウンターに突っ伏して眠りの世界を冒険していた。

「店主よ。ランプを一つ用立ててほしい」

 凛としたよく通る声が耳に入り目が覚めた。まだ薄目の世界は、ぼんやりと蛍火のように淡く反射したランプの光だけが目に映った。

 そこまではいつも通りだが、今日はやけにチカチカと強い光が瞼を刺激してきた。

「ランプならその辺に腐るほどあるだろ。適当に選んでくれよ」

 リットは寝ぐせがついたままの髪をクシャクシャと、煩わしそうに手で梳かしながら、上げかけていた顔を再び腕の中へと収めた。

「ここに置いてあるのは普通のランプだろう? 私は特別なランプが欲しいんだ」

 面倒な客だが、上客だった。オーダーメイドは金を踏んだくれる。そう思ったリットは、しっかりと顔を上げて客の方を見た。

 目のチカチカの原因は、偉そう腕を組んで突っ立っている女性のせいだった。白銀の鎧から反射した光が、普段光の当たらない場所に光を当てている。

 長い金色の髪は腰までの長さであるが、それを纏めようともせず、開けっ放しのドアから入る微かな風に揺れていた。

 凛とした声に似合う楚々とした顔立ちは、こちらを睨んでいるようだった。 

 リットがじろじろと顔を見ていると、女性は眉間に皺を作った。ガラスをはめたような青い瞳が、釣り上がった目尻のせいで角度を付けている。間違いなくリットを睨んでいた。

「特別なランプねぇ……。特注品は時間が掛かるぞ」

「構わん。用立ててくれ」

 リットはカウンターの引き出しを開けて紙を取り出すと、羽毛が取れた羽根ペンだった物を、カウンターに転がっているランプの隙間に手を突っ込んで探す。

 指にペンが当たる気配がないので、探しながらとりあえず女性に話し掛けた。

「その鎧の紋章はリゼ―ネ王国のもんだろ? 遠い所からご苦労なこった」

「無駄口はいらん。できるのかできないのかを答えろ」

 やっと見つけたペンを引き抜くと、積まれたランプが汚くカウンターに転がった。

 リットはそれを手で払いのけると、インクの出が悪いペンを紙の端っこでグルグルと試し書きをしながら言った。

「はいはい。それで? どんなランプをご所望なんだ?」

「光が消えないランプが欲しい」

 女性は真っ直ぐにリットの目を見ながら言った。

「おいおい……冷やかしに来たのか? いくら廃れた店だって言っても、冗談に付き合う暇はねぇぞ。だいたい――」

「――私は真面目だ!」

 リットが言い終える前に、女性はカウンターを叩いて少し強い口調で言った。

「太陽でもガラスの中に閉じ込めろとでも言うのか? 魔法使いか呪術師にでも頼むんだな」

 リットはカウンターに右肘をつくと、そのまま右の手のひらで顎を支えた。

 王国の兵士だから金払いは良いだろうが、それを利用した詐欺かもしれない。金を見せ付けて、引き受けさせて、無理難題を押し付けて、できなかったらイチャモンをつけて担保の店を取り上げるつもりだ。そう思うくらい無理な話だった。

「茶化さないでくれ。金ならある」

 女性が袋に入った金貨を雑にカウンターに置くと、袋から一枚落ちて転がった。

「それはこっちのセリフだ。金持ちの道楽って言ってもな……限度がある」

 リットはカウンターに転がった金貨を手に取ると、親指で弾いて女性に返した。

「そうか、では別の店を回ることにする」

「アンタの為に言うんだけどよ。どこの店に行っても答えは同じだと思うぜ」

「なに、この町はランプ屋がたくさんある。どこか一軒くらいは引き受けてくれるだろう」

 女性は金貨の入った袋を懐にしまうと扉へと歩いていったが、店の外へ一歩踏み出すと立ち止まり、顔だけをリットに向けた。

「それとな店主よ。人が来ないのは店が汚いからだと思うぞ。もう少し整理してはいかがかな?」

 そう言うと女性は扉を閉めて店を出ていった。

「余計なお世話だ! バカヤロウ!!」

 リットがカッとなって投げつけたランプは扉に当たり、ガラスが砕け散り、ストレスを発散させるはずだった。

 しかし、突然開いた扉のせいで、ガラスが砕ける音は遠くから小さく響くだけで、それが余計に胸の奥のむかつきを助長させる。

「旦那ァ! 危ないですぜェ……」

 そんなリットの心境と反比例するような、少し間延びした幼い声の持ち主がトコトコと歩いてくる。

「なんだノーラか」

「なんだはないでしょう、なんだは。旦那がおつかいに行かせたんでしょ」

 ノーラはクリクリの琥珀のような瞳を睨ませながら、口を尖らせて歩いてきた。左右で揺れる明るい珊瑚色のおさげは、動く度に肩を撫でている。

「飯も作れない、掃除もできない、ランプも作れない、たまに店番をしたと思ったら近所のガキと話し込んでやがる。うちにはタダ飯を食わせる余裕はねぇんだ。おつかいくらいしやがれってんだ」

「旦那の口が悪いのはいつものことですけど、今日は一段と荒れてますねェ」

「オマエ、鎧を着た女とすれ違わなかったか?」

「すれ違いましたよ。美人さんでしたなァ。そういえば、なにやら含み笑いを浮かべてましたね」

 あの女性が扉の向こうで笑っていたのを思い浮かべたリットは、収まってもいない腹の虫が、腹の中で繁殖したような気分だった。

 最後の言葉はしてやったりとでも思っているのだろうかと、リットは女性が出ていたばかりのドアを睨みつけた。

「旦那旦那。顔が怖いですよォ。ほら、笑顔笑顔」

 そう言ってノーラは指を自分の口に端に引っ掛けて横に広げると、イーッと口に出して笑顔を作った。

「はぁ……。オマエは気楽でいいな」

 リットはノーラの無邪気な行動に毒気が抜かれた。

「人間気楽に生きなくちゃですぜ、旦那ァ」

「オマエは人間じゃないだろ」

「そういえば、そうでしたねェ」

 ノーラは、自分のことなのにどこか他人事のように答えた。

「だいたいオマエのどこがドワーフなんだよ」

「どこって、……私背が小さいでしょ?」

「鍛冶も工芸技能も持ってないだろ」

「そりゃ、どの種族にも落ちこぼれってのはいますって」

「ドワーフはヒゲをたくわえてるもんじゃないのか?」

「うーむ……そうっスねェ……」

 ノーラは腕を組んで少し考える仕草を見せると、すぐに笑顔を見せた。

 おさげの結び目を掴み、両方のおさげの先を鼻の下で合わせると、得意げな顔を浮べた。

「ほらほら、旦那ァ。見てください。立派なお髭でしょ?」

「どうせなら立派な脳みそでも持ってもらいたいもんだ」

「ありゃりゃ、ご機嫌斜めェ」

「ったく……。もう店を閉めるか」

「閉めるって、まだ夕方にもなってないですぜェ」

 リットはため息をつくと、ノーラに人差し指を向けて「店番」と言い、その人差し指を自分の胸に付けて「出かける」と言った。

「旦那ァ! 単語だけの会話は寂しいってなもんですよ」

 リットは扉を開けると、一度振り返った。

「あと、ドワーフってのは働き者らしいぞ」

 ノーラの文句を背中に聞きながら、リットは扉を開けて外へと出ていった。




 大通りをしばらく歩き、裏路地へと入る。汚いレンガの塀の間をまっすぐ歩くと、両開きのドアの隙間から光が漏れているのが見えた。

 リットは、その扉を手を使わずに肩でぶつかるように開けた。

「おっ、ランプ屋の大将。昼間から酒とは良い身分だね」

「昼間から酒場を開けてる、ハゲ山の大将には敵わねぇよ」

 リットが酒場のカウンター前の椅子に腰を掛けると、まだ何も頼んでいないのにウイスキーが置かれた。

「ハゲ山はひでぇな。オレにはカーターって名前があるっていうのに」

 カーターと名乗った男は、浅黒い肌の頭をまいったなぁと言わんばかりに撫でながら言った。毛髪一本生えていない煮玉子のような頭は、手で撫でる度にツルツルと音がしそうだった。

「オレだってリットって名前があるんだ。お互い様だろ」

 リットがウイスキーの入ったグラスに口をつけると、小皿に入ったナッツが目の前に置かれる。

「酒を飲む前になにか腹に入れな」

「今日は随分けち臭いな。この間までは魚の塩漬けを出してくれてだろ」

「これからしばらく。いや、もしかしたらずっとコレになるかもな」

 カーターは難しい表情を浮かべて言った。

「なんだ資金難か?」

「そいつはいつものことよ。問題は仕入れ先だな。なんでもまた“闇に呑まれた”らしいぜ」

「そりゃ、災難なこった」

「オマエさんは他人事だなぁ」

 ここ数年世界では、太陽が全く当たらない地域ができているという珍事が起こっている。その現象を一般には“闇に呑まれる”。古い頭の学者には“太陽が欠けた”なんて言われていた。

 太陽が当たらない世界では、植物が育たなく、家畜も育たず、食糧難に陥っている。他国から仕入れようにも、闇のせいで方向感覚がわからなくなり物資の流通ができず、深刻な状況になっているらしい。

 そのせいで変な宗教団体ができたり、疫病が流行ったりなどと尾ひれはひれが付いて伝わってきている。

「噂は噂だろ? 日が昇らない世界なんてこの目で見るまで信じられんよ」

「そうは言っても、オレの店にはこうして被害が来てるんだぜ。それにオマエさんのところのノーラちゃんだったっけか? あの子も闇に呑まれた国から逃げてきた口なんだろ?」

「そりゃ、アイツが勝手に言ってるだけだ。どうせ家に転がり込むための嘘だろ」

「その割にはしっかり面倒見てるじゃないか。……情でも湧いたか?」

「最初は馬車馬のように働かせて、オレが楽するつもりだんだがよ。アイツなんにもできやしねぇ。いまさら追い出すのもあれだし、あながち情が湧いたってのも間違いじゃないかもな」

 リットがふぅっと息を吐くと、酒臭いにおいが鼻に届いた。

「いっそ、闇に飲まれた国にでも店を出しに行きゃいいじゃねぇか。ランプ屋だろ? きっと儲かるぜ」

「その噂が本当だったら儲かるな。でも、その噂が本当だったら辿り着けねぇのも事実だ」

「そりゃそうだ。塩漬け一つ届かねぇもんな」

 カーターは小皿に入ったナッツを寂しげに見つめる。

 いつもは小皿の上に乗っていると言うくらい魚の塩漬けを出されるのだが、ただ小皿に入っているだけのナッツは、リットにとっても寂しく感じられた。

「まぁ、酒がありゃ酒場は開けるんだ。問題ねぇじゃねぇか」

「良い酒には良いツマミって決まってんだよ。オレの店に通ってて、それが分からねぇか。真っ昼間に来た女の兵士さんなんかは、その辺よく分かってたぜ」

「女の兵士って、王国の紋章入った鎧を着た?」

「おう、まさしくその通りよ。知り合いか?」

 カーターはカウンターから身を乗り出して、興味有りげにリットの顔をのぞき込んだ。

「そんな耽美な響きじゃねぇな。アイツは敵だよ」

「どうせまた客を選り好みして、喧嘩でも吹っ掛けたんだろ」

「吹っ掛けてきたのは向こうだよ。それにしても、真っ昼間から酒をあおるとは王国も暇なのかねぇ」

「いんや、ランプ屋の情報を聞きに来たからな。酒場がただで情報を教えるわけ無いだろ?」

「アンタも無茶な商売してるよ……。つーか、ランプ屋の情報を教えたんなら、あの女がオレの店に来るの知ってたんじゃないのか?」

 リットは茶化されたと思いカーターを睨みつけるが、カーターは視線をものともせずに両手を広げておどける仕草をする。

「いや、教えなかったよ。彼女、酒を三杯も頼んでいってくれたからな。いい加減な店の情報を教えるわけにもいかないだろ」

「そうかい。まったく……良い友だちを持ったよ」

 リットは余計お世話をしないでくれてありがとうと、皮肉にグラスを掲げた。






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