scene03 入学
私立櫻花凪美高等学園の入学式は四月の二日に行われる。第二東京区の凪美にある高校は六つあり内、四つは私立校である。その中で私立櫻花凪美高等学園は、唯一中学校と高校が合併しているというので有名であった。
敷地は一緒であるが、校舎の間には柵が立っていて、相互に出入りするのであれば一度門を出てから入り直さないといけない。教員用に地下通路があるそうだが、そこは、今日入学する生徒が知るはずのない情報である。
生徒数は、学年ごとに六百人前後で、およそこの学校の、高等部で二千人の生徒がいると言っても過言ではなかったりする。クラスの端から端まであるので、三年生が卒業式で初めて見る同級生が居ることだってざらにある。と言うか、それが普通だった。人口がかつてないほどに増えすぎているのだから。まぁ、一箇所だけ。
入学式は、体育館の横にある式館と呼ばれる席が三千強もある劇場のような所で行われるようで、大きなスクリーンがあることで有名だ。たまに、ここでライブをする歌手だって居るほどで。なんとなく、この学校は自由な校則があるようだった。
入学式は、全学年を通して、結構重大なイベントのようで、大抵の部活は強制で参加させられるのだ。部活生確保のために上級生は沢山走っている。部活に入ってない人は適当でいいそうだ。個人を尊重するそうであるが、出席簿には欠席扱いされるそうであるが。
それでも、来ていない人も多く約千五百人というくらいの人が出席しているのだという。
海紫は、バス停に停まったバスを降りると門の方へ歩く。幸いにも、この学園の近くにはバス停があるようで、外出は楽になる。何故、外出の話をするのかといえば、この学校は全寮制なのだ。女子も男子も。家が近くにあっても遠くにあっても、絶対に寮で生活しないといけない。
と、言っても、都心から少し行った所にあり、東京区の最大級の山の頂上に家を建てている人は居ないようだが。これからは、学生証で只になるそうだが、あいにく、今日貰うので今、四百円を払ったとこである。
バスには、海紫以外にも入学生が沢山乗っていた。ザワザワとうるさく、バスに乗っていたが、その半分くらいは、付属中からの進学なのだそうだ。それでも、もう半分は高校から入学する人たちだ。海紫もその一人だし、だからって海紫はそこまで人と仲良くしようとも思っていないのだ。
確かに、もう友達を作らねば辛いとは分かっているのだが、なんとなく違うのだ。どうしたいのか、ちっとも友達ができやしない。
「ここって、新しい学科ができたそうだぜ」
近くの男子生徒が噂をしていた。とてもリア充なようで、周りには人がたくさんいる。人気者らしい、その角刈りの人は。
「あ、それ知ってる~。今日、発表されるんだってね、嫌だな~」
そのグループには女子も居た。その、角刈り男子ではないものの誰か、そのグループに居る男子の彼女らしい。ケバい、ケバイのなんの。ちょっと黒い地肌に、白いメイクを施していて、ギャル、またはヤマンバみたいだ。
学園の前の通りには、コンビニがあるだけの人通りの少ない道路で、海紫よりも前十メートル以上あるはずのその集団の会話が意識せずとも入ってくるのだ。うるさい。とても。
静かにイアホンを耳に装着して、ipodの電源を入れて、音楽を流し始める。それでも、前の集団の声は駄々漏れなのだが。
「異変調査のどーたらってさ、そんな感じだったよね」
「そうそう。国からの依頼で設置されるらしいね。お国からお金が出るらしくて授業料も、食費も無料なんだって」
「定員は?俺そこに行きたいんだけど」
へ~。授業料がただなのか。それは、それで魅力的である、と思うのだが、それはあくまで噂の話だ。どれだけ本当なのか分かるはずもないし、そう思えば、無駄に変な期待はしないでおこう。
黙ってそのまま歩くと、もう、目の前には学校の門があった。一息付いて、それをくぐった。
そこは、幻想的で、それに少しだけ、現実味を帯びた天国のような白い校舎と、花畑が目立つきれいな校舎が、目の前にあった。
といえば、十分な描写だ。まぁ、一瞬だけそう見えなくもないが、結局、少しだけきれいな中学校、な感じであるのだ。そう、中学校っぽい。この頃整備した感じの。そんなの。
花とは、花壇があって、そこに一面色とりどりな花があるのは認めるが、やっぱり、それはスプレーで塗った感じがするし、よく見れば、校舎には下地に茶色いレンガが浮き出てきているし。なんとなく胡散臭かった。
でも、『不思議な花園』なんて名で観光旅行地にはなりそうである。――つまり、幻想が高かっただけで、そこまで汚くもないがそう、胡散臭く見えただけで、実際はそうではない。
でも、まぁ普通。強いて言えば、校舎が途方もなく大きい。それだけだろうか。それだけだ。
一人で納得。一人で頷いて、門を入って正面へ歩いて行く。そこは百メートルも離れているが、昇降口があるのだ。その前には、クラス表の板が張ってあって、人だかりもチラホラとそこらにいるのが見える。
うるさかったグループも、もう既に結構先へ行ってしまったようだ。
「入学おめでとーございまーす。部活入りませんか―」
なんて勧誘をする部活の、メインマネージャーを主にした勧誘部隊。多分、ルックスで選ばれてそうな人間が多い。なんとなく対人に対する抵抗なんてものが見て取れる。
まぁ、そんなプラカードをぶら下げた生徒たちが行き交っているのだ。まだ入学式もやっていない、いわばまだ、この高校の生徒でもない人間に勧誘するなんて、どれだけ焦っているのか。どうせなら、二日目でいいだろ?特に、うるさいから。
ともかく、海紫は普通科に入学した。定員が240であったので、倍率は1.2倍だったが、合格した。
嬉しさも多少はあったが、面倒くさいので、少しYOUTUBEを見ながら、その道を歩いていた。この学校は前にも言ったが、決まりは厳しくはない。携帯を持っていても、罰せられたりはしないのだ。
が、突然、 ドンッ と後ろから肩をぶつけられて、海紫は少し蹌踉めく。
「あぁ!?」
変な声で威圧される。大して何も感じたりしないのだが、ぶつかってしまったので一礼だけして、そのまま昇降口へ歩いて行く。
ぶつかってきたのは、少し変なシャツを着ているヤンキーっぽかった。見ただけですぐに判別できるヤンキーだった。
「礼だけじゃねーな、悪いと思うなら誠意を見せろや、お?」
歩き出した海紫の前に、ヤンキーが立ちふさがって、また、そんなことを言う。一息ため息を付いてから、
「………すまん」
とだけ言って、ヤンキーの脇を抜けて、するりと再び歩き始める。まだ、イアホンを取ってない。逆に、ぶつかられたのに謝りたくはないのだ。だがしかし
「あー。さっきので骨折してしまったかもしれねーなー。おい、おめぇら」
と、ベタなセリフを言うので少し、「まさか」と驚くのだが、やっぱりそうで、誰かに呼びかける。それは、仲間を呼ぶような、つまりドラ○エのスライムが『仲間を呼ぶ』を行ったのだ。
思うが、ここは高校の敷地内だ。しかし、どこからともなく彼らは現れた。マドハンドみたいに地面から現れたのかのように、沢山。なんとか、一瞬で囲まれてしまったようだ。
見たところ、彼らは二年生だった。全く教師は何をしているのか。ほんとに、木の影から、人の中から。マジで。
柄もののTシャツにリーゼント。リーゼントにサングラス。分け目がくっきりしている前髪をしたサングラスに、ジャラジャラした鎖を着けている髪染めのサングラス。スーツを着込んだヤクザ風のヤンキー。ああ。この学校はどうなっているのか。
それらが、海紫を取り囲んでいるのだ。過去にもこんなことはなかった。特に、海紫のような、お金を持ってなさそうな、貧弱そうな、暗い人間を襲うような人間を襲うほど暇ではないだろうと思っていたのだから。
しかし、それは違うようで、今までは運が良かっただけなのかもしれなかった。目をつけられればこの通り、三十近いヤンキー(すべて別種)が学園のストリートで、海紫一人を囲んでいる。
「土下座や」
「………??」
首を傾げた。どうしてこうなったか、分からなかったのだ。ヤンキーが「骨折した」という力でぶつかった場合、少なくとも海紫自身にもダメージがあると思ったのに。少なくとも、彼のほうが体の肉付きがいいし、やっぱり、考えればおかしいのだ。
少し悩んで、結果、彼は骨折しやすい病気『骨粗鬆症か骨軟化症』なのだろうと結論が出たのだが、土下座の意味はどう考えても分からなかった。
骨折したのなら、治療費など請求すればいいものを、土下座させるのだ。何十人もが束になって。――――ああ。ヤンキーは優しいのか。治療費の代わりに土下座で誠意を見せろ、と。
かばんを置いて、そして膝を着こうとした、その時。
「そこの集団どけ―――。杉岡様のお通りじゃ――――」
太鼓の音とともにそんな、青年の声も聞こえた。「そこの集団」と言うのは、このヤンキーなのだろう。
「杉岡……おいまさか、『杉岡ファミリー』!?」
「退け―。退くんだ―。殺されるぞ――」
ヤンキーたちが叫んで「ひぃ」「ひぃ」言いながら海紫を囲んでいたヤンキーたちが逃げていくのだ。
取り残された海紫は、降ろした鞄を、再び肩に掛け直してから背を向けていた門の方に振り返ってみるのだ。そこに、ヤンキーたちが逃げた理由である『杉岡ファミリー』がいるそうだから。
そんなマフィアみたいな名は聞いたことない。まぁ現状普通の学生をしていたのだから、聞かないのは当然であるが。その、振り返ればスーツのSPが沢山いた。
「………あれ?まさか、しーちゃん??」
そんな声が聞こえた。とにかく、これは自分の声とか、幻聴のたぐいではない。五十人ほどのSPのような人たちの中から、そんな少年のような、でもソプラノな声が聴こえる。
その呼び方に、海紫は記憶にあったのだ。こうやって海紫を呼ぶ人は、一人しか知らないし、まず、海紫を呼ぶ人は、クラス委員か、彼しか居ないのだ。
「朱ちゃん……?」
呼んでみると、そのSPが囲んでいる中心から一人の、少年にも、いや、少女にしか見えない一人が出てくるのだ。
海紫自身、記憶にあった姿と似てる処すら無いものの、それでも分かったのだ。彼は、杉岡朱梨であると。
身長は、160には満たないようだ。ショートカットに切りそろえられている黒髪は少年のような印象があるのだが、顔立ちは、なんというか、少女そのものなのだ。制服も、女性用を着ていて、ぱっと見、いや、性別を確認できない限り、彼――朱梨は女としてやっていけるだろう。
つまり、美少女である。
「……変わんないね」
出てきた朱梨に聞こえるくらいに、小さい声でだが言う。
「なんというか、しーちゃんは少し変わったようだけど、……まぁ、外見の問題なのかな?」
「そうだといいな」
少し嬉しそうに、朱梨がはにかんで笑う。それで、大抵の男子はいちころであるような、悪魔の微笑みと言わんばかりに、美少女振っているのだ。
ああ、もう。こいつが女なら良かったのに。
「思うでしょう??ボクの女装。めっちゃじょうたつしたでょ!!」
楽しそうに、その場で一回転。こいつが男で良かったと、おもいつつ「まぁ……そうだな」と、返す。
昔から朱梨は女装していた。それも、幼稚園の時からだ。あの時は、男も女も関係なかった時期だし、どうも思わなかったのが本音。しかし、今見てみれば、幼女っぽいし、男なので恋愛視点から絶対に見れないが、それでも美少女であると、言い切れるのだ。
何故、女装しているのかは、昔言っていたが、親か姉のせいだと言っていた気がしなくもない。
「……朱ちゃんも、入学式?」
「どうしたの?しーちゃん。目が、怖くなってる。――……。まぁ、そう。今日が入学式」
朱梨は、手をヘラヘラと振って、SPを追い払ってから、海紫の隣に並んだ。「行こうか」と、朱梨が進むので、海紫は、それについていくしか無い。
「しーちゃん、感度が落ちたね」
「………は?」
「ほら、そんなとこ」
「そう?………どうだろ」
変わったか、変わってないか。どっちにしろ八年ぶりなのだ。そんなところまで覚えてくれてて嬉しいし、これまで海紫、という人間を知っていてくれてありがたい。
そんな話をしながら、もう、昇降口付近まで来ていた。表には、見出しとして『普通科240人 人文科80人 情報理系科160人 』それに、見たことのないし、説明パンフレットにも載っていない振興の『異端調査育生科40人』と書かれていた。
その下ずつに、あいうえお順に、男女混合に出席番号が割り振られて名前が書いてある。
「しーちゃん。ボクのあったら教えてね」
「……何科?」
「人文科」
「……残念。おれは普通科だ」
そして、ふふっと笑うのは朱梨だ。そう言って、海紫は、普通科を眺めていて、それで、自分の名が書かれていないことに気がついた。
秋野。それは、出席番号でも前半の5番内くらいに入ってそうなのに、「い」が始まる前。ずっと、何回探してもない。無い無い無いないないない無いのだ。
「あ………れ?」
朱梨も呟く。どうやら朱梨も名前が書いてないらしい。どうしたことか。
海紫は、もう一度全表を見直そうと、顔を上げる。
「あ」
朱梨が声出した。どうしたものかと、朱梨の方を向いてみると、手を「こっち来て」と振っているのだ。
そこは『異端調査育生科』のところだ。意外すぎる。まぁ自分のを見つけたのだろう。ため息が出る。
「ほら、このコース。しーちゃんも、………ボ……クもいるよ」
「…………?」
ちゃんと普通科を受けて、普通科で合格したはずなのに。どうして、こんな学科に変更されているのか。手紙も無かったぞ。理事長に問い合わせてやるぞ。
「何故……?」
海紫は少し悩んでみた。希望してないコースへの移動。それも、普通コースからではなく、他のコースからも、例外なく。しかし、アトランダムに選んだわけではないようだ。
「お・こ・そ・と・の・ほ・も・よ・ろ・を・ん」を使った苗字の人が居ない。「あ~れ」までの四十音で一人ずつ居る。そこには一人、外国人のような名前もあった。
ティル・エミルダ・杉。ハーフだろうか。
第二東京区といえば、大日本艇皇国、一代目皇のお膝元の都市だ。皇国が成立した瞬間から、外国人は日本に入ってこれなくなったので、外国人といえば結構珍しくはある。
そこは、どうでもいいとして、その変更されたコースのことだ。まぁ親はしる芳も無いと思うが、それがどんな問題を引き起こすのか、まだ判ってもいないのだ。
「まぁ、しーちゃん、同じクラスだ。よろしくね」
挨拶された。それなら、と、同じように返すのだ
「………、朱ちゃん。よろしく」
そうやって、昇降口から上がって、誘導の貼り紙に添って『異端調査育生科』の教室へと向かうのだ。すると、朱梨が、歩きながら、訪ねてくる。
「そうだ、しーちゃん。彼女いないの?」
「……………。いない」
「友達は?」
「……。――――朱ちゃんのみ」
「へ、へ~~。
会話が続いてくれなかった。そんな話を振られたら、結構暗い雰囲気になるじゃないか。どれだけ学校生活をしていなかったと思ってるんだ。
じゃぁ、と今度は海紫が、朱梨に質問をする。
「……。朱ちゃん。杉岡ファミリーって?」
ニッコリと微笑んでから――一応男子なので可愛いとか思いたくない――それから、言う。
「ボクのしたっぱさんだよ」
「うん」それだけじゃわからないので、首を傾げた。
「だ・か・ら。ボクは、杉岡さんに養子に行ってから、今は三代目、マフィアSUGIOKAの領主ってこと。」
「へー」
あまり聞きたくなかった。では、ここは全寮制だ。三代目が不在でいいのだろうか?と、疑問が生じるが、二代目はまだ死んでいないようだ。
その前に、朱ちゃんが生きていた。それ自体が嬉しい事だが、心からは喜べていないのだ。
「はぁ」
少し、軽く、息を吐いてから、廊下を歩く。目ぼしいものはない。普通の廊下だ。その廊下の突き当りの角を曲がればそこに『異端調査育生科』の教室があるそうだ。
そこは、頼もしく保証されているように「騒がしい」クラスなようだ。廊下に声が駄々漏れだ。
とてつもなく。途方のない。居場所がなく。存在感の無い、事はない。やめてほしい。これだと、喋らない海紫――おれが浮いてしまうじゃないか。