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scene01 Ⅰ

「姉ちゃん……どうしたの?………真っ赤に」

「ごめんね、海紫かいし。ごめんね………ごめんね」





 少年は普通の家庭の子供で、今日も変わらずに、普通に家で、ソファーに寝転がりながらゲームをしていた。いつものように七時にゲームをやめて、お風呂に入ろうと、ゲームを切り上げようとしていた時のことだ。

 「今日は帰ってこない」と言っていたはずの両親と、姉しか持っていない鍵で家の扉が開けられたような解錠音が聞こえた。

 まだ小学生の二年に成ったばかりで、それに大して不思議には思わなかったのだ。いや、思えれればそれは年齢に合っていない精神年齢だろう。ゲーム以外に、そんな感は働かなかった。

 でも、それでも、泥棒と思えばよかったんだ。

 「おかえりー」と、いつもの調子で言う。「なんだ。姉ちゃんか?」と、返事をしないのは姉だけなのでそう海紫はつぶやく。ゲームを置いて、そして、姉から伝えられているように、「帰ってきた時にカレー作っといて」の言葉通りに、お風呂より先に台所に行く。

 台所は、対面式で、玄関からまっすぐ行った扉を開ければ、隣がそこだ。どこにでもある普通の家庭の作りだ。

 床下の倉庫を開いてから『カレー中辛』と書いてあるパッケージを手に取る。高校二年生らしい姉は、まだ甘口しか食べられないらしい。なので、友達と合わせるために、これから『中辛』に挑戦するらしい。

 海紫は、鍋に水を入れて、IHの電源を入れてから沸騰していないが、レトルトのその袋を突っ込んだ。結構、味は変わらないそうだ。あとは勝手にしてくれるだろう。

 それから、海紫はお風呂の方に歩いて行く。全自動のお風呂沸かしは、掃除から湯張りまでをボタンひとつでやってくれるのだ。そんなところに感謝しつつ、親が居ないので一番風呂をもらうことにした。

 

 廊下から足音がする。別段おかしくはないが、その、足取りが全く違うのだ。なんというか、不安定に揺れていて、恐怖を感じるのだ。ここで「足音占いとか出来るんじゃ?」なんて自分の才能を誇らしく思う。

 それが、全くどうでもいいことに気付いてため息を付く。そんなこんなで、服を脱ごうと手をかける。

「あー。そうだ。あとで朱ちゃんに手紙でも書こ―っと」

 朱ちゃんとは、生まれた時から一緒に居た幼なじみ――と言っても意識してない――である。今は、3BSで、プラゴ○○エスト?のオンラインで通信していたりする、男子のことである。明日のイベントのために、攻略会議などをするための打ち合せだ。

 こう見えても、王手ギルドのギルマスをしているのだから。廃課金のおっさんも同じギルドでやっている。

 小学二年生がするようなことではないが、なんとなくハマったのだ。五万以上あるギルドのなかで、けっこう上位の三桁の前半までくらいの実力が有り、有名かといえば、有名で。そんな廃厨だ。

 

 お風呂でで十五分程度頭や体を洗って、それから、浴槽に浸かる。「はぁ〜」と、おっさんのような声を漏らして、それから、お風呂を上がる。

 そんな動作で、二十分くらい。計四十分をお風呂で使ったことになる。どれだけ、お風呂好きなのかと尋ねられれば、そこまでないと答えるが、今日は、なんとなく疲れていた。予感では、これからも疲れそうだ。

 いつもの調子で、ボクサーのパンツを履いてから、小学生には少し過ぎたくらいの派手な柄のパジャマを着る。そして、今日の夕食は何にしようか。なんて想像しながら、リビングに戻る。


 そこには、赤い液体にまみれた人がソファーに座り込んでいた。前のテーブルには、カレーを食べたらしい皿とスプーンがおいてある。手で持ったところは、何故か赤い粘着性のあるそれで汚れているのだ。

「……」

 言葉が出なかった。多分。赤くまみれた髪が顔にかかっているが、それは姉ちゃんであると断定できる。でも、肩の力がないし、脱力していて、とても、いつもの、調子とは思えなかった。

「これはね、海紫。返り血」

 その状態のまま、彼女はつぶやいた。ゴクリと海紫はつばを飲んで、続きを促す。

「誰の?」

 続きというか、答えを求めた。率直な問でもあったし、海紫の予想するところ、友達とか、彼氏とか。姉ちゃんの彼氏なんて想像したくもないが、小学二年生にはそれまでの思考しかない。でも、それでも不思議はないのだ。少し、姉はヤンデレ要素が入りすぎているからだ。

「海紫。今日は、外に行ってて欲しいな。私、今おかしいから」

 そう言われたが、それでは、海紫の質問を無視したようではないか。そこはわかったものではないのだが、彼女はそういったのだ。

「なんで?その血?は?誰のなの?答えてよ」

 怖いとか、恐ろしいとか、そんな感覚はなくて、ただ単にゲームの邪魔だと思った。もう、その質問に海紫自身の意志はなくて、社交辞令のようなもので、実際ゲームしたいわ、ご飯食べたいわ、そんな感情しかなかった。

 姉は演劇部に所属していた。不本意ながらも、とか言いながら結構楽しんでしているが、家庭にそれは持ち出さない。でも、これは貞子とかの演劇の練習とかなら、早くやめて、風呂にでも入ってきて欲しかった。

 なぜなら、面倒くさいからだ。別に、それが血と言われて、本気にするわけでもないし。

「私はね、思い出したの。でも全部じゃない。――だから、海紫を守るの」

 気が狂ったように、不乱な言葉で言って、それからなんの前ふりもなく突然立ち上がる。

 前髪を?き上げると、口元には口紅が伸びたかのように、口裂け女のように見えた。片目は殴られたのかのように青く腫れていたし、白目の部分は赤く充血している。それで、全力で目を見開いているし。それが演技だなんて思えなかった。逆に思えたのなら、小学二年生なんてやめてやる。


 海紫は、身を護るようにたじろいでから、それから壁際に退いていく。恐怖しかその時なかった。後悔しても遅かった。

「この血が誰のかって?そりゃ、あのクソみたいな親もどきのさッ!!」

 首を天井の方に向けてから、口元がニタリと笑う。それはもう、姉では無かった。優しい姉は居なくて、でも何故か他にあった。

「私は実験??失敗作??何を言ってるのですか!?!?――私は、私だよ?舞華まいかだ。no.041じゃねぇーーよッ!!!!」

 目線を海紫に戻して、右手を天井へ伸ばして、手のひらを空に向ける。

 そこから紫の光が輝いて、何かの紋章な、文章なそんなのが見えてような気がした。そして、それは円を描くように広がっていく。二次元的な、すごくファンタジー的なそれだ。


 《魔法陣》だった。


「私と、海紫で、二人だけの世界に行こう。誰も居ない、本当に二人だけの世界に」

 

  ピキッ


 海紫が見ている世界が縦に二つに割れた。漫画のように自分自身がまっぷたつになったとか、そんなんじゃなくて本当に、世界が家や、その先にある建物の全てが、空が割れているのだ。

 所々から変に黒い結晶のようなものが見えるが、錯覚のような気もするので記にしないことにしておく。

「えっ!!?」

 とっさに海紫から、そんな声が漏れて、――次の瞬間。

 舞華と、海紫以外の物質が潰れた。

 一瞬で何もない世界に転移したかのように錯覚する。しかし、ここは地球上であって、足元には今まで建物として成っていたものすべてがひしゃげているのだ。自転車で通っても、ガタンと段差で揺れたりしないほどにすごく、平だ。

「海紫以外要らないの。何もかもね」

 半径で言うと二km位だろうか、そのくらいの土地はひしゃげているのがわかる。潰れた状態が続く。でも、その先くらいにパトカーや、その他、緊急車両などのライトの光が見える。上空のヘリだって、舞華が作った磁場のせいで半径二kmに入った瞬間に下へ落ちる。爆発もしない。全部地面が吸収しているのかのように重力がすごいのだ。

 

 こんな状況は、当事者でもない限り、燃えるような展開である。ここらで舞華を退治する勇者が出てきても、何ら不思議はないと、思う。個人的にはやめて欲しいが。

「――――――」

 海紫は沈黙した。ここで曖昧にでも返事をすると、取り返しの付かないことになりそうだからだ。

「でもね、海紫。あなたは、この世界で生きていくのは、本当は不可能なのよ」

 もう片方の腕を上げた。そして、続ける。

「ここに、生まれたのは、あなたではない。同じような二十六人も。海紫、君たちは別世界の人間なの」

「――!?」

「何故か、ここに生まれた違反分子。ここで摘むのが最善と思うのだけれど、情けをかけておくことにするから――――違う」

 頭を掻きむしりながら叫ぶ。手を離しても魔法陣は起動するようだ。二重人格が葛藤するようなそんな光景だ。

 しかし、海紫は全くわかっていなかった。自分が異世界の人間だったという事実。理解なんてできるはずがない。なんて、彼女は、何を言っているのだろうかなんて、こんな状況になっても心配をする。

 ―――――――――――――――――ザ、ザザッ。


 ここで、ノイズが走った。現実なはずなのに、ディスプレイのように、視界がバチリと砂嵐が走る。そして、すぐに元に戻る。

「この世界には二つの世界があるの。同じ時間軸に、ね。私は、その個々とは別の世界の人間を向こうに送ること、だと思っている」

 実際は、消滅させることとは口が裂けても言えない事実である。それはAIとしてプログラムされている、人間の脳を触媒にした人工AI、識別、舞華も分かっていた。

 コンピュータには再現できない、心が反映させてある実験体と言ってもいい。そのせいで、プログラムに反抗する、情が彼女にはあったのだ。これが、コンピュータと人工AIの違いで、失敗作と言われた所以である。


 海紫には何が何だか、全くわからない。理解が追いついていないとか、そんなんじゃない。ただ単に、全く、さっぱりわからないのだ。

 しかし、それを解釈しようとする自分がいる。理解しようとする自分がいる。こう見えても、海紫は小学二年生なのだ。脳は結構スッキリしている。

「ここであったことは、全て忘るほうがいいと思う。良い?」

 先ほどの舞華から考えられないような感じに落ち着いた声色で。とても優しく、包み込んでくれるような、そう、美しい、そんな風に。

「いや、――――違う違う違う、違う違う違う違う。違う」


 ――――――――――――――――――――――ザザザザザ。

 さっきよりも長いノイズが走る。それが、もとに戻るまでにさっきの倍くらいかかる。

「忘れないで忘れないで忘れちゃダメ!!―――海紫は、――海紫ッ」

 そんな言葉とは裏腹に、体は勝手に動くようで、両手に浮かんでいる魔法陣を一つにゆっくりと併せていった。瞬間、体が動かなくなった。

 耳鳴りがなる。視界が真っ白。ぼんやりと、何も見えない。そこで、やっと分かった。海紫がいる、ここは病院の中のような、機械の中であることを。



「海紫!!?」

 舞華が呟いた。目の前の海紫は、まだ、魔法陣が完成してもないのに、発動してないのに、海紫が倒れたのだ。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 声にならないような叫びが響いて、舞華を中心に半径、と言うか、その世界のデータが吹き飛んだ。

 彼女は、まだ、はっきりと自覚していない。自分が不良品で、初期化されたはずのAIであり、この世界を危険に晒す元凶だということに。まだ、人がプログラムしたことにも気づいていないだろう。



「………こ……」(ここはどこだ)

 声が出ない。点滴が腕に刺さっているのはわかるが、それ以上の情報はないのだ。

 頭と項をすっぽりと覆うような、巨大な機械は、五感すべてを電脳世界に送るような、通信機のようだ。

『君の名は?』

「……………し」(秋野海紫)

『ああ。声にしなくても良い。思うだけで、それが分かるからね』

 その声もまた、自分の頭に直接響いてくるのだ。まぁ、それで、大丈夫なんだろう、と思う。

『最初の問に答えよう。お帰り、現実世界に。実に7年ぶりだね』

(現実世界?)

『そう。君は、生まれた時から、電脳世界にログインしていてね。半年くらい、ここでリハビリしないと歩けないよ。重力は結構あるからね』

(俺は、何をしていた?)

『さぁ、分からないよ。まぁ、君の姉がこの世界に居ることは確かだけどね』

(姉?ああ、あの狂った奴か)

 何か、大事なものを忘れているようだが、もう既に忘れてしまっていた。どうしてたんだっけ?魔法が出現したあと。

『――――少し、失敗してるな。少し調整が必要か』

 何を言っているのか、声が小さすぎて聞き取れなかった。海紫はその間に手をグーパーグーパーと動かしてみようとしたが、本当にピクッピクッと、動くだけで、まともに動かないのは、そうだった。運動は、確かに重要になりそうだ。

 ――――ビクッ  電流が走ったように、また、意識がブツリと切れた。



 それは、姉だった。「お帰り」「なんで来たの?」「殺す」「死ね」「消えろ」「どこ行ってたの?」「死ねばいいのに」「死ね」「死ね」「死ね」

 姉を中心に、海紫が仲良くしていたはずの人間がそこに居た。そして、皆が皆、口をそろえていうのだ。「死ね」と。

 そんな人間に囲まれて居た海紫は、中心で体育座りをして、蹲っているしかできない。ずっと、ずっと、ずっと。 何日も何日も。気が狂いそうな程に。もう、感覚では一ヶ月はそうしているような気がした。

 信用していた先生。仲が良かった友達。五月蝿いが、いい人だった近所のおばさん。果てに、一回しか行ったことはないが銭湯のおじさん。

 街の人間が次々と、海紫を変な目で見る。もう、いじめとか、そんなレベルではないくらいに。精神的に。人格的に。そんなダメージを受ける。もう、人間なんて、信用しない方がいい。

 何ヶ月も、何ヶ月も、親も、姉も。寄ってたかって、殴る蹴るの暴行、それに、リンチ。裸に剥かれてムチ打ち、拷問。なんでそんなことするのか、死にたいが、死ねない。そんな状態が、ずっと続く。耐えられない。

 気づけば、体感二年が過ぎていたような気がした。その時には、もう既に人間不信、それに、生きる気力すらなくなっていた。そして、開放される。


 病室の一室で、一人の眼鏡を掛けた、七三分けの彼が笑って見る。

「一時間で一年。二時間で二年。ここが限界か。でも、ちゃんと生きてくれるかな」

 そう言いながら、クイッと眼鏡のズレを左手の中指で直す。ディスプレイには、海紫のこの世界のアバターが写っている。電脳世界で、これを走らせたかったが、あの不良品が、電脳世界を破壊してしまったようだ。

「まぁ、どうでもいいか。これくらいしないと、実験にもならない。これで、僕の仕事は終わり〜。次の仕事しなきゃ」

 コンピュータのマウスを動かし、もう一つのディスプレイのカーソルを、ログアウトのアイコンに合わせて、そして、エンターキーを押した。

 ―――監視はさせてもらうよ。僕の実験台no.055。


 ウィーンと機械が開いていき、海紫は目を開く。どうやら、ここは別世界の方らしい。

 嘔吐感が襲うのだが、胃には何も入っていないので、ゴホゴホとせきが出るだけである。

 それから、誰か、数人の人間が入ってき、海紫を担架に載せるのだ。まぁ、どこかに捨てていくのだろうか。

 なぜ?――と、聞かれても、その、困る。





  それから、八ヶ月間。少しずつ運動をしていき、歩けるようになった。小学二年の平均体重になるまでに、それからもう一ヶ月かかった。

 つまり、現実に帰ってきて十ヶ月後。

 退院したが、この世界でも両親は他界しており、孤児として、他家族に引き取られることになった。

毎週日曜日更新します。今週から!!

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