scene10 真相
連れて来られたのは、ヤンキー部の部室なる所。
しかし、ヤンキー部と言っても、根っからのヤンキーはいないようで、部室は、数人のメンバーが綺麗に掃除をしている最中だった。
そして、中心に置かれた向かい合ったソファーに、海紫達は腰掛けた。
「犬。お茶を出して」
そう、命令するのは、真城鈴姫。犬、と言うのは、ヤンキー先輩のことを指す。どうしてか、彼は会った時からそう呼ばれていた。
別に、気にはならないが、可哀想には思える。名前は、犬丸とか、戌亥とかなんだろうか。
そして、桜坂がシルクハットを、ソファーの前にあるテーブルに置いて、脚を組んで偉そうにふんぞり返っているようにみえる。
ヤンキー先輩が普通にペットボトルに入ったお茶を人数分用意して、彼も真城の横に腰掛ける。
「師匠。こいつら、知り合いだったんスね」
「あ? クラスメイトだっつーの。黙っとけ」
「へー。そうなんすね。……お? 何こっちみやがんだよ。お?」
「そんな肩に力入れ無くても、取って食おうとはしてないさ」
「そこの、川原さんも図々しくしてればいいのよ。この杉岡さんみたいにね」
真城が、ドアの目の前で立ち尽くしている川原に声をかけた。
少し控えめに頷いてから、彼女はゆっくりと、海紫の隣、朱梨の逆に腰を掛ける。
「では、教えてくれますか?」
低いトーンで、川原が聞いた。数分の沈黙を破った一言が彼女の一言である。
彼女は、どうしてもあの世界が知りたいらしい。桜坂も別段隠しては内容で、じゃぁ、と話しだそうとする。
「そうだね。前置きとして、海紫くんと朱梨くん。二人は《舞華》を知っている……そうだね」
「……逆に、先生が姉を知っていることが不思議ですけどね」
「うん。しーちゃんの姉ちゃんでしょ。遊んだことあるよ」
「君らは、《舞華》を殺せるかい?」
そのぶっ飛んだ質問に、海紫は絶句した。
どうしても、その言葉が、「殺せるかい?」と聞こえたからだ。
「は? 何を言ってるんですか? 姉を殺せる? 意味が分かりませんが」
桜坂はははは、と乾いた笑みを見せる。そして、歯を見せて、不気味に引きつらせた。
「やっぱり、彼女と君らはそんな関係……か。まぁ戦えるか、戦えないか。二つに一つ。答えてくれれば、続けれるんだけどね」
「理由は教えずに、姉と敵対しろと言うあなたの意味がわからないだけです。正当な理由があれば、それで決断できるかもしれない」
「うん。じゃぁ、理由は絶対に《舞華》と戦闘しなくちゃいけないから、YESということにしておくよ。朱梨くんも、いいね」
静かに、朱梨は首を縦に振った。そして、次は川原を見た。
「遡ること、七年だ。覚えてるかな、七年前の出来事を」
と、桜坂が話し始める。昔話。海紫と朱梨の二人に共通する、それだ。
「《舞華》は、実験が成功した人工生命体AHI《アフター・ヒューマノイド・インターフェイス》だ。研究者は、非人道的に人間の脳を使って、コンピュータ上に新人類の祖を創りだした」
「…………」
黙って聞いていた。それは、どうしてか、聞いていないといけない気がして。むしろ、海紫に無関係じゃない気がするから。朱梨にも同じことが言えるように。
「君らは、生まれて8,9年間、だったっけ? まぁ、そのくらいコンピュータ上の電脳空間に居た、ということ。覚えてる?」
海紫、朱梨は頷いた。その間だけの記憶は確かにある。でも、それ以降の記憶に関しては、十分とはいえない。だが、8歳までの記憶は、確かに、十分と言っていいほどに鮮明に覚えていた。
過去の、ゲームの記憶も、そうだ。 そうでなければ、小学1年生の時の友達、朱梨となんて出会っても居なかった。
記憶がちゃんとあるということは、それを忘れられる方法も確かにあるということ。そうでなければ、一ヶ月の空白の記憶の説明がつかない。
意図的にその一ヶ月の記憶を封印しているとしか思えない。つまり、記憶は、海紫、朱梨は確かにあって、《舞華》を覚えているということ。それだけが確認できればいいらしい。
「一度暴走した《舞華》は、10年前に解凍されて、再び始祖として使用することになった。AHIはめんどくさくてね、自分のプログラムを書き換えるんだよ。自分自身にも、世界にも、ね」
川原が口を開いた
「その、暴走というのは自己でプログラムを書き換えたことに寄るものですか?」
「その通り。なかなか言うことを聞いてくれなくて、書き換えたのは、世界だけどね」
ぱちんと指を鳴らした。そして、川原に指を指してから
「はい、藍瑠ちゃんに問題だ。彼ら二人がやっていたゲームの名前、二つを上げて」
川原は、記憶を探り、海紫と朱梨が言っていたゲームの名を思い立てた。
「フルムーン・オンラインと、プラゴン○エストⅩですか?」
「正解。あの二つは、《舞華》が創りだしたものでね、舞台はこの地球。そして、《異変》《超電磁空間》というそれだよ」
「!?」
目を見開いて驚くのは、海紫と朱梨だ。
だって、それは、その二つのゲームで、上位プレイヤーだった二人は、この世界を侵食していた一柱ということだったからだ。
「気付いたかい? 君ら二人が殺していたのは、NPCでも何でもなくて、現実世界で侵食を止めようとしていた調査兵――――さ」
「人……間」
「なはず無いし。確かに似てたけど、向こうだって術を使ってきたし、こっちを殺そうとしていたんだよ?」
「うん、そうだね。僕だって驚いたさ。きみら二人が『暁の紫電』だったなんてね」
「は……ッ!?!?!?!?」
「なんですか、その『暁の紫電』って」
海紫は息が詰まりそうだった。人間を殺していたと言う事実と、この世界では知るはずもない自分らのコンビ名を知っているということ。
そして、あれが調査兵だったなんて。
過去、自分の父親が調査兵だと言う少女に会ったことがある。その同僚を殺していたというのか? 人を殺して、ポイントが上がって喜んでいたのか?
「川原くんには分かるように伝えてあげるとね――――彼ら二人がゲーム感覚でやっていたゲームは。この世界で言う《異変》で、怪物と思って殺していたモンスターがこっちの世界で言う調査兵だったって言うこと」
嘲笑するように笑って、桜坂は追い打ちのように続けた。
「僕には、どうして君ら電脳世界の民がこの世界でのうのうと生き続けられることが分からない。《異変》からみたモンスターが、電脳世界の民。つまりは、人間と認識できないまま、殺し合ってたということ、さ」
「わ……分かりません。もう少し噛み砕いて欲しいです」
「もう、川原くんは、頭が硬いね」
「よーし、簡単に話そう」
《異変》は、電脳世界――――つまりAHIの世界の現実世界侵略ゲームだということさ。
「はい。一」
桜坂が人差し指を立てて
「人間がプレイヤー。互いに人間に見えるが、人間だとは認識できないんだ」
二本目の指を立てる。
「はい、二。電脳世界のプレイヤーは、人間だけど。正確にはプログラム。一定のアルゴリズムのAIじゃなくて、AHIが創りだした、本当の人間のような意志を持つデータ。何がいいたいのか、分かるかい」
「敵は、無限であるということ」
海紫が答えた。
「人間だけは有限で、そして、デメリットだ。それに、向こうも向こうで、自分には肉体が無いことを本能的に知っている。そして、《異変》に入ってきた人間を乗っ取ろうとする」
「見たでしょ、ゾンビみたいな人間を」
真城だった。彼女はほとんどを把握していたようである。
それは、朱梨を囲んでいた、変態だと思っていた。実際、あれは、人間を乗っ取ったAIだということだった。
「人間の肉体を自分に物にしようというのは必然的なものさ。それが、あまりにも悲惨なだけ」
「まぁ、SWフィールドがあれば少しはマシなんだけどね。自分の心の壁。それか、互いの人と信頼関係。それが確立してない今、15分以上《異変》の中に入ることは乗っ取りに繋がる」
真城が、分かった? 犬。と、膝をベシベシ叩く。彼は寝ていた。
「私だって、『暁の紫電』の噂は知ってる。あなた達がそのコンビだということは、さっきの魔法を見てなかったら信じないけど、今は、納得出来そうな気がする。チートだわ」
「で、ボク等に何をさせたいわけ? その二つ名で脅して、何がさせたいのさ。本題に入らないとしーちゃんが死にかけてる」
「それだよ。聞きたいかい? 今、君らにやってほしいことは、今現在、そこにある《異変》を閉じて欲しい。それだけさ」
「ふーん。だって、しーちゃん」
「じゃあ、行こう。今すぐ行こう。そして、姉ちゃんに会う」
海紫がそういうので、おどけたように川原が尋ねた。
「本気? 向こうで死ねば死ぬのよ? 考えなおすのだって、時間はかからないはずよ」
「別に、死ぬはず……ないし」
「あ、そうだ。閉じるって、何すればいいわけ? ボクは知らないからさぁ」
「中心の竜の巣の脳。【竜王の冠】を破壊すればいい」
「ヴァルヴァロイ狩りだよ、しーちゃん。ていうか、竜王の冠って何?」
「ホームで換金できるドロップアイテム」
「あ、思い出したー。で、行こうか、しーちゃん」
「私は残るわ」
という、川原を尻目に、真城はノートパソコンを広げて
「姿は、変えられるのよ。向こうのプレイヤーキャラのほうがやりやすいでしょ」
そう、笑う。桜坂は、「早めに行ってるから、30分できてね」と席を立った。
「あ、いい忘れたね。右手を2本立てて横に振ると、メニュー画面が出るよ」
「そこは、仕様で一緒だね」
朱梨が笑った。入り口は、さっきの教室。そして、二人はまたゲームに戻ることになる。
「面白そうだよね、しーちゃん」
「まぁ、そうだね」
「よし、じゃあ。プレイヤーメイキング後に、敵殲滅会議を始めるよ」
「私は行かないけどネッ!?」
川原込みでその会議が始まった。




