scene07 最初
「言霊Ⅲ式《招破》」
どこからか声が聞こえてきて、そして聞こえた瞬間に海紫たちの目の前でもぞもぞと動いていた集団の動きが止まって朱梨が「あれッ??」なんて残念そうに呟く。聞こえたのは、その集団が一言足りとも喋っていないからであるが。――その時鈴の音が聞こえた。
次の瞬間、その集団は活きよいよく動き始めるのだ。それは、鈴の音が聞こえた方に。音は、海紫たちから見て正面の角を曲がったところ。
この学校の校舎は基本正方形に十字架が組み込まれたような形をしている。それは同じ一年生の教室である。
――シャラン。
もう一回。聞き間違いという線は消えた。
「なんの音!?」
川原が呟く。こっちだって混乱しているのにそんなこと言わないでくれ。そして、彼らは人間――のようには見えなかった。
形こそ人間のようであるがそれは、人間と呼ぶには圧倒的に「理性」が欠けていた。黒目が虚ろに泳ぎ、そして獣のように身体がふらふら二足歩行しているような、そしてその状態で汚らしく走る。
彼らは、肉体を持ったことがないのか、唾液は垂れ流し、鼻から血も流れ、本当に、人間の皮を被った陰獣と言っても過言ではないだろう。
「キモいんだけど!?」
と、川原は彼らの背を見、海紫の背に隠れた。ベチャベチャと唾液が溢れる音がする。そこで「ああ、こんなのの中に朱ちゃんを……」とやるせない気分になる。
数十秒もして、彼らが向こうの角を曲がりきると、川原が
「何よあれ?? ほんとに人?」
「朱ちゃん…………」
――集団が居た方を向いて海紫が止まっていた。そこには変にビショビショで、ひくひくと身体を痙攣させて目が空ろな朱梨が倒れていた。制服が何故か溶けている。破れているとかそんなんじゃなくて、溶けていた。3分の1くらいしか残ってない衣類は大事なところだけを隠している。
彼を男と知っていなければある種の人種は興奮したのだろうが、海紫はその類ではない。
――――シャラン
まただ。再び鈴の音がして、次は声が聞こえた。
「《抜刀》」
男のような力強い声であり、先ほどの女性のような繊細な声量ではなかった。
それから、バリバリバリ、ドンガラがっしゃ――んとか、何かが壊れる音とかいっぱいする。最後にバリ――ンと、窓が割れるような音がして、その角が真っピンクに反射して光っていた。唐突に。途轍もない強さで。
「………」
何がどうなったのだろうか。海紫は少し粘ついた朱梨を起こし、背中に乗せると教室を見ようと、廊下の角を曲がる。川原は付いてきてないがいいか。
その教室に向かう一本の廊下には何も変化が無かった。辺りを見回しながらゆっくりと進んでいく。すると一瞬思考にラグが起き、足元がすくわれふらついた。立ち直って、目の前を見た。
――そこはもう廊下というには悲惨すぎる有りさまであった。
そう、廊下であるのだが赤いのだ。それは血の赤かもしれないし、それは外に覗く真っ赤の二つの月のせいかも知れなかった。ボロボロに崩れた廊下は歩けない部分が沢山あり、コンクリートの壁は年季が入ったように風化している。触ると崩れるかもしれない。
「ねぇ、どこ? 君??」
と、川原の声がした。振り返るとすぐそこに居る。しかし辺りを見回して「どこ?」と尋ねる。どうしたことだ。すぐそばにいるのに。
角を曲がってすぐのそこにいるのに。しかし、気づく様子はなかった。
「待ってるよ、どこに居るかしらないけどここにいるから早く来たほうがいいよ?」
言い方だろう。
ため息混じりに海紫は川原の方に歩く。グラっとまたラグのように思考が分断されて、目を開けると次はちゃんとした学校に居た。そこに「?」を体現した川原が居て、振り返る。
そこには真っ赤な月も、ボロボロの廊下も何もなかった。今のはなんだったのだろう。背の朱梨は気付いてないだろう。寝てるし。
「あれ。ここにいる。どこ行ってたの?」
少し睨まれるように川原が尋ねるので「そこに居たけど?」と返すと舌打ちされた。よくわからない。
「………こっち」
海紫が付いてきて?というように川原に言った。彼女は不快そうに頬をふくらませて、でも着いてきた。変な目線を感じた。それは海紫自身ではなく、変にドロドロな朱梨にであるが。
変な感覚があった方に歩いて行く。
頭痛。 全く三回目なのに、これには馴れはないのだろう。次はちゃんと川原もいるようで、思考のラグに顔を顰めていた。翡翠の瞳をぱちぱちさせて、「ここどこ?」と訪ねてくる。
中二病的に言えば、普通の校舎とここは、何らかの結界が遮っているのだろう。それを越えるときに思考にラグを生じさせる。そう推測した。
赤い世界に戻ってきた。なんとなく、ここには来たことがあるような気がしてならない。それは、なんだか感覚的に。
教室までの距離は普通より長く感じた。それは、崩れないように廊下を見極めながら歩いたせいでもあるだろう。古くから付いているような傷もあれば、最近出来たような傷もある。ああ、これはさっきのだろう。と簡単に予想させる。
獣の体液も続いていた。この道をちゃんと通ったようだ。
「知ってるの? ここがどこなのか」
「………全く」
「そう」
ぴょんと穴の空いた廊下を飛んで、教室の前に辿り着いた。探検といえば、何か違うようだが、やっぱり、違うところ、知らないところを通るとなると少しあるのだ。好奇心とか、そういうの。
「斬ッ!!!!!!」
はっきりと聞き取れた声は、いつしか聞いたことのあるような男の声で、二人いるのかその男性は誰かと喋っているように言葉を発し始めた。しかし、うにゃらうにゃらと聞こえなかった。でも、見当がついた。
今日で一番話した上級生の先輩だと思う。
教室の扉は、ぐしゃぐしゃに破壊されていたので、そこから顔を覗かせるようにして見た。
集団狂犬病の人たちは斬り倒されていた。外傷はなさそうだが、あれだとずっと入院するだろう、とそんな感じで思った。その集団気絶者の中心に二人が向かい合うようにして立っていた。
真っ赤な光が覆う教室に男女の生徒。なんとなく幻想的なそれに見とれていた、と言うのは認めよう。男の方はラフな格好に刀を肩に担ぐ形のサングラスであった。方や女性の方は、伝統的な日本の衣装、巫女服である。そして、彼女の右手には大きな鈴のついた杖が握られている。
鈍い刀の光がなんとなく恐ろしい。サングラスの彼は女性に超低姿勢で話していた。彼女らは海紫たちの存在に気づいていないようである。
「その刀ってどうにかならないの?いちいち規定文を唱えなきゃなんでしょ? しかも他の武器より遅いし、一撃は他よりあるけど連撃に欠けるし。大概変えましょ?」
そうだな。それを聞く限りクソ武器だな。海紫は少し頷いた。
「いやいや師匠?そんなことないですよ。全体攻撃に長けてます。そして、自分使いこなせてますから」
サングラスを外してズボンのポケットに収納。そう、彼は骨折ヤンキー先輩だった。何をしているのだろう、と近づこうとすると、海紫の上には朱梨がいるのに、その上から川原がのしかかってこようとした。
当然のように、ドロドロ朱梨の上には汚れてもいい布的なそれをかぶせて居るので溶けることはないだろう。でも、そう考えると直で朱梨を抱えている自分の背中は溶けているかもしれない。まぁどうでもいいが。
「えいっ!!」
「えいっ、じゃないから!?」
そんな風に突っ込む。海紫の足は、その体重に耐えきれるはずもなく、その場に、グチャッと潰れた。
ドサッ バラバラ。と近くの端材が飛び、一瞬で殺気が向いた。何も判らないような海紫にも、川原にも分かった。
「………あなた達は」
ピューッと口笛を鳴らしてからヤンキー先輩は
「ここに来て侵されてないなんて凄くないっっすかね?師匠」
「《異調科》の新入生………ほんとに……ね。さぁここから出ましょう。あなた達も説明は欲しいでしょう」
「師匠、それだと病院ですよ?」
「面白くないし、テンポが遅い」
ヤンキー先輩は、呆れたように両手を挙げてから「は~」と嬉しそうに息を吐き出す。
そんなやり取りを見ながら海紫と川原は顔を見合わせる。状態を思い直せば海紫の上に川原がのしかかっていて、凄く顔が近い。 「はっ」と、川原は目を見開いて飛び退いた。
「犬。出口は?」
「へい。この廊下をまっすぐです。――だよなぁ、後輩。お?」
刀を納めて威圧的に海紫に問う。ああ、ヤンキー先輩だと思った。うん、本人である。そして、彼は先導するように教室を出た。海紫は起き上がって、朱梨を抱え直してその後に続こうとした、その時。
「ねぇ」
と、川原が呼びかけてきた。「何?」と応えると、少し怯えたように
「あの、大きいのは………何なの?」
彼女が指をさした方角は窓側、教室の作りが一緒であるので言えば、朱梨が座っていた窓際席の向こう。都市の中心部の方面である。その都市の中心赤いタワーの横に
巨大で真っ黒な、逸脱した存在感を放つ、『龍』が佇んでいた。体長は500mはありそうだ。
遠くだが、確かに大きく、そして海紫は確信した。




