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3-2

 


 前方に、螺旋階段が見えた。


 これまでの道脇に点在していた鉱石の姿はなく、苔むした黒の岩石、恐らくはメレジ岩石で覆われた螺旋階段である。精緻を極めた造りではなく荒く削られた石段であったが、階段であることは間違いない。


 地下道だからこその湿気が充満しているのか、辺りにはむっとした匂いが漂い、どことなく不快感を煽った。外套の下に滑り込んで肌を撫ぜる空気が、じめりとして気持ち悪い。


 だがネフィーの様子に気付いた風もなく、ジアがおお、と声を上げた。


「確か未踏査域の〈奥地〉って、上にある場合がほとんどなんだっけ? だから階段を見つけたらもう少しってこと……だったような気がするんだけど」

「それで合ってるわ。大体、塔を登るような構造になる」


 ましてやこのイグニシア・エリアは地下道である、恐らく正解は上へ向かう道で間違いないはずだ。そう続けようとして、ネフィーは微かな違和感を感じ言葉を止めた。


 ソナから受け取った情報では、イグニシア・エリアの構造は重なり合った層のようになっている。第一層と第二層は鉱石に囲われた造りになっており、第二層から繋がる第三層の入り口に厳重に施された施錠断術を解くのが今回の依頼であったはずだ。


 大概の施錠断術は、二層から三層へ行くための移動手段を封じるように施されているのに、このイグニシア・エリアは三層に封印があるというからちょっと変わっているなと頭に入れたのを覚えていた。


 ――ちょっと変わっている、どころではない。

 おかしいのだ。


 聞いた当初は気にも留めなかったが、三層に封印があるのはおかしい、というか例外的なのだ。ネフィーはこれまで五百に及ぶ開錠依頼をこなしてきたが、そのうちで最上層に封印断術があるというエリアはひとつも存在しなかったように記憶している。どれも最上層に到達する前のエリアで、立ち塞がるように施錠されていた。

 これがネフィーの感じた些細な違和感の正体。


 それに、古代遺産そのものである未踏査域において、階段というのはあまりに原始的である。それこそそう、ルルバのようにスタリアを応用した乗り物や、断術を用いた転移術式があったっておかしくない。ここまでの道のりは全て水晶や鉱石に埋め尽くされていたが、それらの奥に埋もれて少し顔を出していたガラクタたちから推測するに、ここは文明レベルはそう低くない時代のエリアであるはずだ。それなのにどうしてここに来て、階段……?


 何だか薄気味悪い違和感にネフィーはためらった。何か間違えたような気がしてならない。ソナは何か言っていやしなかったか――何か聞き逃していやしないか。記憶の糸を辿り、心臓に訴えかけるような嫌な予感の正体を探ろうとした彼女はだが、直後に耳朶を打った小さな物音にバッと顔を上げた。


 かちり。

 と、そんな音である。


 まるで何かの起動スイッチでも押したようなその音は、「げっ」とあからさまにしまったという顔をして肩を跳ねさせた、全身赤色の男の足元から確かに聞こえて。


 一瞬で眉根を寄せたネフィーは男の視線を辿り、そいつの視線を辿る。

 そしてそいつが、自分の足の踏み締める、黒に限りなく近いが灰色の(・・・)床を見つめていることに気がついた。


「……あ」


 ジアも一拍遅れて、そんな間抜けな声を上げたが――時、既に、遅し。

 一瞬の間の後に、ネフィーとライと、そして空を飛んでいたジアの足元はまとめて〈消失〉した。そこに確かにあったはずの堅く苔むした岩石がどういうからくりか綺麗さっぱり消え失せる。そしてこの世界にも存在する、物体が地面へと引き付けられる引力の力は真面目に二人(と一体)に働いて、


「っバカじゃないのあんたぁぁぁぁぁぁッ!?」

「うおわぁぁぁぁぁごめんなさぁぁぁぁいぃぃぃぃぃぃぃッ!!」

「謝って済むかよライっざけんじゃねぇぇぇぇぇぇ!!」


 三つの声は鉱石の地下道に長く長く反響し、そして――為す術もなく落下した。

 ネフィーは反射的に長杖を振り断術を行使しようとしたが、それも間に合わない。それを理解した瞬間、プライドと天秤にかけて押し込めていた恐怖心が、絶叫を上げて姿を現した。死ぬかもしれない、死ぬのは怖い、だがどうすることもできない。ぎゅっと目を瞑り身体を縮こまらせることしか、できない。


 意識が急激に遠ざかった。

 もうこれは、駄目かもしれない。

 嗚呼、あんな足手まといさえ居なければこんな間抜けなことにはならなかったのに。

 怨嗟の言葉を口にするのも億劫に思えて、彼女はただ息を詰める。


 意識を完全に手放す直前、何か赤い色が視界を覆った気がした。






「やだよ」


 目の前でぶちまけられた美しすぎる紅が鮮血である、と理解したのは、肺腑を抉られるような悲鳴が耳をつんざき、その声を上げた生き物だった肉塊がゴミのように転がったのを目撃した時だった。


 どろりとして光の無い目が、じっと、こちらを見る。どこまでも黒くて暗いその目はまるで責めるような色を帯びていた。もうその肉塊は動かないと理解しているのに、今にも動き出して彼女を襲うような気がして一歩後ずさる。


 また悲鳴が聞こえた。

 今度は若い女性の声だった。絹を裂くようなものではない、断末魔と呼ぶに相応しい絶命の声が大きな広間に残響する。そしてほとんど間を置かず、あっけなく打ち捨てられた肉塊が首を妙な方向に曲げてひしゃげた。


「やだ」


 今度は二歩下がり、いやいやをするように少女は首を振る。

 その行動に込められた願いは、叶うことはなかった。

 

 怒号。悲鳴。絶叫、鮮血。見知った自らを奮い立たせるような雄たけびも、全て虚しく空中に消える。

 赤い花がたくさん咲いた。

 喉が焼けつく様に乾き、四肢がみっともなく震える。

 目からは次々に大粒の涙がこぼれた。涙に、赤い景色が映り込む。


「ごめんなさい」


 少女は掠れた声で呟いた。ぼろぼろと途切れなく零れる涙を拭うことなど思い付きもしなかった。麻のワンピースの裾をぎゅっと握りしめて、ただ彼女は繰り返す。


 決死の反撃を試みる若き命を貪るように、悪魔は嗤った。巨躯を思う存分に活かして、右手に握る血濡れた戦斧を振り回すたび、赤色が飛散する。びしゃ。壁にへばりついた塊と噴き出す血栓。

 弾き飛ばされた誰かの剣が石畳の隙間に突き刺さって折れた。一方的な殺戮はまるで遊戯のようですらあり、少女は戦慄と恐怖の焦燥に全身を焦した。

 逃げ、な、ければ。

 どこかで逃走を促す本能が喚き立てるが、彼女に生まれた恐怖心は足を縫い止めて、まるで動かない。


 全ての事の発端は少女だった。

 

 ただの、好奇心だったのだ。

 兄とその友人が、未知の宝や知識が眠ると言う不思議な遺跡に行くんだと言っていた。まだ齢十歳の少女は戦う術など当然持っていない。危ないからと兄たちに置き去りにされた少女はしかし、未知の世界に興味があった。兄が目を輝かせて語った秘密の世界に思いを馳せた。どんな場所なんだろうと想像に胸を膨らませていた。


 だから、見てみたいと単純に思った。


 兄に露見しては絶対に叱られてしまうのは分かっていたから、兄たちの後をこっそり、こっそり、抜き足差し足でつけてきたのである。本来ならただの少女にそんなことはできないが、少女は幸か不幸か高いスタリア操作の技術を持っていた。それこそ、謎の領域で大冒険を繰り返す兄の仲間に勝るとも劣らない、年齢には到底釣り合わない技術を。


 それを使って身を隠しながら〈怪物〉たちの襲撃を避け、数時間に及ぶ尾行の末、兄たちは意気揚々とある扉を開けた。それは〈最深部〉の扉だった、と少女が知ったのはこれから数日後の話であるが、そこに潜む最後の〈怪物〉さえ倒してしまえば、兄たちは名誉を手にするはずだった。


 両親を早くに亡くして、貧しい裏路地で育った兄たちは、未踏査域の征服者として世界の挑戦者に名を連ねるはずだった――それなのに。


 全てを少女が、台無しにした。


「っ、ネフィー、逃げろ! 今ならまだッ、お前だけで……もッ」


 ぎゃいん、と剣が弾かれる鈍い剣戟の音が少女の鼓膜を震わせる。気がつけば、彼女の周りには八つの屍が転がり、広間一面の床も壁も真っ赤な色で染め上げられていた。

 そんな広間の中央で、悪魔を相手に巨大な剣で立ち向かう男がひとり。


 十も年の離れた兄であった。

 八人もいた仲間を皆みんな、たった今眼前で失ってしまった、兄であった。


 あちこち既に傷だらけでかなり出血し、満身創痍の状況なのにまだ、少女に逃亡を促す。少女は咄嗟に動くことができなかった。ブォンと断術を発動させた起動音が何度か響き、紫や青色の閃光が目を灼く。どれも悪魔に向けて放たれたというのに、悪魔はげらげらげらげらげらげらげらげら耳障りな嘲笑をあげてどれもこれもを捌いてしまう。


 悪夢のような、現実だった。


「ネフィー聞いてるのか、逃げろッ!!」


 その声にハッとなって、少女はのろくさと立ち上がる。


 ぴちゃ、と足元に出来ていた血だまりが音を立てた。すぐ真横で頭を二つに割られて死んだ、姉のような存在だった女の血だった。ぞっと背筋が粟立って歯がかちかちと鳴り全身が総毛立つ。


 昨日あんなに穏やかに笑っていた彼女は、少女のせいで、もう動くことも喋ることも笑うこともない。

 

 ただの、屍。


「……あ、あぁぁあ、あ」


 そのことを認識した瞬間、少女は狂ったように喉を潰し絶叫した。


「いやぁぁぁあああああああああああああああああああああ!!」


 〈怪物〉が声に反応した。巨躯がこちらを振り返る。

 目が合った。

 薄気味悪いほど澄み切った金色。少女の黒髪に生まれつき入り混じった色と、同じ色だった。


「ごめんなさい、ごめんなさい、いや、あ、あぁ、やだよ、ごめんなさい、あ、あたし、あたしが、あたしが、あたしが、ごめんなさい、あたしが、あたしがっ」


 ――あたしが、殺したも同然だと。

 少女の聡明な頭はそう理解した。


 少女が好奇心のためだけに、遊び半分でついてきたりしなければ。


 少女が〈最深部〉に到達した兄たちを追い掛けてこの広間に入り込み、見つけた石盤に面白半分で触れたりしなければ――――少女を見つけた兄たちが、突如現れた金色の眼の〈怪物〉から少女を庇おうと、準備も整わないまま突撃を開始しなければ、こんなことにはならなかった。


 明日も笑っていられるはずだった。

 その日はきっとシアワセで、ずっとそんな日が続くはずだと、そう思っていたのに。


 少女が全てをぶち壊した。


 途方もない罪悪感と絶望に視界が酩酊して、少女は慟哭する。

 ただひたすらに恐怖に打ち震えた。ここに至ってまだ死ぬのは怖いと思っている自分がいることに気付いて少女はしゃくりあげる。馬鹿げた話だ。八人もその手で殺しておいて、何をのたまうのか。


 少女の頭上に影が差した。


 泣き濡れた顔で上を振り仰ぐ。

 再び金色のまなこと視線が絡んだ。

 その眼はたった一つの衝動に澄んでいて、少女は肩を震わせる。


 その眼にあったのは、ただただ純粋な殺意だった。


 ごめんなさい。少女はまた呟いた。掠れた呼び声が少女に届いた。

 〈怪物〉が獲物を振り上げる。ぽたり、と刃に付いたままだった鮮血が滴り落ちた。


 ごめんなさい。少女は呟く。目を閉じた。刃が打ち下ろされる瞬間を見るのは、あまりに恐ろしかったから目をきつくきつく閉じた。もう何も見ないで済むように。


 ごめんなさい。少女は呟いた。


 そして――緩慢な動作で斧は叩き落とされた。



 少女は、びしゃ、と言う音と同時に全身に降り懸かった生温かい液体を認識する。

 あ、れ? 今のは、何。何。

 やめろと何かが警告した。

 目を開けるな、目を開けるな、開けちゃ駄目だ、開けたらもう駄目だ。

 だが、少女は警告を無視した。


 少女は、そっと、目を開いた。


 膝から崩れ落ちる兄の姿が見えた。なぜか兄は真っ二つになっていた。

 その向こうで心臓に剣を生やした〈怪物〉が見えた。〈怪物〉は絶命していた。


 少女はただその光景に目を、





「お、目ぇ覚ましたな。おはよ」


 ぱちり。


 と意識が覚醒した瞬間に降ってきた能天気な声に、強張っていたネフィーの全身は一気に虚脱した。


 彼女にしては珍しい呆然としたような表情は一瞬で引っ込み、眉根を寄せた不機嫌そうな表情に戻る。それから勢いよく跳ね起きて傍らに置かれていた長杖をまるで盾のように掴み取れば、ライは「そんなに慌てなくても敵なんかいなかったよ」と苦笑いした。


 それでもなお険しいままの彼女の表情を見てとり、ジアが「何、どうしたの?」と尋ねる。だが彼女が素直に答えるはずもなく、「別に」と素っ気なく返答した。


 嫌なことを思い出した。たったそれだけのこと、だ。


 本当はそれこそ泣いてしまいたくなる気持ちを押し殺して、ネフィーは代わりにため息を吐いた。彼女は、天才であらねばならない。過去に負けて泣くような弱い自分などはとっくの昔に斬り捨ててきたのだ。今更になって、自分は何を思い出しているのか。

 自嘲するように吐き出したため息は、空気に乗って溶けた。


 自分の身体をざっと点検してみるがどうやら怪我はなさそうで、安心したのもつかの間。ふと視界に入ったライの姿に、さすがのネフィーも瞠目した。


「……あ、あんた、それ」

「え……あぁ、これ? いや、落ちたときにちょっとね。なんであんな高いところから落ちる羽目になんだよ、ったくー……」


 散々にも程があるんだけど、と頭を掻くライだが、散々という言葉では形容できないほどの凄絶な姿である。頬や腕には、簡単な処置はしてあるようだが擦り傷と切り傷が至るところに出来ていて、背中から落下したのかシャツは可哀想なほど傷み、一部は擦り切れて背中が剥き出しになっていた。

 極めつけは、前に投げ出してショートブーツを脱いでいるため、空気に晒されている右足の足首である。骨折を疑いたくなるようなドス黒い色に腫れ上がってしまっているではないか。


 打ちどころが悪かったら死んでもおかしくないような怪我。ネフィーはそれとライとを交互に見比べて、最後に自分の傷ひとつない姿を再確認してから、はぁ、と重苦しいため息をついた。

 もう少しマシな嘘をつけ。そう悪態をつきたくなったのは仕方がないことだと思う。


「……氷は? 持ってないの」

「うん。あ、氷爆弾ならあるよ?」

「そうじゃないわよ、なんでマインがいるわけ? 足爆破すんの? そうじゃなくて、冷やす為の氷はないのかって聞いたのよ」

「あぁ、それならこの前使っちゃった。氷作るのってめんどくさいからさぁ、ついつい作らないまま放置しちまうんだよなぁ」

「照れるな誰も褒めてない」


 にへへとなぜか笑ったライにそう吐き捨てて、ネフィーはひゅん、と指を一振りした。『組成』の糸を二本切り、一言「〈小氷〉」と詠唱。瞬間、空間に小石ほどの大きさの氷が数十個と生み出される。


「? なにしてんの?」


 ライの疑問の声を無視し、地図や食料を入れて背中に背負っていた麻袋から一つ、生地の厚い袋を取り出した。氷をその袋の中にざらざらと放り込み、できた氷袋をライに投げ渡す。


「ってうぉちょっ、え、なに!?」

「氷持ってきてないとか、それでも医者のはしくれ? 応急処置もできない上断術も使えない医者とかただの役立たずじゃない。さっさと冷やして」


 およ。驚いた、とでも言うようにジアが声を上げる。それに次ぐように、なんとか氷袋を落とさずに済んだライは、呆然とした様子でぽつんと言った。


「……あ、ありがと?」

「なんで疑問形」

「いや、なんか意外で」

「ぶっ殺されたい?」

「失礼しましたお許しください」


 ……何とも腰の低い男である。


 驚いたように目を白黒させていたライは、手慣れた手つきで氷袋を足首に巻き付けた。ショートブーツを履き直し、邪魔にならないように上部を紐で締める。それから足踏みをして、よし、と頷いた。骨折はしていなかった模様である。


 すーっと下降してライの腫れ上がった足首を眺めていたジアが、唸るような声を上げた。


「打撲か、捻挫ってとこかな。でも本当は歩かない方がいいんじゃないの、それ?」

「うん、まぁな。でも場所柄そうするわけにもいかねぇし、後でポポーヌ草でも塗っとくよ! 大丈夫、こんくらいなら俺は動けるから!」


 にっと満面の笑顔を浮かべて親指を立てるライに、「ホントだか」とぬいぐるみは呆れたような反応を返す。割合ひどい腫れ方であるのはネフィーにも分かったので同じ疑いの眼差しを向けるも、本人はけろりとした顔で笑うのみ。その笑顔に、ネフィーは思わず小さく呟いた。


「……あたしを庇ってそんな怪我するとか、本当馬鹿みたい」

「ん? なんか言った?」

「別に何も。……帰ったらあんたより数百倍腕のいい医者でも紹介してやるわ。自分の藪医者具合を嘆いて医者と名乗るのなんかやめちまえ」

「えっ医者紹介してくれんの!? 同業者!? やった、俺実は話を聞いてみたかったんだ!! ありがとネフィーってぐッ!?」

「うっさい調子乗んな話を聞け藪医者」


 呆れと怒りを込めて奴の左足の甲を踏みつけてやった。それでも医者を紹介するというネフィーの言葉がよほど嬉しかったのか、「やっぱあれかな、薬草学について話したいな」「この前調合に失敗した薬の作り方知ってたりしないかなぁ」だの独り言を漏らすライを見て、更に呆れ返る。


 すぐに調子に乗るし、人の話は聞かないし、医者を名乗る癖に応急手当はできないし、断術は何も使えない神に見放された奴。

 その上見ず知らずに近い、今日会ったばかりのネフィーを庇って(・・・)全身に怪我をするようなお人好しだなんて、本当にこいつはバカだ。なんて馬鹿馬鹿しい。


 落ちた時にさほど離れた場所にいたわけでもないのに、ネフィーだけが運よく無傷で済むはずもない。あんな分かりやすい嘘がバレないとでも思っているのだろうか。


 助けられた、ということがやけに悔しくて、ネフィーは俯いた。

 少年の赤色と記憶の紅色が一瞬だけ重なって頭を振る。まだ過去の亡霊を振り切れていない自分を指摘されているようでひどく居心地が悪くなり、彼女は不意に赤色を見ているのが嫌になった。


 いつもなら絶対に外さない砂色の外套を、一瞬迷ってから脱ぎ捨てる。

 「え」とジアが間抜けな声を上げたのを耳に入れつつも、それをぐいっと思い切りライに押し付けた。戸惑ったように視線を揺らすライ。


「……えっと?」

「そんなぼっろぼろの装備で戦っても防御力なんて期待できないでしょ。あんたただでさえ弱いんだから。いざという時の盾なのにいざの前に死なれても困る」

「……だからつまり?」


 うるせぇ皆まで言わせるな、と思いながら、ネフィーは絶対零度の声音と表情で冷然と告げた。


「貸してやるって言ってるんだけど理解できないならさっさと野垂れ死ね」

「ハイッありがたくお借りします!!」

「……なんだそりゃ」


 ジアが小さく呟いた。



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