3-1 未知
「――〈水流放射〉」
開錠断術とは比較にならないほど短い、三秒ほどの詠唱の締めの言葉。それを発すると同時に杖を振れば、指した先にいた〈怪物〉は聞くに堪えない奇声を上げた。
ふさふさと赤黒い毛に全身を覆われた、人の顔ほどの〈怪物〉である。
丸い体躯の中央に備わった大きなひとつ目が、彼女の杖の先から放出された水流にあっという間に姿を消す。まるで最期の足掻きとでも言うようにこちらをぎょろりと睨んだ瞳孔は刹那の間に閉じられ、そいつは明るい橙色の欠片を残して空間に散った。
そうは分かっていても、ネフィーはほんの数秒間、その残骸が寄り集まって敵が再生するのではないかという焦燥に襲われ残骸から目を離すことができなかった。臆病、だと自分でも思う。
もう絶対に再生しないことを確認してから、ネフィーは視線を逸らし。
と、同時に聞こえてきた前方の悲鳴混じりの会話に、深々とため息をついた。
「え!? なんで効かないんだ!? 俺の特製爆弾なのに!!」
「あ、本当だ効いてない――ってライ! これ炎爆弾じゃないか! さっきソナちゃんが言ってただろ、イグニシア・エリアの〈怪物〉にはフレニは効かないって!!」
「嘘!? そんなこと言ってたっけ!?」
「言ってたよ、だから話聞いとけって言ったのに……! ほら、早く水爆弾出せってば」
「あれなら昨日火を熾したときに草に引火しそうになって、慌てて消火するときに放り投げちまったからないんだけど……あ、氷爆弾ならあるよ!」
「はぁぁぁぁ!?」
ジアの信じられないと言いたげな悲鳴にネフィーも密かに頷いた。
未踏査域で役に立たない種類のアイテムを持ってくるなんて、こいつはよほどのバカか、それとも未踏査域を甘く見ているのか。
このエリアに入ったときからこの二人の闖入者が馬鹿なことをやらかさないかヒヤヒヤしていたのだが、既にやらかしていたようだ。ぎゃんぎゃん騒ぐ二人の声に頭が痛くなってくるのを自覚しながら、ネフィーはいざというときあの二人は放置していこうと心に決めた。
安全第一。馬鹿に付き合って死ぬ道化にはなりたくない。
――周囲を水晶めいた鉱物で埋め尽くされた、坑道のような地下道。それが、五ヶ月ほど前に開錠された、エリア名・イグニシアの第一階層の特徴である。
ソナの情報によれば、出現する〈怪物〉たちがすべて炎に類する断術に対して常識外の耐久度を持つのは、〈怪物〉たち自体が火を体内に宿した生物であるから、だそうだ。火に効くのは水系統、次点で氷結系統の断術であり、このイグニシアを攻略する上では水系統断術が欠かせない。うっかり炎系統の断術を使ってしまうと、〈怪物〉たちは傷を負うどころか活力を得てしまうのだ。
しかし、先ほど前方で輝いた閃光は紛れもなく炎属性のものであり、そんな馬鹿げた真似をする人間はきっと世界中にひとりしかいない。迷惑極まりない話である。
倒すどころか復活させてどうするというのだ。そんなに死にたいなら一人でやれ、と悪態をつきたい気分だが、それは迫りくる〈怪物〉の群れが許さない。
ネフィーは長杖を弧を描くように振るい、『組成』の金糸を六本一気にぶった切って素早く詠唱し、また水流の断術を放つ。
周辺の空気から水分を合成した激流が〈怪物〉五匹を一気に押し流した。それを視界に入れたらしい前方のバカがぐっと指を立てて破顔。……馬鹿らしい、とネフィーは目を細めた。
「ありがとーっ、助かったぜ!」
「こっち振り返ってる暇あるならさっさと片付けて」
冷え切った声音でぴしゃりと言い放ち、ネフィーはまた断術の詠唱に入る。
一瞬驚いたように動きを止めたそいつは、しかしすぐに思い直したのか群がる怪物に向き直った。空を浮遊する奇妙な人形が「弱点は足だからねっ」と飛ばした忠告が耳朶を打ち、ネフィーは小さく舌打ちを漏らす。
戦闘中に余計な雑音が入るのは嫌いだった。新たな敵の接近に気付けなくなることがあるからだ。
さて。
イグニシア・エリア中腹あたりに位置するだろうここに到達したのは、ネフィー単独のときよりは遥かに早い。だが一般的なバディ(二人組で行動する場合を指す)の到達速度には遠く及ばない。
鍵開け士として屈指の実力を持つがゆえ攻撃断術に秀でるネフィーが一緒なのだから、本来、到達速度が早くなることはあれど遅くなるということは考えづらいだろう。勿論ネフィーも、この男がどれだけ足手まといだとしてもあと二時間は早くここに到達するはずだと多めに見積もっていたのに、実際はこの有様である。
ではなぜ、ネフィーたちのイグニシア・エリア攻略が遅れたのか。
それは主に……いや間違いなく、前方の馬鹿のせいだった。
■□■
――遡ること四時間ほど前。ここ、イグニシア・エリアに入ってしばらくした場所でのことだ。
そろそろ怪物も出現し始める地点に到着したことを悟って、懐から〈拡大〉の断術で長杖を取り出し警戒態勢に移ったネフィーは、自分とは対照的に「何も構える気すらない」といった風情でジアと呑気に喋っているライにぎんと睨みを利かせた。
ただでさえ正体の知れぬ意味不明な少年と、意味不明な人形だ。別にどこでこいつらが野垂れ死のうとネフィーにはなんら関係ないことだったが、依頼場所である奥地到達前に死なれてはいざというとき盾にも使えない。かといって守ってやる義理もない。自分で自分の身は守ってもらわなければ困ると、そんな旨のことを言った。
するとそいつはきょとんとした顔になったあと、
「ああ、悪ぃ悪ぃ! つい忘れちゃうんだよなぁ。癖が抜けなくってさぁ」
とこれまた平和ボケした顔でのたまったと思ったら、肩に下げていた大きな鞄に両手を突っ込み何かを掴み出した。それをくるりと一回転させて掌に収め、うんうんと満足そうに頷くそいつ。だが、ネフィーはその物体を見て自分の目を疑った。
棒である。
つるりとして光沢のある、三つに折り畳むことができる形状の棒だ。白と黒で彩られたそれはなかなか見栄えのするもので、まぁ物干し竿ではないのだろうな、ということくらいは予想できる。予想できる、が。
彼がそれを、まるで自分と一蓮托生の武器であるかのように丁重に構えたことが、ネフィーにとってはにわかには信じがたいことだったのだ。何度か自分の経験と知識と常識を目の前の光景に照らし合わせてみて、そのたびに弾き出された「おかしい」という答えが間違いでないことを確認する。ライがあまりに当たり前に扱うものだから、ネフィーは自分の頭が正常かどうかを疑ったのだった。
やっとのことで疑問の言葉を絞り出す。
「……それ、なに?」
「え? 何って、俺の相棒だけど?」
「……、武器ってこと?」
「そう。見て分かるだろ? この綺麗なフォルムと湾曲線のライン! これ選んだの俺の弟なんだけど、やっぱさすがだよなぁ。さっすが俺の弟!!」
ネフィーだったらこんな兄貴には木の棒を見繕って渡す自信がある。どんな弟なのか知らないが、ともかくこんな頭の回らない兄を持った見知らぬ誰かに珍しく同情した。
そして頭を抱えたくなった。
現代の世の中において、俗に「武器」と呼ばれるものはかなり種類が限られる。
それは〈怪物〉に有効打を与えうる攻撃をなせるのが、断術や、それを応用した武術が主流であるからだ。断術は『組成』である糸を『切る』ことで発動する。そして〈怪物〉に攻撃できる攻撃系断術を発動することにおいて、よほどの使い手か断術の寵児でもない限り、刃物に類する武器でないと『組成』を切ることもままならない――だから、戦闘時は誰もが鋭利な刃を用いる。
例えばネフィーの長杖は、断術を使用する際に杖の天辺で十三枚の刃物が展開する仕込み杖だ。それを回転させて糸を切ることにより、断術を発動する。国家直属開錠士であるカル、アシュの二人はそれぞれ長剣と大剣を獲物としているし、ソナも使用する武器の全てに刃が仕込んであって、もちろん他の挑戦者や開錠士もみなそうなのだ。
刃なくして、戦いは成り立たない。それが世界の常識である。
だというに、目の前の男はどこをどう見ても刃など見えない棒を、自分の武器であると堂々宣言した。
ネフィーは馬鹿げたことを、と言うように表情を歪めた。
「あんたそれでどうやって戦う気なの? どこにも刃がついてないじゃない。冗談にしたって欠片も面白くないしむしろ白けたんだけど」
「いや、冗談じゃないし。俺はこいつが自分の武器だ。これで敵を殴って、突いて、叩き落とすんだよ。刃なんか俺には必要ない」
「……はぁ?」
意味が分からずネフィーは更に眉間に皺を寄せる。
殴る? 突く? ……叩き落とす? その棒で?
こいつ実は頭のネジが弾けているのか。真剣にそう思った。そんな戦い方、それこそ古代文献でしか見たことが無い。からかわれているのか、と思い至って声を荒げようとしたとき、ジアが布地の腕をぶんぶん振って間に割って入った。
「ああああぁもうっ! ライ、そんな説明じゃ普通誰も納得しないんだって! もう少し自分と常識のズレを認識してくれよ、僕じゃ手が足りなくなっちまう!!」
「え? あ、そっか、だよなぁ。あっはははは、忘れてたぜ!」
にかっと無邪気に微笑むライに、その姿に似合わない深いため息をつくジア。
人形ながらこのジア、ライとのやり取りを見ているとかなりの苦労人のようで、気付くと片手を頭に当てて心底面倒くさそうなため息ばかりついているのが目についた。さしずめ、やんちゃな子どものお目付け役と言ったところだろうか。姿はともかく中身はそれなりの常識人らしい。
そんなジアの横で、ライは棒を肩にひょいと担ぎながら、実にあっけなく言った。
「俺、断術を使えないんだ」
「……は?」
「ルルバ、だっけ? あれから落ちたのはそれのせい。ソナの前で言ったら根掘り葉掘り聞かれそうだったからああ言ったんだけどな、ネフィーなら大丈夫そうだと思って!」
「いや、ちょっと待、」
「ていうか、そもそも俺の体内にはスタリアが存在しないんだよな。だから操作精度どうのこうの以前に、まず断術を使うことが不可能ってこと。だから刃なんて邪魔なだけだ、いらないってことなんだけど」
「いやだからちょっと待ちなさい、あんた何言ってんの!? 断術が使えない? 赤ん坊でも使える断術を、あんたは使えないって言ってんの!?」
語気が荒くなるのも気にせずにネフィーはまなじりを吊り上げて詰問した。そんな馬鹿なことがあるはずがない、タチの悪い冗談であってほしい、そんな気持ちを込めて全力でライを威圧する。
だが彼はにっとはにかんで答えた。
「そ。俺は神様に見放された存在なんだってさ!」
■□■
その告白はネフィーに甚大な衝撃をもたらした。
今当たり前のように〈怪物〉を押し流し爆散させた断術は、実はさほど難易度の高いものではない。ネフィーはある理由から、平均の挑戦者が使える程度の断術しか使用しないことにしているから、これはまぁ頑張れば挑戦者成り立ての新米でも出せる程度の威力でしかない。
だが、ライは当然それを使うことができない、と断言した。
ネフィーは火を焚こうと思ったら、糸を一本切って火を生み出す。一般人も同じことをする。それは十歳に満たないような幼子でも同じこと。
だが、ライは火を焚こうと思ったら、昔懐かしいにもほどがある方法を使って火を熾すのだという。何もかもを、自分の力で行わなければならないのだと。
まず世界に、断術を使えない人間が存在すると言うこと自体がネフィーにとって一番驚愕に値する点だったというのに、その上日常生活にとんでもない支障を来たしているではないか。ソナの前で言わなかったのは正解だったろう。不思議なことに、「死んでも言わない」なんて言っていた割には、ネフィーにはあっさりバラしたが。
――あらかた敵が片付いたところで、ネフィーは周囲を用心深く伺いつつ息を吐いた。
前衛の攻撃が断術を用いたものならすぐに片付く戦闘なのに、奴手作りのマインだの薬品だのを使いながらの攻略になっていたことが、攻略速度低下の原因である。
とんだお荷物を連れてきてしまった、というのが正直な感想だった。
二人であれば本来上がるはずの生存率は、言ってしまえばソロのときより下がっているかもしれない。〈怪物〉への有効打である断術が使えない前衛なんて役立たずにも程があろう。そんな有様で、よくもこれまで死ななかったものだと呆れを通り越して感心した。
前方でまだ〈怪物〉を相手にしているライに視線を投げる。
彼の三節棍、と呼ぶらしい棒さばきは、これまで実例を見たことがあるわけではないからかそれなりに見えた。十数匹単位で群がる目玉の〈怪物〉を棍で横薙ぎに打ち倒していく様は案外に壮観で、血栓が噴き出すわけでもないのにばたばた倒れて行く〈怪物〉の姿には少しの戦慄を覚える。
刃物という分かりやすい武器でなく、あんな棒でも生命が奪えるのだという事実はネフィーにとって忘れがちなことだった。誰もが断術を使え、誰もが防衛手段を持つ現代が故に、「殴る」というのはひどく原始的な手法なのだ。
身軽な仕草で敵の間隙を縫っては突撃し、時には飛び上がって攻撃を避け、空気を切り裂く音と同時に棍を打ち下ろすライ。纏った赤色が風のように流れる。意外なことに動きは洗練されていて、無駄が無い。
その後ろでふわふわと浮いていたジアが、こちらの視線に気付いたようですーっとっこちらへ飛んできた。ネフィーの前まで来ると停止し、自慢げに両腕を腰にあたる部分に添える。
「な、ライもああ見えてやるときはやるんだ。伊達に未踏査域に出入りしてるわけじゃないんだよね……抜けてるけど」
「抜けてるっていうかただのバカでしょ」
「あはははは、手厳しいねぇ」
人であれば苦笑いをしたのだろう、ジアは乾いた笑い声を上げた。ただしやっぱり表情の動かないぬいぐるみだから、表情と声がちぐはぐで不気味さが際立つ。壁を埋め尽くす鉱石に反射した仄かな光がジアのボタンの目を照らした。
ぬいぐるみであるこいつには、世界がどう見えているんだろう。不意にそんなことが気になったが、わざわざ聞くほど興味も惹かれなかった。
「確かに、ライはバカだけどね。愛すべきバカだと僕は思ってるよ」
「あっそ。だから何。あいつを庇うつもりだか何だか知らないけど、あたしは使えない奴に過剰評価を下すつもりはないから」
ジアが何か言い返そうとした気配を感じて、ネフィーはすたすたと歩き始めた。これ以上与太話をして時間を潰す意味はない。ただでさえ予定より遅れているのだから、できるだけの効率上昇を図らねばなるまい。
ちょうど群がっていた〈怪物〉を一掃し終えたらしいライがこちらを振り返り、少し疲れたような表情から一転してにぱっと破顔した。
「よっし、それじゃあ先に進もうか!!」
「言われなくても行くんだけど」
何を笑ってるんだ。一瞬油断すれば命を落とすような、こんな場所で。
喉元のすぐそこまでせり上がった言葉を飲みこんだのは、自分でもなぜだか分からなかった。ただ無言で奴の隣を通り過ぎ、無言で通路の先を目指す。
また一瞬間があったものの、すぐにライはへらりと笑って「おー! ちゃっちゃと終わらせようぜ!」なんて言いながらネフィーの前に躍り出る。その笑顔はまるでやんちゃ盛りの子どものようで、ネフィーは反射的に目を逸らす。
代わりに、彼女は揶揄するような口調で言葉を紡いだ。
「あんた、よく自殺しなかったわね」
「え? なに、いきなり?」
「断術が使えないなんて、死ねと言われてるようなものだと思うけど」
火を熾すのも、移動するのも、洗濯物をするのも、勿論戦うことも、全てが断術に頼るほかない今の世の中で断術が使えない。それはつまり、生きる術を与えられていないのと同義であるとネフィーは思う。今の世は何から何まで断術が基本だから、何から何まで出来ないのだ。
何も出来ない。
そのことがもたらす劣等感を、ネフィーは嫌と言うほど知っている。
淡々としたネフィーの言葉に、ああ、とライは笑った。どころかそのままにっと口角を上げ、自慢げに自分の胸を叩いてみせる。
「何言ってんだよ。俺はまだ死ぬには惜しい人材だぜ? なんやかんやでここまで生き延びたんだ。もし神様に死ねって言われても、罰あたりだろうがなんだろうが生き残ってやるつもりさ」
「……図太い奴」
思わずぽつりと呟いた感想を拾い上げたのか、ライは「まぁな」と少し照れくさそうに笑った。
自分の傲慢にも程がある物言いを取り繕おうとしない。堂々と自分のことを死ぬには惜しいなどとほざける人間を、ネフィーは今初めて見た。ネフィーの知る限り一番自信に満ち溢れたアシュですら、そんな戯言冗談でも言えないだろう。
生きて行く上で図太さは必要だと思う。露店のあの少女のように。
それでも、こいつの図太さはどうしてそんなに図々しいのかと問いたくなるほどにずば抜けていた。
だがネフィーは問うことはしなかった。そんなことをするのは時間の無駄だと言わんばかりに歩みを進める。事実、ライの図々しさの理由を知ったところでネフィーにはどうということもないし、彼女としては一刻も早く未踏査域から出たいのである。無駄話は嫌いだ。
ライは今の話で特段気を悪くした様子もなく、また呑気な足取りで歩き始めた。それにネフィーも黙って追随する。現在のところ新手の〈怪物〉が現れる予兆は無いが、それでも慎重に武器を構えての行軍である。
〈怪物〉は基本神出鬼没で、それまでどこにもいなかったはずなのに背後に突然湧いているというのもザラなのだ。これまで多くの挑戦者がそのことを忘れて気を抜き、そして落命していることは、今や一般常識でさえあった。
それでも犠牲者は後を絶たないわけだけれど。
「なぁなぁ、ネフィー、ひとつ聞いてもいいか?」
いくつかの分岐を事前に入手していた地図通りに通過すること数十分後、唐突にそう口火を切ったのはライだった。
ネフィーは素っ気なく聞き返す。
「何」
「うん。あのさ、ネフィーってなんで開錠士やってんのかなぁって」
「……はぁ?」
思わず足を止めて胡乱な目つきでライを睨みつけた。
彼女のそれはかなり剣呑な光を宿しており、気の弱い人間なら悲鳴を上げて怯えてもおかしくない鋭いものである。少女のものとしてはあまりに似つかわしくないそれを、しかしライは真正面から受け止めて平気な顔で続けてみせた。
「だって、開錠士が出来るってことは他の仕事にも就けるじゃん。たとえばほら、職人とか! スタリアの操作技術は桁外れなんだからさ、挑戦者とかの装備を作る職人になるくらいわけないだろ? なのになんで、開錠士の、それも無所属なんかやってんのかなぁって!!」
「……なんでそれわざわざあたしに聞くの」
「俺の知り合いに無所属の開錠士ってネフィーしかいないから! 今まで国家直属の開錠士に聞いたらさ、『生活費安定のため』みたいな答えしか返ってこなかったんだけど、無所属って別に収入が安定してるわけじゃないじゃん? それに色々不自由な点も多いし。なのになんでかなって」
ネフィーは一切迷うことなく答えた。
「食べてくために決まってるでしょ。一回でそれなりの報酬は下りる。装備職人なんて貧乏職つくより全然マシ。それくらい想像つかないの? 想像力が乏しいのね。頭のネジ六本くらい吹っ飛んでんじゃないの」
「え、俺頭は機械で出来てないよ!? 頭にネジがあるのって古代遺産の機械だよな? 俺人間だし!」
「やっぱあんたバカね」
「……こればかりはネフィーに同意かなぁ」
「えぇっジアまで!?」
何こいつアホなの。
ああアホか。
自分の問いに即答してネフィーは深いため息をつく。これがいつだかソナの言っていた天然って言う奴なのだろうが、だとすれば金輪際天然との関わり合いは避けたいと切に思った。疲れるだけだしまるで会話がかみ合わない。
あぁもう鬱陶しい、早く開錠して家に帰りたい。こんな奴ともう二度と会いたくない。
どっと押し寄せてきた疲労感に頭を抱えながら、苛立ちのままにネフィーが舌打ちしようとした――まさにそのときだった。
先行していたライが急に立ち止まったかと思えば、
「あ、やった! 階段だ!」
と実に嬉しそうな叫びを上げたのである。ネフィーがその言葉の意味を理解するより早く、ぴょんと飛び上がるように前方へ駆け出すライ。呆気にとられたのもつかの間、ネフィーは慌てて床を蹴った。