下衆とカラスとそれから小鳥
微グロ注意
「カラスんところの鳥女だろ、お前……」
町の市の一つ裏路地に行ったところ。イレーニャは絶賛お困り中だった。
「カラスってなんですか。というか、離してっ!」
腕をぎりぎりとつかまれて、逃げられない。他にも男たち、三人ぐらいが囲んでいる。どうすればいいだろうか。
「離すわけねえだろうがよ。あの陰険野郎にとんだものを食わされたんだ。俺らだって何かしなければ腹の虫がおさまらねえんだよ!」
怒鳴りあげるその言葉に首をすくめる。人の悪意がびりびりと伝わるようだった。この男たちは、何をする気だろうか。ドロドロしてると首をすくめてイレーニャは固まってしまっていた。
「どうせ、お前ら、そういう関係なんだろう? しっぽりと濡れそぼって……」
「お前キモっ」
「どうせ、おれたちもヤるわけだろうに。ほれ、押さえとけ!」
「おう。この白い肌、すいつくようだぜ?」
「や、触んないでっ!」
悲鳴のような声を上げても誰も助けに来てはくれない。こんなこと、裏路地では日常茶飯事なのだ。
「いやっ! マスター!」
「叫んでも無駄だ。どうせ奴は……」
その口がドロリと溶けた。
「あああっ」
痛いのか、わめいて口を押えて一歩二歩と後じさった男の肩にぬっと白い手がかかった。
「彼女に触れた手も腐り落としましょうか?」
そういってイレーニャに触れていた男たちの手が次々に腐り落ちていく。
「バーナード」
「あいよ。お前ら、捕まえろっ!」
アイサーと威勢のいい声が聞こえて、騎士隊がなだれ込んでくる。捕り物が始まった路地裏に、震えているだけのイレーニャはふわりと慣れた香りが自分を包み込んだのを感じて顔を上げた。
「もう、大丈夫です。遅くなりましたね」
穏やかな声。やさしい笑み。
「マスターっ!」
思わず抱き付いて、しがみつくと、すぐにするりとしなやかな腕が背中を抱いた。
「ウィル」
「後は頼みます」
「わかった」
うなずくバーナードにウィルは、イレーニャを抱きながら転移魔術で家へ飛んだ。
「イレーニャ」
家に置いてある粗末な椅子に座り、彼女を膝に乗せるように抱きしめて、まだ怯えているイレーニャをなだめるように抱きしめていた。
「……」
小刻みに震え続けているイレーニャに、そっとため息をついて、来ていたローブの前を開けて中にいれて、羽がある背中の肩甲骨のあたりをさする。
「このまま眠っていいですよ。私がここにいます」
ローブの下に着た、手触りのいい綿のシャツに寄り添ってうなずいたイレーニャがおとなしくなるまで、ウィルはさすり、撫で続けていた。
「……?」
胸にもたれかかって眠ったイレーニャを確認して抱き上げて、ローブでイレーニャを包んだままベッドに寝かせると、近くの棚から一つの香を取り出して火をつけて自分の鼻をハンカチで押さえながら、外に出て扉を閉めた。
「何したんだ?」
「眠りの香です。しばらく、眠りの効果が続き、私が戻ってくるまで寝ていないと、彼女は不安がるでしょう?」
「そういうもんか。使えるな」
「こんな使い方をするのは私だけでしょうが、気を使うべきものでしょう」
「……危なかった」
「ええ。そうです。……それで? 私を狙ったものでしたか?」
「ああ」
棚からティーポットを取り出して茶を入れ始めた。
「その格好、久々に見たな」
家を訪ねて、ウィルを待っていたバーナードが、ローブを脱いだままの姿でいるウィルを見て笑う。
「私に喧嘩を売るとはねえ」
「まったくだ。今時分はおとなしくなったものの、学生時代のお前を知っている俺としてはかなり恐ろしいんだが?」
「……ねえ?」
真っ黒い笑みを浮かべたウィルにバーナードはぞっとした顔をした。
「さ、どうぞ」
いつも揃えてある紅茶の中で一番香りの薄いお茶を入れて出すと、バーナードが鼻をかいた。
「……」
「今宵は満月でしょう?」
その言葉にウィルはそっとため息をついて、近くにしまってある、黒いロングコートに袖を通した。
「おい、まさか……?」
「おとなしくするわけいかないでしょう? 私だけでなく、イレーニャにまで手を出してくるというのは、ね?」
黒い笑みを浮かべたままウィルはさて、夜までお付き合いくださいね、とつぶやいてお茶を飲んだバーナードの襟首をつかんで庭にぽいっとぶん投げたのだった。
そして、月が輝く夜。
「……」
夜にまぎれるように屋根に立っていたウィルは、手に持った仮面を顔にかぶって月を背にして屋根を蹴りどこかに消えた。
黒魔術師の本領発揮。
21時に残りあげます。




