好きなのです。
いつもの町を、マスターが買ってくれた鞄を持って散策する。
「おう、イレーニャちゃん!」
威勢のいい声。顔を向けると、果物屋さんのおじさんが手を振っている。お小遣いももらっている。
「今日はお使いかい?」
「お使い終わって帰るところなの!」
「街をぶらぶらってことか」
「うん。マスター、遅くならなかったら遊んできていいって」
「そうかそうか。家で一つどうだい?」
目の前にある色とりどりの果物たち。
「何がいいだろう」
「きょうはね、ぶどうがいいかな。お小遣いはいくら?」
お財布の中身を見せると、銀色のを二枚とって、袋にぶどういっぱいとリンゴを二つ入れてくれた。
「ウィルによろしくな!」
「ありがとう!」
紙袋を受け取っておうちに帰る。人ごみも、たまにおまけをくれるパン屋さんも、この町が大好きだ。
人のいないところで翼を出して飛び上って、一気におうちに帰って、部屋に入る。
「おや? 今日は早かったですね」
「果物!」
「ああ、果物屋に行ったんですね? ぶどうとリンゴか。お小遣いは使い果たしましたか?」
「ん? おじさんにお財布渡して、中身取ってもらった!」
「……」
困ったような顔をしたマスターは頬をかいて、私の胸に下がっているお財布を見てあきれたような顔をした。
「相当つけてくれましたね。あとでお礼をしなければなりません」
いっぱいおまけしてくれたらしい。マスターは、私には気前がいいお店屋さんにお礼と称してよく使うお薬をプレゼントしている。
「んー、奥さん、確か手荒れがひどい人だったな。保湿の軟膏でも渡しましょうか。きちんと洗って食べるんですよ」
「はーい」
ぶどうのひと房とって冷たい井戸水で洗う。
お皿にとってルンルン気分でブドウを食べていると、細い指が横から伸びて一粒をひょいとつまんだ。
「おいしいですね」
「うん!」
嬉しそうに細められる、マスターの茶色い目。みんな黒目だって言うけれど、こんな明るい日の光の中で見れば、きれいな炒ったアーモンドの色をしている。
「私も一つ食べましょうか」
そろそろいい時間だといわんばかりに、一房とリンゴ二つをとって、水で洗って持ってくる。そして、リンゴは腰にあったナイフで皮をむいて切り分けてくれるマスターは優しい人だ。
「どうぞ」
食べやすい大きさに切ったリンゴを器に盛って、私とマスターの間に置いてくれた。
「研究ははかどってますか?」
「ええ。おかげさまでね。ああ、やっぱり、頭を使った後は甘いものですねえ」
もしかしたら私の甘いもの好きは、バカだから頭をフル回転させているからかもしれないな、と思いながら、あたしはリンゴをしゃくしゃくと食べていた。
「そちらも甘いようですね」
「はい」
顔に出ていたらしい。固さもちょうどいいおいしいリンゴだ。蜜が入るにはまだ時期が早いらしくて、普通のリンゴだ。