カラスの意趣返し
「……あんた、古代魔法の研究家なのか?」
レオンくんに肩を貸したカインくんは私にそういい放った。野生の勘か、メイスくん、いえ、ロナウドくんがカインくんの肩を掴んで引き寄せた。
「……何故、そこまで首を突っ込むんです? 君たち兄弟は」
地上に出て魔晶石を回収して、本当に停止したかどうかを見て回る。そして、ひと段落ついたところで休憩しようということで、朽ちた家に入って、椅子を借りる。
「……」
「……」
しゅんと肩を落とした二人に、ロナウド君が口を開く。
「こいつの弟、ほとんど魔力がないんだ」
「おい」
「力を貸してもらいたいなら、その問題を話すことから始めるべきだろう。魔力をほとんど使わないという古代魔法をものにできたら、弟くんも魔術師学校に入れるかと、そう思ったんだろう?」
「……ええ」
レオンくんが口を開いた。ふと、その面影に、先祖がみた面影が重なる。
「君の家は、もしかして、バシュラールですか?」
言い当てられた二人が目を見開いて私を見る。そして、顔を背けてカイン君が口を開いた。
「お恥ずかしながら」
そういうのは自分の父親がどれだけの迷惑をかけているかを知っているからだ。反面教師に控えめに育ったということだろう。実際私も迷惑をかけられている。魔術師ギルドに入ることを彼の父親に邪魔されて、もう何年だろうか。
「そうですか。末の子には魔力がほとんど受け継がれなかった」
「ええ。頭も俺や、レオンよりずっといい子なんですが、魔力がないために」
「あのバカが迫害をしていると」
「ええ。あのクソ親父が」
この時代、ありきたりな話だ。少し長く続いている家ほど凝った考えから身内婚が増える。そうして、いつの間にか、奇形や、障害を持つ子供や、突然変異として魔力をほとんど持たない子が生まれる。
そして、それは往々にして母親を責め、殺し、そして、息子を迫害することにつながる。まるで、私の真逆。
「相当のことをされているとお見受けします」
「わかりますか?」
「ええ。魔法騎士になり、そして、魔術師ギルドに入ろうとした私を妨害してくれたのも彼ですから」
「……え?」
「あんのクソ親父、たたけばたたくほど埃が出てくるな……」
喉の奥で唸るように言ったカインくんは頭を私に下げた。
「済まない。本当に」
「いえ、別に、あんな魔力に固執しているバカは一掃すればできるものです。まあ、父に迷惑がかかるから何もしないだけであって、どうにかしようと思えばどうにかできるから、君が誤る必要はないですよ?」
こぶしをぐっと握っているカイン君に私はそっとその手をほどいてやって顔を上げさせる。
「ですが、私は、これを誰かに渡すことはしません」
「そこを何とかっ!」
「これは、人が受け継ぐにしては危険すぎる。……私個人の考えではなく一族の考えですのであしからず」
昔、焼いた森を思い出す。あの日から、私はこの技術をすべて滅ぼそうと決意したのだ。彼女は、私と出会えた出来事だといってくれたが、それでも私は償いをしなければならない。
「それが、私の償いなんです。わかってください」
そういうと、身を乗り出したレオン君をカイン君はいさめた。
「償い、とは?」
「……私は、かつて、実家の周りの豊かな森を、……そうですね、この周りにある森を二倍ぐらいに広げた広大な森を、古代の技術で焼き払いました」
「え? ……いや。少し前にそんなことがあったはず」
「ブローシュの森の焼失事件ですか?」
カインくんよりレオンくんが早かった。うなずいて、私は目を閉じてため息をついた。
「あの森を半日もかからずに焼き払いました。……もちろん使用者の魔力によって変わりますし、暴発の直前にとっさに防御魔法を展開させましたからあの程度で終わりましたが、それでも、私は……」
「私は?」
「いえ、これは関係ないことです。そこの森全体の生態系を狂わせた。そんな危険なものを放置できるわけないでしょう? だから、私は、消すことにしたんです」
「消すって、本当にできるんですか?」
「……今、存在が確認されている古代遺跡の遺産はすべてああやって閉じました。そして、それについて書かれた記述は残らず集めて燃やしましたし、あとは、隠された遺跡を見つけ出して、しらみつぶしにして、そのあと、私の頭をつぶせば完成です」
「そんな……」
「まあ、こうやって遺跡がいつ現れるかわかりませんから死ねませんけど。それほどに危険なものをみすみす私は他人に渡すつもりもありませんし、渡して、私たちの子孫がそれを悪用する可能性も考慮しなければならない」
目を細めて、はるか昔、考え出した先祖を思い出す。アンガースの祖父が作り上げて、彼が発展させた。そして、アンガースが現役を引退して、次の代に渡ったとき、戦争が起こった。もちろん、古代魔法と呼ばれるものは悪用された。心底反省したのだ。人の力以上の道具を持たせると、その力を自分の力と勘違いして、尊大になってしまう。バカ息子を粛清するのはもうこりごりだ。
「……もともと、この技術は妖魔と争うために開発されたもの。悪用すれば、この世界にいるすべてのものを根絶やしをすることも可能です。可能、じゃない。可能どころか、絶対ですね。そんなものを、ほしがりますか? すべての命を根絶やしにできる危険な道具を、まさか、魔力なしで扱える魔術の真似事として欲している、そんなわけありませんよね?」
禁じられた叡智に触れようとする愚か者には相応の報いを与えなければなるまい。
青ざめた兄弟を脅すように見ると、大きな手が遮った。
「禁忌に触れようとした愚かな子供たちを叱るのはそこらでやめておいてやってくれ」
何かを感じ取っていさめたその声に、そっとため息をついて、気配を解く。その様子に目に見えて二人の肩の力が抜ける。




