花火と夜空と小鳥とカラス
「わっ」
びくっと体を震わせて私にしがみついた彼女を抱きしめながらうち上がった花火を見る。
「見てごらんなさい」
私の胸に顔を伏せたイレーニャの羽が出ている。相当びっくりしたらしい。
羽を撫ぜて落ち着かせて、空を見やるように言った。
彼女は、恐る恐る顔を上げて、再び上がった花火を見て、目を輝かせた。
「わあっ!」
歓声を上げたのは群衆も同じだった。
真っ暗な空にうち上がる色とりどりの光の線。
円形に整えられて、線が織りなす花の形に、全員が目を輝かせて手を打っている。
「あ、あれ、お星さま!」
どこかで子供の声が上がる。
見回せば、きれいな五つ星の形に整えられた青色の光を放つ花火が上がっていた。
「きれいですねえ」
「はい!」
爆音にはなれたらしく、私にしがみつきながらも目をキラキラさせて今にも飛んでいきそうな彼女に、私は、腕で囲っていた。
「マスター?」
「ウィル、ですよ」
耳にささやいて、彼女を後ろから抱きしめる。羽の柔らかな感触と、ぬくもりとが私を楽しませる。
「ウィル?」
「このまま、あの火の中に飛び込んでいきそうで」
闇の中に吸い込まれていきそうで、とは言えなかった。
「ここにいますよ」
私の不安を見抜いたように彼女は笑って振り返って、私の頬をついばむようにキスをしてくれる。
「……イレーニャ」
「大丈夫ですよ」
笑い飛ばすように言って、彼女は私の腕を抱きしめて、背中を預ける。顔を上げて私の顔を見て笑ってコトンと頭も預ける。
「マスター」
「……なんです?」
「やっぱり、マスターの腕の中が一番落ち着きます」
くすりと笑って、私を見上げた彼女に、私は目を閉じた。
やっぱりこの子にはかなわない。
「私も、あなたがこうやって腕の中にいるのが落ち着きますよ」
そうささやいて、抱きしめると、恥ずかしいと暴れずに素直に体を預けてくる。
顔を覗き込むと、イレーニャは嬉しそうに笑って、そして、こつんと私のあごにこめかみを当てた。
「イレーニャ」
今なら、言えそうな気がした。
きょとんと見上げて首を傾げた彼女を見て、私は、少しだけ気持ちを落ち着かせようとため息をついて、そして、体を離した。
「マスター?」
「……イレーニャ」
彼女の左手をとって、ひざまずく。
彼女の手は、もこもこの手袋に隠されている。今だけは見せてくれと、その手袋をとって、私も手袋をとって彼女の指先にキスを落とした。
「ウィル?」
さすがに何かを感じ取ってくれたのだろう。
名前を呼んでくれた彼女に私は、小さな爪を見て、そして、笑い、彼女を見上げた。
「ずっと、私の帰る場所でいてくれませんか? ずっと、私の腕の中を、帰る場所にしていてくれませんか?」
何度も考えた言葉は意外にすらすらと出てきた。
彼女の細い左手の薬指を撫ぜながらそういうと、意味が分かったらしい彼女が真っ赤になって、またアホ毛を立てた。
「いろんな苦労を掛けてきました。これからも、掛けるでしょう。寂しい思いもさせるかもしれない。でも……」
「え?」
するりと私の手に隠してあった指輪を、彼女の好きな青空の色をした石が台座に乗った銀色のリングを、彼女の薬指にはめて手を両手で握る。
「でも、君の隣が俺の帰る場所なら、戻ってこられそうに、そう思えるんです。だから」
真っ赤になって、そして、見る間もなく潤む赤い宝石のような瞳を見ながら、私は意を決して言うのだった。
「たくさん、ただいまといわせてください、たくさんのお帰りなさいを聞かせてください。愛しています。イレーニャ」
だから、そばにいてください。
そう締めくくると、彼女の瞳からポロリと涙がこぼれた。立ち上がって、彼女を引き寄せるとしがみつくように抱き着いて来て、頬を摺り寄せてくる。
「ずっと、ずっとおそばに置いてくれるんですか?」
顔をうずめながらそう問いかけてくる彼女の震える肩を抱きしめ、柔らかな髪を撫ぜて、私は彼女に頬を寄せる。
「君の望む限り、そばにいてください。イレーニャ」
ぎゅっと抱きしめると同じだけの力で返される。なぜ泣いているのかさっぱり見当がつかないが、腕の中で息づくこの命が愛おしい。
「ずっと、おそばに置いてください。ウィル!」
そういってすりすりと頬を寄せてくる彼女に私は思わず力いっぱい抱きしめていた。すると、彼女は私の肩に頬を預けるように頭を逃がしてもたれかかる。
「どう、しました?」
ひっくひっくと、息をひきつらせながらそういう彼女に、私は、胸が詰まるような強い衝動を殺していた。
「いえ……。なんか」
この腕を離したくない。柔らかな体をずっと抱きしめて愛おしんでいきたい。
「私も、泣きそうです」
素直になってもいいだろうか。
そう告げると彼女は目をまん丸くして、そして、ふっとやさしい笑みを、今まで見たことのない暖かくて優しい表情をして、背伸びして私の首に腕を回した。
「私は泣いちゃってます」
そ、と彼女の細い指が私の髪を撫ぜる。
「でも、私は、すごく幸せなんでしょうね」
胸を焼くような、涙が出てきてしまいそうな、そんな感情のことを、そう名付けるのだろう。
私はイレーニャを抱きしめながらそう、感じていた。
やがて、花火の音は盛大なものになり、人々の歓声も大きくなっていく。
「マスター」
「はい?」
「きれいですね」
やがてイレーニャはくるりと体勢を変えてさっきのように背中を預けてきた。
それを抱きしめて、彼女の肩越しに花火を見上げる。もうそろそろ、締めだろうか。
爆音を響かせる夜空に咲く大輪の華を見上げながら私たちは、自然に唇を重ねて――。
腹に響く重低音がひときわ強くそして長く、連続したものになる。
「わあっ!」
人々のどっと沸く声。
はっと体を離すと、締めの特大花火が夜空に咲いていた。
「これ、毎年ですか?」
「……その予定でお願いしています。……来年も、そのまた来年も、ずっと一緒に着ましょうね」
「はいっ!」
嬉しそうにうなずく彼女に私は笑って、そして彼女の頬にキスを落として、城壁から降りていた。
「よう? すっげえ甘い空気漂ってるけど?」
「あなたのところも負けじと、だと思いますけど?」
「まーな」
降りるとバーナードがニヤニヤしている。機嫌がいいようだ。後ろでは、サラさんがぐったりしているように見えるのは気のせいだと思っておこう。
「んで? お次は?」
「各自、解散で。禁呪は花火の間に解いておきましたから」
「連中知らねえで、まじめに仕事するつもりだぞ」
「私は、大砲の制御で疲れたということで帰ります」
「おう、頑張れよ」
「もう頑張りましたよ」
私は、イレーニャの左手をさりげなくとって指を絡ませるように握って、家路についたのだった。
その細い指にはめられたリングの存在に、バーナードが気づいていたら明日うるさくなると、内心思いながら。
リア充爆発しろー!




