ニート初出勤
「本調子じゃないのか?」
「ええ。やっと全体の一割でしょう。ようやくサラさんのいうエルフの薬を使えるぐらいだと思います」
「……それでも、これか」
「ええ。君は少し荷が重いですが、普通の人ぐらいならばお相手できますよ?」
「お前、全快だったら一人でどこまで倒せる?」
その言葉に飛び退って首を傾げる。どうだろうか。一人でならば、人を滅亡させるぐらいは簡単でしょうし、強力な魔獣といったら――。
「ドラゴンはきついですね、さすがに。でも、君とならば行けますよ」
信頼もしています、とつけるとバーナードがそっぽを向いて鼻先を掻いた。そういう言葉には弱いですよね。
「おっそろしいな。それ……。俺の魔力も相当だろうが、お前は……」
「君何人分だと思っているんですか? 単純な魔力量、一個の魔晶石として考えるならば、おそらく国宝級の純度で大きさの持ったものでしょうねえ。いや、もはや、戦が起こるぐらいのものですね。でも、私は真人間なので、それに見合った体力や、知識なんて持ち合わせていませんが」
「先祖の知識持ってるくせによく言うよ」
「そっくりお返しします。私が識っている知はたかが人の積み上げた愚かな歴史です。人体実験まがいのこと、そして、その結果。その歴史です。あなた方のような魔獣の積み上げられた経験と知識、そして、その叡智にはかないません」
それを知っているからこそ、私は驕り高ぶることはない。人より賢いとしても、経験はないし、知っているだけなのだ。私は本と同じ存在だ。
経験していなくても知っている。経験しえないことも知っているし、これから経験するかもしれないことも、すでにしたことも知っている。
だが、そういうものがほとんど備わっているに等しい魔獣、本能というところで彼らは優っているから、その先祖の記憶の蓄積からの裏付けがある本能を持つ彼らをバカにすることはできない。
「所詮人じゃ限界がある。私は、それを知っている」
「知っているからこそ賢いんだ。賢い人間にこそふさわしい魔力と知識だろう」
「……賢くありたいと、そう強く願っている、望んでいるだけです。私は、あんな子鳥一羽の気持ちも見抜けないやつですから」
「そっちのほうが人らしいじゃねえか」
かかかと笑い飛ばす彼に、どれだけ救われただろうか。
「さて、連中も置いて行かれている。いいだろう?」
「私はいいですよ?」
隊長を見ると、呆然と私たちを見ていた。ほかの隊員もみな同じぽかんとした顔をしている。彼らの心を言い当てるのならば、こんなやつ知らねえ、だろうか。
「そろそろ本題に戻すか。お前を仕事に引きずり出した親父さんの狙いとやら。お遊びにこちらによこしてくれたわけじゃないだろう」
「ええ、そうですね」
普段は使わないロッドを召還してナイフをしまう。それを見た彼のまじめな表情が崩れた。
「お前なあ……」
「たまには、いいでしょう?」
魔晶石なんてついていない、シンプルなロッド。でも、この中に練りこまれた魔力は負けない。
「初めて見た。お前の」
「いいものでしょう?」
「いいものどころか、それこそ国宝級じゃねえのか?」
「先祖代々受け継がれてきたものです。父から子へ。ある程度の魔術を扱えるようになったら渡すものです」
「……何代目だ?」
「さあ? そこまでは。でも……」
初代のものですから、自分には懐かしさを感じます。
この身の内にある、古い古い記憶に、初めてこのロッドを手にしたときのことがある。
「……これは、エルフの細工物です。もう、だいぶすすけてしまいましたが、もとは白銀にきらめく、それはもう美しいものでした」
すっかり年季が入って黒くなってしまった先端部を撫ぜる。持ち手のところは木製で、艶めいている。
「それだけのものを持っている魔術師の名門の家はどれだけいるんだ?」
「古代から御三家、と呼ばれる一族ぐらいでしょう。私の一族はしょせん陰に潜む魔術の家ですから、表に出ることはあまりありません。王家には、私の一族を表に引っ張り出すとろくなことにならないとも伝えられるそうです」
「ろくな事って?」
「たとえば、戦禍に包まれ、最終的には勝ちますが、それでも混乱に陥る。だから、ね」
「あまり表に出たくなかったと? で、あれか」
「ええ。あと、最近は魔力に頼りすぎな生活を送りすぎですから。たとえば、という話で無理やり体験させてみました。相当混乱したそうで、帰ったら父にどやされましたよ。まあ、結果的に王家の言い伝え通りに動けたから、もう引っ張り出されることはないでしょうが」
手になじむロッドを振って魔力を引き出す。久しぶりの体の感触。
「しっかり戻ってるじゃないか」
「ロッドにある分を少し分けてもらっただけですよ。帰り、そちらによります」
「サラに風を飛ばしとく」
「お願いしますね」
ロッドを試しに振り回してみる。調子は悪くない。




