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カラスとセイレーン  作者: 真川紅美
強制的脱・ニートのお知らせ。
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強制的脱・ニートのお知らせ。

陰険腹黒は鬼畜のようです。

 ゆっくりと雪と霜で白む大地を歩いていく。しゃくしゃくと霜を踏む感触が足に心地よい。

 凛とした冬の朝の空気も、その感触も、私は好きだ。

 こうやって一人で歩くことも、イレーニャを連れて散歩するのも。

 起き始めた朝の緩やかな空気。

 ふっと顔がほころぶのを感じて、苦笑した。

 昔は、こうやって、日々の平和や、四季の移ろいなんて感じる余裕すらなかった。

「平和、ですねえ」

 この、何にも追われない日々が愛おしいと感じている自分がいる。

 この魔力が、できるならばこの平和の礎になることを望んでいる自分もいる。だから、願ってもない話だったんだ。父からの要請は。あの人には、こんな自分の思いも、願いもお見通しなんだろう。

「困りましたねえ」

 ポツリつぶやく声は、白い息とともに消える。

 目の前には、朝靄に包まれ、始まりの朝の雰囲気に湧きたつ町がある。

 本当の意味で黒魔術師になり果ててしまった自分には癒しはできない。あの時に、できなくなってしまった。それでも、侵略に日々怯えるこの町に、軍師として、そして、一黒魔術師としていることで、誰かが安心してくれるのであれば、それで構わない。もう、心は固まっていた。

 そっとため息をついて、魔法騎士の学校を修了したときにもらった、正装はどこにしまったかな、と思いだしながら、町に降りて、必要になるであろう装備一式と、下着や、着替えをすべて買いそろえて、家に送っておく。

 そして、家に帰り、イレーニャに驚かされることになる。

「マスター、これ……」

 サラさんはお邪魔はしないよと言いたげに、皿を洗ってからすぐに帰ったそうだ。魔法騎士に必要なものはこういうものだという書き置きをイレーニャに渡して。そして、引っ張り出してきたのは、どこにしまったか忘れてしまっていた正装だった。

「……イレーニャ、これは、丈を?」

「はい!」

 褒めて、と言いたげに誇らしくうなずく彼女に、私は、思わずため息を漏らしていた。あきれているんじゃない。ただ、見事だと思っているのだ。

「きれいですね。裁縫は得意なんですか?」

 初めて知った。しかも、当てられた覚えはないのに、ぴったりと合う。思わず着て見せるとイレーニャはにっこりと笑う。

「マスターかっこいいです」

「やめてください。こういうのは体つきがしっかりしているからこそ映えるものなんですよ」

 完全に衣装に着られているな、と思いながら、黒い詰襟の、肩章は金、飾り緒は銀、そして、襟元と袖口に細やかな刺繍の施された以外はいたってシンプルな正装に視線を落とす。一応これをしつらえたときも体つきが貧相なために特注だったが、それ以上小さくできないと、袖や裾が長かったのだ。この分では裾もきちんと直っているだろうと、畳まれておいてあるズボンに触れる。ああ、バーナードと並びたくない。明日を考えて憂鬱になる。

「裾と袖だけ少し切りました。肩のほうも詰めたほうがいいかと思ったんですけど、大丈夫かなって思って……」

「なにも?」

「ええ」

 軍師をやっていた時の消耗を考えて、もう少し鍛えなければならないと思っていたのが功を奏したようだった。この三か月でだいぶましな体にはまっていた。基本的な長さは変えられないとしても、厚さはどうにかなるものだ。

「ぴったりです。ありがとうございます」

 ふわふわの頭に手を伸ばしてなでるとくすぐったそうに、嬉しそうに笑うイレーニャがいる。そして、ふと思い出した。

「そういえば、今日で何回、私のことをマスターと呼びましたか?」

 たくさんかわいがってあげようと笑うと、イレーニャがはっとした顔をして、そして、顔を真っ赤にした。ぴよっと毛並みが、いえ、髪のひと房が逆立つ。

「夜が、楽しみですねえ?」

 にや、と笑って、私は書き置きの中でまだ出されていない剣と鎧、そして、荷解きが済んでいない今日買ったものを整理する作業に取り掛かったのであった。後ろで身をすくませるイレーニャがもじもじとしているのを感じながら。

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