強制的脱・ニートのお知らせ。
そういえば、ウィルってニートといってもいいような感じだよねと思ってね。
お下品注意。
ああ、ようやく召喚状が来てしまいましたか。
今朝方朝日にまぎれてきた鳩に私は深くため息をついた。慣れたこの魔力はまぎれもない父のものであり、そして、最高機関からの辞令だということを光る鳩が物語っていた。
「マスター?」
共寝をするようになってから、はや三か月。私の魔力もようやく人並み程度に回復してきて、そろそろ、バーナードのところのサラさんに薬をもらいに行ってもいいぐらいの魔力量になってきた。なんでも、魔力を回復させる薬はあるものの、全体の一割ほどの量の魔力が回復していなければ使えない強い薬だそうで、エルフの族長自らの薬で効果は絶大だとのことだ。念には念を入れて、三月ほど譲り渡してもらうのを待ってもらった。
寝ぼけ眼のかすれた声のイレーニャが私を呼び、そして、言いなおす。
「どうしたんですか? ウィル……?」
気付いても遅いですよ。ちゃんと聞こえましたから。
朝から八つ当たりするのもどうかと、夜に取っておきましょうと、私は仮面を付け替える。
「おはよう、イレーニャ」
手に留まった光っている鳩を握りつぶすようにして紙に姿を変えさせる。一枚の筒に巻き付けられた粗末な紙と筒の中に入った高級そうな紙。中身のほうは見ないふりをして、外だけ開いて、イレーニャが体を起こしたベッドの端に腰を掛ける。
「……」
内容にさっと目を通してため息をつく。イレーニャは興味津々と言った顔で覗き込むが、別に隠すことでもない。ただ――。
「え? マス、あ、ウィルって、ニートなんですか?」
そこをつかないでもらいたかった。いや、父には散々言われていたから、慣れていたが、この子の口からそれを聞くとなると胸に来る。
「いえ……ああ、いや……あの……」
「ウィル?」
らしくもないうろたえた声に、イレーニャが首を傾げる。
「端的に言えば、確かにニートといわざるを得ませんね。しかも、不定期ながらも金を稼いでいますから、ネオニートの分類かと」
「ネオニート?」
「定職につかないくせに、自分の親と同じぐらい稼いでるニートのことです。まさに私のことを言った言葉ですが……」
「魔法道具でそれぐらい?」
「ええ。適当な時期に卸しているだけですから大したことはしてませんが、……どうやら、平和な暮らしはここまでのようです」
「え?」
何のことか、と目に疑問を浮かべたイレーニャに、私はもう一度書面を見下ろす。
「辞令が下ってしまいました。明日付で私は、この町の魔法騎士として働かねばなりません」
「魔法騎士って、筋肉お化けと?」
「ええ。立場的には彼らよりは上の位置になりますが、まあ、今更カラスの下に働くって言うのも彼らはいい顔はしないでしょうね」
「……」
しゅんとなるイレーニャ。この子は人の悪意などの感情に敏感だ。感情を歌う歌姫だからだろうか。そうしたところから遠ざけて慈しむべき存在だが、それでも半分の人の子の血が引き留めてくれると信じている。
「筋肉お化け以外は嫌いです」
「そうは言ってられませんよ。イレーニャ。まあ、君はこの家で待っているか、そうですね、サラさんのところに押しかけていなさい。なんだかんだ言ったって面倒見はいいかたですからね」
「なんだかんだで悪かったね! 陰険腹黒魔術師!」
おっと、外にいましたか。まあ、わかってましたけどね。
窓から飛び込んできた幼い顔立ちエルフを見て笑う。
「おはようございます、サラ、さん?」
この子からかうと面白いんだよなと私はにやっと笑うと、風の精霊が荒れた。でも、そんな弱い精霊でここを荒らせると思わないで下さいよ。
力でねじ伏せて首を傾げると悔しげに床をだんだんと踏んだ。
「シルフに聞いてやってきてやったわ」
「それはありがとうございます。ペットには秘密でお願いしますね」
「当り前よ! 今日から荒れるなんて、あたしの身が持たないわっ!」
「ほう? それなら……」
作っておいた薬があると精力剤を渡しておく。
「これ、なに?」
「もちろん、精がつく……」
「この鬼畜魔術師!」
これだけどなって私に殴り掛かる元気があるなら、あの狼の、塊の性欲も受け止めきれるんじゃないかと思いながら、今度の嫌がらせはそれでいいかと、楽しいことを思いついていた。
「ああ、別にバーナードに食わせろなんて言ってませんからね? 疲れているようでしたので、元気の出る……」
「元気、いらない……」
イレーニャがふるふると首を横に振ってぽつりとつぶやくのはなぜでしょうねえ。
聞かないふりをして朝から元気なサラさんの相手をして、彼女の軽い体を適当にベッドに投げて朝食を作る。基本的に魔法騎士の朝は早い。今日も送りだしてからこちらに来たんだろう。イレーニャには良い遊び相手だ。ベッドルームで何か話す声が聞こえる。
昨日のうちに仕込んでおいたパンを焼きあげて、適当におかずを作る。
「その腕だけうちのと交換してもらいたいわー」
朝食は私たちと一緒に摂っているサラさんが感心したように呟く。それは、あの人狼だったら、サバイバルな朝食しかとれませんでしょうに。目を細めて、野外演習を思い出す。生肉を食べさせられようとしたときは、死ぬ思いだった。一応私は真人間の独り身が長いですからね。それなりに食べるものは作れますよ。
「どうぞ。食後には、すこし、疲労を取るハーブティーを入れておいたので。私は、これを食べたら、町へ武具などの買い出しに向かいます」
「決定なの?」
「ええ。これを覆すとなると、父と決闘をしなければなりませんからね。それか、バックレて、この町から出ていかなければならないか。まあ、あの父のことだ、任期は三年ほど、後継を得たならばそれより短くていい、とにかく安定した生活を送れるように金を稼いでおけということでしょう」
「あったりー」
サラさんが、筒の中に入っていた高級そうな紙を開いて眺めている。ああ、そのままその紙を燃やしてやりたい。
「これなくしたらどうなるの?」
「どうにもなりませんよ。原本は父のところにありますし、これの写しはもう領主のところに行ってるでしょうし」
「領主って、あの無能のところ?」
「どうでしょうねえ。先代のところかもしれません」
肩をすくめて、自分で作ったオムレツをつつく。イレーニャは満足そうだ。
「なんだ、燃やしてもなにもならないのか」
「ええ。そこらへんにほっぽり投げてくださって構いませんよ」
そういってすべてを食べ終わらせ、洗い物を流しに置く。そして、支度を整えて、外へ出る。今日は歩くのもいいだろう。
誰か、ネーミングセンスってやつを下さいm(__)m




