追われる狼と飛びつくエルフ
微エロ、否、下ネタ注意報
そして、それが、だいぶ昔に、二年ぐらいたったあたりだろうか。
「いたっ!」
鋭い女の声。とたん伏して腹側を見せたくなる本能。なんだこれ。
「待って!」
海辺の砦の街に響く女の声。俺は、魔法騎士として、この町を守る任についている。どうせ、人違いだろう。そう放っておいて、俺は詰所に入ろうとする。
「待てって言ってるでしょ!」
待て。
その命令に体が不思議と従う。背筋が伸びて、そして、振り返る。
「やっと聞いてくれた……」
はあはあと息を荒げている。ふわりとかおる森と花の香り。いい匂いだ。ぼんやりと思いながら、俺を呼び止めた女を見下ろす。
「お前、いつの間に、こんな美少女に手を付けたんだよ!」
「え?」
目の前にいたのは、一人の美少女。あの時に助けたエルフの少女に違いなかった。
「君は……」
「人の感覚で言うなら、久しぶり、なのよね?」
「……ええ。……なぜ」
「あんなことされたら気になるに決まってるわ。ちょっと借りていい? お宅のところの番犬」
「おう、こんなところで修羅場られても困るからな。話が済むまで抜けてろ」
その代り報告しろよ、と目で伝える隊長にジト目をしながら彼女の肩を抱くように路地裏に回る。
「風を感じたい」
「わかった」
彼女を抱き上げて近くにあったゴミ箱と、庇と、屋根を踏み台にして、海から町を守る外壁に乗る。
「うわあっ」
「俺は、この風景が好きだ」
風を感じるには気持ちいだろ、というと肩に乗るエルフを見ると、耳がピンと張ってあたりの音を聞くように小さく動いている。
「いい風」
「お気に召したようで、光栄だ」
石造りの壁の厚みにおろして、俺は下に座り込む。
「……ねえ」
「ん?」
「この、石の意味」
「……」
俺の守り石はアメジストだ。紫色のきれいな石。原石を適当に紐と金具で括り付けたものだから人にやれるようなしろもんじゃない。でも自分でとってきた石を魔力を込め、伴侶となるであろうメスに渡して消えるのが、わが一族のしきたり。メスに選ばせるのだ。つがいになるか否か。
「……守り石だろ?」
「父様に聞いたの。人狼は……って」
「……」
つがいかどうかは匂いでわかる。異種族はそれが分からないから、異種族のつがいを持つと苦労すると父から聞いていた。彼女は、彼女より長く生きている父親にその風習を聞いたのだろう。教えて送り出した。これは親父さんの公認、いや、エルフだから、大人なんだから自分でどうにかしろということだったんだろう。
「じゃあ、君が俺の目の前に来た、ということはそういうことでいいのかね?」
腰を下ろしてもそんなに高い位置にいない彼女の顔をまっすぐと見つめる。美少女といってもエルフだ。どうせ年上だろう。
「……ええ」
落ち着いたその声に俺は、ふと、笑っていた。俺が渡し、彼女が応える。それだけで俺と彼女での儀式となる。
「だって、私みたいのがいないとあなたみたいな筋肉バカの存在価値がないんでしょ?」
いたずらっぽく微笑まれて、打ち倒された。完敗です。
「その言い方はずるいな」
にやりと笑う彼女に、苦笑を返して、俺は肩をすくめる。そして、立ち上がり、彼女を今度は横抱きにする。ちいせえし、細ッこい。大丈夫か、こんなんで。
「そんななりでも大人として扱っていいんだよな?」
一応確認のために聞くと、彼女はやっぱりと視線を微妙にそらして、そして、俺をまっすぐと見上げた。まあ、つまりはそういうことだ。あとは巣に帰って致すだけ。獣としての本能がよびさまされる前に家に帰りたいんだが。
「……ええ。でも受け止めきれるかしら?」
挑発的に微笑む彼女。あおってくれるじゃねえか。
「人狼なめんなよ」
ぺろりと口の端をなめて流し目をくれる。かっと赤くなる肌に食べごろのにおいを感じて俺は急いで部屋に戻った。
結局その日の務めを忘れるぐらい彼女に溺れて、翌日、隊長に根掘り葉掘り聞かれ、町中に俺の婚姻の知らせが響き渡ることになった。
「あの後そわそわしていると思ったら、そういうことだったんですか?」
後日、結婚の知らせを聞いてきて、祝いの品を持ってきた、学生時代の同級生で、今は町はずれで古代魔法の研究をしている魔術師、ウィルと酒を飲んでいた。彼は出不精で、俺は数少ない彼の友人、という扱いになる。
「まあな」
「君のそのホクホク顔がこんなにも気持ち悪いと思ったのは初めてです」
「のろけていいか?」
「嫁が君の有り余っている性欲を受け止めきって、なおかつ子供をはらんでくれると宣言してくれたというのは、町のはずれにいても聞こえてきましたよ」
「な、なっ」
これは誰にも言っていないことだ。なんで、と彼を見ると、ガラスに入った琥珀色の液体を喉の奥に流し込みながら、バカにしたように笑った。
「いえ、聞こえてきたんじゃない、君の顔に書いてあったのか」
くそ、鎌かけられた。この酒場に隊長が嫁さんに禁酒を言い渡されながらもこそこそと酒を飲んでいるのも知っているんだろう。また明日質問攻めじゃねえか。
「まあ、つがいを得たことで、君の獣の血もだいぶ落ち着いたでしょう?」
「ああ。そーいやそうだな」
「そういうものなんですよ、人狼は。戦に血をたぎらせないためには嫁を持てと、古代の書物に書いてあります」
「なんつーもん読んでんだよ、お前」
「書く人が悪いんです」
とにっこりと腹黒な笑みを浮かべたウィルは喉の奥で笑って、ついと視線を下した。
「先祖の一族として、お嫁さんのところにあいさつしなければならないんでしょうかね?」
「先祖?」
「ええ。私の一族の開祖。初代は、エルフと情を交わした異世界人なんです」
「異世界人?」
「ええ。いわゆる神の御子、という、最近、ああ、でも、おじいさまの代か、に一度わたってきたらしいですが」
「しらねーよ」
「まあ良い。あの奥さんじゃ、りっぱに尻に敷かれてるんでしょうねえ?」
「うっせーな」
尻尾踏んづけられないために股の下に入れて洗濯のお手伝いをしているのばれてるのか。くそ。この陰険魔術師に何か弱点を。
ちびちびと舌に辛い酒を舐めつつ俺は喉の奥で唸った。
てへぺろ




