彼女をかった理由
「マースタ?」
家に帰り、暗い顔をしてひたすらに紙にペンを走らせ続けるウィルに、イレーニャは、焼いたブリオッシュと紅茶をもっていった。
「イレーニャ?」
「これ、おやつ……」
白いお皿にちょこんと乗ったブリオッシュと、香りのいい紅茶に、ほっと、ウィルの眉間に寄っていたしわが緩んだ。
「すいませんね、気を遣わせてしまって」
一休みしましょうか、とふわりと、薄く笑ったウィルは、机にあった紙類をすべて片づけて椅子をもう一つ出して、イレーニャを招く。
「君の分はいいんですか?」
「私は、こっちです」
と、小さな器に入ったナッツ類に、くすり、と笑みが漏れた。鳥らしいおやつだ。
「そうですか。……」
どうやら根を詰めすぎたらしい、とインクで汚れた右手が小刻みに震えているのを見る。
「マスター?」
「ああ、いえ、手が汚れてしまっていますね。洗ってきますから、君はどうぞ食べていてください」
そういって、その動揺が伝わらないように逃げるように外を出たウィルは井戸から手早く水を揚げて、冷たい水に手を突っ込んで、ひどく乱雑なしぐさで手を洗い始めた。
まるで、手が血で汚れてしまったかのように、焦ったように、ばしゃばしゃと洗うその様子は、どこかがキているようだった。
「マスターっ!」
必死な呼び声にはっとすると、水に突っ込んだままの手を抑える小さな手が重なっていた。
「手が……」
擦り続けて真っ赤に腫れてしまっている。また、また呑まれてしまった。
思わず長くため息をついて、腰が抜けるように地べたに座ると、抑えていた小さな手がそろそろと離れた。
「大丈夫、ですか?」
心配しきったその顔に、ウィルは、胸が詰まるようなそんな感情を覚えた。
「ええ。すみません。……今日の呪いも強いものでしてね」
水から手を引き抜いて濡れたままの手で顔をぬぐう。脂汗をにじませていた。ぬるりとした顔の感触に顔も洗っていいか、としゃがみなおして桶の水をすくって顔を洗った。
「これ、タオルです」
と、イレーニャが差し出すやさしいにおいのするタオルを受け取って顔と手をぬぐって、立ち上がる。
「……」
心配そうに寄り添うイレーニャのやさしい、高めの体温を感じながら、また、彼女に救われたとため息をつくのだった。
「マスターはなんで、古代の魔術を研究しているんですか?」
おやつを食べながら、そんなことを聞いてくるイレーニャに、少しの間物思いの淵に沈んでいたウィルは瞬きを繰り返して、今言われた言葉の理解に努めた。
「なぜ、って、そうですねえ、実家にある、古代の魔術の機械を動かしてみたいと、思ってしまったからですねえ」
「古代の機械?」
「ええ、自動人形のようでしてね、ゴーレムとはまた違う、人のような質感さえ持ったものなんです。動かし方と必要な動力はもう研究してしまって、もうその技術が、よみがえらせてはいけないものだとも気づいてしまったから、破棄しましたが……」
「なんでですか?」
「……」
幼児のようななんでなんで攻撃に、そっとため息をついて、いつかは話してはおかなければなるまいと、思っていたことを口にすることにした。
「私の一族は、古代より続く呪いの一族です。曽祖父の代で呪い事なんて悪趣味な商売はやめて、まあ、曽祖父自体呪いに必要だった少し黒い魔力やその扱い方がダメな人だったらしくて普通の魔術師になったようで、父も、呪いの魔術や魔力は受け継げなかったんです。しかし、まるで、その一族をとだえさせてはならないというように私に一族の魔力、魔術すべてが受け継がれてしまった」
「呪い、ですか?」
「おそらくは。私は、呪われた血を引く魔術師なんです。……そんな私が、あの魔術人形を、それも、あの形は戦闘用です。私の一族の編み出した魔術は大体効果が強く一族根絶やしなんてざらな感じですから、それが人形になって、うごかせれば、人類滅亡なんて夢じゃないのでね」
「そんなのやだ……」
「だから、私は破棄したのです。私が、古代魔法を研究している、といい、国に使われているのは、この世界に私の一族が流した魔術が定着しているかいないか、それを確認するためです」




