追われる狼と飛びつくエルフ
カラスとセイレーンのうちカラスと筋肉お化けと美少女系女王様のお話。
カラスと筋肉お化けの学生の時分の話。
「……?」
ふと、俺はうつむいていた顔を上げて空を見た。
「どうしました?」
首を傾げるのは騎士の鎧に着られた細ッこいなりをした男。まだ、少年、というべきか。あどけなさを残した顔からは想像がつかないほどその黒い小さな頭には知識が詰まっている。
「血のにおいだ。……複数。今、現在だ」
「行きましょう」
「ああ」
今、俺たちは演習中だ。魔獣の住む森に入って魔物をぶっとばす授業、というよりは、野外演習で、当然、一週間この森に入り浸っている。本当は五人一チームだが、手分けするために二人と三人に分かれている。俺たちが二人のグループ。理由は簡単、俺とこいつが強すぎるからだ。
「こちらですか? ずいぶんと鳥が騒いでいる」
「ああ」
俺の鼻の頼りにウィルが俺の後ろを走る。人にしては運動ができるだろう。細い形をしていても、必要なところに必要なものがついている、一切無駄のない体つきで、バカにされるが、すぐに返り討ちにする気の荒さも持ち合わせている。
「……これは……」
「隊商か」
横倒しになった荷馬車と、荷馬車に突っ込む狼、そして――。
「あぶねえ!」
「こら、バーナード!」
俺は飛び出していた。ウィルと年が変わんないような細ッこい女の子が腰を抜かして、それに、狼が飛びつこうとしている。
「……!」
「出でませ、天の雷!」
短詠唱で顕現した魔術に狼の動きが止まり、俺は女の子を抱き上げて剣を抜いていた。
「……あ」
「……しばらく背中でおとなしくしていてくれねえか?」
うなずいた彼女が器用に俺の体によじ登って背中にしがみつく。軽い。軽すぎる。
「バーナード」
「狼にゃならねえよ。んでもよ、縄張りってやつがあんだ」
ぐるぐると喉を鳴らす。
俺は人狼だ。奴らより話はわかる。
「……」
先頭に立って低く唸る狼の一匹をにらみつけ、同じように唸る。指を鳴らしてじりじりと前に進むと、同じだけ後ろに下がる。
頃合いを見計らって一歩とびかかる。きゃいんと情けない声を上げて逃げだす狼と、その群れたち。ふっとため息をついて、背中にしがみついて震えてる女の子を見る。
「人狼?」
しがみつきながらそういう彼女に、俺は目を見開いた。一発で見抜かれるのはウィル以来だ。
「ああ。俺が怖いか? お嬢さん」
ウィルが後始末をしているのを見ながら俺は、このひどい光景が目に入らないところに移動する。
「いいえ。やさしいのね」
大人びた声を出す、と彼女を見ると、姿が変わっていた。幻惑の魔術、森の雰囲気、この香りは。
「エルフ、だったか」
「……ええ。私はエルフよ。でも、弱いからこんなことになってしまった」
しゅんと肩を落とした彼女に、俺は、ぽんとそのサラサラの髪を撫でた。
「君が弱いから、俺みたいな強いしかとりえのない筋肉バカが活躍できるんだ。活躍の場をありがとう」
ウィルが淡々と作業をしていたということは、死人はないのだろう。死人があれば、その処理のために、教官等を呼ばなければならない。
「その言い方ずるい……」
「だって、そのことで相当悩んでるんだろ?」
生まれ持った物は変わりないんだから、嘆いても仕方ない。そういってやると、新緑色の瞳がうるんで、そして、俺に抱き付いた。なんだ、このうれしい展開っ。
「バーナード、行きますよ。魔獣狩りが私たちの任務です」
「ああ。……ってことだ、エルフちゃん。いいかな?」
鬼教官を思い出した途端、幸せな気持ちが吹っ飛んだ。胸に顔をうずめているエルフちゃんを引き離して、涙をぬぐってやる。
「また会える?」
「……縁があれば」
なだめるように頭をポンポンして、ふと、俺のしるしのついたもの、と胸に下げている守り石を彼女にかけてやる。首から胸までの長さが違いすぎるらしく、俺のを下げると、腹まで来ているのが笑える。
「じゃ、ね」
手を振り払って、ウィルの許に帰る。ウィルが、目でいいのかと問うてくるが、いいのだ。これは、俺の一族に伝わる占。秘された占。
「いこう」
うなずくウィルに転移魔法を使わせて演習に戻る。




