カラスとセイレーン
「……」
冷たい海水に落ちたウィルは、当然のごとく、そのあと熱を出して、数日寝込んでいた。イレーニャはというと、その傍らにずっと寄り添って、その看病をして、オロオロとしているイレーニャをサラが慰めて、というより、ウィルを貶していた。
「ほんと、自業自得よ! イレーニャちゃんは何も気に病むことないのよ!」
「でも私は……っ」
「もとはというと、このバカが、イレーニャちゃんを置いていかなければよかっただけのことで、それがなければ二人して幸せに暮らしてたのよ? イレーニャちゃんは何も悪くない!」
「でも、でも……!」
「じゃあ、おあいこよ!」
「あいこ?」
首を傾げるイレーニャの声を、ベッドの上で、しかも目を閉じながら聞いていたウィルは吹き出してしまった。
「寝てるふりしてる腹黒のほうが相当悪い気がするけど!」
「腹黒とは心外ですねえ?」
「喉まで真っ黒なくせに。だから、カラス言われるのよ、バカガラス」
結構辛辣な言葉を吐くサラにイレーニャはオロオロと二人の仲を取り持とうとしたが、案外楽しげに舌戦を繰り広げているのを見て、くすっと笑っていた。
「まったく、イレーニャちゃんにはかなわないわ」
「エルフの生涯かけてもかなわないでしょうね。あなたは」
「うっさいわね、喉黒ガラス」
「腹の底も真っ黒だとよく言われるので、その程度が上がったところで悪口も何も感じませんよ」
「……レプラコーン」
「使えもしない精霊の名前を唱えないでください」
「このっ」
「まあまあ」
襲い掛かりそうなサラを抑えながらイレーニャは、楽しげに笑っているウィルを見た。
「マスターも、いい加減にしてください」
「イレーニャがそういうなら」
すんなりと応じて、何事もなかったように体を起こしたウィルはひょいと肩をすくめた。
「やっぱり、ここにいる方が気持ちが楽になりますねぇ」
心底そう思っているのだと、柔らかい言葉にイレーニャは目を見開いて嬉しそうに笑った。
「もう……」
サラがふっといなくなる。
「あれ?」
「余計な気を」
出ていったサラにぽつりと言ったウィルがふっとため息をついた。




