表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カラスとセイレーン  作者: 真川紅美
カラスとセイレーン
35/67

カラスとセイレーン

 どこからか、声は聞こえていた。

「……君に殺されるならば本望です。イレーニャ」

 落ち着いた声、諦めきった声が聞こえる。いやだと思っているのに、勝手に手がウィルの白い喉元に伸びて、そして、固い喉を握りしめる。

 掌に感じる固い喉仏の感触。指に感じる早い脈。

「いいよ。殺して。イレーニャ。この愚かな男に、裁きを」

 やさしげにも聞こえるその言葉。引き寄せられる体。

 刻一刻と彼の命がこの手の中で尽きようとしている――。

 はっと手を離して崩れ落ちたウィルを抱き留めたイレーニャは、あたりを見ていた。 

「どこ、ここ?」

 冷たいウィルの体を抱きしめて、体を縮こまらせてふと、月を見上げる。丸かった月がいつの間にかかけている。

『悲しきセイレーンの子よ』

 かすかな声に、喉を鳴らす。月光が集まり、はかなげな輪郭をかたどった月の女神が目の前に現れる。

『陸はあちらだ。汝の魔力が荒れたのを感じて、一時的にこちらに隔離をした。……見事な飼い主だ。堕ちたセイレーンを引き戻すなんてな』

 笑う女神にイレーニャは息をしていないウィルを見て泣きそうに顔をゆがめた。青ざめた顔は、死んでいるかのようだ。

「マスター! マスター!」

 背中をたたいていた手が背中の大きな傷に当たった。びくとウィルの体が震えてせき込むように息をし始めた。背中を撫ぜることもできずに、ひしと抱き付いたまま、ただ、彼の咳が収まることを待つしかできなかったイレーニャは、体に感じるウィルの体が、ずいぶん痩せていることに気付いた。そして、だいぶ冷え切っていることにも。

『そなたの手で陸に上がるかえ?』

「上がります」

 しっかりとした言葉に女神は笑ったようだった。ふっと消えた女神を追って、イレーニャはウィルを抱きかかえたまま空に白い翼を広げた――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ