彼女をかった理由
「鳥ちゃん、やっぱりお留守番か」
「鳥いうな! 筋肉お化け!」
「筋肉お化けはひどくねえかい? まったく……」
魔法騎士の正装である、紫紺色の詰襟の下と、対比するように銀色に輝く鎧を身にまとった、精悍な三十代半ばぐらいの男はそっとため息をついた。
友人の本性、というより、生態を自分と同じくよく知る彼女は、幼いようで、幼くはないことを知っているからだ。
「マスター大丈夫かな」
「ウィルは大丈夫だろう。古代魔法については……」
「そーじゃなくて」
拗ねたように見上げる赤い瞳がバーナードを射る。鳥頭だとしても彼女は聡いのだ。
「マスター、呪いとか見た後使った後って、すごい暗い」
しょぼんとする小さなこの鳥に、バーナードは、このことをウィルは知っているのかと少し顔をゆがめた。彼は、彼女がここまで気づいていることをまだ知らないのではないだろうか。
「……お前は、確か、セイレーン、だったよな?」
「そうだよ?」
「歌は歌えるのか?」
もしかしたら、その強さに、ウィルは歌うことを禁じているのかもしれないと思いながら、そうとうと、小首を傾げて、歌ったことないと、信じられないことを言われた。
「セイレーンって、歌うことが楽しいから生きているような種族じゃないのか?」
「んー、確かに、父様も母様もいっぱいお歌聞かせてくれたけど、あんまり覚えてないの」
幼児がかったその言葉に、大体どういう状況だったのかを悟ったバーナードは、彼女に聞こえないように小さく舌打ちをして、目を閉じた。
「子守唄ぐらいは、覚えておきな」
と、覚えやすい、というよりはバーナード自身ようやく赤子ができて覚えた子守唄を口ずさむと、イレーニャはぱっと顔を輝かせた。
「マスターに歌ってくる!」
「これは、眠るときに歌うやつだ。お前が歌ったら、眠くなくても眠ってしまえるようになってしまう。奴が、もし、寝れなくて苦しんでいるようなら、歌ってやってくれ」
「わかった筋肉お化け!」
「バーナードだ!」
「んー覚えらんない!」
がく、と漫才のようなやり取りをしていると、疲れた顔をしたウィルがやってきた。
「今度は何を仕込んだんだ?」
「仕込むって人聞き悪いな。セイレーンなのに、一つも歌を歌えないっていうんだ、子守唄ぐらい教えてやったっていいだろう?」
「……俺自身、歌を知らないからな。……教えたのか?」
「ああ。目えキラキラしてたぞ」
「……」
ローブの奥で顔がうつむいた。表情が完全に読み取れなくなる。
「また、機会があれば、教えてやってくれ。俺には歌は無理だ」
低く地を這う声に、バーナードはため息交じりに返事をして、ウィルが都合のいい日に晩御飯をおごるといって、彼を解放した。
「カラスは巣穴に帰ったのか?」
隠れていたらしい先輩隊員が、ウィルがいなくなったことに気づいて出てくる。
「……ええ」
ウィルは、カラスと呼ばれ、蔑まれている。
「まったく、あれの手を借りなければいけないのが忌々しいぐらいだ」
舌打ち交じりに呟くその言葉を無視して、バーナードは逃げるように巡回へ向かう。
「ならば、自分らで調べられるようになってみろよ」
古代魔法が得意で、それも、古代の複雑な魔術、呪いや祝福などの、神聖魔法系の解析がうまい彼は、よく死体のある場所に呼ばれて、そして、呪いの解析をして調査しやすいように解説した書類を整えて提出してくれる。どう、解析するのかは、知らないが、その作業がとても気がめいる作業だと知っている。
「……本当だったら、俺もあいつを解放してやりてえよ」
本当は優しい彼が、人の心の奥底にある昏い欲望を映したような魔術を構築したり、それを垣間見たりするのは、とてもつらい作業なのだ。
「……頼むぜ、鳥ちゃん」
願わくば苦しむ彼の隣にいて、手を差し伸べてほしいと、言葉にせずに、祈るバーナードだった。