間違った覚悟
光とともに消えた魔術師の話は瞬く間に全土に広がった。戦に止めるためにその身を犠牲にして、や、得た魔力を持って逃げて、と。
あの後、線のように細い気配を追ったイレーニャとバーナードは、戦場から遠く離れた緑の多い田舎村に、突然現れて一度も目を覚まさずに眠り続ける青年がいると情報を得て、その村を訪れた。
「ここだな」
「うん」
世話をしているという老婆に、知人かもしれないと事情を話して会わせてもらった。
「……っ!」
「っ! マスターっ!」
ベッドの上に眠っていたのは、やつれきった、呼吸のために胸がわずかに動いているのが見えなければ死体と間違えてもおかしくないぐらいの男。
「お知り合いに間違いないかい?」
孫の手で肩をたたきながら、家主の老婆が言う。イレーニャが近寄って、彼のぽつぽつと無精ひげが伸びた頬を撫ぜるのを見て、バーナードはうなずいた。
黒かった髪は、魔力がほとんどなくなってしまったためか、くすんだ灰色になってしまっているが、間違えようのないウィルだった。
「この子が戦場の奇跡を起こしたんだろう?」
すべてがお見通しの老婆にうなずくだけにとどめて、バーナードは、ただ、ウィルが無事であったことにため息をついていた。
「まったく、先祖に振り回されおって。先祖の言葉は半分に聞いて遊びほうけるのが若者の仕事だろうに」
あきれたように言う老婆は、何者だろうか。ふと、見えた水晶玉とカードに、占い師か、と目を閉じた。
「ぜひあいつに説教をお願いします」
「目覚めりゃね」
縁起でもない言葉に目を剥くと、このババアが先に逝くに決まっているじゃないかと、大きく笑ったのだった。
この老婆の厚意によってウィルが転移の魔法に堪え切れるほどの魔力が戻るまで、イレーニャはこの村でウィルの世話の手伝いをすることになった。バーナードはもちろん仕事のために戻らなければならなかった。だが、仕事が休みの時、家族を伴ってちょくちょくこの村に立ち寄って、様子を見に来ていた。
そんなある日。
「イレーニャや」
「ん?」
「少し休みなさい。顔色が悪い」
老婆の言葉に顔に手を当てて首を傾げる。
「巣に帰り。そこで少し眠ってきなさい」
この村に、古びたセイレーンの巣があった。それを今、イレーニャの巣として使っている。こくんとうなずいてイレーニャはボロボロのウィルのローブを持って巣へ飛びたった。
「……」
巣に帰ってウィルのローブを羽織って眠るのが習慣になっていた。体を丸めて、なんとなく、安心を感じて眠るのだ。ウィルはここにいると。
それから、丸一日眠り続けて起きる。朝焼けに、何か胸騒ぎを感じて巣から飛び降りて老婆の家に帰ると、バーナードがいた。
「婆さんからお許しが出たぞ。帰ろう」
「え? もう?」
ウィルは、簡素な寝巻から、人前に出られる格好に着替えさせられて、眠ったまま椅子に座らせられている。
「顔色もいいしな。髪の色はまだ戻らないようだが……」
「もしかしたら一生ものかもしれんぞ? 聞いたところじゃバカ魔術使ったようじゃないか」
「まったくだ。……このぐらいで済んでよかったと思うべきなんだろうな」
「……?」
首を傾げたイレーニャにバーナードは知らなくてもいい話だとイレーニャの頭をガシガシ掻いてウィルを片腕で縦に抱き上げると外に出た。イレーニャも納得できない顔をしながらそれについていく。
「その子が目を覚ましたらもう一度ここを訪ねるがいい。アンガースの友人よ」
「……その名を知っているのか」
「ああそうさ。その子に言っておやり、私はバルバラだと」
「バルバラを名乗る老婆に拾われたと言えばいいな?」
「ああ。そうした時の、こいつの顔、ぜひとも見てみたいものだ」
「お得意の水晶で見ていればいいだろうに」
そういったバーナードは、普段は持ち歩いていない魔術師らしいロッドをふるって転移の魔法陣を展開した。
「おばあちゃん!」
「いつでも帰ってきなさい。イレーニャ」
「うん!」
うなずいたイレーニャに老婆が笑う。それを見ながら、バーナードは魔法を発動させ、ウィルの家まで飛んだのだった。




