間違った覚悟
「罪悪感が、お前の幸せな家庭を壊してしまった罪悪感が強いんだ。だから、あいつ自身、自分は幸せになっちゃいけない、お前を幸せにしなきゃならないって、思い詰めていたんだろう。あいつの思うお前の幸せは、あいつを忘れて、自由に空をかけるお前を見ることだった」
「私はっ!」
言葉を詰まらせたイレーニャは、立ち上がってバーナードをにらむように見た。
「私は、マスターといられればそれだけで幸せなの! なんで、なんでっ!」
「……」
ただ、ひたむきな、ひたすらな言葉に、バーナードは胸が痛むのを感じていた。ここまでまっすぐな思いを抱ける人間がいるだろうか。彼女は混血だと、ウィルはいっていた。半分のセイレーンの血がそうさせるのか。どっちにせよ、こんな思いをぶつけられて、平気な人間なんていやしない。
「……鳥ちゃん……」
言葉を失って、ただ、その場にへたり込んで顔を覆って泣き始めたイレーニャをなだめるように肩を抱くしかできなかった。
「探しに行こう」
「え?」
ぽつりとつぶやいた言葉は、バーナード自身、驚いていた。こんな状態で、戦場に行くことは、ただのバカだ。でも――。
「ウィルにバカ言ってやろうぜ。鳥ちゃん。底抜けのアホだと叫んでやればいい」
戦場のど真ん中で、そんなことを口走るセイレーンが飛んできたら、かなり笑えるだろう。くつくつと笑いながら、そういったバーナードに、泣きっ面に笑みを浮かべたイレーニャは、こくんとうなずいた。
「ということで、ちゃんと食って今日は寝ろ? 明日、俺も休暇もらいに行くからよ」
うんとうなずくいい子にバーナードはようやくほっとした。
寝る準備を済ませて、ベッドに入ったイレーニャを見てから、ウィルの家を出た。家路をたどっているときだった。
カッと、強い光が彼方から、あたり全体を照らして一瞬で消えた。
「ウィル!!」
一瞬の強い光の中に感じられたのは、間違えようのないウィルの魔力だった。
脳裏によぎるのは、あの魔法陣。その場にいる魔術師から魔力を取り上げる、悪趣味なもの。
「筋肉お化け!」
魔力を感じてか、ナイトキャップをかぶったままのイレーニャが飛びついてきた。
「嫌な予感がする……」
低い声に、イレーニャがこくんとうなずく。これだけの、戦場から馬で十日ほどかかるような、遠くにある場所まで明るく照らし出すような、強い魔力を吸収、そして、放出する魔法の核となった魔術師が無事であるわけない。
「行こう……」
何も考えずに言っていた。イレーニャは、バーナードを見て、こくんとうなずいて、三か月ぶりに、あの屈託ない笑みを浮かべたのだった。
翌朝、王城に一つの情報が飛び込んできた。
「……一人の魔術師の力によって、実質な停戦となったか」
報告を受けた黒髪黒目の、初老の頃の男は、深くため息をついた。
「できれば、こんな結末は見たくなかったよ、ウィル」
頭はいいくせに愚直で、知識、技術ともに優れているために、間違ったことでもすんなり通してしまう我が子の名をつぶやいた彼は顔を両手で覆って肩を震わせた。
『なお、魔術師は光とともに消え、目下捜索中』
机に投げられた報告書には赤文字で、そう記されていた。




