失われた家名と、失った平和と、罪滅ぼし
そして、バーナードはイレーニャをうまくだまして、夕暮れ、森の中に連れていった。
ふらふらと、抜け殻のように歩くイレーニャは、怖さよりも、ただ、飼い主を求めて歩いていた。
ここまで進んだら、帰れないだろうか。ぼんやりとしながら道なき道を進んでいく。
「……イレーニャ」
静かな声。はっと顔を上げると、一人の男が目の前に立っていた。
「マスター?」
目を見開いて、やつれた顔をしているウィルを見た。微笑んでいるが、どこかその表情も硬い。
「マスターっ!」
思わず抱き付くと、固い体の感触があった。暖かくて、でも、前に感じられたしなやかさはほとんどなかった。
「なんで、なんで連れていってくれなかったのっ!」
そう詰ると、何も言わずにそれを受け止めていた。その静けさに不安を覚えて上向くと、冷たい唇が重なった。
「っ!」
口の中に入ってくる何か固いもの。奥に押し込まれて思わず飲み込み、そして、喉の奥に熱さを感じて、口を離して、喘ぐ。
「あ……、ああ……っ」
喉をかきむしろうとしても体は抑えつけられている。苦しくて、涙目になるとそんなことをしたなどと信じられないほどやさしく、唇で涙を吸い取られる。
「眠れ、風の子よ」
そんな呪言がイレーニャの耳朶を打つ。
薄れゆく意識が拾ったのは、すみません、という、泣きそうにかすれた声だった――。




