戦とセイレーン
「マスターっ!」
追いかけるようにウィルがいた場所にかけてきたイレーニャに、バーナードはそのままどこかに飛んでいきそうなイレーニャの細い腕をつかんでいた。
「離してっ!」
「ダメだ」
「やだ、離して、バーナード!」
「ダメだ。お前はついていっちゃまずい!」
「マスターと一緒に行く! やだ、やだ!」
子供が親と引きはがされたように駄々をこねて、泣きじゃくるイレーニャをなだめ、慰めるように抱きしめながら、離れるに離れられずにいる、騎士たちをにらみつける。
「これ以上ここにとどまるならば、俺が相手になるぞ。この子に傷をつけたら、俺が許さねえ」
生まれついて持った、その恫喝の声に、ただの人間である彼らは顔をひきつらせてあとじさる。
「マスター。マスター……」
静かに泣き続けるイレーニャに、バーナードはそっとため息をついて、目を閉じた。。
「戦場に行ったんだ。危なすぎて、君を連れていくことはできない」
「……でも……」
「ここで、あいつの帰りを待とう。俺らにできるのは、それしかないんだよ」
バーナードは、細い体を抱きしめながら、そう言い聞かせて、寝かせることにした。
「風の愛し子に安息の夢を。頼む、理解させてくれ」
精霊の力を借りて、彼女を寝かせて眠っている間に落ち着かせるように頼む。
「もう十分だろう。ここから立ち去れ」
イレーニャをベッドに送り、包囲したままの騎士たちをにらみつける。
「まだ、用があるのか?」
「隊長を殺されて、そのまんまで帰るわけにはかない……」
「……」
目を細めたバーナードは、喉の奥で唸った。目を細めて、うなったまま取り囲む男たちをにらみつける。転がった男は背中をそらし、干からびた状態でいる。馬が鼻先でつついているのが笑える。
「お前の首でも持っていって、殺されたと報告でもしようか」
「殺してみろ」
そう言い放つと、男たちがとびかかってきた。むろん、簡単に仕留められるバーナードではない。
「てめえらが死ねよ。くそども」
手足で男たちを払い、そして、狼の遠吠えに似た声を張り上げ、とどめを刺すためにとびかかった。
その声を聞いたこの領地の魔法騎士たちが、ウィルの家の付近にたどり着くと、血祭りを上げるバーナードがいた。
「おい、バーナード!」
爪を伸ばし、牙すら伸ばして、獣の強い瞳の光を宿したバーナードは、仲間の姿を見て、ふっとため息をついて体の力を抜いた。爪と牙がふっと消える。
「何があった?」
「ウィルが、……カラスが戦に召集された」
「え?」
言葉を失う彼らに、バーナードは目を閉じた。
「なんで、ウィルなんだよ」
戦なら、現職の魔法騎士である、バーナードたちを連れていけばいいのに。
そう呟いた、バーナードを、同僚で訓練生同期の男は痛々しそうに、見つめていた――。
そして、この、三か月後、国境付近で高まっていた緊張が最高潮に達し、そして、どちらともなく宣戦を布告し、開戦に至った。
軍師には、一人の無名の若者が採用され、そして、恥をかくという周囲の見込みに反して、初戦を見事勝利して見せたのだった。
その男の名前、ウィルフレッド・ラインベルグが全土に響き渡った日だった。
黒い蛇を腕にまとわせたウィルのイメージは、踏鞴場でバカ力だしたアシ●カさんみたいな感じ。あんな純朴そうな青年じゃないけど。