戦とセイレーン
「……ウィル!」
「来ましたか……」
後ろ手に拘束され膝をつかされているウィルが、家の前でバーナードを見てつぶやいた。周りを取り囲んでいるのは王国騎士団の魔法騎士たち。バーナードの二つほど上の組織に所属しているエリートたちだ。
「てめえら、何やってんだ」
「口の利き方に気をつけなさい? お前は……」
「……」
剣をふるって風を起こす。ウィルにはそれだけで十分なはずだ。案の定、ウィルは立ち上がって縛られていた腕の具合を確かめるようにふるっている。
「……」
眼を鋭くさせたウィルが、バーナードに何かを頼むように視線を滑らせた。その先にあるのは男二人が仮に抑えつけられたイレーニャ。そういうことだったのか、とつぶやいて、剣をしまって、普段は使わないでいるトライデントを腕の装飾品から引き出す。
「さすがだな。……そちらは、ここの魔法騎士か?」
後ろから声が聞こえてバーナードは前へのがれてウィルの隣へ入る。そんなバーナードにウィルは、落ち着きなさい、とつぶやいて肩に手をやる。
「やっと出てきましたね」
静かなウィルの声に、視線を移すと、絢爛なともいえる軍服に身を包んだ一人の優男が馬に乗ってきていた。音がしなかったことから、彼も魔術を使える人間だということがわかる。
「どんな書物を紐解いて、私にたどり着いたのかは知りませんが、なぜに、イレーニャを巻き込むのですか?」
バーナードの剣を左手で抜いて構える。
「やめておけ。たかが腕の細い魔術師が剣をふるったところで大したことないぞ」
「質問に答えてください。私の動きを封じて意のままに動かすためですか?」
すらすらというウィルに変わって、バーナードが、抑えつけられたイレーニャを見た。あきらめているのか、もがくことをせずに、ただ、ウィルを見つめている。
「そうだと答えたら」
「下衆が」
「バーナード」
喉の奥で唸ると、引き留めるようにウィルが腕を引く。気持ちを落ち着かせるためにか、そっとため息をついて、色の濃い目をひたりと馬上の男に向ける。
「効果的な手ですね。確かに、私はイレーニャを見捨てることはできない」
「ウィル?」
「一つ、条件があります」
「なんだ?」
「……その命をもらいます」
その宣言とともに、ウィルの魔力が爆発した。近くにいたバーナードはもちろん、囲んでいたほかの男たちもふっとばされる。だが、すぐに男たちがウィルにとびかかるが、剣をはじかれて、そして、無詠唱で発動した拘束魔術に絡めとられてうめく。
「ウィル!」
「黒魔術の基本は、生贄。魔法騎士たるあなたがお忘れではないでしょう?」
真っ黒い笑みを浮かべたウィルが腕を振るって黒い、蛇のような魔力を腕にまとわりつかせる。
「この選択を、後悔させられるぐらいの功績を、上げて見せます。あの世で後悔を友にして、見ていなさい」
一足で飛びかかったウィルが剣で受け止めようとした男の剣を弾き、腕にまとわりつかせた蛇を男にはなった。
「隊長!」
「ぐ……」
馬は逃げ、男は地面にたたきつけられ、黒い蛇に体をからめとられ、そして、口から蛇を体内へ迎え入れながら、体をそらした。
「ウィル……?」
「……」
背中を見せたままのウィルに、バーナードはそのおぞましさを忘れて、起き上がって駆け寄った。
「……イレーニャを、頼みます」
「おい、どういうことだ!」
「……この戦に召集されてしまいました。軍師、そして、黒魔術師としてね」
「どういう、お前……、魔術で人殺しはって……」
「こういうことなんですよ」
言葉を失っているバーナードにウィルは静かにため息をついた。そして、いましがた得た魔力を少しだけバーナードに触れさせる。その魔力に触れて、びくりと、彼の体が震える。
「イレーニャを人質にされては、私も、無理はできません。……彼女を切り捨てるなんてもってのほかですからね」
「……。でも……」
「イレーニャをそばに置いていたのは、彼女が生きるすべを得るためです。あなたが思っているような感情ではありませんよ」
固い声音でそういったウィルは、解放されたイレーニャをちらりと見て、そして、何も声をかけずに、どこかへ転移の魔法を使って消えてしまった。