不養生なご主人様にご奉仕
潮風が、砦に吹き抜ける。
「おーい、バーナード! カラスんところの鳥女が出てきたぞ!」
祭りで披露する演武の練習をしていたバーナードは、首を傾げて剣をしまって、演武をしている同僚の隙間を縫って抜ける。
「どこにいる?」
「砦の外で息切らしてるぞ。鳥なのに飛ばずに走ってきたみたいだ」
「……」
バーナードは、バカにしつつも呼び出してくれた上司に少しだけ抜けます、と言ってから砦から抜け出して、カラスんところの鳥女こと、イレーニャのもとへ駆けつけた。
「どーした、鳥ちゃん?」
泣きそうな顔をしたイレーニャは、バーナードを見て、泣き出した。安心したのか、わからないが、ワンワンと泣いて、マスターがマスターがと、訳が分からないことを言っている。
「ウィルがどうしたんだ? 泣いてたらさっぱりわからねえ!」
「どうしよ、マスターが、倒れちゃった!」
その言葉にブッと吹き出したバーナードは、イレーニャを片腕でひょいっと抱えて走り出した。鳥頭だからなんだろうか、ものすごく軽い。
「どういうことだ!」
ウィルの家に向かいながら、泣きじゃくるイレーニャの言葉に耳を傾けて、バーナードは、大体の予想をつけてため息をついた。
「ただの不養生じゃねえか。風邪ひいてぶっ倒れたんだろ?」
「……たぶん」
倒れるぐらい、ということは、飯も食ってねえんだろうな、と思いながら、バーナードはウィルの家に入り込んで、イレーニャをおろして、ウィルが倒れているらしい書斎に入る。
日の光がさんさんと降り注ぐ、よく片付いて整理の行き届いた部屋のちょうど窓際に、ぐったりと横倒しになったままピクリとも動かない黒い塊が、あった。学生の時分、よく見た光景だ。
初めて見たとき肝を冷やしたっけ、と思いつつ、バタバタと足音を響かせて近づいてやる。それだけで、動けなくなっているものの意識はあるウィルには誰が来たかわかるだろう。
「おい、ウィル!」
真っ白な顔をしてぐったりとしたウィルを抱き起して、ゆすると、かすかにうめき声をあげて、薄目を開けた。
「どれぐらい食ってない?」
「ここのか……」
「……」
この、バカ、と怒鳴りつけたいのをこらえながら、横抱きにして、抱き上げると、書斎の隣にある寝室に入って、ベッドに寝かせる。
「鳥ちゃん!」
「筋肉お化け!」
「水、水差しと、桶、タオル持ってこれるかい?」
「うん」
こくんとうなずいてバタバタと走るイレーニャを見てそっとため息をついたバーナードは、ウィルの汗で凝った前髪をかき分けて額に手を当てて目を閉じた。
「相当荒れてるな」
静かに呟いて、自分ができる限りの癒しの魔法をかけて、イレーニャが持ってきた桶とタオルと、水と、水差しを見て、満足げに笑った。
「やればできるじゃないか、鳥ちゃん」
「鳥いうな」
しおれたように元気のないイレーニャに桶を受け取って、水を注ぎこんでタオルを濡らして、ウィルの汗をぬぐってやる。それから、水差しに水を入れてウィルを抱え起こして、水を含ませる。
「もっといるか?」
首をかすかに横に振るウィルにため息をついて、寝かせてやると、元気をすっかりなくしたイレーニャを見た。
「嫁さんのところに行って、飯もらってくるわ。ただの風邪で、寝込んでるだけだから、飯食わしといて寝かしときゃ、すぐに元気になるよ」
「ほんと?」
「ああ。大丈夫だ。そばにいてやんな」
できる処置をして、イレーニャにウィルの隣を渡したバーナードは、ウィルが苦手な嫁にどう言い訳をして飯をかっぱらってくるか、と、ウィルの家を出ていった。