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テンポラリーラブ  作者: CoconaKid
第五章 ショッキング
43/60

 月曜日の朝、なゆみはシャッターの前で千恵と一緒に主任の川野を待っていた。

「もうすぐ開店の時間なのに、川野さん遅いね」

 千恵がなゆみと顔を合わせ、腕時計を見て時間を気にしていた。

「どうする、千恵ちゃん。もうこんな時間だよ。本店に行って報告してきた方がいいかな。私、行って来る」

 なゆみが向かおうとくるっと向きを変えて走り出した時、歩いていた通行人にどーんと思いっきりぶつかってしまった。

「す、すみません」

 猪のような突進だったので、なゆみはバランスを崩し、それを抱きしめるように受け止められていた。

「相変わらず、周りをしっかり見てないな、お前は」

 なゆみが顔を上げればそこには氷室が立っていた。

 一瞬の時が止まったようになゆみは固まってしまう。

「ひ、氷室さん!」

 慌てて体勢を整え、ぴょんと跳ねるように後ろに下がった。

「お前は海老か」

「海老でもなんでもいいですけど、開店時間がもうすぐなのに川野さんが来られないんです」

「ああ、川野はクビだ」

 これには千恵も驚きなゆみと一緒になって「えー」と声を上げていた。

 それにびっくりして、通行人が何事かと振り返った。

「と、いうのは冗談。親戚に不幸があったみたいで、今日は休みだ」

 悪びれもせずしれっとした顔で氷室は言った。

 二人は声を上げて驚いたためにお悔やみを聞いても何も言えず、力尽きたように言葉を失っていた。

 氷室は予備の鍵でシャッターを開けると、なゆみたちは急いで中に入り、そして着替えをさっさと済ませて開店の準備に慌てた。

「川野主任がいないので、今日は俺がここを担当する」

「えっ、本店は大丈夫なんですか?」

 千恵が心配した。

 その傍でなゆみは、突然の氷室との勤務に動揺して黙り込んでいた。

「あっちには専務がいる。俺がいなくても大丈夫だ。でもここは責任者が居ないと危なっかしいのが一名いるだけにな……」

 氷室はちらりとなゆみに視線を落とした。

 嫌味またはからかいがあっただろうが、なゆみは何も答えなかった。

 寧ろ目を逸らし、避けてしまった。

「氷室さん、サイトちゃんは仕事ちゃんとやってますよ。接客が上手いんです。サイトちゃん目当てに何度も通ってくる人だっているんですから。サイトちゃんもてるんですよ」

「もてる?」

「ええ、あの川野さんですら、サイトちゃんにつきまとってばかりなんですよ」

「千恵ちゃん、それはいいって」

 なゆみは渋った顔を千恵に向け、首を横に振って黙っていて欲しいと懇願した。

「なんだ、川野主任と何かあるのか」

「いい機会だから、言った方がいいよ、サイトちゃん。結構困ってるんでしょ」

「ううん、そんなに困ってるって程でも、あの人ああいう人だから、それに悪気ないみたいだし」

「一体何の話をしてるんだ。斉藤、言え」

 氷室は苛立って命令口調になってしまう。

 それでもなゆみは何も話そうとせず「なんでもないですから」と手を向けてひらひらと振った。

 お客が来たので、なゆみは逃げるように氷室から離れて接客しだした。

 一人来ると、次々にやってきて、話をする雰囲気はなくなり、三人はそれぞれの仕事に取りかかっていた。

 氷室は話が中途半端に終わってしまい、不完全燃焼でもやもと不機嫌な顔つきになりながら、支店のコンピューターを弄っていた。

 時々なゆみの姿を目で追い、ちらちらと見ては、様子を気にしていた。

 狭苦しい店内は、慌しくなると氷室とすぐにぶつかるほどに近づいてしまう。

 なゆみはできるだけ離れようとするが、却って意識をしてしまって、近づく回数が多く なっていく気がした。

 氷室もなゆみが避けてる態度を痛恨に感じている。

 前日レストランの前で自分がジンジャに馬鹿なことを口走り、なゆみがそれをまだ怒っていると思っていた。

 千恵は何も言わなかったが、冷静に二人を見ていた。

 以前のあの飲み会があってから千恵には薄々感じるものがあった。

 氷室がなゆみに好意を持っていることも、なゆみが心揺れ動いてることも、感づいている。

 この狭い空間で、ぎこちなく二人が動いている姿は、千恵自身切なくなっていた。

 もどかしいながらも、気がつかないフリをして二人を見守っていた。


 氷室はコンピューターを操作しながら、前日の見合いのことを考えていた。

 ジンジャに皮肉を言ったところで、結局は自分の愚かさをさらけ出し、それに反発してなゆみは目の前でジンジャと手を繋いで去っていった。

 慙愧ざんきにたえない思いだけが残った。

 あの後、席に戻っても氷室は自分の思うようにいかないことにイライラして、まるで高校生のガキのようにふてくされた態度を露骨に見せていた。

 父親に足を何度と蹴られて、後で見れば青あざができている始末だった。

 どれほど蹴られたんだと、見合いでの自分の態度の悪さに改めて気が付かされた。

 それでもあの親子は氷室を気に入って、何事にも動じなかった。

 あの見合いの目的は幸江の父親の跡取り探しであり、氷室が全ての条件を持ち合わせ、娘と結婚させると都合がいいと言わんばかりのものだった。

 幸江は一人娘で大人しく、お嬢様のように育てられて上品な感じがするが、なんとも面白みに欠けてつまらない。

 あんな人形と一緒にいることなど氷室は耐えられなかった。

 だが仕事は魅力的だった。

 結婚すれば時期社長も夢ではないほどに、会社ごと自分の物になる。

 すでに土台が出来上がっている状態だと、何でもやりやすくなる。

 人に使われずに、自分が指示を出し、自分に従わせる権力。

 それがすんなりと手に入る。

 だが、自分を犠牲にまで手に入れる事だろうか。

 一からコツコツと自分で築きあげていく。

 それが例え失敗しようが、それでも自分の力でやってみたい。

(そんな気持ちに久々になれたのも、お前がいたからなんだよ)

 そっと物寂しげになゆみの後姿を見ていた。

 そんな時に、

「ヘイ、ショーン!」

 なゆみがいきなり声をあげ、ハイテンションで英語を話し出した。

 何事かと氷室と千恵がびっくりしてしまった。

 なゆみの英会話の先生が店の前を横切ったのでなゆみが咄嗟に声を掛けていた。

 名前は横文字のショーンだが、見かけはアジア系であまり外国人にみえない。

 背も低く、英語を話さなければ日本人として間違えられそうな風貌だった。

 ショーンはなゆみに会えて嬉しいのか色んな質問をしていた。

 氷室は鼻でふんとあつらい、くだらないと言いたげにそれを見ていたが、なゆみが他の男と、例え英語で会話をしていてもどこか落ち着かない。

 ショーンが親しさを超えた慣れなれしさで、なゆみと接してる態度は尚更気に食わなかった。

「氷室さん、そろそろお昼の休憩にどうぞ」

 千恵が気を遣って横でそっと囁いた。

「いや、俺は一番最後でいい。倉石さん先にどうぞ」

「私は今この伝票をまとめてしまいたいし…… だったら、サイトちゃん。よかったらお昼先にとって」

「えっ、は、はい。わかりました」

 なゆみはショーンにも何か伝えている。

「それじゃお先にお昼取らせて頂きます」

 なゆみは氷室に一礼すると、あの例の大きなリュックをもって小走りにショーンの元へ駆けていく。

 マスコットのキティも元気に跳ねていた。

「サイトちゃん、外国人にもモテちゃってますね。男性って、ああいう明るくて素直な女の子に弱いんでしょうか?」

 千恵はそれとなく氷室の様子を探っている。

「さあ、どうだろうな」

 氷室は言葉を濁して、無意味に商品に触り、整えているフリをしていた。

 千恵にはお見通しだとも知らずに。

「ところで、川野主任の話だけど、あれどういうことだ」

「ああ、あれは、川野主任、サイトちゃんがからかい易いのか知らないんですけど、結構ペタペタ触ったり、すぐに厭らしいこと言うんです」

「えっ、セクハラか? 例えばどんなことだ」

「えっ、私が口にするのも抵抗あるんですけど、その、ホテルに行こうとか、あとそういう類の話を色々します……」

 千恵は言いにくそうに、語尾がどんどん小さくなった。

 氷室は判りやすく怒りを露わにしていた。

「なぜアイツは誰にも相談しないんだ」

「サイトちゃんは何でも一人で持ち込みすぎちゃうところありますもんね。人に迷惑をかけたくないって気を遣いすぎてるというのか、良いように言えば、自分が頑張れば解決できるって何事にも前向きなんです」

「あいつの場合度が過ぎるんだよ。くそ真面目というのかそれでいて人に対して一生懸命になりすぎて前が見えない時がある。自分が極限まで困らないと気がつきやしない。最悪の場合勝手に解釈して暴走してしまうし」

「氷室さん、よくサイトちゃんのことわかってますね」

「えっ? いや、なんか俺も色々迷惑かけられた方だからな」

 氷室は力説していたと少し焦ったのか、ぎこちなくなって、値段の表示が違うのに、勝手に商品を左右に入れ替えていた。

 それを気遣うように千恵は独り言のように呟く。

「でもサイトちゃんのそういう一生懸命なところ、私好きだな。彼女見てたらすごく元気が出るし、仕事も楽しくなっちゃうから不思議。だけど、サイトちゃんもうすぐいなくなるんですね。なんか寂しいな」

 千恵は氷室にちらりと目をやった。

 氷室も同じ気持ちなのか何も言わず、寂しげに視線が揺れていた。

 客が来たので千恵は接客に向かい、氷室をそっとしておいた。

 氷室が勝手に触った商品も、ちゃんと元に戻しておく。

 物静かに奥のデスクについた氷室は、卓上カレンダーを手に取っていた。

 刻々と迫る期限を気にし、気持ちを抑え込むように下唇を噛んでいた。

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