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テンポラリーラブ  作者: CoconaKid
第三章 チェンジング
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10

 支店での仕事は、本店と比べて動き回る範囲が少なく、業務については楽に思えてしまった。

 仕事に慣れて緊張感が解けたのが一番大きい。

 時々、客足がひっきりなしに続くこともあるが、そういうときほど時間が経つのも早かった。

 だがなゆみは寂しかった。

 そんな気持ちを持っていても、なぜそう思うのか原因を考えることまではしなかった。


 季節は早くも梅雨になる頃だった。

 この職場に雇われてから、あっという間に月日が経っていく。

 氷室とは移動以来、顔も合わすことが全くなくなり、時々電話で話すことがあっても、仕事の連絡や商品の確認などビジネス範囲内でのことだった。

 たまに氷室は「頑張ってるか」と遠慮がちに様子を気にしてくれるが、なゆみは「はい」としか答えを返せない。

 声を聞いているうちはまだいいが、その後、電話を切れば、虚しさが広がる。

 この先もずっとこのまま時間が流れて、会えないままで終わるのだろうか。

 そんなことを思っていると、チャンスが舞い降りた。

「斉藤、悪いが、この商品を本店に届けてくれないか」

 川野に言付けを頼まれ、なゆみは久しぶりに本店に行けることを喜んだ。

「はい」

 返事が弾んでいた。

 暫く見ないだけで、本店はすでに違う場所に見えてしまった。

 知らない人がまた数人増えている。

 その中で、氷室と話をしている新しいアルバイトの女の子を見てしまった。

 あのポジションにはいつも自分がいたのにと思うと、なんだか胸がきゅんと締め付けられてしまった。

「お疲れ様です」

「あっ、サイトちゃん。久しぶり」

 ミナが喜んでくれる。

 あまりよく知らない新しいアルバイトの人たちは、なゆみが現れても無視だった。

 氷室をちらりと見ると、目が合った。

 氷室はあごを一振りするように、ぞんざいな挨拶をしてくれた。

 それでも嬉しく、なゆみはにっこりと微笑んだ。

 言付かった商品をミナに渡すと、それであっさりと用事は済んでしまった。

 氷室はアルバイトの女の子と話をしているところで、声を掛けられる状態じゃなかった。

 未練が残るが、すぐさま本店を後にした。

 ほんの一瞬だけでも、氷室を見た時胸がドキッとしたものの、今は胸騒ぎでチクッとしていた。

 傍にいた女の子がとても美人で、氷室と並んでいると釣り合って見えたのがショックだった。

 なゆみは複雑な感情をかかえると、見なければよかったかもと、浮足立っていた。

 

「氷室さん?」

 アルバイトの女の子に声を掛けられて、氷室ははっとした。

 なゆみの後姿を目で追っていて意識ここにあらずの状態だった。

 気を取り直すが、急にやる気を失うと何を話していたかすっかり忘れていた。

 もう用はないと、アルバイトの女の子を放っておいて、デスクに戻り座り込む。

 その直後に誰からも話しかけて欲しくないオーラを体から出していた。

 仕事をする気にもなれない。

 しかしそんなときに限って用事が急に入り、氷室はかなり離れた支店に呼び出されてしまった。

「今日は残業か」

 折角会えたというのに、こうも中途半端になゆみの顔を見ただけでは、よけいに気持ちがくすぶって不完全燃焼だった。

 

 その日、なゆみは仕事が終わるといつものように英会話学校へ向かった。

 ジンジャを見なくなってから随分と経っていたため、会う事がないと決め付けていたので少しは気が楽になっていた。

 授業が始まる前、ラウンジで一人ぼっーと座っていると、後ろから頭をこつんと軽く叩かれた。

 なゆみが振り返ったとき、そこにはジンジャが立っていた。

「よっ、タフク。久しぶりだな」

「ジンジャ!」

「お前仕事辞めたのか? 時々見にいったけど居なかったぜ」

「えっ、来てくれてたの?」

「ああ、あいつはいたけど、失礼な奴だからタフクは居ますかなんて聞けなかった」

 なゆみは勤務先が変わった事情を告げた。

 その時、顔は驚いたままだった。

「なんだ、場所が変わっただけか。それにしてもなんだよその顔。お化けでもみるような感じだぞ」

「えっ、いやだ。だって久しぶりなんだもん。びっくりしちゃった。ジンジャはこれから授業とってるの?」

「ん? いや、今日は取ってない。タフクを探しに来たんだ」

「えっ」

「俺さ、就職内定もらったんだ」

「うわぁ、おめでとう」

「ありがと。ずっと苦しかったよ。でもタフクにはちゃんといいたかったんだ。それと謝りたかった」

 メガネを通してジンジャの大きな瞳が潤いを増したように見えた。

 後悔を告げているような罪悪感がその中に潜んでいるようだった。

「謝るって、別にジンジャは何もしてないよ」

「俺さ……」

 ジンジャが何か言いかけたが、それは授業の始まりを知らせに来た先生に邪魔をされた。

「授業始まるな。そしたらまた今度ゆっくりな。今日は会えただけでもよかったよ。ほら、遅れるぞ、早く行ってこいよ」

「うん……」

 なゆみは動揺したまま、ジンジャと別れを告げた。

 ジンジャは何を言いかけたのだろうか。

 教室に入る前に、なゆみが一度後ろを振り返えれば、ジンジャはずっとなゆみを見ていた。

 ニコッと微笑んで手を振っている。

 以前と変わらない優しいジンジャがそこに居た。

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