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テンポラリーラブ  作者: CoconaKid
第二章 ハプニング
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「さてと、それでは皆さん行きますか」

 純貴が先頭に立ち引率すると、美穂がそれとなく近づいて肩を並べて歩き出した。

 その後ろを氷室が歩き、ミナと紀子がなゆみの相手をしながらついてくる。

 少しだけ腫れた痕がうっすらとわかったが、なゆみの目の腫れはその時ほとんど引いていた。

 できるだけ前にいる氷室を見ないように、なゆみは視界を狭めて歩いている。

 できることならさっさと帰りたい。

 しかし歓迎会として開いてくれた厚意を踏みにじることはできなかった。

 一同は目的地へとぞろぞろと地下街を真っ直ぐ突き進む。

 すると前方で、行きかう人の間からジンジャが歩いてくるのが目に入った。

 はっとすると共に次の瞬間、なゆみは動かぬ証拠を突きつけられ、大いにショックを受けてしまった。

 隣にユカリが肩を並べて歩いていたからだった。

 やはり自分の勘は当たっていた。

 思わず、二人に見つからないようにこそこそしてしまう。

 別に自分は悪いことをしているわけではないのに、激しい動悸に見舞われ、かなり動揺してしまった。

 地下外は四方八方に通路があるので、ジンジャとユカリはなゆみに気が付くことなく、角を曲がって行ってしまった。

 その方向には英会話学校がある。

 二人は揃って授業を受けるつもりなのだろう。

 土曜日はなゆみもいつも顔を出していたが、この日は自分の歓迎会があるために行けなかった。

 だから二人はなゆみに気兼ねなく堂々と一緒に行動できるというものだった。

 ジンジャはなゆみを傷つけまいとしていたのかもしれないが、その真実が露呈した時、自分の独りよがりな行動になゆみは恥ずかしくもあり、悲しくもあった。

 どうしようもない気持ちに、暗く落ち込み、この時ばかりは無理してでも笑う事はできなかった。

 そんなわかりやすいほど肩を落として呆然としているなゆみを、氷室が振り返り見ていた。

 氷室もまたジンジャの存在に気がつき、その隣にいる女性も当然どういう事態か理解していた。

 朝、なゆみに言った言葉の罪悪感が蘇るとすぐさま、いてもたってもいられなくなった。

 なゆみはジンジャが曲がった通路の角で暫く立ち止まり、二人の後姿をどんよりと見ている。

 ジンジャは笑ってユカリと話をし、楽しそうな二人の歩く姿は恋人達と認めざるを得ない。

 ミナに「早く」と急かされ、躊躇しながら無理やり足を一歩動かし、涙を堪えて歩き出した。

 なゆみはとぼとぼと一番最後を一人で歩いていたが、気がつくと氷室が隣に来てなゆみと歩調を合わせていた。

「どうした。腹でも痛いのか」

 理由はもちろん分かっていたが、氷室はこのとき体の調子を気遣う言葉を静かに語る。

「いえ、何でもありません」

 なゆみは何も話したくないと早足になり、氷室を避けようとする。

 また変なことを言われて、これ以上のダメージを受けたくなかった。

 氷室は避けられることも辛いが、それ以上になゆみの姿が痛々しく思えて、心配のあまりなゆみの肩に労わるように手を置いてしまった。

「そんなに無理するな」

「えっ?」

 なゆみは突然氷室に触れられ驚くと同時に、氷室の顔を見上げた。

 氷室は慌てて手をなゆみの肩から離すと、誤魔化すようにまた憎まれ口を叩いてしまった。

「いや、だから、お前は一人で持ち込み過ぎだ。そのバッグのようにな。もう少しお洒落できないのか。持ち物も色気ないし、子供っぽいキティちゃんまで付けてさ」

「ほっといて下さい」

 やっぱり聞きたくないことを言われてしまったとなゆみはぷいっと横を向く。

「あーあ、本当のこと言われたらそりゃ耳が痛いよな。でもさ、なんか放って置けなかったんだよ。だからつまり、辛いときは我慢せずに泣いてもいいってことだ」

 氷室は言うだけ言うと、すたすたとなゆみを置いて先に行ってしまった。

 なゆみはまた訳がわからないと困惑する。

 氷室が全てを理解した上で言った言葉と知る由もなかったが、ふと氷室が気遣って肩を触れたときの瞳が優しかったように思えた。

 なゆみは前を歩く氷室の後姿を首を傾げて見ていた。

 その時見た背中に、助けてくれた時の頼もしさを思い出し、氷室の二面性で嫌っていいのか好いていいのか、わからなかった。

 だけども、氷室の肩幅の広いその背中は、全てを物語る真実のようにも思え、なゆみは小走りになってつい追いかけ、じっと見つめていた。

 

 予約を入れていた居酒屋の前に来ると、小柄なおじさんがにやけた顔で純貴に話しかけた。

 これが氷室の嫌うもう一人の主任だった。

 そしてその周りに三人の女の子たちがいた。ミナと紀子が親しげに話し出す。

 職場は離れていても女子従業員同士で交流があるようだった。

「お疲れ様です」

 ミナと紀子が小柄なおじさんに挨拶をした。

「ああ、お疲れさん。えーと、その子が新しく入って来た人かな」

 一斉になゆみに視線が集まる。

「初めまして、斉藤なゆみです。どうぞ宜しくお願いします」

「ああ、どうもどうも、川野です」

 小柄なおっさんはにやけた笑いを浮かべて、人当たりよさそうな感じだった。

 ときどき意味もない『ヘヘヘ』という笑いが入るが、氷室と比べたらなゆみには物腰優しく感じた。

 一同は奥のお座敷があるところへ案内され、なゆみは遠慮がちに一番後ろをついていく。

 五人ずつ向かい合わせに座る掘りごたつ式になったテーブルのある部屋に通された。

 皆順々に席についていくが、氷室の隣にだけはなりたくないという願いはなんとか通じ、氷室が一番端っこに座ったことで、なゆみは避けやすくなった。

 氷室の前には純貴が座り、純貴の隣はもちろん美穂。氷室の隣は知らない女性が腰を落ち着けた。

 氷室と同じ列になゆみも座ったが、ちょうど5人の真ん中に位置して、隣の残りの二席はミナと紀子が座った。向かいには川野が座り、あとは支店の残りの女の子二人が並んでいた。

 知らない女性が左にいたが、氷室をブロックしてくれたのでいい人だとなゆみはすっかり気を許していた。

 すぐにお互い自己紹介をし、その人は倉石千恵と名乗った。

 おっとりとした優しいお姉さんというイメージだった。

 千恵から色々と話しかけられ、なゆみは受け答えをしていると、メニューを突き出された。

 どの飲み物を選ぼうか迷っている時、先ほど見たジンジャとユカリの姿が目に浮かぶ。

 次のクラスの予定は分からないといいながら、ユカリと一緒に英会話学校へ向かったということは、なゆみを排除したかったと言うことなんだろう。

 教室を出るときに見せたユカリが微笑していた笑顔は、なゆみに対する勝利宣言だったのかもしれない。

 あれやこれやと考えていると、なゆみはわなわなと震えだした。

 飲もう! 思いっきり飲んでやる。

 やけくそな気分が感情を支配する。

 ミナに甘いお酒はどれかと尋ねると、桂花陳酒はどうかと薦められた。

 普段酒など飲むこともないなゆみには、初めて聞く名前で、どんな味のお酒か疑問符が飛び出たが、甘ければなんでもよく、言われるままにそれを頼んだ。

 もうなんでもいい。

 嫌なことを忘れたくて、この時ばかりはお酒が飲みたいと本気で思ってしまった。

 自分のために開いてくれた歓迎会がこんな形で役に立つとは思わず、純貴がみんなの前で正式に紹介した時、心から感謝の意を伝え、そして宴会は始まった。

 お酒が入ると皆陽気になり、ノリもよくなる。

 その雰囲気に乗っかるようにしてなゆみも自棄を起こしだした。

 この後お酒はなゆみをとんでもない事態へと招いていった。

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