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テンポラリーラブ  作者: CoconaKid
第二章 ハプニング
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 ミナと紀子が出勤した後、なゆみは明るさを取り戻し、目の腫れについても冗談っぽく交わしている。

 あの少し姉御肌のミナでさえ、気を使う様子を見せているところをみると、女の子が目を腫らすくらい泣くというのは、とてもデリケートなことなのだと氷室は認識した。

 美穂も午後から現れて、何かが違うと指摘はしてたが、別に理由まではしつこく聞いていなかった。

 その頃は多少腫れも引いていたように思え、話題にするほどの事でもなかったのだろう。

 純貴は美穂との交流に忙しく、なゆみのことなどことさら眼中になかった。

 氷室だけが土足でデリケートな乙女心を踏みにじり、意地悪するかの如く傷つけた。

 不本意でありながら、それでいてなゆみのことに対してつい口が出る。

 裏を返せば、自分が構って欲しい心理の表れだった。

 32歳のおっさんがすることかと、時々タイプを打つ指に力が知らずと入って、狂ったようにキーボードを強く叩く。

 かと思うと手元が突然止まって、切なくため息がでる。

 時々何気なさを装って、なゆみの様子を探りながら、氷室はデスクワークをこなすということを繰り返していた。


 土曜日の閉店時間は夕方の5時までとなっている。

 いつもより二時間早めに終わる。

 この日は、アフターファイブを利用してなゆみの歓迎会を含めた飲み会が用意されている。

 朝のあのようなことがあった後、氷室はどんな顔して歓迎会に参加しろというのだろうか。

 いい年超えたおっさんが、こみ上げる自分の恥ずかしさで、気が重くなっていった。

 氷室は確かに憎まれ口が似合う冷たい男で有名ではあるが、人に嫌われる事を喜んでやっている訳ではない。

 立ち直れない思いで、自分の人格を無意識に否定していただけだった。

 過去の栄光を封印し、自分の野心も捨てていたのに、なゆみを見てからはずっと忘れていたものを呼び起こされ、氷室は苦しいほどに葛藤する。

 そこには、情熱を再び持つことで、またどこかで傷つく挫折に怯えていた。

 真っ白なほどに輝き、真っ直ぐに進むなゆみ。

 それが氷室の心に入り込もうとしているが、ずっと心を支配していた捻くれは容易く真っ直ぐになれなかった。

 なゆみが気になれば気になるほど、その気持ちを悟られることを隠す方へと向かう。

 情けないと頭をうな垂れ、魂が抜けるほどのため息が漏れた。


 一方でなゆみは、その間にも氷室から極力遠ざかる。

 側にいれば聞きたくないことを耳にする恐怖。

 上司なので逆らえない圧迫感。

 ひんやりとするような冷たい態度。

 どれも苦手だった。

 後先のことも考えず、すぐ突っ走るなゆみは、冷静に一歩引いて物事を見る氷室の大人な対応には敬意を表すが、それが見下すような棘のある言い方には傷ついてしまう。

 しかしそういう人間に出会うということは、試練として必要なのかもしれないと前向きに捉えている部分もあった。

 だが、自らそこへ進んで飛び込んでいけるほど、なゆみはそんなにタフでもなかった。

 氷室が近づくと、なゆみは自分を守りたいがために気配を消そうとして無意識に息が止まった。

 

 そんな時、氷室となゆみの間でひらひらと商品のチケットが落ちた。

 咄嗟の反射神経で拾うおうとする二人は、同時に腰を屈め、また手と手が触れた。

 二人とも踏み込んではいけない 領域に入り込んでしまったかのように驚いて、シンクロナイズして大げさに手を引っ込める。

 でもお互い避けていると思われるのは嫌で、また二人は再びチケットを拾いにかかる。

 それが今度は自分が拾うんだと主張するように、引っ張り合いになってしまった。

 やけくその氷室と無理して踏ん張っているなゆみは対峙し、無言で見つめ合ってはどちらもその真意を知ろうと躍起になる。

 時が止まったように、二人はチケットを引っ張り合いながら固まってしまった。

 電話のベルで我に返った氷室は、慌てて手を離し、その場を離れ、なゆみも同時にはっとした。

 どちらも自分のつまらないプライドで意地を張り合い、何をやってるんだと情けなくなった。

 その気持ちが重苦しく、体が曲がって猫背になっていた。

 二人の背後には青白く光る火の玉が、縁起悪くゆらゆら漂っているようだった。


 氷室とのやり取りで気分が滅入っていたなゆみはその気持ちを引きずりながら仕事をするも、そういうときに限って無茶なことを言う、変な客に当たってしまった。

 見かけからして、いい客じゃななく、禿頭で太い眉毛と鋭い目つきを持った強面のおじさんが、横柄な態度で、怒鳴り声を上げた。

「ねぇちゃん! この間買ったこの商品券な、駅前のデパートで使うことできないって言われたで。あんたやろ、どこでも使えるって言ったのは」

 なゆみは困ってしまった。

 こんなに特徴のある客の顔でさえも、売った事も、そんな説明をしたことも何も覚えてない。

 その怪しげな風貌のせいで、因縁をつけられているようにも思え、まだ入って三日目ということもあり、本当に自分が売ったのだろうかという疑念も抱いた。

「あの、いつご購入されましたか」

 自分じゃないかもしれない責任回避が働き、それを確かめる質問が先にでてしまった。

 それが客を責めている生意気な態度に思われ、客の怒りに益々油を注いだ。

「自分が売ったのも忘れてるのか。俺はしっかり覚えてるで、髪の短い女はあんたしかここにはいないからな」

 その言葉でなゆみは失敗したと思った。

 客は自分の特徴をしっかり覚えていた。

 それならばやはり自分が間違ったのだろう。

 慣れてないだけに勘違いして使えると言って売ってしまったのだ。

 どうしよう……

「おい、ねぇちゃん、どうしてくれる? そんないい加減な商売していいのか」

 その客は、苛立って持っていた商品券をショーケースに叩きつけた。

 なゆみは感情をまともにぶつけられて、震えあがる。

 すると、少し下がりなさいと優しく誘導するように、なゆみの両肩に手を置いたものがいた。

 なゆみが振り返り見上げた時、そこには氷室が立っていた。

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