呼び出し
研究所の朝は早い。夜のうちに冷えた空気がまだ温まりきらない食堂で、レヴは寝ぐせと耳を揺らしながら配給を受け取った。だだっ広い食堂の席についているのは、どれもグレーか水色のネックストラップを下げた新人たちである。まったく迷惑な風習だ。
「レヴ君、早起きですねぇ」
「おはようございます先輩。新人は食堂を使える時間が早いんですよ。知ってますよね」
「はは、そうでしたね。がんばっている後輩にはゼリーをあげましょうね」
正面の席に腰を下ろした先輩の胸元で、紺色のネックストラップが揺れる。冷えた飲み物の味変パウチを破って揉み終えると、隣に置いてあったゼリーをよこしてきた。
「いいんですか? あとで返せとか言いませんよね」
「これ、甘くて好きなんです」
頭の上で耳がふよふよと踊る。勝手に動くそれををコントロールしようとする試みは、先月の末にとうとうやめてしまった。目の下にたっぷり隈をこさえた先輩はどうやら徹夜明けらしい。スープに顔ごと突っ込まんとする様子を見るに、昨晩だけではなさそうだ。紺色を首からさげるころには部屋に帰れなくなっているかもしれないと思うと、早く成果を上げて育成機関に帰りたくなった。
「私はこれを食べたら仮眠をとりますので、昼の遺跡調査の前に起こしてくださいね」
「今日も遺跡調査があるんですか。僕昨日行ったばかりですよ。まだ調査報告書も書けていないのに」
「昨晩、あの遺跡に関連する報告が上がっていましてね。どうやら“いとこ遺跡”のようです」
昨日の遺跡は自然信仰に関するものだった。遺物も、木製のものや植物を象ったものがいくつか。ほかには祭祀用具が複数。それらは専門機関に回されているはず。とすると、今回のいとこ遺跡もおそらくは自然信仰にかかわるもので、この手の遺物はめったに暴走しない。戦闘の準備はいらないとみていいだろう。そんなことを考えているうちに、先輩は空になったプレートを片手に席を立っていた。
「それじゃあまた後で。資料の用意もお願いしますね」
去り際に仕事を増やされたことに怒る暇もない。紺色のネックストラップが増えてきている。ぬるくなった食堂の空気を察して、さっさと立ち去るためにゼリーの封を切って中身を口に押し込んだ。
ここはエーリ国営特別研究所。第三エリアの中央居住区域に位置する、遺跡・遺物を調査する研究機関である。
「や、レヴ!」
「わっ!」
研究所で退屈な仕事といえば、10人に6人は書類まとめと言うだろう。第一資料室の奥で踏み台に乗って目当てのラベルを見つけると、ほこりをかぶったファイルをぎちぎちの棚に滑り込ませた。第二資料室まで何度も往復するのを煩わしがって、残りの書類をいっぺんに抱えたレヴの背中をドン、と誰かが叩いた。すると書類は半分ほど地面へ滑り落ちていく。あわてて拾おうとすると、もう半分も今がチャンスとばかりに床へ逃げていった。
「あちゃ、ごめんね。後ろから来たから見えていなくて」
「大丈夫ですよ。どうせ散らばっても退屈な書類に変わりはないので。それより! 久しぶりですね、ノル! 今日は何の用事ですか?」
二人でちらばった書類を集めて半分ずつ抱えなおすと、ノルが腰につけた器具を見せるように揺らしながら
「定期健診だよ、今は待機中。レヴ見かけて走ってきちゃった」
と、いたずらそうに笑った。
「走っちゃだめですよ! その腰につけてる器具、あまり揺らすと溶液が逆流してたいへんなことになりますからね」
「そう? 頑丈そうに見えるけど。そもそも何を測定する器具なの?」
「本当に知りたいですか……?」
「や、めとこうかな」
ドン引いた顔を見合わせて、どちらからともなくぷっと吹き出す。育成機関から離れてしばらく経つのに、まるで昨日の続きみたいなテンポのまま話がはずむ。再会の喜びにほんの少し羨望の混じったレヴの眼差しは、少し先を歩くノルには届かなかった。
「たすかりました! あとは僕だけで大丈夫なので、残りの健診を受けてきてください」
両手がふさがったままおしりで扉を押し開ける。レヴが慣れた手つきで踏み台を出して第二資料室の窓を開けると、差し込んだ光の中でほこりがきらきらと輝いた。
走らないでくださいね、と念を押すレヴに
「わかったって、またあとで」
と、ノルは面倒くさそうに小言をかわして部屋を出て行った。
聞きたいことも話したいこともたくさんあるのに、声を聞くたびに知らないなにかが増えていく気がする。あの時どうしたら育成機関にいられたかなとか、遺跡調査のペアは誰になったんだろうとか、ノルに言わせれば“考えても仕方ないこと”ばかりぐるぐる考えてしまう。ため息をついた反動でほこりを吸い込んでしまい、くしゃみがとまらなくなってからやっと書類の整理を再開した。
早々に健診の終わったノルと合流し、サボりスポットである屋上で闇市から仕入れた果糖のおやつを分け合って食べる。朝にゼリーを二つ、昼前におやつまで食べるのはちょっとやりすぎかもしれないと思ったが、この後の遺跡調査を考えるとなんだか食べないと元気が出ない気がしてきた。ので、食べる。昼までに先輩を起さなきゃならないことを思いだして、通信デバイスで時間を確認する。
「うわ、うわうわ」
「どうしたのレヴ、おやつ落としちゃってるよ」
「所長から呼び出されてます。二人とも」
レヴが落とした果糖のかけらを拾って口に入れたノルが首をかしげる。早くいかないと位置情報リクエストが来ちゃうと慌てるレヴに、所長室の真上なんだからそう慌てることないよとおやつを口につめこむノル。口元の食べかすを所長に指摘されるまで、あと3分のことだった。




