対談 Ⅱ
「それ、私が勝手に言ってるだけのアレな感じだからツッコミはちょっと勘弁してほしいなって……!」
「は?」
「へ?」
思わせぶりに不敵な笑みを浮かべてからの、綺麗な謝罪。
そうして告げられた言葉に、奏星も流霞も僅かに唖然としたような表情を浮かべて声を漏らした。
――え、あのいかにも何か意味ありげな言い回しだったのに?
流霞の本音はそれに尽きた。
そんな二人の反応に居心地の悪さを感じて、莉緒菜は慌てて頭をあげた。
「あっ、あのね! 実はこれ、まったくのデタラメって訳じゃなくて……!」
「あー、長くなるんだったらその前にさ。りおなん、注文終わった?」
「え……っ!? あっ、うん、さっき注文したけど……」
「んじゃ、注文来てからにしよ。つか、そんな申し訳なさそうにする必要ないから。ウチらも実はそういう線も考えてたし」
「え?」
大して驚いていないと言いたげな奏星の反応に莉緒菜が固まった。
てっきり、「そんな態度で自分たちを騙したのか」ぐらいのことを言われるのかとも思っていたのだが、まったく気にしていないような物言いだ。
何がどうなっているのかと今度は流霞に目を向けると、流霞が苦笑を浮かべた。
「あの、さ、鷺宮さんのトコ――〝魔女の饗宴〟の攻略アーカイブ観てて、意味ありそうな感じのことをそれっぽく言ってるようで、実は意味がないっていうツッコミとかが多かったので……そういうアレかなって」
「ふぐぅ……!」
莉緒菜や〝魔女の饗宴〟についてはとっくに雅がアーカイブを確認した上で、どういう人物であるのかを調査していた。
その結果、〝魔女の饗宴〟のパーティの癖の強さとでもいうような部分がかなり浮き彫りになり、その仰々しさや演技めいた物言い、態度が、探索者配信界隈ではいまいち受け入れられずに伸び悩んでいるという情報は、とっくに流霞と奏星にも伝わっている。
莉緒菜たち〝魔女の饗宴〟の配信は、独特なものだった。
まるでメンバーの一人ひとりがアニメや漫画の登場人物のように、何か裏がありそうな物言いを好み、強大な力が眠っているだとか、あるいは自分たちは『組織』とやらに狙われているらしく、そうした相手から逃れるためにクランからの勧誘を断っているのだとか、何らかの設定に基づいた役割を演じているのだ。
ちなみに、この世界に〝中二病〟という概念は存在していなかった。
ほんの少し前までは。
ダンジョンが出現し、人間がスキルという超常の力を扱えるようになったりというのは当たり前のものとなっているため、そういったジャンルのアニメやラノベ、漫画といったものが流行ることはなかったからだ。
その代わりと言ってはなんだが、この世界のサブカルはロボットものであったり宇宙もの、日常系がかなり多く扱われていたりする。
ともあれ、そうした世界において〝魔女の饗宴〟の振る舞いは、一般的な感想からすれば「それなりにいい歳した若いお姉さんたちによる、謎のごっこ遊びを見せられる配信」という評価に落ち着く。
結果、そのノリから「ドラマとかアニメでも観てる気分になれるから」というような理由で観ていたり、あるいはその壮大な妄言や設定に妙に惹かれたコアなファン、音量を消してスキルの使い方や実力だけを見るような探索者たちという、訓練された視聴者だけが残っている有り様だ。
それでも実際にレベル4パーティになったことで、戦いの実力も一般人の視聴者からは想像もできない凄まじさがあるおかげで、「段々と信憑性が出てきた」などと後方腕組系自称古参ファンからの評価コメントや、冗談なのか本気なのかも分からない『組織』とやらを信じているようなコメントなどもあるが。
そんな〝魔女の饗宴〟のパーティリーダーである莉緒菜が〝金銀花〟の配信に『見つけた』と書き込み、その翌日に自分たちの配信で「同胞の存在を確認した」と言い出したことも、すでに雅によって調査され、流霞と奏星には伝わっていたりするのだ。
オーダーした飲み物やジャンボタワーチョコレートパフェなどを運んできた自走式ロボットが部屋を出て行く。
奏星と流霞がジャンボタワーチョコレートパフェに目を丸くする先、テーブルの向こう側では、膝を抱えてその膝に頭を埋めるようにしている莉緒菜の姿があった。
「……きひ子ちゃん、カナっち……。配信の方向性をノリで決めるのは、良くないんだよ……。これはお姉さんからの実体験を基にしたアドバイスだよ……」
「お、おう……」
「ふふ、私たちね、最近じゃ〝中二病〟とか言われてんだよね……。なんかそれぐらいの思春期がダンジョンに変に夢を見て、自分は特別なダンジョン因子を授かって、凄い大活躍をするって夢想したりしちゃう子とかと同じ扱いなんだよ……」
「んぐッ!? げほっ、こほ……っ!」
流れ弾が流霞にも突き刺さった。
過去にそんな夢想をしてしまった時期が確かにあったのだ。特に中学生時代。
胸が痛くて身体が痒くなる気分であった。
「私たちってさ、元々は高校の演劇部だったんだよねー。んで、オリジナリティのある劇をやりたいねって話してて。それで、なんかそういう演技の練習をしながら、色んな衣装とか作ったりしたいからダンジョン行こうって話になってさ……。で、練習ついでに配信を始めたんだよ……」
「あぁ、そういう……」
「ふふ、もう戻れなくなっちゃったよね……。応援されちゃってるし……」
「うわぁ……」
膝を抱えたまま顔をあげ、遠い目をしながら語る莉緒菜に、納得してみせる奏星と、同情する流霞。
そんな二人の視線を受けて、莉緒菜は「なんてね」と笑って振り返ってみせた。
「確かに一時期は後悔したけど、でも今はだいぶ吹っ切れて楽しんでるよ。配信の時だけ、私はあの私を演じてるの。最近はたまに素が出て、それはそれで視聴者さんもツッコミを入れて楽しんでくれてるみたいだしね」
「……なんかすごい、ですね」
「そう? そう言ってもらえると嬉しいよ。ほら、食べよ食べよ」
形はどうあれ、それはそれで視聴者に楽しんでもらえているから、それをやりきる。
それはエンターテイナーとして正しい姿だと、流霞は思う。ジャンボタワーチョコレートパフェの巨大さから目を逸らして。
ともあれ、なんだかんだで軽食やスイーツを楽しみ始めたところで、フライドポテトを呑み込んだ奏星が改めて訊ねた。
「ねね、りおなん。さっき、デタラメって訳じゃないって言ってたのはなんなん?」
「うん? あぁ、うん。えっと、私たちって『第3世代』なんて呼ばれ方してるでしょう?」
「『第3世代』?」
「そうそう。お爺ちゃんお婆ちゃんの現役時代にダンジョンが現れて、その子供世代が『第2世代』で、さらにその子供が『第3世代』って。で、その『第3世代』になってから、急激に〝不明因子〟持ちが増えたよね?」
「るかちー、分かる?」
「うん、大丈夫」
「あーしも。りおなん、続きよろ」
「うん。でね、その〝不明因子〟の中でも、今ネット上で『なんとかシリーズ』みたいな呼ばれ方をされているダンジョン因子が多いんだよね。有名どころで言えば、『職業シリーズ』だったりね」
いちごパフェを突っつきながら莉緒菜が告げたシリーズの話については、流霞や奏星も知っていた。【戦士】だの【弓士】だの、そういった因子が出たというのが一時期SNSでもかなりのトレンドになっていたからだ。
「で、私は【悪魔】なんてダンジョン因子が出たでしょ? だから徹底的に悪魔が関係するようなシリーズを探したんだ。ほら、【悪魔】なんてさ、さすがに危険視されたりしそうじゃない」
「あぁ、それはそうかも」
「で、見つけたの。海外の探索者で【The High Priestess】――つまり、【女教皇】。それに、【The Emperor】の【皇帝】もいた。私の【悪魔】と同じ、タロットで言う大アルカナに入る人たちだね」
「あ、つまりそれで共通してっから『アルカナシリーズ』って呼んでるってこと?」
「そういうこと。でね、ここからは私の推測なんだけど……うん。ちょっときひ子ちゃん、こっちに頭向けてくれる?」
「んぇ? あ、はい」
唐突なお願いではあったが、特に断る理由もなく流霞が素直に頭を下げるように莉緒菜に向ける。
すると莉緒菜は、流霞の頭を見てしばし「んー」と声を漏らしつつ、何かを確認するように見つめ、そして口を開いた。
「――あぁ、やっぱりそうだ。カナっちは元々染めてるから分かりにくいけど、うん。きひ子ちゃんは髪の毛って染めたりしてないよね?」
「え、はい。そういうのは……」
「だよね? でも、レベルが上がってから、ちょっとだけ髪の色が変わってるの、気付いてる? ほら、髪の内側」
「……はぇ?」
「レベルアップするにつれて、どんどん因子の特徴を表す方向に身体が変化していくっていうのは割と有名な話じゃない? でも、普通は肉体的な変化だけだったりするんだけどさ。でもね、『第3世代』になると、その変化が外見的特徴に出てくることも確認されているの。でね、『アルカナ』の人たちは、その変化が顕著で、髪や目の色にも現れるの」
そこまで言って、莉緒菜は自分の目元に手をやり、慣れた様子で黒いコンタクトレンズを外し、赤い瞳を見せながら髪に手を通して持ち上げた。
「――この目と髪のように、ね。きひ子ちゃんの髪色、それに瞳の色もなんだか薄くなってるよね? うん、確信した。多分だけど、私たちのダンジョン因子、『アルカナシリーズ』は何かが普通の因子とは違うんだと思う」




