タクシーでの一幕
ダンジョン配信というのは、いわば命懸けの戦いを視聴者に見せる、というものだ。
基本的にはどの探索者も、攻略階層が増えれば増えるほど、毎日はダンジョンに潜らなくなるし、配信系探索者であっても安全マージンをしっかりと取れることを確認した階層でのみ、改めて配信に臨むというのが一般的である。
そういう背景もあって、基本的にダンジョン探索者の配信は初心者の内に毎日のように最上層に潜り、そこから階層を進むにつれて配信頻度も落ち着いていくのが一般的だ。
レベル2探索者の上層配信でさえ、一週間に2回もあれば多い方で、だいたい平均的には一週間に1回。
中層クラスを攻略しているパーティである場合は、だいたい2週間から月に一度、まとまったスケジュールで深い場所へ潜る、というような塩梅に落ち着く。
肉体的な疲労だけならばまだしも、問題は精神的な疲労だ。
ダンジョン探索は命懸けだ。
いくらレベルが上がっても、強くなっていても、ふとした事故が重なっただけで命を落としかねない戦いを強いられることもある。
そんな場所に入って活動するというのは、ダンジョンに入らない者が思っている以上に精神的な負荷が大きいのである。
さらに中層以降になると、移動にかかる時間、体力の消耗などを考えれば当たり前の話ではあるのだが、ちょっと日帰りでお出かけしてくる、というような軽い気持ちでできるものではない。
都合良く行き来が簡略化できる転送装置があったり、それらしい魔導具などが見つかればそれも可能になるかもしれないが、そういったものは今のところ見つかっていないのである。
そんな背景に加えて、地上でもやることが多いとなれば、必然的に配信の間はかなり空いてしまうことになる。
「――〝金銀花〟、もっと配信してよー」
「えー? 色々やることあるんだし、しょうがないじゃん」
冬休みも間近となり、大きなイベントが終わった学校の教室で、奏星はクラスの女子から告げられた要望にさらりと返した。
声をかけてきた級友はダンジョン探索フリークとでも言うべきか、様々な探索者の配信を追いかけている女子であるらしい。
そんな彼女が同じクラスの〝金銀花〟を知らないはずもなく、さらには追いかけていないはずもなかった。
あの大会以降、〝金銀花〟は色々と騒がれ過ぎてしまい、配信を後回しにしている。
さらには安房地域の領土奪還作戦騒動に巻き込まれてしまったため、11月は一度も配信がないまま過ぎてしまった。
そんな背景をいまいち理解していないであろう級友は、軽口で無遠慮に声をあげていた。
「でもさぁー、〝金銀花〟って配信頻度他の探索者より少ないじゃんー」
「だって、ウチら中層13階層以上なんだもん。放課後にちょっとそこまで、とはならんっしょ」
「それはそう」
「あー、ですよねー」
現実的な問題、配信はそろそろやるべきではあるのだろう。
安房地域の領土奪還作戦騒動も落ち着いたものの、しかしここ最近は事務所の引っ越しやら何やらで、配信をする余裕がなかったというのもある。
悪気もない物言いは場合によっては失礼で無礼な言葉にも思えるが、少なくとも〝金銀花〟の面々はそうは思っておらず、「確かに配信できていないんだよなぁ、こう言われるのも無理はないか」と納得できてしまう程ではあった。
「でもさぁ、〝金銀花〟ならきひ子ちゃんいればめっちゃ早く中層行けんじゃん? その気になれば放課後の配信とかだってやれたりしないん?」
「あー……」
「あれは確かに早いんだけどねー……」
「ちょっと油断すると大怪我よ?」
「え゛」
嘘である。
ただ、最近は大会時に見せた移動方法を引き合いに出されることが多いため、奏星と美佳里はそういうことにして回答している。
家で宿題をやる時間を決めているのに、親に「宿題は? 勉強は? 予習は?」と言われてやる気を失くす子供のアレと同じような気分になるので、ちょっと脅して黙らせるという物騒な方針なのである。
いや、本音を言えば、普通に忙しかっただけなのだが。
「あれは大会だからかなり無理した感じなんよ。だからそう簡単に行けなくてさー」
「あー、そゆ感じかぁー……」
「でも、とりあえず明日はウチと〝魔女の饗宴〟で一緒に潜るから、楽しみにしててー」
「お、マ? りょかーい。頑張ってねー」
「あいあいー」
去っていく級友を見送って、奏星と美佳里、そして流霞は互いに顔を見て苦笑を浮かべた。
「今日何人目だっけ?」
「わかんない。めっちゃ訊かれる」
「なんで?」
「あー、りおなんが向こうのアカウントで明日の宣伝したからじゃん?」
「だったら別にウチらに聞かなくてよくね?」
「それは……そう」
きっと会話するきっかけを手に入れたからこその話題振りではあるのだろうが、それが悪手であることに周りの生徒たちは気が付いていないんだろう。
そんなことを改めて考えつつ、流霞は困ったように語らう奏星と美佳里の二人と共に、学校を後にすると、そのまま無人タクシーへと乗り込んだ。
同じ学校の雅と雪乃も事務所には向かうのだが、その前に買い出しを行う予定となっているため別行動だ。
二人は事務所で待機する予定であり、〝金銀花〟メンバーのようにダンジョン装備に着替える必要もないので、事務所用の備品類などを買い出しに出ている。
さて、3人が無人タクシーに乗り込んだのは、事務所に向かうためだ。
事務所にて準備をした後、〝魔女の饗宴〟メンバーと合流し、そのままダンジョン中層へと向かい、ダンジョン内野営の予定となっている。
今回、ダンジョン内で野営をするのは、崩壊地域での活動に向けての挑戦だ。
これまで泊まり込みで探索したことのなかった〝金銀花〟メンバーは、実際にダンジョン内で野営するということがどういうことであるのかを知らない。知識では知っていても、経験が足りていないのである。
1週間後に迫っている安房崩壊地域での活動は、3泊4日の予定となっている。
当然、いちいち安全圏まで出てくるような予定はなく、現地で魔物を一掃して野営をする、という方針であった。
そのため、泊まり込みである場合の体調面での変化、不安、改善点などを洗い出すために、一度はダンジョン内野営を行おう、という話になったのである。
学校から新事務所までは、無人タクシーで1時間ほど。
前回『亡霊の庭園』の面々と会った多摩川緑地跡からは実はかなり近い位置にあり、そこから東に数キロ程度進んだ先であるのだが、新事務所が近づくにつれて人の気配がだいぶ減り、道路の車通りもかなり減っていく。
神奈川崩壊事件以降、多摩川に水棲系の魔物が現れることもあり、近くに住んでいるのは怖いと考える人たちがいなくなったおかげもあって、多摩川沿いの一帯はかなり地価も下がっており、人の気配がない地域になりつつある。
大通りへと繋がる道を一本外れれば、ほぼ無人の道路が延々と続いているような有り様であった。
そんな道路を見つめながら、奏星がふと思う。
「市街地抜けるとこうなるし、移動時間の大半は市街地で詰まることなんよねー。いっそバイクの免許取んのもありじゃね?」
「バイク……、奏星は似合いそう」
「るかちーも意外と似合いそうだけど」
「え、いらない」
「ウケる、めっちゃ強い拒絶じゃん」
「だって、似合わないと思うし……。それに、早く移動するだけなら走るっていうか飛ぶっていうか、その方が早いんだもん」
渋滞していようがなんだろうが、空に飛んでそのまま重力を操っていけば、障害物を無視して進めてしまう流霞である。
似合わないバイクに無理に乗る必要はなかった。
「あーね。それはそうだわ」
「奏星もそうじゃね? ジェットエンジンみたいにドーンっていけそう」
「それは……ヤバくね? あーしの後ろ焼け野原になりそうじゃん」
「奏星が通った跡には草も残らない」
「ぶふぉっ」
「お、るかちーツボったわ」
「いや、ジェットなんてやったらガチでそれになって笑えんて」
JKらしい脳死な会話を続けながら、一行は事務所に到着としたのであった。




