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〝金銀花〟は止まらない  作者: 白神 怜司
第4章 新人探索者パーティ対抗戦

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【配信】上層突破・中層突入 裏




「――中層へと続く上層のフロアボス、ブラッドベアを相手に、レベル3探索者がソロで挑む? ハッ、さすがに無理だろ」



 配信を観ながら小馬鹿にするように笑ったのは、『明鏡止水』に所属するレベル4探索者の但馬(たじま) 楽斗(らくと)

 二十代前半にしてレベル4という、探索者としては順調に成長していると言える楽斗の一言に、楽斗と同じパーティを組んでいる同レベル帯のメンバーたちもまた苦笑を浮かべた。


 クランリーダーである傑の娘、雅が関係しているという〝金銀花(カプリフォリオ)〟の配信をよく観ておくようにと言い出したがために、今日をオフにして配信を観ることにした。


 しかし、まさかそんな無謀なことを言い出すなんて、という落胆が色濃く漂っていた。


 ――傑さんも人の親ってことか。愛娘の贔屓だからって見誤ったのか、と。


 ブラッドベアは体長5メートル程。

 分厚い肌と硬い肉体、鋭い爪と牙に強力な膂力を有した、赤錆色の体毛に覆われた熊型の魔物だ。

 上層で戦ってきた魔物と比較にならない強さを持つ、中層に相応しい魔物と言える。


 ブラッドベアの厄介なところは、その高い防御力を活かした突進攻撃を得意とする点だ。

 多少の攻撃は体毛と分厚い肌に阻まれ、傷にすらならず、多少の傷を無視して怯むこともなく素早い速度で突っ込んでくる。

 下手に剣や槍を刺してしまえばあっという間に身体ごと持っていかれるか、へし折られてしまう。

 巨躯の割と俊敏な動きを有するという、実に厄介な魔物だ。


 突進の速度も早く、数トンクラスの重量級の存在がたった数歩でトップスピードに入って突っ込んでくるというのは、それだけで大抵のものを破壊するだけの力になる。


 レベルが上がっていない普通の人間では、まず止めることすらできない魔物。

 それが、ブラッドベアという魔物だ。


 だからこそ、上層クリアの一般的な攻略方法は、隙を狙って後ろ足を狙って機動力を削ぐところから始めなくてはならない。

 お互いに連携し、ブラッドベアの隙を突いて後ろ足に攻撃を集中させ、体毛を削り、皮膚を痛めつけ、腱を切るのだ。

 そうしてようやく、まともな戦いが始まる。


 決してソロで挑むような相手ではなく、もしもそんな真似ができるとしたら、現在の探索者の中でも上位クラス――それこそ、レベル5の一握りか、レベル6という最強クラスの探索者でもなければ厳しいだろう。



「パーティ組んで半年足らずでレベル3まで成長するなんて、普通じゃないのは確かよ。けど、楽斗に同意ね。ブラッドベアはそんな甘い魔物じゃないわ」



 楽斗のパーティメンバー、女性メンバーが呟けば、その場にいる誰もが頷いた。


 尊敬するクランリーダーに言われて、今日の配信を観ている『明鏡止水』のメンバーは多い。

 だが、その結果がこの発言というのは、思わず眉間に皺が寄るというものだ。



「増長したんすかね」



 ぽつりと斥候役を担う男が言えば、他の者たちも同じような感想を抱き、沈黙した。



「転移トラップで中層深部まで飛ばされ、生きて帰ってきたんだ。詳細は明かされていないが、可能性はあるな」


「……死ぬわよ?」


「さすがにそうならないように止めるだろうが――……ッ!?」


「消えた!?」



 開かれたフロアボスのいる部屋の扉。

 ゆっくりと開かれたかと思えば、ドローンに映し出されていた流霞の姿が消え、ドローンが即座にブラッドベアにカメラを向けた。


 威容を誇る巨体。

 見上げる程の巨躯を誇るブラッドベアが立ち上がり、威嚇するように咆哮をあげるべく胸を張るように大きく息を吸い込んだところで、どぱん、と奇妙な音が聞こえた。


 ブラッドベアの身体が、そのまま傾いで倒れていく姿を映し出した。



「――……は……?」


『はあああああああ!?』

『ちょ、なに』

『え?』

『は? 何?』

『ブラッドベア、身体がごっそり削り取られたみたいになってたけど』

『何した……?』

『は……?』

『てか、きひ子ちゃんいつの間にブラッドベアの後ろにいるん……?』



 楽斗の声が漏れると同時に、ようやく現実に追いついたかのようにコメントが流れていく。


 ――今のは、《《なんだ》》?


 フロアボスであるブラッドベアは確かに生きていた。

 咆哮しようと身体を起こし――次の瞬間には唐突に、何か《《赤い霧のようなもの》》が現れたかと思えば、それがブラッドベアに触れて、その巨体の中心を斜めに抉り取ったように巨大な傷を生み出した。


 上層のフロアボスが、崩れて落ちて倒れていく。

 たった一撃で、たった数秒で。


 その向こうに立っていた白銀の髪の持ち主である流霞は、何やら酷く退屈そうな顔をして、倒れた巨躯を見下ろしていた。


 ――《《なんなんだ》》、《《あれは》》……。


 楽斗だけではない。

 彼のパーティメンバーもまた、その疑問を抱かずにはいられなかった。

 そしてそれは、この配信を観ている視聴者の中でも分かりやすい程に反応は分かれていた。


 一般人は、その圧倒的な強さに、一瞬で倒してみせたというその現実を、「よく分からないけれどすごいこと」として、ただただ単純に受け止められた。


 しかしその一方、探索者である者たちは。

 特に、探索者として実力があり、上層を超えるべくフロアボスであるブラッドベアと対峙したことがある者であればあるほどに、理解が及ばない光景であった。


 自分たちが知る常識が、全く通用しない何かを前に。

 ただただ、からからと喉が乾いて、言葉が出ないまま唖然とすることしかできない。



《――るかち、おつー》


《瞬殺じゃん、ヤバ》


『きひ子ちゃんパワーアップし過ぎww』

『すごかった!』

『いや、待て、マジで意味わからんって!』

『何したん!?』

『つえええww』

『ほんと何したのか分からんけどすげえw』



 そんな中、配信の向こうから聞こえた、〝金銀花(カプリフォリオ)〟のメンバーである奏星と美佳里の軽い物言いが、楽斗やそのメンバーたちにとっては尚更に、その異質さを際立たせた。



「……おい、おいおい……! なんだよ、それ……。まるで、《《それぐらい当たり前》》みたいな反応じゃねぇかよ……!」



 得体の知れない何かに触れたような気がして、震えながら楽斗が絞り出すように口にした言葉。

 それは正しくその場にいた一行の心情を、視聴している探索者たちの心情を表していた。


 今しがた《《やらかした》》流霞の力を目の当たりにしてなお、それぐらいはできて当然だと、当たり前のものだとして受け入れている異常性。

 それが《《何を示しているのか》》を、探索者である楽斗たちも、視聴者たちも、誰もが朧気ながらに察したのだ。



「……驚きも、称賛も、薄い……。それって、まさか、《《あの子たちも》》……?」


「……そう、かもしれないな」


「……おそらくは、そうだろうよ。〝金銀花(カプリフォリオ)〟の3人にとって、あの子が今しがたやったことってのは、『あの場にいる3人の誰もができる範疇のこととして、当たり前に受け入れられている事実』でしかねぇんだろうよ……!」



 楽斗が指摘したその事実を、同じパーティメンバーの誰も否定できなかった。


 探索者は死地を乗り越えて強くなる。

 そんな、これまでに知られてきた事実を考えれば、中層深部にレベル2で転移させられ、生き延びてみせた流霞が強くなるのは、まだ分かるというものだ。


 だが、そうではない奏星が、美佳里が、さも『これぐらいは当然だ』と捕らえている。

 同じパーティで突出した力を持った探索者に向ける称賛ではなく、同じパーティとして肩を並べる仲間への称賛であるかのような、そんな独特な軽さを有している。


 上層のフロアボスを瞬殺するという、ハッキリと言って異常なまでの力。

 得体の知れないスキルか魔法を使える、レベル3という異常さ。

 それらを、さも当然のように受け入れているという異常性を、多くの探索者たちが感じ取っていた。



「……傑さん。アンタは、これを見ろって言ってたんっすか……」



 乾いた笑いと共に呟かれた言葉に、誰もが理解する。

 つまり『明鏡止水』のリーダーは、これを目指せと告げているのだ、と。


 もしも傑がそれを聞いていれば、きっと「ここまでとは僕も聞いてないし言ってないけど!?」と叫んでいたかもしれないが。




 ――――そしてそれを観ていたのは、ただの一般人、探索者だけでもなく。




「――化けたな、ありゃあ」


「うむ。あの〝適合反動〟で自我を失っていた状態とは、比較にならぬ程に洗練され、使いこなせている」


「それだけじゃねぇよ。あの一瞬で距離を詰めた、あの移動もだ。おそらく、俺らが知らねぇ技も手に入れてやがるぞ、あの娘っ子」


「……ふふ、面白いな。そういう意味では、あの一件で友誼を結べたのは僥倖であったと言える。それに、此方らの知らぬ『まぎあぎあ』なる代物も用意できると言っていた。近く、また会いに行くべきであろう」


「なら、俺も一緒に行くぜ。ついでだ、〝金銀花(カプリフォリオ)〟を勧誘したい」


「……そなたは反対したのではなかったのか?」


「以前までのアイツらなら、まあな。けど、あれだけの力を手に入れたアイツらなら、もう少し成長すりゃ〝異常領域〟でも生き残れんだろ」


「……ふむ、確かにな。〝審判〟には此方から伝えておこう」



 かつての恩人らもまた、その配信を観てそんな決意を固めていた。


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