第5話 神出鬼没の天災
千種は破壊した〈箱〉の残骸を手早く片付けると、ここまで持ってきたのであろう自分の荷物を次々に屋敷内へ運びこんでくる。同時に自分の部屋だけなく、〈箱の間〉ではない常若の部屋まで何故か作り始めたのだった。
忙しなく歩き回る千種が、度々常若に話しかけてくるので、常若も忙しなく首を回しながら千種に応える。
「俺の部屋はあっち。若さんの新しい部屋はこっちでいい?」
「うん。だけど別に、〈箱の間〉のままでも僕はよかったのに」
「んー。あそこ無駄に広すぎねぇ? しかも空調ないし、そんなとこに若さんを寝かせられませんよ。応接間的な座敷にしようぜ、あそこ」
「そう。わかった」
「いや納得はや。いいんかい。あー、あと。もちろん俺と若さんの寝室は別々ね」
「うん。わかった」
ふと、台所に入った千種が「若さーん」と呼ぶので、常若も台所に向かう。すると、冷蔵庫やらあらゆる戸棚を開け放った千種が、神妙な顔をして常若を振り向いた。
「……ここ、食料とか何も見当たらないんですけど。お茶しかない、お茶しか。若さん、普段は何食べてんの?」
「何も」
千種の問いに即答した常若。千種はその答えに、口を半開きにして目を丸くするが、それにも構わず、常若は更に淡々と続けた。
「客神は何も食べなくとも、異能によって付近の山界から神気を勝手に吸収する体質だから、餓死とかはしない。僕はもう、五年以上は殆ど何も食べてないかな」
何てことないように話す常若に、千種が心底ぎょっとした様子で目を剥くと、常若の細い肩を掴んで、軽く揺さぶった。
「は、はあ!? そ、そんな霞食って生きてるみたいなことあんの!? 仙人かよ……あーでも、なるほど。若さんが神に成りかけてるのに拍車をかけてんの、そういう食生活も原因の一つかもな……おし。わかりました。これからは丹精込めて俺が若さんの胃袋をがっちり掴み、仙人から人に引き戻す。待ってろ、若さん。斗戸シェフがご馳走するぜ」
千種は何やら真顔で拳を握り、決意を固めると「食材、一応買ってきておいて良かったわー」と独り言を零しながら台所につく。
「あ、やべ。エプロンどこやったっけ」とぶつぶつ言ってウロウロしている千種の大きな背中を見ながら、常若は軽く首を傾げるが、不意に己の全身の毛がぶわっと逆立つような感覚に襲われた。
(……神遺)
常若は内心でそう呟いて、弾かれたように背後を振り向く。
そちらは、この屋敷から一番近い山界が聳え立っている方向。
間違いない。客神たる常若が鎮魂しなければならない災害現象——〈神遺〉の気配だった。
今までは、たとえ神遺の出現があろうとも、屋敷人の許可なく外に出ることは許されていなかった。しかし、今は違う。もう、常若を管理する屋敷人たちはいない。ならば早急に、神遺を鎮魂しに向かわねば。
そう思い至った常若は、千種に短く声をかけてから駆け出し、台所を出る。
「千種。神遺が出現した。僕は鎮魂に向かう」
「はーい。神遺の鎮魂な。りょーかい……っていや、神遺!? ちょお、待って、若さん!」
引き留める千種の声も既に遠く、常若は下駄を足に引っ掛けて屋敷の外へと出る。
初めて、己の意思だけで外の世界へと繰り出せる自由さ。何だか、身体がふわりと浮くように軽く感じる。背後から慌てて千種が追いついてくる気配を察しつつ、常若は不思議な心地を噛み締めながら、そのまま神遺が出現したと思われる山界に入山した。




